615 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その2 1/6[sage] 投稿日:2012/11/11(日) 11:34:22.64 0
「よっしゃ。この辺でいいべ」
佐倉さんが指定した場所は、中庭の中央に置かれた噴水の周りである。石で出来た円形
の囲いは、普段から待ち合わせや授業の合間に教科書やノートを広げて内容を確認したり、
時には本や雑誌を読んだりするのにも使われている。
「じゃあ長友。準備してくれ」
『分かりました、佐倉さん』
調ちゃんが頷き、自分のカメラである一眼レフのデジカメを三脚にセットする。
『それじゃあ、別府君はこっち来て。まだお姫様は来てないけど、場所だけでも決めとき
ましょう』
涼城さんに手招きされ、僕は円形に形どられた噴水の縁に腰掛ける。その横に涼城さん
が腰掛けた。先輩が来るまで代わりを務めるらしい。
『ここらへんとかどうかな? 背景的には一番いいと思うんだけど?』
涼城さんの問いに、三脚の上に乗せた愛用の一眼レフを覗き込みつつ、調ちゃんが首を
捻る。
『うーん……もうちょっと左、ですかね? あと朝日奈さん。レフ板の角度、もう少し右
でお願いします』
「はいよ。こんな感じか?」
『そうですね。そのままで』
こんな風に写真を撮られるのが物珍しくて、ついつい見入っていると、横から腕を掴ま
れて、軽く引っ張られた。
『別府君。もうちょっとこっちよ』
意識が逸れていたので、ちょっと驚きつつ涼城さんの方を向くと、彼女は笑顔でちょい
ちょいと手招きした。
「この辺ですか?」
座る位置を若干左に寄せると、涼城さんは首を振る。
『ううん。もうちょっとこっち。一緒にノート見て勉強してる構図にしたいから、ここに
ノート置く感じで』
僕が傍に寄ると、涼城さんが、授業の内容が書かれたルーズリーフを挟んだバインダー
を二人の腿の間に置き、少し身を寄せて来た。肩や腕、腿にくるぶしといった辺りが触れ
合い、彼女のいい匂いまでフワッと香ってきて、不覚にもドキドキしてしまう。
616 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その2 2/6[sage] 投稿日:2012/11/11(日) 11:34:54.17 0
『どう、長友さん。こんな感じかしら?』
顔を上げて調ちゃんに確認すると、ファインダーを覗き込んでいた彼女は、そのまま指
で○印を作る。
『いいですねー。涼城さんと別府君だと、ちょっと恋人っていう感じじゃなくて、やっぱ
り優しい先輩とちょっと頼りなげな後輩って感じですけど』
「優しい……ねえ?」
佐倉さんが小さく疑問の声を呟くのを、涼城さんは聞き逃さなかった。
『あら、佐倉君。それってどういう意味かしら?』
棘を含んだ笑顔で突っ込みを入れられ、佐倉さんが慌てて手を振った。
「何でもねーよ。気にすんなって。それよか長友。試しに一枚、撮ってみてくれ。画像、
確認すっからさ」
『はーい。じゃあ別府君。もう少し涼城先輩に寄り添ってみて』
「え?」
もう充分近いと思うのだが、これ以上もっと寄れと言うのだろうか? しかし、それに
応じて涼城さんも僕を促す。
『ほら。もうちょっとこっちだって』
「あ、はい……」
こんなにピッタリ寄り添っていいのだろうかと思いつつ、僕は涼城さんに寄り添う。そ
して同時に、先輩ともここまでピッタリくっ付くのだとしたら、物凄く嫌がられないだろ
うかという不安も頭をもたげた。
『別府君。ちょっと顔、固いよ。もう少し表情柔らかくして。自然な感じで』
調ちゃんから注文を付けられ、僕は顔を上げて頷いた。
「あ、うん。こんな感じ……かな?」
難しいな、と思いつつ、涼城さんから真面目にレクチャーを受けている感じでノートを
覗き込む。
「長友。テストなんだからこだわる必要ねーって。どうせ椎水でまた時間食うんだしさ。
サクッと撮っちまえよ」
『了解です。それじゃ、撮りまーす。はいっ』
パッとフラッシュが光る。
『オッケーです。もういいよ、別府君』
617 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その2 3/6[sage] 投稿日:2012/11/11(日) 11:35:25.90 0
その声に、僕はホッと肩の力を抜き、体の位置をズラして涼城さんから離れる。部活動
とはいえ、これだけの美人の傍に寄りそうというのは緊張するものだ。しかし、気を抜く
間もなく、涼城さんにちょいちょいと肩を突付かれた。
「はい?」
咄嗟に顔を上げて彼女の方を見ると、涼城さんが反対側――右の方を指す。それで視線
をそっちに向けたのと同時に、広上さんの声がした。
『佐倉さん。涼城さん。お待たせしました』
片手を上げて振る広上さんと、その横に服を着替え、化粧を整えて来た先輩の姿があっ
た。しかし、せっかく綺麗に着飾って来たのに仏頂面な先輩の姿があった。
「おー。やっと来たか」
佐倉さんの声に合わせるかのように、涼城さんも立ち上がって出迎えた。
『お疲れ様、莉緒。うん、相変わらずいい仕事ね』
部内一のオシャレ番長を自認する広上さんは、モデル役の衣装だとかメーク一切を担当
する。彼女の手に掛かった先輩は、カジュアルな格好ながらも実に女の子らしく可愛らし
く変身していた。
「へえ。なかなか可愛いじゃん。椎水」
朝日奈さんが感心して頷くと、先輩は不機嫌そうな顔を崩しもせずに、頭を下げた。
『ありがとうございます。朝日奈さん』
何となく、怒りの矛先は僕に向けられているような気がする。いや、何となくなんて曖
昧な表現を使う必要は無い。絶対にそうだ。多分、涼城さんと僕がテスト撮影をしている
所をバッチリ見ていたのだろう。と、その時、いつの間にか涼城さんが傍に寄って来て、
肘で僕を小突いた。
『ほら。別府君も何か言ってあげなさいよ。でないと彼女、ますます機嫌損ねるかも知れ
ないわよ?』
僕は驚いて涼城さんを見る。先輩が嫌がるので、僕と先輩は大学では比較的距離を置く
ようにしていて、部活の同期仲間という関係以上には見えないように心掛けているのに、
この人は何でか全てを心得ているように見えた。しかし、今は彼女の言う通りにするべき
だと思ったので、その疑問は奥にしまって、僕は先輩に近寄って笑顔を見せた。
「せんぱ……いや、椎水さん。その格好、良く似合ってて可愛いと思うよ」
618 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その2 4/6[sage] 投稿日:2012/11/11(日) 11:35:57.62 0
まだ動揺しているのか、咄嗟に普段の呼び名で呼びかけて、慌てて呼び方を変えて褒め
言葉を口にする。しかし、先輩はフン、と鼻を鳴らしそっぽを向いてつまらなさそうには
き捨てた。
『ありがと。でも、別府君に言われても嬉しくも何ともないわね』
まあ、そう言われるのは予想通りだったので、僕はちょっと肩をすくめただけで何も言
わなかった。周りで皆が苦笑しているのが分かる。
「じゃあ、スタンバイしてとっとと終わらせちまおうぜ。時間掛けると、日が傾いてまた
やり直しになっちまうし。椎水、よろしくな?」
佐倉さんが敢えて先輩にだけ念を押す。さすがに幹事長に対しては、先輩も嫌な顔をせ
ず、素直に頷く。
『はい。やると決めたからにはとっとと終わりにしちゃおうと思いますから。別府君もそ
のつもりでね。分かった?』
「え……あ、うん。僕はいつでも大丈夫だから」
もう部に入って何ヶ月か経つのだが、先輩に対して敬語を使わないというのは、未だに
慣れず、何となく自信のないしゃべり方になってしまう。
『二人とも準備は良いようね。じゃあ、撮影の方始めましょうか。長友さんは準備、いい?』
『はい、こっちはいつでも大丈夫です。朝日奈さん、またお願いします』
涼城さんの確認を受けて、調ちゃんが頷く。レフ板係の朝日奈さんが、だるそうに肩を
回して頷く。
「了解。これ、上げっぱなしって結構疲れるんだよな」
『男子が情けないこと言わなーい。ほら、二人は座って座って』
先輩のお化粧を済ませ、手持ち無沙汰で見に来ていた広上さんが、僕と先輩の背中を押
して所定の位置まで動かそうとする。それに先輩が嫌そうに抵抗する。
『ちょっ!? 押さないで下さいってば、莉緒先輩。そんな事しなくても、ちゃんとスタ
ンバイしますってば!!』
それに広上さんはテヘッと可愛らしく笑って首を傾げてみせる。
『いやー。初々しいカップル見るとさ。ついついおせっかい焼きたくなっちゃって』
『だから、カップルなんかじゃありませんてば。ただの撮影で一時的に組んだだけなんで
すからっ!!』
619 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その2 5/6[sage] 投稿日:2012/11/11(日) 11:37:00.55 0
体を捻って広上さんの手から逃れつつ、先輩が文句を言う。しかし、広上さんは何もか
もご承知、といった顔でウンウン頷くばかりである。
『通衣もいっつもそんな事ばっか言ってるもんねー? 通君』
意味ありげな目線で朝日奈さんを見つつ、そんな質問をぶつける広上さんに、朝日奈さ
んは不愉快そうに眉をひそめ、つっけんどんに答える。
「何でそこで俺に振るんだよ。知るか、バカ」
『莉緒。いい加減になさい。邪魔ばかりしてると怒るわよ?』
腕組みをしたままの涼城さんにジロリと睨まれ、さすがの広上さんも焦って手を振りつ
つ言い訳をする。
『ち、違いますってば!! いざって時に勇気が出なくなるかも知れない後輩の為に、場
の雰囲気をリラックスさせようかなーなんて。アハハ』
しかし、涼城さんの厳しい目線を前に、笑ってごまかすでは効かないようである。その
空気を察し、広上さんは頭を下げて謝った。
『済みません。大人しく見てます』
『はい。宜しい』
暴走しかけた広上さんを視線で黙らせると、涼城さんは満足気に頷いた。
『それじゃ、別府君。椎水さん。宜しくね。長友さんもスタンバイオーケー?』
僕らに挨拶してから、涼城さんは調ちゃんに確認を撮る。ファインダーを覗き込んだま
ま、調ちゃんはさっきと同じように親指と人差し指で○を作って答えた。
『オッケーですよ。私はいつでも行けます』
宜しい、という感じで頷くと、彼女はもう一度僕の方を向いた。
『それじゃ、別府君。さっき、私とやったように椎水さんを誘導してあげて。椎水さんは
もうちょっと緊張を抜いて。表情固いわよ』
『そ、そんな事言ったって…… コイツがこんな近くに寄ってたら、いい顔なんて出来ま
せんてば』
先輩が不満気に抗議するが、涼城さんは断固として認めなかった。
『ダメよ。ほら、もうちょっと寄って、二人で仲良く勉強してる雰囲気を出さないと』
『そんな……』
大勢に囲まれている状況で僕と密着しそうなほど近くに座って、明らかに先輩は混乱し
ているようだった。この緊張を解きほぐしてあげるのは、僕の役目だ。
620 名前:ほんわか名無しさん[] 投稿日:2012/11/11(日) 11:37:30.44 0
さる?
621 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その2 6/6[sage] 投稿日:2012/11/11(日) 11:38:23.38 0
「先輩」
『ふぇっ!?』
小声で呼びかける僕に、先輩が驚いてこっちを向いた。それから怒ったように眉を吊り
上げて睨みながら小さく抗議の声を上げる。
『な、何よいきなり。みんなの前ではその呼び方禁止って言ってあるでしょ? あくまで
あたし達はたまたま一緒の部に入っただけの同期生なんだから』
高校時代から、部活で先輩後輩だった事実は内緒という約束はもちろん僕だって覚えて
いる。だから、笑顔で頷いてから、安心させるようにそっと囁いた。
「分かってますよ。この大きさじゃ、皆には聞こえませんから」
先輩は顔を上げて周りを見回す。僕らを見ているサークルの仲間達の誰一人として会話
が聞こえていないのを確認してから、顔を伏せつつ小声で返して来た。
『……そうみたいだけど……だからって、何で今、その呼び方で呼ぶ必要があるのよ?』
咎めるような口調に、僕は真面目な顔で先輩を覗き込んで答えた。
「そう呼べば、周りを意識しないで二人っきりの時と同じように出来るかなって思って」
続く
最終更新:2013年04月18日 15:07