632 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その3 1/7[sage] 投稿日:2012/11/13(火) 00:43:58.20 0
『なっ……!?』
先輩は驚いた顔で周りをもう一度見回し、それから何度も頭を振って否定した。
『無理よ、無理無理。だって、周りみんな見てるのよ? 二人っきりの時と同じようにだ
なんて……』
ちょうどその時、間の悪い事に広上さんがからかうような口調で独り言のように感想を
口にした。
『あれ? 何、こそこそと耳打ちし合ってるのかしら。何かちょっと、いい雰囲気っぽい
んだけど』
僕は即座に顔を上げて、彼女に言い返した。
「今、椎水さんの緊張が少しでも解けるように、色々話し掛けているんですから。余計な
事言わないで下さい!!」
すると即座に、涼城さんもフォローに入ってくれた。
『ちょっと、莉緒。別府君も頑張っているんだから、邪魔しないの。大人しく見ていられ
ないなら、朝比奈君に変えてレフ板持ちやらせるわよ?』
『うわ。それは勘弁して下さいってば』
涼城さんが彼女を黙らせるのを確認して、僕は先輩の方に意識を戻した。
「いいですか、先輩。周りの人の事は忘れて下さい。今、ここにいるのは僕と先輩の二人
だけだって思うようにして下さい」
『そんな、忘れろなんて言ったって……ダメ。どうしても見られてるの意識しちゃうもん』
フルフルと頭を振る先輩に、僕は辛抱強く言い聞かせ続ける。
「大丈夫です。さすがに僕の部屋と同じとまでは言いませんけど、授業のノートを写しそ
びれたところを僕に見せてもらうために帰りに公園に寄ったくらいのイメージを想像して
下さい」
すると先輩がちょっと不満そうな顔をした。
『何よ、そのシチュ。てゆーか、むしろ何度か実際にあった場面ってのがムカつくわね。
普通こういう時、男子が女子に見せてもらうのが定番なのに。むー』
文句を言いつつも、先輩が自分のノートを出す。白紙ページを広げて出すのを確認して、
僕は先輩に近づくと、太ももと太もも、ふくらはぎとふくらはぎがくっ付くほど近くに寄っ
て、二人の脚の上にノートを広げる。
633 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その3 2/7[sage] 投稿日:2012/11/13(火) 00:44:29.38 0
『ちょ、ちょっと…… 近過ぎじゃないこれ? こんなんじゃ、写真写りでまるで恋人同
士に見えちゃうじゃない』
抗議する先輩の顔を見つめ、真顔で僕は聞き返す。
「いけませんか?」
途端に、先輩の顔がパッと朱色に染まった。
『い、いけないに決まってるじゃない!! 恋人同士に見えるだなんて、絶対ダメだってば!!』
僕は、指を口に当てて先輩を制した。まだ聞こえるような大声を出すほど理性を失って
はいないが、それでも興奮して若干トーンが高くなっている。先輩はハッとして口を押さ
えるも、唇を尖らせて可愛らしく僕を睨み付けている。
「大丈夫です。言い訳ならいくらでも後から出来ますから。というより、今は二人だけだっ
て思って。調ちゃんのカメラも、先輩達の視線も忘れて、僕とノートだけに集中して下
さい」
『……そんな事言ったって……』
ぶつくさと抵抗しようとする先輩に対して、僕は部屋で勉強をする時と同じように、ピ
シャッと説教をする。
「いつも言ってるじゃないですか。回りに気を取られすぎて集中力がないのがダメな所だっ
て。ほら、ノート見て下さい。いいですか? 今日の授業でやったのが、ここまでです
けど、先輩は大体この辺で寝ていましたから――」
『だから、待ちなさいってば。何であたしが寝ていた事になってんのよ?』
僕の設定したシチュエーションに文句を付けられたので、僕はもう一つのパターンを口
にする。
「ダメですか? じゃあ、授業の合間にお茶しに行ったら女子トークが弾んで間に合わな
かったっていう設定の方がいいですかね?」
『変わらないわよ。つーか、リアル過ぎてムカつくんだっての』
むくれてプイッとそっぽを向く先輩に、僕はクスクスと笑ってみせる。
「すんなり中に入るには、やっぱり過去の体験とかが一番ですからね。ほら、先輩。むく
れてないて、ちゃんとノートを確認して。でないと、写させてあげませんよ? ちなみに
この授業選択してるの、僕と先輩だけのはずでしたよね?」
634 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その3 3/7[sage] 投稿日:2012/11/13(火) 00:45:01.38 0
たまたま偶然、という形でこっそり大学でも先輩と二人だけの時間をねじ込んだはいい
が、選択授業という緊張感の無さも相まって、付き合いが長引いて欠席したり、寝てしまっ
たりと、先輩にとってはある意味難関な授業となっている。
『分かってるわよ。でなきゃ、アンタなんかにノート見せてなんて頼んだりしないんだから』
ぶつくさいいつつ、視線をこっちに戻してくれる。
『で、どこからだって?』
どうやら、状況設定の中に先輩も入ってくれたようである。もちろん、完全ではないに
しろ、周囲の目より僕を意識してくれれば、それで成功なのだ。
「いいですか、先輩。もう一度いいますけど、先輩が寝たのはここからですけど、この辺
から船漕いでましたから、多分話も聞いてなかったんじゃないかと。書き写すだけじゃ分
からないでしょうから、ちゃんと説明もしますからね。よく聞いていてくださいよ」
『ちゃんと要点だけにしてよ? アンタの説明って時々長くなりすぎてグダグダになるん
だから、分かるように教えてよね。これで単位落としたら、全部アンタのせいなんだから、
分かった?』
まるで本当に勉強をしている時のように、無茶な言い掛かりを付ける先輩に、僕も本当
にそんな気分になって、手厳しく言い返す。
「いや、それは先輩のせいです。授業を真面目に受けてないんだから、それを僕に責任転
嫁されても困りますってば」
『ううん。アンタのせい。あたしにノート見せるって約束した以上は、ちゃんと最後まで
面倒見るのが筋ってものでしょうが。だから、責任と義務は果たしなさいよね』
「ホント、無茶言いますよね。先輩って……」
呆れて苦笑すると、フン、と鼻息を一つついてから、さも当然とばかりに先輩は頷いた。
『当たり前でしょ? そもそも、アンタが一緒だと楽できるからって思って選択したんだ
から、あたしの為に頑張ってくれなきゃ、何の価値も無いじゃない。ほら、早く進めなさ
いよね。時間無いんだから』
先輩が身を乗り出してノートを見る。それに呼応して僕がノートを指で差した所で、フ
ラッシュがパッと炊かれた。
635 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その3 4/7[sage] 投稿日:2012/11/13(火) 00:45:33.68 0
『フーン……』
『どうしたんですか? 涼城さん。思案げな顔して』
『いや。何ていうか、自然……よねって思って』
『え?』
『椎水さんって、男子としゃべる時はもう少し固いイメージあるなって思ってたんだけど、
別府君ってどういう魔法使って、ああいう自然な表情を出してるのか、不思議に思ってね』
『そうですか? まあ、確かに別府君に対しては必要以上に壁作ってたのが、今は無いよ
うには見えますけど。でも、それが?』
『ううん。何でもないわ。おかげでいい写真、撮れてるみたいだし』
『ですねー。これは去年以上の傑作が期待出来そうですよ』
涼城さんと広上さんが、密かにこんな会話をしていたのを、僕らは知る由もなかった。
撮影が終わった後、僕らは部室に戻って撮った写真をノートPCで確認した。
『ちょっ……ダメですってば!! こんな写真!!』
開口一番、慌てて画面を体で隠そうとしたのは先輩である。
「椎水。どけって。見えねーだろ?」
佐倉さんが抗議するが、先輩はブンブンと首を振った。
『いーえ。いくら幹事長じきじきの言葉でも、こんな写真見せられません。調。即刻この
写真のデータ削除して。全部』
先輩の注文に、調ちゃんがえーっ、と抗議の声を上げる。
『そんなぁ。せっかくいい写真が撮れたのに。これなら、去年の野上先輩と朝日奈先輩よ
りもいいカップルに見えるんだけどなあ』
『そこが問題なのっ!! こんなの見たら、誰だってあたしと別府君が付き合ってると誤
解するわよ。そんなの冗談じゃないんだから』
「だからさ。受験生はいちいちそんなの気にしねーって。ホント、自意識過剰だよな。椎
水も」
『朝日奈さん。今、何か言いました?』
先輩にジロリと凄まれて、慌てて朝日奈さんが首を振る。
「いやいやいや。何も言ってねーって。気にすんなよ」
636 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その3 5/7[sage] 投稿日:2012/11/13(火) 00:46:37.00 0
朝日奈さんに対して凄むとは、さすが先輩。傍若無人ぷりは大学生になっても健在である。
『大体、もっと普通に撮れるシーンもあったはずでしょうが。調ってば、わざわざ仲良さ
そうに見えるとこばかり抽出したでしょ?』
先輩にジロリと睨まれ、調ちゃんがイタズラっぽく笑った。
『分かる? でも、あんまりかなみがいい顔してたから、ついついそういうシーンばかり
を選んで撮っちゃったんだよね。でも、ああいうシーンを演出するって、二人ともすごい
と思うけどな。ちゃんと役に入り込んでるなって感じで』
「え? ホントに? そう言ってもらえると嬉しいけどな」
上手い事、先輩を乗せた策が当たった事に、ちょっと得意気になって喜ぶと、即座に先
輩の矛先がこっちに向いた。
『何、得意がってるのよ。くだらない事ばっか言ってたくせに。上手く撮れたのは被写体
の質と調の腕で、アンタは何も関係ないわよ』
自分の胸を叩いて言う辺り、被写体に僕の存在は無いらしい。しっかり写り込んでいる
とは思うのだけれども。
『とにかく、この写真は無し。撮り直しでもいいですから、もう少し普通っぽいのにしま
しょう』
先輩が断固たる主張をする。が、残念ながらここでは先輩は一年生でしかなかった。
「長友、広上」
佐倉さんが、今この場にいる女子二人の名を呼んだ。そして、続けて命令する。
「椎水を押さえとけ」
『ちょっ!?』
『はいはい。椎水さんはこっちね』
『ゴメン、かなみ。佐倉さんが言ってる事だから』
二人に取り押さえられて、先輩がパソコンから引き剥がされる。それを確認してから、
佐倉さんが悠々とパソコンの前に座り、涼城さんもその横に立って身を屈めるとパソコン
を覗き込む。
「さて。品評会すっか。涼城。どれがいいかな。これとか良くね?」
サムネイル状態にして並べたファイルから一枚を選択して開く。それをちょっと眺めて
から涼城さんは首を捻ってファイルを閉じた。
637 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その3 6/7[sage] 投稿日:2012/11/13(火) 00:47:08.68 0
『私はこっちの方がいいと思うわ。何かより自然な感じだもの。それか、こっちか』
開いて見せたファイルに、佐倉さんも考え込む。
「うーん。確かに、これなんかいい感じだよなぁ。一応、他の奴らの意見も聞いてみて――
うわっ!?」
最後まで言い切らないうちに、先輩の確保を調ちゃんに押し付けた広上さんが圧し掛か
るようにして、パソコンの画面を見る。
『どれどれ? 私にも見せてくださいってば。うわ、これとか超良くないですか? 何か
ホントに初々しいカップルみたいで最高じゃないですか。あ、これもいい。あとこれも』
夢中になってファイルを開く広上さんの横で、佐倉さんの抗議の声が聞こえる。
「だから、見るのはいいから体重掛けてくんなって。重いっつーの」
『いいじゃないですか。私だって見たかったんですから。これとかどうです? 何かすご
くいい雰囲気ですよね?』
『だーかーらーっ!! 見ないで下さいってば!!』
夢中になってファイルを一枚ずつスライドさせて確認する広上さんに向けて、先輩が虚
しく叫び声を上げた。
「ところで別府。お前ならどれがいい? モデルとしての意見も聞いとかないとな」
佐倉さんが振り向いて僕に聞いてくれたので、僕はこの中では比較的無難で、かついか
にも先輩と僕の関係らしい一枚を選び抜いた。
「僕は、パンフに載せるならこれが一番かなと思うんですけど」
「へえ。ま、地味だけど自分が被写体だとそうなんのかな。やっぱ照れも入るしよ」
佐倉さんが感想を言ったその時、いきなり上から頭を撫でられた。
「わっ? ど、どうしたんですか。涼城さん」
驚いて見上げると、彼女はクスッと笑った。
『何となく。別府君のお陰でいい写真が載せられそうだから、つい撫でてあげたくなった
の。嫌?』
「べ、別に嫌じゃないですけど……」
何か、女の人からこんな風に撫でられると、変に緊張してしまう。普段は僕が先輩を撫
でる方だからだろうか。
638 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その3 7/7[sage] 投稿日:2012/11/13(火) 00:47:40.19 0
『もう、何やってんのよ。得意がってないで、アンタも反対なさいってば。つか、調。放
せ。今すぐパソコンの中だけでも消去する』
恥ずかしさから混乱しつつ、先輩が必死にもがくが何気にカメラマンとして鍛えている
調ちゃんのガードは固かった。
『もう無理だってば。みんな気に入ってくれてるみたいだし。つか、私も写真褒めて貰え
るってのは、カメラマン冥利に尽きるなあと思って』
そこに、別ページのデザイン案の相談や取材で部室を離れていた他の部員達も、部室に
戻ってきた。
『たっだいま~。写真、出来ました?』
野上さんの質問に、涼城さんが満足そうに頷く。
『ええ、もういいのが撮れたわ。ほら、見てよ』
パソコンの向きを変えて彼女たちの方に向けると、ドドッと視線が集まる。
『うわっ? 何これ、超仲良さそう』
『かなみちゃん、可愛い。何か雰囲気いいよね~』
「何だこれ。お前らもう結婚しろよ」
「へえ~。普段とは随分違って見えるよね。いつの間にこんなに仲良くなったの、みたい
な感じで」
口々に感想を言い合う中、先輩の絶叫がこだました。
『ああ~っ、もういやーっ!!』
続く
最終更新:2013年04月18日 15:08