136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/06/08(水) 11:32:51.39 ID:Z92mGCSL0 [2/8]
西暦2222年――、
人類は叡智の極みに到達し、ついに究極の都市惑星を作ることに成功した。
それは先進各国の首都を中心とする理想の街<都市>であり、かつて空想されたようなこと、
たとえば空を飛ぶ車、超高層ビル、反重力の発見など多くのことが実現したのだ。
男「未来だよなあ」
女「そうね。何にもしなくても願いが叶っちゃうような世界よね」
男「実際何もしてないんだよな俺」
女「前から思ってたんだけど、それでいいわけ? 夢とかないの?」
男「夢ってなんだよ」
女「たとえばこの<都市>の外に圧倒的なほど広がっている<廃墟区>を綺麗にするとか」
男「笑わせるなよ。何千年かかったって無理だろそんなん」
女「無理じゃないわ。誰もそんなこと考えないだけよ。居心地がいい場所に入り浸って」
男「……まったく、こいつはいつも面倒だ」
137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/06/08(水) 11:33:54.95 ID:Z92mGCSL0 [3/8]
<都市>は理想の街であるが、<廃墟区>は延々続く、灰色のゴミ野原である。
女は二百年前のこの惑星の映像記録を見て、かつての風景が持つ美しさに惹かれていたのだ。
男「おい待てって。どこ行く気だよ」
女「どこだっていいでしょ。あんたみたいなのと幼馴染だなんて腹が立ってくるわ」
女は浮遊車に乗り込んだ。
男「また廃墟見物か? 暇だから俺も行っていいかな」
女「イ・ヤ・よ。車の免許も持ってないあんたにつきまとわれるせいで、ロクに恋もできないわ」
男「おいちょっと! マジで置いてくのかよおい! おーれーはーひーまーなーんーだー!」
女「……ふん。反省するのね」
男「ああ、行っちまったなあ。なぜああわけのわからん努力をするのかねあいつは。
しかしどうすっかな。暇でござるよ」
138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/06/08(水) 11:35:19.12 ID:Z92mGCSL0 [4/8]
男は<都市>の転送局に向かった。転送局は惑星の指定箇所に移動する手段だ。
男「<廃墟区>の29-E-7729に飛ばしてくれ」
スタッフ「へーい。<廃墟区>に行くなんて物好きですね」
男「ちょっとツレとケンカしてさ。たぶん今日もあそこにいると思うんだ」
スタッフ「それじゃ転送しますので、そちらのポッドに乗ってください」
男「たのんます」
女は東7000地区にやってきた。そこにはかつて日本という名の国があった。日のいずる場所、という意味の国が。
しかし、廃墟となっている放送塔――東京スカイツリーの頂上付近からの眺望は、空も陸も一面灰色だった。
女「……ああ、本当に一面灰色だわ。どうしてこんなことになってしまったのかしら?」
女は小さい頃男と遊んでいた日々を思い出した。その頃は、<都市>の外側にこんな世界が広がっているなど、
知りもしなかった。美しい緑と、銀色の建造物。それが世界のすべてだった。
女はしばらく、何もない世界を眺めていた。
塵芥が大気のほとんどを占めるその場所では、いつかの美しい日の出はもう拝めない。
139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/06/08(水) 11:36:21.38 ID:Z92mGCSL0 [5/8]
男「おーい」
女「なっ、アイツ……どうしてここにいるのよ」
男はタワーのてっぺんに立っていた。
男「このへんに飛ばすポッドがバグってんだ。誰も気づいてないらしい。
こんなとこに来る物好きなんて俺とお前くらいしかいないからなあ。これ装置の欠陥だよなー」
女「当たり前でしょ! こんなのが発覚したら大問題だわ」
男「まあそれはそれとしてだな。お前、本当にここが昔のように戻ると思ってんのか?」
女「願わなければ何も始まらないもの」
男「あのなー、願いってのはほとんど全部叶わない運命にあるもんだぜ」
女「放っといて。私はそういう風に全部を決めつけたくないの」
その時、突風が吹いた。
男「お、おお? あ、やべえ。落ちる」
女「ちょっと男! バカ!!」
140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/06/08(水) 11:37:23.28 ID:Z92mGCSL0 [6/8]
男はあまりにもあっさり落っこちた。634mから落下すればそれすなわち死が待っている。
重力制御された都市とは違い、ここでは旧時代の物理法則がそのまま作用している。
男「やべえ、俺こんなところで死ぬのか。あまりにも何もしなかったぞ。これで終わりか俺の人生。儚きかな」
女「待てっつうのこの大馬鹿野郎――――!」
女が浮遊車を巧みに操り、すんでのところで男を車体でキャッチした。
女「何やってんのよ! バカじゃないの! つうかバカよ! バカ!」
男「ばかばかうるせえ。そんなん百も承知だ」
女「もう……何でそう投げやりなのよ……あんたのそういうとこだいっきらい……」
男「……おい、どうしたんだよ。もしかして泣いてるのか?」
女「泣いてないわよ! うっ、うえっ……えっく……」
141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/06/08(水) 11:38:24.47 ID:Z92mGCSL0 [7/8]
女が泣き止むまでしばらくかかった。その間、男は無神経な言葉を言うことしかできなかった。
女「そんな風に何の実感もなく生きてるあんたが嫌なのよ……」
男「んなこといったって、そういう世の中だろ。別に誰がいようがいまいが」
女「そんなことないわよ! なんでそう……バカなのよ……」
男「……む。おい、見ろよあれ!」
その時、塵の隙間からかすかに光が射した。
それはオレンジの光彩を放ち、塵をダイアモンドダストのようにきらめかせた。
女「なに……あれ……?」
男「風の加減か? 報告じゃここに光は射さないはずなのに」
女「でも何年もまともに調査なんてされてないのよ。そんなことをする意味がないからって」
二人はしばらく黙っていた。光は一分ほどで消えてしまったが、それは二人の記憶に強烈に焼きついた。
142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/06/08(水) 11:39:25.64 ID:Z92mGCSL0 [8/8]
男「なあ」
女「何よ」
男「悪かった」
女「何のことよ……」
男「俺にできることがあったら言ってくれよ。調査とかさ。どうせ暇だしな」
女「あんたに頼む用なんか何にもないもん……」
男「とりあえずさ」
女「なに?」
男「車にいれてくんないかな。俺もう塵まみれでさ」
女「ホントだ。……ふふ、あははは」
男「はっはっはっは! あーあ」
(おわり)
最終更新:2011年06月18日 02:12