32 名前:1/7[] 投稿日:2011/06/17(金) 00:11:01.92 ID:PXNTGhoh0 [2/11]
  • 変なものを愛でるツンデレ

「よいしょっ……と。フゥ……」
 両手で抱え持ったダンボールのせいで足元が全く見えない中、俺はようやく階段を無
事に降り切った。小さくため息をついてると、数メートル先で会長が振り返って声を掛ける。
『何をグズグズしているの。早く行くわよ』
 思いやりの欠片もないその言葉に、俺は不満気に会長を見つめて答えた。
「一息くらいつかせてくれたっていいだろ? 重い荷物抱えて階段を下りるのって、結
構大変なんだぞ」
 すると会長は、事も無げにこう言い返してきた。
『男子なんだから、それくらい楽にこなせて当然でしょう? 愚痴や文句はみっともないわ』
 その言葉に、俺は言い返す気力もなくもう一度深くため息をつく。
「はいはい。全く……男子なんだからって言葉も、立派なパワハラだと思うけどなあ」
 そう小さく呟くと、鋭く会長が俺を睨み付ける。
『何か言ったかしら? 小声で聞こえないように文句を言うなんて、もっと男らしくないわよ』
 どうやら、内容までは聞き取れなかったものの、直感で俺の呟きを察したらしい。俺
は誤魔化すように、肩をすくめてみせた。
「何にも言ってねーよ。言い争いなんてする気もないし。それより、とっととこれを運
び終えちまおうぜ」
『それは私の言いたいことだわ。全く』
 急いで会長を追いかけた俺が横に並ぶのを待って、会長は歩き出す。そして、昇降口
のところまで来て、俺ははたと戸惑った。生徒会が資料置き場に使っている部屋は、部
室棟の空き部屋を間借りしているため、校舎裏にある。つまり、一度外に出なくちゃい
けないわけだが、荷物を床に置こうにも、昇降口のタイルは濡れていて、置いたらダン
ボールが湿ってしまう。どこか置く場所はないかとキョロキョロしていると、会長が唐
突に言った。
『別府君の靴箱はどれ?』
「え?」
 耳から入ってきた言葉が、咄嗟に理解出来ずに俺は思わず聞き返した。すると会長は、
呆れたようにため息をつき、両手を腰に当てた尊大な態度でもう一度言った。

33 名前:2/7[] 投稿日:2011/06/17(金) 00:11:22.33 ID:PXNTGhoh0 [3/11]
『だから、靴箱はどれかって聞いているの。両手が塞がっていれば、靴も取れないでしょ
う? だから、私が取ってあげるって言ってるの』
 俺は少しの間、意外な気分で会長を見つめた。しかし、俺を見つめる会長の視線に苛
立ちが混じり始めたのを感じて、慌てて答える。
「えっと、上から三段目の、左から5列目だな」
 すると会長は、俺の指示した靴箱を開いて靴を取り出し、無言で丁寧に地面に置いた。
『全く、素直に最初から頼めばいいのに。何のために私が付いて来たと思っているの?』
 会長の口調には呆れた響きが混じる。ちょっと意外に思いつつ、俺は質問に答えた。
「スマン。てっきり、片付けの指示とか、後はサボらないようにお目付け役でも兼ねて
るだけかと思った」
 上履きを脱いで靴に履き替えると、今度は会長は俺の上履きを取って靴箱にしまってくれた。
『うっかり床に置かれて資料をダメにするわけにはいかないもの。貴方に両手が塞がる
ような重い荷物を運ばせている以上、それくらいはしてあげるわよ』
 淡々とした素っ気無い口調だったが、珍しく思いやりを見せてくれる会長に、俺は胸
がドキッとするのを感じた。それから、すぐに思い直す。勘違いするな。会長が思いや
りを掛けてくれるのは、資料を濡らさない為なんだと。それでも俺は、素直にお礼の言葉を言う。
「サンキュー。助かるよ」
 すると会長は、つと視線を外し、小さくつまらなさそうに呟く。
『別にお礼を言うには当たらないわよ。あくまで、効率優先でしただけの事だから。別
府君を助けようと思ったわけじゃないわ』
 俺は、僅かに肩をすくめた。確かに、俺が荷物の置く場所を求めて動き回れば、それ
だけで時間が掛かるし、疲労が溜まれば事故も起こしやすい。かといって、会長が俺が
靴を履きかえる間代わりに持つのも、渡し合いをするだけ無駄だ。とはいえ、会長の言
う事がいくらもっともでも、こうも冷静に否定されると、さすがにちょっと気落ちもするが。
「何にしても、会長が手助けしてくれてるのは事実だからな。一応お礼くらい言っておかないと」
 多分、言わなきゃ言わないで不機嫌そうに文句を並べ立てる事だろうが、それに対し
ては口に出さずにおいた。
『まあ、そうね。あくまで儀礼的な言葉として受け取っておくわ』
「一応、気持ちを込めて言ってるつもりだけど」


34 名前:3/7[] 投稿日:2011/06/17(金) 00:11:44.78 ID:PXNTGhoh0 [4/11]
 会長があくまで形式上のやり取りに収めようとしているのを見て、俺は言った。する
と会長は、僅かに眉を顰めて、俺を見た。
『止めてよね。気持ち悪い』
 短く、そう言われる。さすがにこれには何の答える気力も無く、無言で昇降口から出
ようとすると、さっきは小降りだった雨が、いつの間にか激しくなっていた。
「うわ。こりゃ、急いで運んでも濡れるな」
 そう小さく独り言を言う。すると、スッと俺の周囲が僅かに陰った。驚いて横を向く
と、会長が俺の横に立って、傘を差し掛けてくれている。
『ほら。さっさと行くわよ』
 そう言い捨て、ゆっくりと歩き出す。その横を並んで歩きながら、俺は会長に聞いた。
「これも、荷物を濡らさない為だけか?」
『無論でしょう? でなきゃ、わざわざ貴方とその、一つの傘に入ったりしないわよ』
 一瞬、言葉が途切れたのは相合傘をいう言葉を避けるためだったのだろうと推測する。
どうやら、会長としてはその事実を受け入れたくはないようだ。
「でもこれ。他の奴が見たら、どう考えても俺と会長が仲良く相合傘してるようにしか
見えないよな?」
 ちょっとからかいの気分も込めて言ってみたのだが、会長の端整な横顔は、全く表情
を動かさなかった。
『そうね。でも、ほとんどの生徒は下校したし、こんな雨の中私たちに気に止める人も
いないでしょうけど』
 確かに、今こうして周囲を見回しても、俺たち以外に生徒の姿は見当たらなかった。
部室棟は校舎を回った裏側のグラウンドに近い方にあり、正門とも裏門とも離れている。
また、部室を利用する運動部の連中はちょうど部活動の真っ最中で、特に用事でも無け
れば訪れる事もないはずだった。
「なるほど。確かにな」
 同意の言葉を呟きつつ、俺は会長の横顔を見つめた。端整なその横顔には何の表情も
浮かんでいない。まるで傍らに俺がいることなど、全く気にも留めていない感じだ。し
かし、こんな近くで会長の顔を見られるなど、普段傍にいる俺ですら滅多にないことだ
けに、思わず見とれていると、会長が俺の視線に気付いてチラリと視線を向ける。
『何?』

35 名前:4/7[] 投稿日:2011/06/17(金) 00:12:15.06 ID:PXNTGhoh0 [5/11]
 一言、そう呟く。俺は思わず返答に窮した。まさか会長の顔に見とれていたなど、口
に出せるわけもない。しかし、頭で考えるよりも早く、俺は咄嗟にごまかしの言葉を口
にしていた。
「あのさ。さっきから、背中が結構濡れてんだけど。どうにかなんないのか?」
 会長の差し掛ける傘は、俺の持つ段ボール箱を中心にしているので、どうしても背中
がはみ出してしまう。俺の言葉を聞いた会長は、一瞬だけ視線を背中に向けたが、すぐ
に向きを前に戻すと、冷静に言い放った。
『諦めなさい。別府君の背中は乾かせば元に戻るけど、濡れた資料はダメになってしまうのよ』
「だったら、何も雨降りの日に、保管室まで運ぶ事も無いと思うけどな」
 俺はそう言って恨めしげに空を見つめた。すると会長が、また横目で俺を睨むのを感じる。
『貴方が暇そうにしてるから、仕事を与えてあげたんじゃない。それに私だって、わざ
わざこうして付き合ってあげているんでしょう? 文句を言うんじゃないわ』
 棘のある言葉で言うと、顔ごとそっぽを向いてしまう。俺は何で、こんな日に書類整
理なんかやらされる嵌めになったかを思い返す。別段暇していた訳ではないが、確かに
あの時は仕事の手を止め、文村とくだらない事でなんだかんだとおしゃべりをしていた
っけ。しかし、サボッていたとされたのが俺だけというのは実に納得行かないが、それ
は別に今に始まった事ではない。
 もはや、俺の方を見ようともしない会長と、歩調だけを合わせて無言で並んで歩く。
すると、俺と反対側を向いていた会長が、ふと足を止めた。
「どうかしたのか?」
 そのまま動かない会長を訝しく思って聞く。すると、会長は俺の方を見て答えた。
『ちょっと待って』
 そのまま道の脇に植えられている潅木の方に向き直った。
「な、何だよ」
 会長が差し掛けてくれていた傘が、向きを変えたことにより俺の頭上から外れる。俺
は資料を濡らさないように、慌てて傘の下に入る。すると、会長と並んで潅木の前に立
つ形になった。横を向いて会長を見ると、何やらしげしげと潅木を覗き込むように眺めている。
「会長。この木がどうかしたのか?」
 一体何に会長が興味を持っているのか分からなくて、俺は聞いた。すると会長は、生
い茂っている葉っぱを指でつまむと、めくるように俺の方に向けた。

36 名前:5/7[] 投稿日:2011/06/17(金) 00:12:37.28 ID:PXNTGhoh0 [6/11]
『ほら。これ』
 会長が俺に見せた葉っぱの裏側には、茶色いグロテスクな生物が張り付いていた。
「おわっ!? ナ……ナメクジじゃねーか」
 驚き叫んだ俺に、会長は呆れた声で言った。
『あら? 別府君て、ナメクジが苦手なの? 男のクセにそんなに驚くなんて、みっともないわ』
「べ……別に。いきなり見せられたから驚いたけど、そんな苦手って程じゃねーよ。ま
あ、別にだからと言って、とりたてて好きでもないけどな」
 俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか、会長はグニグニと気持ち悪く這いずり
回るナメクジを、ジッと見つめていた。その顔に浮かんでいる興味深げな表情に、思わ
ず俺は聞いた。
「あのさ。もしかして、会長って……ナメクジとか、好きなのか?」
 すると会長は、一瞬間を置いてから、コクリと頷いた。
『ええ、まあ……好きよ。ナメクジに限った事じゃないけど、こういう軟体生物とか、特にね』
 会長は、特に何をするといった訳でもないが、ただジッと、ゆったりと動くナメクジ
を見入っていた。表情は特に変わっていないが、その目にはありありとした好奇心が輝
いているのが分かる。
「一体……こんなののどこが好きなんだ?」
 一緒に眺めていても、会長の気持ちがさっぱり理解出来ず、俺は疑問を口にする。
『だって、不思議じゃない? 動き方から何から何まで。害獣として駆除される可哀想
な運命の生き物なのに、こんな風に健気に生きてる姿もね』
 淡々としつつも、どこか楽しげな響きを匂わせて会長が答える。それから、ふと眉を
顰めて俺を見つめた。そして、俺の顔を見たその瞬間、さらにその表情がより険しくなった。
『ちょっと待って。別府君。貴方、今こんなのって言わなかった?』
 うって変わった明らかに不快そうな顔つきに、俺は答えを躊躇う。しかし確かに言っ
てしまった以上、俺は頷くしかなかった。
「い……いや、だってさ。普通、女の子ってナメクジとか嫌がるもんじゃないのか? ま
あ、悲鳴を上げるとかそういうのは人それぞれだと思うけどさ。あんまりその……こう
いうのに興味持つ子っていないんじゃないか?」
 俺は、必死で言い訳をしたが、会長の機嫌が良くなるわけがなかった。むしろ、更に
不満を募らせた顔で言い返してくる。

37 名前:6/7[] 投稿日:2011/06/17(金) 00:12:57.75 ID:PXNTGhoh0 [7/11]
『確かに、好みは人それぞれだし、女の子なら気持ち悪がる子が多いのは私だって認め
ざるを得ないわ。だけど、人に好きって言わせておいて、その上でこんなのだなんて卑
下するなんて、人として常識を欠いていると思わないかしら』
 厳しい口調で詰られて、俺はもはやどんな弁解も会長には通用しないと判断した。
「……ゴメン。申し訳ない。その……そんな、卑下するつもりで聞いたんじゃなかった
けど、俺もその……あんまり好きじゃないからさ。つい、言葉のアヤで変な事を言っち
まったんだ。スマン」
 これ以上会長から嫌われる前に、俺は素直に頭を下げた。もっとも、下がった評価が
元に戻るとは思えないけれど、これ以上の言い訳は、もはや男らしくない。会長は、し
ばらく呆れた目付きで俺を見ていたが、やがてため息をついて言った。
『全く……別府君って、時々こういう事があるのよね。意図せずに不用意な事を言って、
人を不快にさせるんだから。意識して直さないと、そのうち誰からも好かれなくなるわよ』
「いや。ホントに、気を付けるよ」
 謝罪しつつも、俺は本当に時々もこういう事があるのかと疑問に思った。しかし、人
の感じ方はそれぞれだ。俺が普段、会長に掛けている言葉の端々に、会長が気に食わな
い一言が隠れていたのかも知れない。日頃、会長に厳しい視線を投げ掛けられているの
も、そういうのが一因にあるのかも知れなかった。
『大体、ナメクジの事をこんなの、なんて言うけど、貴方だってこんなのじゃない。ほ
とんどの女子からすれば、貴方なんてナメクジ同様に気持ち悪い生き物でしかないわよ。
それなのに、よくもバカに出来るものよね』
「いや。正直、本当に申し訳なかったと思っている。だから、その……もう勘弁してくれ」
 会長が好きな物を貶されて激怒しているのは分かるが、これ以上俺は会長の毒舌に耐
えられそうになかった。ナメクジと同類扱いされて、正直、心が折れそうだ。
 俺の言葉に、会長はフンと荒く鼻息をつくと、潅木の葉から手を離して、俺に向き直った。
『いいわ。もう行きましょう。正直、貴方のせいで気分が殺がれたし、あんまり寄り道
して遅くなるわけにも行かないしね』
 俺は、ホッとため息をついた。どうやら、許してはくれないまでも、これ以上詰り続
けるのは止めてくれたようだ。しかも、同じように傘を差し掛けてくれたし、多少は怒
りも収まったのかも知れない。一言もしゃべらず、隣を歩く端正な会長の顔を眺めなが
ら、俺は甘い期待を抱いていた。

38 名前:7/7[] 投稿日:2011/06/17(金) 00:13:41.77 ID:PXNTGhoh0 [8/11]
『さ。とっとと仕舞って。これは去年のだから、正面の棚の一番上に置いといて』
 会長の指図どおり、倉庫部屋の棚に、資料を納める。部屋から出て、待っている会長
と並んで帰ろうと思ったら、会長は既に先を歩いていた。俺は慌てて後を追い掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺、傘持ってないんだし」
 両手で荷物を持っていたから、当然傘無しでここまで来ている。だというのに、隣に
俺が入ろうとした途端、会長はスッと身を翻して避けた。
『お断りよ。行きは資料が濡れるから、仕方なく傘に入れてあげたけど、帰りは濡れちゃ
ダメなものなんてないもの』
「勘弁してくれ。この雨じゃ、校舎に戻るまでにびしょ濡れになっちまう」
 さっきよりも強まっている雨足を感じつつ、会長に縋るが、会長は片手を広げて俺を拒絶した。
『貴方なんて、好きなだけびしょ濡れになればいいわ。人の好きな物をこんなのだなん
ていう、無神経な人はね』
 その言葉に、俺は舌打ちした。どうやらこれは、会長の俺に対する仕返しらしい。
「ちくしょう。分かったよ。走って戻りゃいいんだろっ!!」
 これ以上、会長と争っていたら、むしろそっちの方が濡れると判断し、俺は仕方なく、
全力で校舎に向かって駆け出したのだった。
 そんな俺の後方で、会長が小さく呟いた一言は、無論俺の耳に届くはずもなかった。
『……全く、本当に無神経で……鈍感なんだから。貴方は……』


終わり
最終更新:2011年06月18日 03:10