215 名前:1/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 20:46:47.46 ID:VJL+Aw4f0 [8/16]
  • 父の日のプレゼントをどうやって渡そうかと思い悩むツンデレ

『ハァ……』
 自分の勉強机に向かい、私はため息をついていた。机の上には、綺麗にラッピングさ
れ、リボンまで掛けた小さな箱がある。
『どうやって渡そうかな。これ……』
 この箱の中には、私が自分で用意したプレゼントが入っている。中身は手製のクッキー
だ。父親に渡すプレゼントといえば、いろんな選択肢があるだろうが、父から貰った
小遣いで買うプレゼントというのも、結局は本人のお金なので、何だかあまり意味が無
いような気がして、それで私は、手作りクッキーとメッセージカードという手段にでた
のだった。しかし問題はそこではない。
 私が父と親子の間になったのは、まだほんの三ヶ月前だという事だ。
『やっぱり、こっそり机の上に置いとくのが一番無難だろうなあ…… この時間なら、
もう出掛けてるかな?』
 私の義父(ちち)は、若くしてコンピュータ関係の事業で成功した、いわゆるIT長
者とかいうのらしい。おかげで、日曜も忙しく出掛けることが多いので、この時間は休
みの日でもいない事が多い。
『だったら、善は急げよね。ううん。全然善でも何でもないけど……まあ、用意しちゃっ
た以上は、渡さないともったいないし……』
 誰にともなく言い訳しつつ、椅子から立ち上がると、私はそっと廊下に出た。シンと
静まり返った廊下は、人気の無さを感じさせる。うん。多分いないな。そう思いつつ、
私は念のため、ドアをノックして声を掛けた。
『……えっと……おじさん、いる? かなみだけど……』
「何だい、かなみ。珍しいね。かなみの方からパパに用事なんて」
 その返事に、私はガクゥッと全身に脱力感を感じた。パッとドアを開け、思わず怒鳴っ
てしまう。
『なっ……何でいるのよっ!!』
「何でって……パパだって日曜日くらい休み取るさ。イエス・キリストが安息日に定め
た日でもあるしね」


216 名前:2/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 20:47:09.01 ID:VJL+Aw4f0 [9/16]
『フン。普段、神様なんかに祈った事ないくせに。それに、いつもだったら、日曜日だっ
て仕事行ってたのに、何で今日に限っているのよ』
「ああ。ここ二ヶ月くらいは大手クライアントを確保出来るかどうかで忙しかったから
ね。でも、商談も無事成立したから、しばらくは週末はかなみと一緒にゆっくり過ごせるよ」
 その言葉に、私は思わずしかめっ面で答えた。
『止めてよね。せっかく平和で静かな週末を過ごせてたのに、おじさんがいたら精神衛
生上良くないわよ』
 すると義父は、小さくため息をついて首を振った。
「そんな冷たい言い方しないでくれよ。せっかく、かなみと良好な父娘関係を築くいい
チャンスだって言うのに。そうだな。今日は二人でどこか行こうか。ディズニーランド
は時間的に厳しいかも知れないけど……映画でもショッピングでも。どこがいい?」
『どこも嫌。午前中は勉強しなくちゃいけないし、午後は学校の友達と約束あるもん。じゃねっ!!』
 バンッとドアを閉めてから、私はハァ……と深くため息をついた。後ろ手に隠してい
たプレゼントの箱を見つめる。
『……渡しそびれちゃったな……』
 さて、どうしようかと、私は部屋に戻りつつまた思考の迷路に迷い込むのだった。


『父の日のプレゼント?』
 ファーストフードで、シェークを啜ってた友人の友菜ちゃんが、キョトンとした顔で
首を傾げた。
『うん。友菜ちゃんはどうしたのかなって思って……』
『もちろん、渡したよ。私はゴルフボールにしたの。お父さん、ゴルフ好きだから。か
なみちゃんは?』
 ストレートに質問され、私はドキッとして居住まいを正してしまう。頬を掻いて、友
菜ちゃんから視線を逸らし、小さく答える。
『私は、まだ…… だ、だってその……お父さんって言ったって……本当のお父さんじゃないし……』
 友菜ちゃんは、私の家庭環境を知る、大切な友人だから、こういう事も言える。だか
らこそ、こんな話題も振れたのだが。
『あ、そっか。でも、だったらむしろ、渡した方が喜ばれるんじゃないかな』

217 名前:3/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 20:47:30.39 ID:VJL+Aw4f0 [10/16]
 屈託のない笑顔に、私は内心ため息をつく。友菜ちゃんみたく、素直で優しければ、
こんな風に笑顔で渡せたのかなと思う。
『友菜ちゃんは、どうやってお父さんに渡したの?』
 え?という顔を一瞬してから、友菜ちゃんは明るく笑って言った。
『朝、ご飯の後に渡したわ。お父さん、いつもありがとうって言って。すごく喜んでく
れたから、私も嬉しくなって抱きついちゃった』
 友菜ちゃんは思った以上にお父さんっ子らしい。しかし、全く参考にならないこの答
えは、私にとっては、さらに悩みを深めただけであった。


 家に帰ると、義父がリビングで出迎えてくれた。
「お帰り、かなみ。晩御飯は何がいい? せっかくだから、外でご飯っていうのもいい
んじゃないかな?」
『めんどくさいし、いい。何か適当に作って。あんま重くないのを』
 義父は、趣味というほどではないが、それなりに料理は作れる。私も、育ち柄料理は
作れるから、ご飯は適当に、変わりばんこで作っている。
「分かった。じゃあ、久し振りにパパ、頑張っちゃおうかな。せっかくのかなみとの晩
御飯なんだし」
『人の話聞いてないでしょっ!! 軽くでいいんだからね。適当にパスタでも茹でてく
れればいいわよっ!!』
 部屋に戻ると、机の上にちょこんと乗っかった義父へのプレゼントが出迎えてくれる。
私はハーッ……とまたまたため息をついた。
『大体、ご飯だってホントなら私が作るべきじゃん…… 何やってんだろうな、全く……』
 ボフッとベッドに座ると、そのまま横倒しになって私は、ウンウンと悩んでいたのだった。


 ご飯の時間になって、私はダイニングに向かおうとして気付いた。
『これ……持ってけば、渡さなくちゃいけない状況になるかもな……』
 プレゼントを手に持つと、私は部屋を出て、ダイニングに向かった。そして、ドアを
開けて、テーブルの上に並べられた料理を見て、私は呆然とした。

219 名前:4/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 20:48:14.28 ID:VJL+Aw4f0 [11/16]
『なっ……何よ、これ……?』
「やあ、かなみ。待たせちゃってゴメン。ほら、座って。今、グラタン運ぶから」
 テーブルの上に所狭しと並べられた大皿料理。バジルパスタに手羽先チキンの唐揚げ。
細く切ったポテトのチーズがけにスモークサーモンのサラダ。そしてグラタンと大盤振る舞いだ。
『あたし、軽くでいいって言ったのに。聞いてなかったの?』
 私の文句に、義父はニッコリと微笑んで頷いた。
「聞いてるよ。だから、好きなだけ取って食べればいい。グラタンは小さい器にしてお
いたから、これなら食べ切れるだろう?」
 どうやら、義父は義父なりに気を遣ったらしいという事は、理解出来た。
『だからって、何もこんなに作る事ないじゃない。二人しかいないのに、余ったらどう
すんのよ』
 すると義父は、照れ臭そうに頭を掻いて言った。
「いやあ。かなみに料理作ってあげるのも久し振りだからさ。つい張り切っちゃって。
確かにちょっと作り過ぎちゃったとは思うけど、余ったらラップに掛けて置いとけばい
いよ。明日、かなみのお弁当に流用して貰おう」
 平日は、お雇いメイドの芽唯(めい)さんが来て、家事をいろいろとやってくれる。
私のお弁当も彼女が作ってくれるので、その事を言っているのだ。
『それだけじゃ使い切れないわよ、こんな量。全く、バカじゃないの』
 ガタンと乱暴に椅子を引き、椅子に座る。向かい側に座る義父が困った笑顔で言った。
「後はパパが責任持つから、かなみは心配せずに食べたいものを食べたいだけ食べれば
いいからね」
『言われなくたってそうするわよ』
 呆れたように答えつつ、私は目の前の料理を見て思った。
――全く……これじゃあ、どっちがお祝いする側だか、分かんないじゃない。バカ……

229 名前:1/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 21:30:24.89 ID:VJL+Aw4f0 [13/16]
  • 父の日のプレゼントをどうやって渡そうかと思い悩むツンデレの続き

 しかも、料理は結構美味しくて、義父から振られる話を適当に答えることに集中して
いたら、自分が言ったことも――おまけに体重の事も――忘れて、考えていたより、遥
かに多く食べてしまった。それに気付いたのは、義父のニコニコする顔を見ていた時だった。
『どうしたのよ、おじさん。変なにやけ面して、気持ち悪いわよ』
「いや。かなみが結構たくさん食べてくれたなって思ってさ」
 まさか料理が美味しくて食べ過ぎたとは言えず、私は俯いて顔をしかめ、怒ったように答えた。
『だってもったいないじゃない。あんなにたくさん作ったら、お弁当に入れただけじゃ
絶対余るし。だからその……あたし、貧乏性だから頑張っちゃっただけで、別におじさ
んの料理が美味しかったとか、そんなんじゃないんだからね!!』
 しかし、義父は満足そうに頷くと、満面の笑顔で答える。
「何でもいいよ。かなみがパパの料理をたくさん食べてくれれば、それだけで満足だからね」
 何だかその言葉が酷く恥ずかしくて、私は体が火照るのを感じつつ、怒鳴り返した。
『バッ……バッカじゃないの? そんな事で喜ぶなんて。あたしはその……おじさんの
料理なんて全然好きじゃないんだから!!』
 ガタンと席を立つと、そのまま真っ直ぐ部屋に戻ろうとして、そして私は思い出した。
プレゼントを持って来ていたことに。アレを発見されるわけには行かないと、私はクル
リとターンすると席に戻り、隣の椅子にこっそりと置いてある、それ、を回収した。
「うん? どうしたんだ、かなみ」
 その行動を訝しく思った義父が聞いてくる。私はキッと義父を睨み付けて怒鳴った。
『別に何でもないわよっ!! 女の子の行動をいちいちいちいち詮索しないでよ、変態!!』
 大股に歩いて、私は自分の部屋へと戻って行き、そしてドアを閉めてから、頭を抱えた。
『ううう……私のバカ…… どんどん渡しづらい方向に話を持ってくなんて…… それ
に、いくら何でも変態は言い過ぎだわよね…… 実じゃないとはいえ、育ての親に向かって……』


230 名前:2/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 21:30:46.68 ID:VJL+Aw4f0 [14/16]
 日曜日は着々と終わりに向かって進んでいく。義父と一緒に大河という名を冠したホー
ムドラマを見て(これだけは義父と完全に馬が合う)、風呂に入ると、もうほとんど寝る
時間しか残されていなかった。
『ホントにどうしよう……これ……』
 プレゼントを見つめて私は悩む。
『明日になったら……もう渡せないわよね…… そしたら……』
 一人でクッキーを処分する姿を想像して、私はゾッとする。これでも一応、作ってる
間は、それなりに義父が喜ぶ姿も想像したりしたのだ。その思いも全部、消えてなくなっ
てしまう。
『ダメ。やっぱり……もうダメ。そんなの、耐えられない』
 最後の最後で、決心に火が点いた。言い訳なんてその場で考えればいい。私はプレゼ
ントを掴むと、急いで部屋から出て義父の部屋に向かい、ノックもせずにドアを開けた。
驚き、キョトンとした顔の義父と目が合う。
「どうしたんだい、かなみ。明日は学校だろ? もう遅いし、そろそろ寝ないといけな
いんじゃないか?」
 そんな言葉に構わず、私は口を開いた。
『え、えっと……おじさんは、まだ起きてる?』
「ああ。パパは少し、残した仕事があるからね。あと二時間くらいは起きてるけど、そ
れがどうかした?」
『じゃ……じゃあ、夜食代わりにこれ、食べてよ』
 パッとプレゼントを差し出す。義父は思わぬことに驚き、思わず目を見開いて聞いてきた。
「えっと……これ、どうしたの?」
 しかし、そう聞かれて私は躊躇った。ここに来てなお、父の日のプレゼントだと言う
事に激しく抵抗を覚えてしまい、咄嗟に思いついた嘘を言った。
『こ、これはその……昨日が友達の誕生日だと思って用意したんだけど、私まだ知り合っ
たばっかりだったから、一ヶ月間違えてて……それで、無駄にしたらもったいないかな
って…… 中はお菓子だから。おじさん、甘い物も好きでしょ? それで……』
 後は上手く言葉が出なかった。うつむいて顔も見ることが出来ない。すると義父が、
スッと近寄るのが感じられた。
「そうか。ちょうど小腹が減る頃だったから助かるよ。ありがとう」

231 名前:3/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 21:31:13.11 ID:VJL+Aw4f0 [15/16]
 そう言って、差し出された箱を受け取る。無言の私を優しく見下ろすと、頷いて聞いてきた。
「開けていいかい?」
 思わず、コクリと頷く。何だか、重大な事を忘れていた気もするが、何だったかは思
い出せなかった。義父が包みを開けると、箱の上に二つ折りのカードが乗っていた。そ
れを見て、私は重大な事を思い出した。
『ちょっと、おじさん。それ見ちゃダ――』
 しかし、私の制止の言葉は遅かった。義父は既にカードを開いて、声に出して読み始
めてしまった。
「なになに? おじさんへ。一応、父の日だから、プレゼントあげます。別に感謝して
ると言う訳じゃないけど、それでも食べさせて貰ったり、服を買って貰ったり、学校に
行かせて貰ったりしているから…… 勘違いしないで欲しいけど、だからって、まだお
父さんと認めたわけじゃないからね!! かなみ」
『ぁ―――――――!!!!』
 声にならない叫びを上げる私の前で、しばらく無言で立ち尽くしていた義父は、やが
てニッコリと微笑んで言った。
「そういや、今日は父の日だったなあ。去年まですっかり縁がなかったから、忘れてい
たよ。でも、かなみはちゃんと覚えていて、プレゼントまで用意してくれていたんだね。
ありがとう」
 スッと手を出し、頭を撫でて来る。その行為に動揺した私は、振り払う事もままなら
ず、あうあうと口を動かした。
『いやっ……だからその……な、何となくきまぐれだからっ!! べ、別におじさんの
事パパと認めた訳でもないし、だからその……』
 しかし、私の声など聞こえてないように、義父は納得の言った顔で頷いた。
「しかし、今朝からかなみが、何か隠し持ってるよう見えたのは、これだったんだな。
全く、照れ屋な娘だな。かなみは」
『うぅ~~~~~~~~っ!! だっ……誰が照れてるって言うのよっ!! バカバカバカ!!』
 罵っては見たものの、多分自分の顔が真っ赤になってるのは自分でも分かる。きっと、
誰が見ても百パーセント照れてると言うだろう。
「すごく嬉しいよ。ありがとう、かなみ」
『分かったから、もういい加減手を離してよね!!』

232 名前:4/4[] 投稿日:2011/06/18(土) 21:32:20.75 ID:VJL+Aw4f0 [16/16]
 ようやく抵抗しかけた私より早く、義父は頭から手を離した。そして、ちょっと複雑
な顔をして言った。
「ただ……出来れば今日くらいは、ここにパパって書いて欲しかったなあ。今からでも
ダメかい?」
『ダメ!! 絶対ダメ!! おじさんはおじさんで、パパじゃないんだから!! それ
だけは認められないもん!!』
 寂しげな義父の前でそう怒鳴りつつ、私自身もいつか、もう少し素直になってパパと
呼べる日が来ればいいとは思わずにいられないのだった。


終わり
前々から書きたいと思ってた養女ツンデレがついに日の目を見れた……
最終更新:2011年06月20日 22:29