121 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 1/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:30:27.44 ID:GQtqEVAV0 [2/11]
俺の通う学校は曲りなりにも進学校を謳っている所為か、授業も勉学の方面に比重を置
いている。
体育祭より文化祭が盛んらしいし、中間や期末テストとは別に授業内容として小テスト
を行うことも少なくないと聞いた。
中間テストでは上位者五十名を掲示板に貼り出すが、何の効果があるかは不明。
他人が優秀さを知った所で、自分が優秀になるわけでもなくて。
気にするのはせいぜい五十位付近で上下してる人ぐらいだと思っていたけど。
結果を張り出されてみれば何となく確認してみたくなるのは人間の不思議な所だよなぁ。
俺が周りに流されやすいだけという可能性は無視の方向で。
掲示板の前には数人ばかりのグループが幾つか集まって結果を確認しており、張り出さ
れた名前を指差しては嬌声を上げていた。
名前を探しているということは、此処にいる人は全員上位五十名なのかなぁと思ったけ
ど、漏れ聞こえる会話を聞く限りどうやら先輩や友人の名前を探しているようだ。
周りに倣って一位から名前を追っていく。
中学校の時の先輩が当然のように一番上に居た。
「うっわぁ………」
中学校の先輩の二人、前生徒会長と前々生徒会長がトップ争いをしているようだ。
優秀な人たちとは思っていたが、これほどまでだと何となく引くなぁ。
井の中の蛙大海を知らずとは言うけど、別に大海に出ても溺れるとは限らないわけだ。
いや、我ながら先輩を蛙扱いするのはどうかと。
しかし先輩とはいえ個人的に交流があるわけでもなく、ただ有名な先輩の名前を一方的
に把握しているだけだ。
有名な芸能人と誕生日が一緒なんだぜってレベルの繋がり。
だから俺にとっては、その下に記載されている人物の方を気にしたい。
我らが委員長、浅見川水鶏。十五位。
俺達のクラスの中で唯一、この結果発表に名前を連ねていた。
先輩の化け物ぶりを見た後だと印象は薄く感じるけれど、
「…………数百人の全校生徒の中で十五番目、ってのも大概だよなぁ」
気が済んだらしい周りの集団の解散を機会として、俺も下校することにした。
122 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 2/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:32:36.70 ID:GQtqEVAV0 [3/11]
昼休みから空に増え始めた暗雲は案の定雨粒を落としていた。
雨というよりは水滴と呼びたくなる弱い雨だが、傘を持ってないので家に帰る頃には
きっと程よくしっとりとした男が一人出来上がるだろう。
時間が経てば止みそうだし、図書室で時間を潰すか。
図書室は良い所だ。
暇潰しの為の本は無数にあるし、何より冷房が効いている。
湿気と蒸し暑さからの開放を喜びつつ三国志の漫画をいくつか見繕う。
三国志がどの学校にも置いてあるのは不思議だ。
勉強の為に設置されている長机の殆どは生徒で埋まっていた。
親の敵のように参考書を睨みつけている。
恐らく今回のテストで実力を痛感した人たちだろう。
かく言う俺もギリギリなのだが。何を余裕ぶっているのだろう。
こういう所が妹の言う「能天気」なんだろうけど、悲観的になるよりはいいよな。
「おや?」
鬼気迫る勉強家達の並ぶ中に一人、涼しげに鉛筆を動かす姿があった。
黒髪、眼鏡、ポニーテール。見紛うことなく僕たち私たちの浅見川水鶏さんだった。
髪を纏めているシュシュが今日も違うデザインだ。
というより同じデザインを使っているところをまだ見たことがない。
何種類持っているんだ。彼女なりのこだわりがあるんだろうか。
ふむ、記憶しておこう。
彼女へのプレゼントを検討しつつ彼女の隣に座る「こらこら」睨まれた。
眼鏡越しに鋭い視線を向けてくる。
「あれ? 何か不機嫌?」
「たった今不機嫌になったわ。そして隣に座らないの」
手を振りながら「はいはいゲラウトヒアゲラウトヒア」と退場を求めてくる。
言われたとおりに席を立ち、浅見川を挟んで反対の席へ移動。
「おい」
低い声。
123 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 3/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:34:56.16 ID:GQtqEVAV0 [4/11]
「浅見川、超怖いな」
「そうね私は怖いわねだからどっか行きなさい」
「でも俺はそんな浅見川も好きだぜ?」
「でも私はそんな貴方が嫌い。あらあら残念、フラれちゃったわね」
適当に相手してます、と全身で表現するように皮肉げな笑みを浮かべる。
笑ってる顔も可愛いなぁと強引に解釈しておいた。
「まぁフラレたのは残念だけど、だったら好きになってもらう努力をしようと思うんだ」
「知ってるかしら? それを世間一般ではストーカーというのよ」
「らしいね。でも相手に好きになってもらえれば結果的には健全な恋になるさ」
「………無自覚で前向きな犯罪者って最悪ね。国家権力は何をしてるのかしら」
はあ、と溜息を一つ。
憂えた表情が大人っぽくて素敵だ。
「どんな浅見川も絵になるなぁ」
「行き成り過程を飛ばして話題を変えないでよ能天気ストーカー」
「ストーカーかあ、ずっと浅見川を見ていられるってのもいいかもね」
「人の迷惑を考えなさい。それにストーカーは遠くから相手を見るのよ。つまり逆説として
ストーカーは私に近付けないの。分かったら離れなさいこのストーカー」
「あ、俺はクラスメイトだから大丈夫だね」
「時々、心底腹が立つわね貴方」
言って、浅見川が席を立つ。荷物を置きっぱなしなので帰るのでは無さそうだ。
俺も席を立って浅見川の後を「着いてこないで」止められた。
それでも扉の方へと歩いていく浅見川の後を追う。
「いや、どこに行くのかなーって」
「何処でもいいでしょうが」
「離れてると寂しいし」
「兎じゃないのよ」
「一緒にいられるなら、俺は兎にだってなるよ」
「いやいやいや、そんな凛々しい顔で言われても困るから」
足を止めて振り向いた浅見川が、子供の駄々に悩む母親のような顔をしていた。
124 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 4/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:37:51.66 ID:GQtqEVAV0 [5/11]
「通報するわよ」
「うーん、逮捕されるのは困るかなぁ」
「というか、私についてきたら他の女子に通報されるわね」
はん、と鼻で笑った。
人を馬鹿にする仕草が似合うな。いや、浅見川に似合わない事なんてないけど。
「ああ」トイレ、という言葉はダメだよな「録音?」
「その気遣い、逆に恥ずかしいから」
「公衆の面前でトイレって言うのは不味いかと思って」
「言ってるじゃない」
「あらら」
「良いから、着いてこないで」
ステイ、と犬の躾のように言われてしまったので、席に戻る。
手持ち無沙汰なので開きっぱなしのノートを除いてみた。
数学の勉強をしていたようで、数式がびっしり。
中学校でやった覚えがない。自主的に先の勉強をしているらしい。
成績上位に入るにはこんな努力が必要なんだな、と感嘆。
同時に浅見川の上に十四人も居るという事に気付き驚嘆。
ノートを前のページに遡ってみる。浅見川は毎日、随分と勉強に費やしているようだ。
それでも十五位か。もしかしてこの学校のレベルってかなり高いのか。
「ふうん………」
立ち上がり、扉へと向かう。
浅見川を追うつもりでは無く、目的地は逆方向だ。
その際、図書委員に図書室で騒ぐなと今更のように注意されたので、頭を下げておく。
「あら、帰ったのかと思ったわ」
図書室に戻ると、浅見川は既に勉強を再開していた。
鞄を置いていたので、帰っていないことは分かるはずなんだけど。
「はい、どうぞ」
「何よこれ」
125 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 5/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:40:02.83 ID:GQtqEVAV0 [6/11]
差し出した缶を胡散臭そうに眺める。
種類は二つ、ココアと珈琲だ。
単なるイメージで珈琲を買ったけど、嫌いだった場合を考慮してココアも買った。
まあ残った方は俺が飲めばいいし。
「どういう風の吹き回しかしら」
「ん、なんとなくね」
労いたくなって、とか言っちゃうと何だかんだで受け取らないんだろうなぁ。
そんな事をされる覚えはないわ、とか言って。
「迷惑料ってことで」
「百二十円でチャラになると思っているの? というか迷惑だと自覚してたのね」
「まー細かいことは置いておこうよ。で、どっち要る?」
「ココア」
「え」
「何よ、文句ある?」
「ははは、俺が浅見川に文句を言うわけないじゃないか」
「文句があるのは否定しないのね、言わないだけで」
まあいいわ、と浅見川が呟く。
しかし本当にココアの方を選んだか。
一応買っといてよかったけど、俺って実は珈琲飲めないんだよね。ブラックだし。
プルタブを開けて黒い液体を少し口に含む。
苦い。そして図書室は飲食禁止だと思い出した。
さっきの図書委員がちらちらとこちらを見ているが、注意する様子はない。
見れば周りも紙パックやペットボトルを持ち込んでるので、黙認されてる様だ。
「そういや結果見てきたけど、凄いな」
「何が?」
「テスト結果。十五位だって?」
「ああ、その事。そんなに凄くもないでしょう」
「いや、充分凄いだろ? 全校生徒の中で十五番目だぜ?」
「そうね、つまり上に十四人も居るわね」
126 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 6/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:42:41.70 ID:GQtqEVAV0 [7/11]
浅見川の声のトーンが落ちた。
目も若干細められて「私は不機嫌です」とアピールしてくる。
「もしかしてなんだけど浅見川、実は悔しがってたりする?」
「はァ……?」
地底から響いてそうな重低音。決して美少女が出してはいけない声だった。
色んな一面がある浅見川に胸キュンだぜ! ってのは無理があるかな、どうだ。
「なんで私が悔しがるのよ」
「これだけ頑張ってるのに二桁台だったこと、とか」
ぴくりと眉が少し動いた。
平静を装っているが、図星のようだ。
「………そうよ、私は全力だったわ。一桁の人間が異常なのよ」
「負け惜しみ?」
「煩い」
睨まれる。
だから俺は微笑む。
「何でよ」
「あ痛っ」
指先で額を突かれた。
形の整った爪が肉を刺す。
「はぁ、貴方って本当に私の理解の外ね」
やれやれ、と口で言いながら鉛筆を机に投げ出す。
休憩に入るのかと思ったが、どうやら参考書の問題を解き終わったようだ。
数学の計算って会話しながら出来るもんなんだなぁ。
浅見川はそのままノートを閉じて、眼鏡を外す。
眼鏡を外した顔はどことなく印象が変わって見える。
普段と比べると外していた方が同級生っぽいというか。
「眼鏡をかけていると綺麗だけど、外すと可愛いって感じだよね」
「……………」
目を細めたのは視力のせいでなく、呆れたからだろう。
127 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 7/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:44:59.37 ID:GQtqEVAV0 [8/11]
「前々から一度、聞いておきたい事があるのだけれど」
鞄の中にノートや筆箱を仕舞いつつ、どうでもよさそうに聞いてくる。
「貴方、私の何処がそんなに気に入ったのかしら?」
「顔」
浅見川が絶句した。
荷物を片付ける手も止まり、信じられないものを見る目を俺に向ける。
そんなにおかしい事言ったかなぁ?
出会ってまだ三ヵ月も経っていない。
こんな短い期間で相手の内面を知った気になるのは、それこそ失礼だろ。
だから外見を気に入ったというのは、分かりやすい理由だと思うけど。
「あーそう、そうね、顔なのね」
言葉を絞り出す、という表現がぴったりな感じに浅見川は話す。
「だったら、例えば私が整形したりしたら、貴方は付き纏うのを止めてくれるのかしら」
「いや、止めないと思う」
「はぁ?」
浅見川が片眉を釣り上げる。
眼鏡をかけない方が表情のバリエーションが増えるらしい
「何でよ。貴方が今私の顔が好……気に入ったと言ったんじゃない」
「それはあくまで好きになった理由だし。今はもう、好きになっちゃってるしね」
だから、と続けて。
「多分浅見川がどんなに変わっても、俺は浅見川を好きで居続けるよ」
がつん、と浅見川が机に額を付けた。痛そう。
眼鏡を掛けていたら壊れていただろう勢いだ。
そのまま長い長い溜息を吐いた。
「…………小学生か!」
「え?」
「貴方ね、好きだ好きだと軽々しく言いすぎなのよ。小学生じゃあるまいし。何? 幼稚園
で幼馴染と結婚の約束でもしてるタイプの人間なの?」
「生憎、幼馴染は居なくて」
128 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 8/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:47:33.73 ID:GQtqEVAV0 [9/11]
「聞いてないわよそんなこと」
「あれ?」
まあいいわ、と浅見川が顔を上げる。
打ち付けた額は少し赤い。
しかしそれを気にするでもなく眼鏡をかけて、普段通りの表情になる。
「分かったわ、要するに貴方は馬鹿なのね」
「まぁ、確かにテストの成績は良くなかったけど」
「もっと根源的なものよ。不治の病だわ」
「そうかな?」
「そうよ、貴方は馬鹿だわ。ほんっとに馬鹿」
何度も馬鹿と評価しながら、浅見川が帰宅の準備を終える。
俺も三国志の漫画を片付けるために巻数順に積み重ねた。
「貴方は、アレね。一等の入っていないクジを引き続けてる様なものだわ」
「ん? どういう意味?」
「無駄な努力だから諦めなさい、と忠告してあげてるのよ」
「それは浅見川に対しての事かな?」
「ええ。貴方が何をしようと、私は貴方の想いには答えないから」
席から立ち上がり、こちらを下に見ながら。
「だから私の事は諦めて、別の人を見つけなさい」
「それはちょっと無理かなぁ」
間を置かず返すと、浅見川の表情に不機嫌さが増した。
だって、本気で嫌われてない内は諦められない。
浅見川が心の底から俺を拒絶するつもりなら、こんな説得をせずに無視をするなり方法
はあるはずで。
それをしないのは、多分浅見川が俺の事を極力傷付けまいとしているからで。
ストーカー紛いの男の事まで心配するんだから、優しいよなぁ。
「これは例えばの話なんだけど」
「何よ」
「福引で、一等の旅行より二等の薄型テレビを欲しがる人って、結構居ると思うんだよね」
129 名前:『浅見川水鶏と中間テストと俺』 9/9[] 投稿日:2011/06/26(日) 15:50:14.91 ID:GQtqEVAV0 [10/11]
「確かに一等が手に入る可能性が無いのは残念だけど、それって二等や三等が要らないっ
て事じゃなくてさ」
一番良い結果以外は要らない、なんて極論が言える人はそう居ないわけで。
逆に、それが言えて実行出来る人間が天才とかって呼ばれる人なんだろうけど。
残念な事に非才で凡人な俺は、そこまで極端になれない。
「次善でも何でも、善い結果の可能性がある内は、諦められないかな」
だから、
「俺は浅見川を好きでい続けると思うよ」
「………あっ、そ」
「うん」
「それならまぁ…………勝手にしたら、いいんじゃないかしら」
浅見川は呆れたように、静かな笑みを浮かべた。
初見の表情に見蕩れている内に、浅見川は扉へと体を向けた。
鞄から折りたたみ傘を取り出す。
その行動にふと窓の外へ目を向けると、雨が強くなっていた。
悪化している………誰だ、時間が経てば止むとか言った奴。俺じゃん。
「ねぇ浅見川」
「何かしら」
「傘、一緒に入れてくれない?」
「嫌よ。そんなことをして、友達に噂されたら恥ずかしいもの」
どことなく冗談っぽく言って、浅見川は図書室から出ていった。
浅見川が冗談を言った…………何だろう、若干距離が縮まったのだろうか?
現実世界は好感度とか目に見えないからやりにくい、と妹もいつか言ってたな。
雨粒が窓を叩く音を聞きながら、三国志の本をもう一度開く。
この本を読み終わるまでに止んでなかったら、濡れて帰ろう。
たまにはそういうのも、楽しそうだ。
…………風邪をひくと浅見川に会えなくなるから、困るけどね。
~続(かない)~
最終更新:2011年06月29日 00:15