『ツンデレさんと勉強をする話』



 日に日に気温も高くなり夏の訪れを感じさせる中、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 僕たちの通う高校では、来週から中間審査が始まります。
 それに伴い部活動が一時的に禁止とされ、授業も十分短縮で行われています。
 少しの非日常さと夏の陽気を原動力として、放課後、殆どの生徒は快活になります。
 ………殆ど、という事はもちろん、例外も含む訳で。
「おーい、黒川ー?」
「……………………」
 へんじがない、ただのしかばねのようだ!
 黒川は突っ伏している……僕の机に。もはや何も言うまい。
 その様子は二週間ほど前の、失恋直後の黒川を思い起こさせたけど、また失恋したと
いう訳でもないだろう。多分。
「くーろーかーわー?」
 呼びかけても起きないので、本気で寝てるんじゃないかという考えが過ぎった。
 教室内を見回してみる。
 「授業が終わったのに教室に居られるか!俺は家に帰らせて貰う!」とでもいう風に
大半の生徒は帰宅している。
 残っているのは放課後の予定を話し合っている生徒がまばらに数人……よし。
 一旦声をかけるのをやめて、黒川の背後に回る。
 その僅かに上下する背中の、背骨のある位置を人差し指ですすーっとなぞってみた。
「ひゃんっ!?」
「わ、エロい」
 おっと、本音が口から出てしまいましたねHAHAHA。
 黒川は口を押さえて辺りを見回す。生徒達が注目してる事を確認して少し赤面。
 その後背後に立つ僕こと犯人を見つけて、睨みつけてきた。
 若干まだ顔が赤いので迫力は半減。
「そう怖い顔しないでよ、素早さが下がるじゃないか」
「貴方には、ときどき殺意を覚えるわ……!」
 唇を噛んで恨めしげに言う。
 なので僕は対照的に笑顔を心がけてみた。出来たかは知らない。
「黒川、一緒に帰ろう」





 校門を出た辺りで、隣を歩く黒川が口を開いた。
「……貴方の所為で恥をかいたわ、全く」
「大丈夫だよ、可愛い声だったし」
「それは何をフォローしてるのよ……?」
 呆れ声で溜息をつく。
 その仕草に合わせて黒川のポニーテールが揺れた。
 なんというか………良いよね。夏っぽいね。
「そういや来週から中間審査だけど、勉強してる?」
「………」
 あ、沈黙だ。
 黒川が露骨に目をそらす。
 しかし、何だね。分かりやすい子だね。
「………ふっ」
 ゆるり、と首を振った。
 何故か漫画のラスボスの様な貫禄がある。
「人の価値と言うのはね、勉強のみで決まる訳ではないのよ」
「それ、成績の良い人が言えば恰好いいんだけどね」
 鞄が飛んできた。顔に当たった。とても痛かったです。
「ほら、鞄返しなさい」
「なんという理不尽さ」
 身長は低いくせに高い所から見下ろされてる気分だ。
 口に出したらもう一撃来そうなんで自重。
 ……別に、黒川の成績がどうだろうと僕が気にする必要はないんだけどさ。
 それでも友達として、手助けできる事ならしたいじゃないか。
 あ―、それと。女子と二人で勉強なんて青春っぽいじゃないか。
 そんな理論武装で、自分に行動する理由を与えてみた。
 か、勘違いしないでよね、別に黒川の為じゃないんだから。みたいな。
「………母さんがクッキー作りに凝ってるんだけど、量がちょっと多いんだよね」
「…………なにが言いたいのよ」
「うん、クッキーを食べながら一緒にテスト勉強とか、どうかな?」







「お菓子に惹かれただけで、別に貴方と一緒に勉強したい訳ではないわよ?」
 黒川は開口一番、そんな事を言った。
 こんにちは、お邪魔しますの代わりとしては実に剣呑。
 手提げ鞄を抱えて家にやってきた黒川の服装は私服だ。
 テスト勉強のために、一度家に帰って道具を取ってきた訳です。
「……まぁ、上がって」
「お邪魔するわ」
 黒川をリビングに通し、ソファに座らせる。
 何故僕の部屋じゃないのかと言うと、照れるからです。僕が。
 硝子のテーブルにクッキーの大皿を置き、対面に座る。
 クッキーの種類は普通のバターとココア、そして表面をチョコなどでコーティングし
た物の三種類。デザインは星やハートや車やその他諸々。
「………貴方のお母さんって、洋菓子屋だったかしら?」
「いや、和菓子屋の筈なんだけどね?」
「あらそう」
 筆箱やノートをテーブルの上に広げながら、黒川がクッキーを一枚手に取る。
 バター味の標準的な奴だ。
 僕も同じように勉強道具を広げて、黒川に何冊かノートを渡す。
「使う?」
「何よ、これは」
「こっちのノートが教科別に要点をまとめたノートで、こっちは自作の問題集。今回の
テストの範囲で作ってるから模試として役に立つと思う……って、なんだその顔は」
「……いえ、貴方の変態性を再認識してただけよ」
「変態とな」
 黒川はノートを手に取りぱらぱらとめくって行く。
 因みにこれ、受験勉強の時にもしたやり方だ。
「相変わらず詳細すぎて気味が悪いわね……何?暇なの?」
「趣味の無い帰宅部だから、時間が有り余ってるんだ」
「そう、ご愁傷様」
「……っていうか、黒川も帰宅部じゃん」






「私は忙しいわよ」
「あ、バイトしてるんだっけ?」
「ネットゲームもしているわ」
「……勉強しろよ」
 何を誇らしげに。
 ウチにはパソコンなんて文明の利器は妹の綾瀬の部屋にしかないぞ。
 お年玉や誕生日プレゼントを我慢してまで買ってもらったという、努力の結晶だ。
「ただいま」
 噂をしていれば綾瀬が帰ってきた。
 程なくして、制服姿の綾瀬がリビングに入ってくる。
 数か月前には僕たちも着ていた、中学校の制服だ。いや、僕は男子制服だけどね。
「ただいま、兄さん……と、玄関の靴は黒川先輩でしたか」
「えぇ、お邪魔してるわ」
「……髪を切ったんですね?」
 不思議そうに問う。あぁ、髪を切ってからは初対面だったっけ。
 しかしその質問は地雷な気がするが、さて。
「気分転換にね。それに、これから暑くなるもの」
 いつぞや聞いた台詞だなぁーと思いました。
 綾瀬はその台詞から何かを感じ取ったのか、それ以上追及はしなかった。
 僕の妹の割に、空気が読めている。
「それじゃ兄さん、私二階で勉強してるから」
 ごゆっくり、と言外に残すような言い方でリビングを後にする。
 扉が閉まった後に階段を上がる音を聞いて、黒川が口を開いた。
「兄妹そろって勉強家なのね。気味が悪いわ」
「いや、最後の一言は言わないでおこうよ」
「兄妹そろって勉強家なのね。気味が悪い」
「一文字じゃなくてね」
 しかもより険悪な言い方になってるじゃないか。
 なんでそんなに勉強が嫌いなんだよ。
「私が勉強を嫌いなのではないわ。勉強が私を嫌いなのよ」






「中学校の頃にも聞いた気がするな、それ」
「ええそうね、言ったもの」
 ………要するに、精神的に成長してないんだな。
 あと局部的に肉体も。
 消しゴムが飛んできた。
「………何故?」
「失礼な事を考えられた気がするわ」
「理不尽な」
 何故分かったんだ。

 それから一時間程度、黙々と勉強を続けた。
 健全な男子と女子が一緒に居て特に色気の無い展開だと思う。
 まぁそんな事はどうでもいい。
「………このノート、教科書より分かりやすくて腹が立つわね」
「そんな文句をつけられたのは初めてだよ」
 そもそも勉強を教えるなんて黒川相手以外にやってないしな。
「明日も来るわ。美味しいお菓子を用意しておいて頂戴」
「母さんに言っとくよ……じゃ、また明日」
「えぇ、また明日」
 黒川が玄関を開けて外に出ていく。
 それを見送ってから振り返ると、綾瀬が居た。
 とてもビックリした。忍者かお前。
「黒川先輩、フラれたんですね」
「フラれた、つか失恋だけどな……よく分かったな」
「ブログに書いてました」
「マジで?」
 黒川、ブログなんかやってんの?
 そしてお前それ読んでんの?
 やっべぇ、すっごい気になる。でも遠慮しとこう、なんとなく。
 僕の中の黒川のイメージが崩れそうだ。







 それから一週間、黒川と勉強して。そのあと一週間、中間審査があって。
 そして今日、その結果が出た。
「………わぁお」
 僕らの学校では、学年の上位五十名の名前と総得点が掲示板に張り出される。
 その中に僕の名前があった。
 その下に黒川の名前があった。
「………えーっと、おめでとう、黒川」
 僕も正直驚いたけど、黒川が一番驚いていた。
 少し呆けたような表情を見せた後、いつもより得意げな表情を見せた。
「……フッ、これが私の真の実力なのよ」
「そうかそうか、じゃあこれからも維持してくれ」
「い、言われるまでも無いわ」
 ちょっとどもったな、今。
「これ、ブログにでも書く?」
「………な、なんのことかしらー?」
 とても動揺していた。
 そのブログに何を書いてるんだよ。
「一応、僕は読んでないから」
「それは良い心がけね、これからも続けなさい……絶対読むんじゃないわよ」
 最後だけ早口で凄まれた。身長差の為それほど迫力は……皆まで言うまい。

「………それと、一応、言っておくわ」
 そう言って黒川は顔が見えない様にそっぽを向いて。
 とても小さな声で、呟いた。
「……あ、ありがとう」
 その様子がなんだか可愛く思えて、思わず笑みがこぼれた。
「………何よ」
「いや、別に?」

~続(かない)~
最終更新:2011年07月11日 01:39