ツンデレさんと食事をする話




 六月に入って本格的に梅雨となり、湿度が最大の敵となってきたある日。
 弁当を忘れた昼休み、『冷やしソーメン始めました』なる張り紙に惹かれてつい学食
で注文した後に、そもそもソーメンは冷えているものだと思いだした。
 ついでに僕は丼物を注文するつもりだった事も思い出した。
 此処最近、白米を食べていない。
 一週間ほど前から母が洋食に凝りだしたからので、パンが主食の日々が続いている。
 小さい頃から和食に傾倒した食生活だった所為か、身体が本能的に和食を食べたがっ
ている様な気がする。
 ギブミー白米。
 っていうか和食。
 ………ソーメンって和食なのかな、一応。
「あー………味噌汁が飲みたい」
「もしかしてそれは、私に対する催促なのかしら?」
 独り言に答えられてしまった。
 寿命が減ってしまったじゃないかと民間の言い伝えを信じて憤慨してみる。あれ、そ
れは寝言だったっけ?
「ともかく、独り言にまで会話を試みる親切な人間に目線を向けてみる」
「何よ、そのモノローグ口調」
 向かいの席に座っていたのは日替わりランチを食べている黒川だった。
 特に予定調和すぎて驚く部分が無い。……ってか、座った時から気付いてたしね。
 黒川のポニーテールは一か月前より伸びていて、その髪型が違和感が無いぐらいの長
さにはなっていた。しかし、「残念な事に身体の発育はそうともいかないようで…」
「すごく死ねっ!」
 黒川がボールペンを投げた。
 額に当たった。
 すごく痛かったです。(小学生の作文風に)
 ボールペンを拾いながら額をさする。
 ほんのり温かい。
 まぁ、さっきまで黒川が胸ポケットに入れてたものだしな……うん?
 という事はこれは、黒川の胸の温もりか。




「エロい……」
「何か言ったかしら?」
「何も言ってないよ?」
 嘘をついた。
 そして黒川にボールペンを返す。
「黒川、君の投擲技術って格段に進歩してるよね」
「えぇ、おかげさまでね……」
「もっと感謝しても良いんだよ」
 キラーン(爽やかな感じに)。
 歯磨き粉のコマーシャルのごとく爽やかに白い歯を輝かせて出来る訳が無い。せめて
笑顔を心がけてみた。
 黒川のジト目具合が当社比で三割増しに!……あれ、ダメじゃん。
「で、いるの?いらないの?」
「いる」
「即答は予想外だわ……」
 わざとらしく額に手を当てながら、味噌汁の椀をこちらに寄こしてくる。
 具はわかめと豆腐、あと麩。
 単純にシンプルで実によいグッドですね。自分でも意味わかんね。
 そういえば以前、母が味噌汁に卵を入れた事があった。僕は何故かあれ苦手なんだよ
ね。卵は好きなのに。そもそも具が多いのが苦手なのかもしれない。
 じるじると味噌汁を呑む。うん、味噌味。
「美味しい」
「普通の感想ね……巨大化して目から光線出すとかしないの?」
「うん?えーっと………黒川の愛の味がするね!」
「それは恐らく食堂のおばちゃんの愛の味でしょうね」
 バカじゃないの?と言外に言われた気がした。
「一応言っておくけれど、貴方バカじゃないの?」
 実際に言われてしまった。
 エビフライを齧りながら。
 食べながら話すのは行儀が悪いなと思いました。まる。







 黒川から返却の要求をされなかったので、味噌汁をもう一口。
 琥珀色の水面が揺れる椀を見ながら呟いた。
「……そういやこれ、間接キスだよね」
「!?」
 黒川がむせた。
 先程まで食べていたエビフライを逆流させなかったのは彼女のプライドか。
 何度かむせたあと水を呑み、呼吸を整える。
 少し涙目になった黒川が僕を睨んでくる。
「……今どき、小学生でも気にしないわよ、そんなこと」
「その割にはとても動揺してたみたいだけど」
「そんな事言うと思わなかったから驚いただけよ……えぇ、それだけだわ」
 まくし立てるように言う。
 そして黒川は味噌汁の返却を要求してきた。
 拒める筈も無いので従うと、黒川は椀を回して僕が口を付けてない所で飲み始めた。
 はっはっは、そこまで露骨だと流石に僕も傷つくよ?
 まぁ照れ隠しの一種だと思っておこう。うん、きっとそうだ。
「貰ってばっかもアレなんで、ソーメン食べる?」
「謝罪の気持ちと言うなら、貰ってあげなくもないわ」
 なんと回りくどい。……いや、照れ隠し照れ隠し。
 何事も前向きに考えれば人生は楽しいと、いつだったか別府先輩が言ってたんだよ。
 器を持ってソーメンを一掬い。それを黒川の方に向けた。
「どーぞ」
「なっ……!?」
 黒川はまるで倒したと思っていた敵が復活した時の様な、はたまたラスボスが自分の
身内と知った勇者の様な………えーっと、とりあえず驚きの最上級な顔をした。
「あ、貴方もしかして……その罰ゲームみたいな行為を私にさせるつもり……!?」
「………ふっふっふ」
 罰ゲームとは言いえて妙だな、黒川。
 自分でやっといて、僕もすっげぇ恥ずかしいよ!
 周りの注目とか地味に集まってるんだよ!







 心の中の客観的な自分が「バッカジャネーノ!バッカジャネーノ!」と叫ぶのを幻聴
した。
「…………うぅ」
 黒川は小さく呟いて、そして、決心したように眼を閉じ、少しだけ口を開けた。
「あ、あ―ん」
 ……………え?マジデ?
 マジでヤンの?この罰ゲーム。
 正直出来心だったんです、軽いおフザケのつもりだったんですよ刑事さん。
 そんな僕の心の葛藤など他所に一足先に決心を固めている黒川は少し顔を赤らめて小
さく口を開けて僕の事を健気に待っていてなんか可愛いなぁ。
 ………ハッ!今ちょっと梅雨の湿気で脳味噌カビてた!
 アレだ、クールになれ。今この状況を打破するにはさっさと黒川にソーメンを食べさ
せるんだ!それですべてが終わる!
 黒川の口元に箸を持っていくと、少しずつソーメンを食べていく。
 それほど多くないソーメンの束を食べ終えて、僕は静かに箸を手元に戻した。
「………私の勝ちね」
「いつの間に勝負に……?」
「うるさいわね。貴方の所為で恥ずかしい思いしたんだから、私の言う事一つ聞くぐら
いはしなさいよ」
「ちなみに、いやだって言ったらどうなるかな?」
「嫌だといったら……」
 考えるようなそぶりを見せ、そして少し間を開けて、とても悪く笑った。
 黒川は箸で唐揚げを持ちあげる。
「今度は私がこれを貴方に食べさせるわ………!」
「な、なんだってー」
 そんな事をしたら周りからバカップルと誤解されちゃうじゃないか!
 黒川……恐ろしい子……!
 うん、どうやら僕たち順調に脳味噌がカビてるみたいだね。
「まぁ、別に良いけどさ………内容は?」
「考えておくわ」






 こちらが了承したことでご満悦なのか、黒川は唐揚げを口へ放り込む。
 それが最後だったようで、食器類をトレーに乗せて立ち上がる。
「じゃ、約束忘れないで頂戴」
「忘れなかったら覚えとく」
「覚えていなさい……!」
 黒川が食器返却口へ向かって行った。
 悪役の捨て台詞の様なものを残して。
 黒川のポニーテールが、まるで犬が尻尾を振っている様にも見えた。
「んー……」
 椅子の背もたれに体重を預ける。
 ちょっとした悪ふざけだったが、結構精神的なダメージだった。
 人、これを自爆という。
 それにしても、だ。
 「お願い聞いてくれる?」なんて言われるとは。多分に曲解してるけどね。
 黒川からそんな事を言われるのは、中学で勉強を教えた時ぐらいだ。
 その時は黒川にも事情があった訳だし………ふむ。
「それなりに親密になれた、とか」
 思っちゃって、良いのかなぁ?


 ちなみに。
 黒川のお願いもとい命令とは、「今度の休日に買い物に付き合ってくれるかしら、も
ちろん荷物持ちでなんだけど」という物だった。
 「デート?」なんて聞いてみたらボールペンを投げられた。
 刺さった。
 とてもとても痛かった。
 ……はっはっはー、照れ隠し照れ隠し。
 人生は前向きに考えとこう。

~続(かない)~
最終更新:2011年07月11日 01:40