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『ツンデレさんと休日に出かけるお話』


 梅雨明けに向かう六月のある日曜日。
 六時に起きて、今は七時の五分前。
 布団から起き上がれずに一時間が過ぎてしまった。
 無駄すぎる。
 そもそも低血圧と貧血を持病としている僕に休みの日に自発的に早起きを期待するほう
が間違っている。
 なので僕は二度寝をしても許されるんじゃないかと思いました。
 よし、お休みなさい。
「起きなさい」
 七時ジャスト、母さんが僕の部屋に入ってきた。
 和菓子屋、というか両親ともに食品に関係してる所為か、二人とも病的なまでに時間に
厳しい。正しく病的、職業病だ。
 休みの日ぐらい遅くまで眠ってもいいじゃないかと思うけど、母さんにそんな理屈は通
用しない。
 何故なら平日だろうが休みだろうが母さんは四時起床が日課だからだ。
 実は僕、両親の寝顔を見たことがない。
「綾瀬はもう起きてるわよ」
 ベットの傍に母さんが立つ気配。
 いつもならここで僕も起きるんだけど、二度寝をすると決心してすぐ覆すのもなんだか
悔しい。
 だからなんとしてでも僕は二度寝をすると心に決めた「起きなさいって」、母さんの足
がわき腹とヘッドの隙間に入り込んでばね仕掛けのように跳ね上がった。
 浮遊の後、壁との望まぬ邂逅を果たした。超痛い。僕の母さん結構短気。
 出来れば実力行使までの段階を踏んでほしいなと思いました。まる。
「顔洗ってご飯食べにきなさい」
 特に謝罪もフォローもなく、用件だけ言って去っていった。
 行動に一切の無駄がない。無駄しかない僕とは正反対だ。
 時々、本当にあの人の血を引けているのか不安にならないこともない。





「兄さん、おはようございます」
 洗面所で顔を洗ってリビングに行くと、妹は当たり前のように席についていた。もちろ
ん母さんや父さんもいて、僕が最後だ。
 休日のお決まりのパターン。いや、普段は蹴っ飛ばされないけどね。
「んー、おはよう」
 朝食はトーストとジャム、スクランブルエッグやウインナーやサラダが並んでいた。
 漫画やドラマに出てきそうな、洋風の朝食だった。
 ここ何週間かで家族のパンの消費量が格段に増えている。
 恐らく母さんのマイブームが別の物に移るまでそれは続く。
 最近はお弁当がサンドイッチ固定。ハンバーガーとかホットドックとかもパンの一種だ
と思うけどどうだろう。駄目かそうか。
 あ、お昼といえば。
「僕、今日はお昼ご飯いらないから」
 お昼から黒川とデートの日ですよ、今日は。

「…………だから、デートじゃないといってるでしょう?」
「そうだっけ」
 お昼、駅前の広場で黒川と「ごめん待ったぁ~?」「ううん今来た所~♪」とかやって
からデート、黒川が言うところの買い物の荷物持ちに出かけた。
 実際は「私を待たせるなんていい度胸ね死になさい」「はっはっは私服でもボールペン
を常備してるんだね黒川」って感じだけどフィクションしてみた。伝われこの造語。
「そういえばさっき言いそびれたんだけど」
「何よ」
「その服可愛いね」
「ぶっ!」
 むせた。何故。
 黒川の服装は袖のない白の上着に黒のフレアスカート。両方に控えめにフリルが装飾さ
れていて、見様によっては軽いゴスロリに見える。
 前々から僕、黒川にはこういうのが似合うんじゃないかと思ってました。
 ともかく、今日の黒川は全体的に涼しげな夏仕様。







「ど、どうかしたか?」
「時々、貴方がわざとやってるんじゃないかって思うことがあるわ……」
「え、何を?」
「なんでもないわよ」
 ふい、とそっぽを向いて歩き出してしまう。
「あー、そだ。今日は何を買いに行くんだ?」
「服よ」
「福か。それはまた壮大な話になりそうだな……」
「……ごめんなさい、言ってる意味がわからないんだけど」
「僕もだ、気にするな」
 あっはっは、と笑い飛ばしてみる。
 しかし服か。確かに夏用に涼しい服を買うのは判るんだけど、それって普通春に準備し
てるもんじゃないのかな。
 あの両親の元で育ったから僕がそういうルーズさを知らないだけか?
 どっちにしろそれに荷物持ちは必要なんだろうか。
 ………ま、いいけどね、どうでも。僕はデートだと思ってるわけだし。
 もし黒川もそう思ってくれてたら幸せになれるよ。僕が。
 あっはっは、考えるだけなら自由だぜ。
「今日は浴衣を買うつもりなのよ」
「あっはっはー」
 ……なんですとー。

 まぁ、確かに着物や浴衣も衣服だから黒川は嘘は言ってないよね。
 ところで僕には浴衣とってデパートとかで夏だけの特集として売られてるイメージがあ
ったんだけど、ちゃんと街中には浴衣専門店って言うのがあるんだね。
 この店が冬の間はどうしてるのか凄く気になる。
 夏だけの売り上げで一年を越せるのか心配だ。
 これを世間では余計なお世話と言う。
「………なんだ、普通に着物とかも売ってるんだ」
「そりゃそうでしょう」






 果たしてそれは浴衣専門店でいいのか。
 和服屋じゃないのかここ。あ、呉服屋か。
「これとこれ、試着させてもらうわ」
 僕が店内を観察してるうちに、黒川が店員と話をつけている。
 妙に慣れているようなので、もしかしたら黒川はここの常連なのかもしれない。
 和服の黒川か。うん、それも似合いそうだ。
「………って、何故にボールペンを構えているのかな?」
「なーんか失礼なことを思われた気がするのよね」
 失礼な。
 確かに和服は身体の起伏が少ない人のほうが似合うのは知ってるが、他意はないぞ。
 と言うかどっから出した、その文房具。
「女の子には秘密がいっぱいなのよ」
「もうちょっとロマンチックな秘密がいいなぁ、僕は」
 そんな楽しいやり取りをしながら、黒川は試着室に入る。
 試着室も和服を着るのを想定してか、通常より大きめのようだ。
「一応言っておくけれど、いきなり覗いたりしないで頂戴」
「その言い方だと、宣言すれば覗いても良いってことに――っと、なんでもない」
 試着室のカーテンの向こうから殺気を感じた気がするので口を塞ぐ。
 そのままなんとなくお互い無言に。
 ……。
 ………。
 …………………カーテンの向こうから衣擦れの音が聞こえる。
 ちょ、これなんか恥ずかしいんですけど。
 他にお客さんがいないから衣擦れの音しか聞こえないんですけど。
 身体がなんかむずむずするんですけど。
 お、落ち着け。素数を数えて落ち着くんだ。
 1、3、5、7、9……いやこれ奇数じゃん。
 今はいらないよそんなお約束なボケは。
「………貴方、商品に頭突っ込んで何がしたいの?」
「いや、ははは、着物の感触を確かめたくてね、別に耳を塞ぐとかそんな訳じゃないよ」






 羞恥心をごまかして若干声が裏返った。チクショウ。
 黒川は試着を終えて試着室から出てきていた。
 黒の浴衣に金魚柄。
 やはり、和服も似合う。だから別に体型的な意味じゃなくてね。
「どうかしら」
「あー、うん。似合ってると思う」
 本音ですよ。改めていうと嘘臭いな。
 黒川は試着室の鏡でもう一度自分の姿を確認してから、満足げに頷いた。
「もう一つあるんだけど、それとこれどっちが良いか選んでくれるかしら。そっちを買う
ことにするわ」
「え、僕が選ぶの?」
「そうよ。何か文句ある?」
「や、別にないけど」
 そう言って黒川は試着室のカーテンを閉める。
 ……うーん。
 僕が気に入ったほうを買うってことだよな、要するに。
 なんだろう、この、こそばゆい感じは。

「そういえば、何で急に浴衣なんて買ったんだ?」
 黒川が選んでいたもう一つの浴衣は赤色の、花柄の浴衣だった。
 それが不思議と黒川に似合っていると思ったので僕はそちらを選択。
 多分中学校の時だったら……黒川の髪が長かった時なら黒の浴衣を選んだと思う。
 どうやら先月以来、僕の中での黒川のイメージは多少なりと変わっていってるようだ。
「別に急じゃないわ。去年まで着てたのが少し小さくなって、妹に譲ったのよ」
「ふーん、一応成長してるんだ?」
「ていっ」
「痛っ」
 足を蹴られた。
 珍しくボールペンじゃないのは、僕が持っている浴衣の紙袋を落としてしまうかもしれ
ないと考えたからだろう。




 僕の身体を慮った訳ではないのが確実なのが少し悲しい。
「そういえば僕の浴衣もまだ着れるのかな」
「貴方、浴衣なんて持ってたのね」
「持ってた、一応。去年は着てないけど」
「あら、そうなの」
「受験勉強に所為を出すということで、自主的にお祭り禁止令でした」
「別に聞いてないわ……ところで今の、私に対する遠まわしなイヤミかしら?祭りなん
か行かずに勉強をしなさいと、そういう事?」
「や、そんなつもりはなかったんだけどね。結構被害妄想激しいね黒ちゃん」
「誰の事よ、それは」
 黒川が溜息。
 相変わらず溜息の似合う奴だ。褒め言葉のようで褒めてないな、これ。
 ちなみに両親と妹は当たり前のように楽しんでた。
 今思い返すと微妙に反抗期真っ最中だったのかも。
 「友達に親見られたら恥ずかしいしー」って奴か。思春期か。
 友達って言われてとっさに思い出せる顔があまりいないのが悲しいところ。
「あー、そうだ」
「何よ」
「黒川はお祭りとか好き?」
「別に、嫌いじゃないわね」
「なら暇だったらで良いんだけどさ、」
 今年は受験も無いし。
 あと、久々に浴衣も着てみたいし。
 黒川の浴衣姿をまた見たいってのも、一応あって。

「期末試験が終わった後、一緒に夏祭り観光とか、どう?」

 そんな提案をしてみた。

~続(かない)~
最終更新:2011年07月11日 01:42