『ツンデレさんがお見舞いする話』


 夏休みは依然継続中。
 おはようからおやすみまで会長と一緒に勉強に浸かる生活も続行中。
 素晴らしすぎて考えるだけで気分が悪くなるわね。ええ、まったく。
 正直言うと私、勉強が好きな訳じゃないの。
 嫌いと言っても良いわ。
 やらなくて良いなら絶対にやらないわ。
 なのに何故、私は毎日ノートと向かい合っているのかしら。
 まぁ成績が悪いからなんだけど。
 勉強するしかないのよね。
 私の行きたい高校は名門を評価される類の進学校だから。
 会長曰く私は「ラインギリギリの成績」だけど、それは希望的観測と気遣いを多分に
含んだ言い方。
 ラインギリギリどころか、届いてすらないもの。
 だからこの夏休みで急いで底上げをしてる訳で。
 最近は机に向かっている夢しか見ていないわ。
 軽くノイローゼ。
 そもそも、会長も少しは不平を言ってくれて良いと思うわ。
 週六日で図書館に行って、休館日の一日は休みかと思いきや会長の家で勉強。
 そんなスケジュールを涼しい顔でこなす会長。
 本当に人間なのかしら。
 ………そういえば。
 私がこのスケジュールをこなす理由は、彼と同じ学校に行きたいからだけど。
 会長がここまで私に付き合ってくれる理由は、一体何なのかしらね?

 だけど、今日はお勉強はお休み。
 今朝、こんな電話が来たのよ。
『あー、黒川さん? なんか風邪ひいたみたいだから今日は無理。ごめん』
 それならば友人として、お見舞いぐらいには行くべきよね?
 その結果、勉強が出来なくても仕方がない事だわ。
 私としては本意ではないけどね。ええ、本当に。






「…………………暑い」
 家を出て十秒で襲ってきたわ、後悔が。
 冷房の利いた部屋や図書館でずっと勉強していた方がマシね。
 意志が薄くて曲がりやすい事に定評のある私。
 でも折れはしないのよ、なんて小噺風にオチを付けてみたり。
 返ってくるリアクションは蝉の鳴き声だけ。
 少しだけ空しい。
「みーん、みぃーん」
 無意識に蝉の鳴き声を真似し始める私の口。
 立派に自立する姿に感涙、なんてする筈がないでしょう。
 因みに私の恰好は制服。
 半袖のブラウスにプリーツスカート、後はネクタイ。
 蝶ネクタイじゃなくて、男子と同じで長ネクタイよ。
 意図せずしてなった駄洒落は暑さの所為にしておきましょう。
 外出時は制服を着用しましょう、と言う規律を守っているのよ。
 嘘よ。
 お見舞いに行くなら「女子中学生」の方が喜ぶと思ったのよ。
 またまた嘘よ。っていうか冗談の類よ
 本当は図書館に行くつもりで制服を着て、そのまま着替えなかったからだけど。
 私服で長時間勉強してると変な目で見られるのよね。
 開館から閉館まで入り浸っていても変な目で見られるけれど。
「コンビニ、コンビニに行きましょう」
 誰にでも無く行動を確認する私。
 自覚がないだけで、かなり暑さにやられているのかもしれない。

「いらっしゃいませー」
 ここは天国かもしれないわね。
 コンビニの冷房の利いた空気を感じてそう思ったわ。
 そんな戯言、口には出さないけど。
 雑誌の棚に移動して適当な雑誌をめくる。





 ただの時間稼ぎよ、意味はないわ。
 誰だって進んで炎天下の中には出たくないでしょう。
 ハンカチで首筋や額の汗をぬぐいながら店内を見る。
 朝だからか、客が居ないわ。
 店員ですら欠伸をする閑散っぷり。
 とか言ってたら二人組が来店してきた。
 この暑いのにさらに温度を上げる関係の男女二人だったらぜひ星になれと願うのだけ
ど、運の良い事に女子二人。
 夏休みなのに二人とも制服を着用。補習か何かかしらね?
 片方は私のとは違う中学の制服で、もう片方は何と私の志望校の制服だったわ。
 つまり中学生と高校生のコンビなのね。
 二人とも髪が金色。
 もしくは金色に近い茶色。
 校則違反じゃないのかしらね。もしかしてハーフ?
「あー、生っき返るー」
「へぇ、かなみ先輩は屍生人だったのね」
「なんでわざわざ一番イメージの悪そうなのを選んだの!?」
「まぁ、腐るのは身体じゃなくて性根かもしれないけど(笑)」
「話のオチをつける口調で私を侮辱しないで!あと自分で(笑)を発音するな!」
 おやおや、なんだか漫才が始まってしまったわね。
 先輩、って事は中学校の制服の方が年下なのね、やっぱり。
 にしては発育が良いわよね。
 大艦巨砲主義と言った感じ。
 ………別にどの部位がとか言ってないわよ、私。
 強いて言うならそうね、セクハラ的な意味よ。
「あーあ、折角リナにアイス奢ってあげようと思ったのに」
「かなみ先輩を侮辱した相手はどこかしら?この私が直々に折檻してあげましょう」
「………私、リナのそういう所は好きかもね」
「え……気持ちは嬉しいけれどかなみ先輩、ごめんなさい、そっちの趣味は無いです」
「告白なんてしてないのにフラれちゃった!? 私だってそんな趣味ないよ!!」





 お見舞いの品として、プリンとゼリーを購入。
 和菓子屋の息子なんだから、プリンなんて食べ飽きてるかもしれないわね。
 その場合は私が食べるとしましょう。
 あら、プリンって和菓子だったかしら。
 もう買ってしまったのだし、考えても仕方ないけど。
 はぁ、とため息。
 既に目の前にはとある一軒家。
 表札には会長の名字。
 車庫には車。
 ……車。
 つまりは親が在宅中。
 当たり前と言えば当たり前よね。
 身体の弱い自分の子供が風邪をひいたら、看病ぐらいするわよね。
 実は私、会長の親と面識がなかったり。
 夏休みに入ってから週に一回、この家に来るのに会長の親の顔を知らないのよ。
 朝は早くに店に行って、夜遅くに帰ってくるらしいから。
 というわけで、緊張しているわ。
 ………あら、友人の親に会うだけなのに何で私は緊張してるのかしら?
「黒川先輩? どうしたんです、こんな所で?」
 私がインターホンを押す前に声をかけられた。
 同じ学校で一つ学年が下の、会長の妹。
 確か名前は、綾瀬。
 恐らくは部活の練習から帰ってきたのでしょうね。
 もうすぐお昼だもの。
「兄さんなら今日は風邪ひいて寝てますよ?」
「え、ええ。だからお見舞いに来たのよ」
「鉄拳をですか?」
 何故。
 私はこの子にどんなキャラとして認識されているのかしら。
 少なくとも病人を殴るなんて真似はしないわよ。





「とりあえず、まぁ、上がっていってください」
 綾瀬の後について家に上がると、僅かに料理をしている音や匂いを感じ取れた。
 まさか会長が作っている訳も無いでしょうから、やっぱり親が居るんでしょうね。
「ただいま、お母さん」
「お邪魔します」
 コンビニほどではないけど冷房の利いた空間。
 むしろ涼し過ぎない分こちらの方が快適に感じるわね。
「お帰りなさい綾瀬。そちらの方は?」
「兄さんの友人の黒川さんです」
「初めまして、黒川です。今日はお見舞いにきました」
 玄関から見える扉の内の一つから顔を出した、会長の母親。
 綾瀬の方が母親の外見を受け継いでるわね。
 会長は父親似なのかしら。
「あら、貴女が黒川さん?」
 少々目を丸くされた。
 そういう反応をするって事は、私の名前は既に知られているのね。
 まぁ、当たり前。
「もうすぐお昼御飯が出来るけど、黒川さんもどうかしら?」
「あ、いえ、お構いなく。直ぐにお暇させて貰うつもりですので」
「そう、残念ね」
 あまり表情が変わらないわね、この人。
 会長も笑顔が基本なだけで、あまり表情が変わらないけど。
「あの子のお見舞いに来てくれたのね。部屋は二階だけど、分かるかしら?」
「えぇ、大丈夫です」
 何度も来てますから。
 と、付け加えたらなんだか色々な誤解を呼びそうだったので自粛したわ。

 はたして、会長は眠っていた。
 病人だものね。
 これで起き上がって勉強でもしていたら、力付くででも押し倒すところだったわ。







「ん……………」
「ごめんなさい、起こしちゃったかしら?」
「………………………黒川さん?」
「えぇ、私は黒川さんよ」
 熱の所為か寝起きの所為か、会長が焦点の定まらない目を向けてくる。
 意識は半分ぐらい夢の中みたいね。
「……あれ……僕の部屋だよね、ここ」
「えぇ、お見舞いに来たわ」
「……………鉄拳を?」
 だから、貴方達兄妹は私をどんなイメージで見てるのよ。
 本当に鉄拳制裁していいかしら。
「プリンとかゼリーを持ってきたけど、食べる?」
「あー…………ごめん、食欲無い」
「別に謝らなくて良いわよ。風邪の方はどう?」
「…………頭、痛いかも」
「そう、じゃあもう一度眠ってなさい」
「……そーする」
 薄く開いていた目が閉じられる。
 見た限り、本当に辛そうね。
 もしかしたら明日まで続くかもしれないわね、と勝手な診断をしてみましょう。
「……黒川さん」
「なにかしら?」
「…………今日、勉強付き合えなくて、ごめん」
「…………だから、」
 なんで貴方が謝るのよ、とか。
 なんで私の無茶に付き合ってくれるのよ、とか。
 なんで―――なんで私相手なんかにそんなに優しいのよ、とか。
 言いたい事は色々と浮かんだけど。
 それを直接言うのはなんとなく癪だったから。
「謝らなくていいって言ったでしょう」







「……そっか」
「そうよ」
「………おやすみ」
「おやすみなさい」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………ねぇ」
「………」
「………もう寝たかしら?」
「………」
「………」
「………」
「寝てるわよね?」
「………」
「起きてても寝てるフリしなさいよ」
「………」
「私ね」
「………」
「………」
「………」
「………貴方の事が、好き」
「………」
「………」
「………」
「………………でもない、けど、えっと……嫌いでもないのよ? うん」
「………」
「………起きてないわよね?」





 夏に風邪になると冷房の無い自室で寝込む羽目になって、冗談抜きに幻覚を見る事に
なるのを去年の夏休みに知った。
 なので僕は今まで以上に体調管理に気を付ける事にしたんだけど。
 約半日ごとに冷房の無い自室と冷房の利いた図書館を行き来している所為で体調が変
になるんじゃないかと、今気付いた。
「―――んだけど、どう思う?」
「I may as well talk to the wall as talk to you!」
「それは酷くないか」
「あらごめんなさい、英語の和訳に忙しくて聞いてなかったわ」
「その割には絶妙なタイミングだったな……」
 因みに黒川は今「貴方と話すぐらいなら壁と話した方がマシだわ!」といった意味の
事を言いました。
 去年の再現をするように勉強漬けの夏休みを送って、既に八月も後半になっている。
 典型的な夏の思い出、海だの山だののアウトドアは僕には無理だけど。
 それでも夏休みの記憶が殆ど勉強って、それでいいのか僕の青春。
 勉強とは言っても、「女の子と一緒に」が付けば青春っぽい気もする。
 夏休みはずっと、女の子と一緒に勉強してました。おぉ。
 なかなかに良いじゃないか、僕の青春。
 こんなにも単純で良いのか、僕の感性。
 真面目にそんな事を考えていたら、黒川から声がかかった。
「ところで、八月の最終日に夏祭りがあるけれど知っていた?」
「うん、知ってるけど」
 そう答えると黒川が鉛筆を置いて、首を少しかしげる。

「それじゃあ、私と一緒にお祭りに行くつもりは、まだあるのかしら?」

 ………その約束、まだ生きてたんだな。
「もちろん、あるよ」

~続(かない)~
最終更新:2011年07月11日 01:45