143 名前:1/6[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 23:29:16.32 ID:1yexaHvX0 [9/14]
無限に広がる宇宙。古より人々は、夜空に思いを馳せ、様々な物語を紡いできた。
空に浮かぶ無数の星が、只の光る点ではないと気付いたのはいつだったか。
天体だと認識されて意義を見出されたのは、いつからだったか。
そして、そこに我々と違う生物が住むことを夢想しはじめたのは、いつのことなのか。
地球外生命体については、現在に至るまで様々な事件を元に、神話や宗教、考古学、果ては陰謀論を材料に憶
測や伝聞が飛び交っている。
しかし、数多の目撃証言や体験談が寄せられているにも関わらず、そのいずれも確たる物証には欠け、未だ人
類は異星人とのコンタクトは取れていない、とされる。
――ただし、公には。
- Case2. フライング・ヒューマノイド--------------------------------------------------------------
宇宙人の生態を理解するのは、難しい。
だが、真心を持って接すれば、少なくとも気持ちは通じさせることができる。
月に2回は、妻を乗せて山へドライブに行く。片道2時間のドライブだが、もはや慣れた。未羽は毎回はしゃいでいるが、
それを指摘すると途端に不機嫌になり、はしゃいでなどいないと抗議する。
「だから、ボクは全然嬉しくなんてないんだからね!」
「わかってるよ。私はドライブが趣味だからね。付き合ってくれてありがとう」
「そ、そうだよ。それで、いいんだよ」
今日も朝の7時に家を出て、曲がりくねった山道を運転していた。道の左手は崖で、雑木越しの眼下には川が朝日を反射
している。トランクに積んだ釣り道具を思いだして、仕掛けをどう作ろうか考える。山で未羽が用事を済ませている間、こ
ちらは手持ちぶさたなのでなんとなく始めた趣味だが、なかなかにハマってしまっていた。
「今日も釣り?」
「あぁ、そうだね。今ならイワナ狙いかな。アユはちょっと厳しいだろうね」
「ふーん。ちゃんと釣ってよね。前回はからっきしだったじゃん」
144 名前:2/6[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 23:31:32.04 ID:1yexaHvX0 [10/14]
「あれは仕方ない。前日に雨が降って、川が濁ってた」
「出た、言い訳だ。言い訳太郎。だっさー」
「誰だ、それは」
「言い訳太郎。それはこの世のあらゆる事象に言い訳する妖怪。決め台詞は『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』」
「それは本名え○りかずきと言う、れっきとしたホモ・サピエンスだし、別に言い訳がましいくないだろう。」
「坊主でなくなってから、イマイチだよね。あれはもうアイデンティティを捨てたと言っていいよ」
「そこまで言ってやらなくても」
やはり、なんだかんだではしゃいでいる。テンションが高くなると、妙な物まねをしだすのはご愛敬といったところか。彼
女なりに地球人を観察した結果なのだろう。ただ、似ていることはあまりない。今日のえ○りクンも、芸としては……アレだ。
出会いやらなにやらは省くが、宇宙人の嫁を娶るのは一筋縄ではいかない。国際結婚でも様々な文化の違いでトラブルが起
きると聞くのだから、まして住んでいる星が違うとなれば生物としても違うのだから苦労はなかなかのものである。もっとも、
その苦労さえも忘れさせてくれるのが、未羽のすばらしい魅力なのだが。
いや、苦労しているのは私だけではない。一番大変なのは、当然未羽なのだ。連絡ミスで『日本語講座・男言葉編』を受講して
しまうというハプニングにもめげず、実によくやってくれている。今日だって、きちんと弁当を作ってくれた。ああ、でも……。
「なに、何でニヤニヤしてんの?」
いかん、なぜかブロッコリーに異常におびえている姿を思い出してしまった。なにぶん他の星のことだから、笑うのが無礼なの
は解っているが、どうやら彼女たちにとってはブロッコリーが天敵らしい。だが、ここは無論、ごまかすことにする。
「ん? 愛しい妻が横にいてにやけたらいけないか?」
「うっわ……なんか、もう……うっわー」
うんざりといった体で、未羽は私の太ももをぺしぺしと叩いてきた。
なんだ、そっちも頬を赤く染めてにやけているじゃないか。
147 名前:3/6[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 23:35:03.71 ID:1yexaHvX0 [11/14]
適当なところで車を降りて歩くと、ちょうどいい河原に出た。渓流釣りの初心者向けの本やサイトを見ると、大抵は緊急
時のために複数で行動するように、と書かれている。しかし、人目につかないことが前提な私たちには、あまり意味がない。
よく釣れるポイントは地元の釣り人が抑えていたりして遭遇率が高いので、必然私の釣り場はあまり人の寄りつかない大
して釣れなさそうなポイントとなる。それでも全く釣れないというわけでもないし、そこそこは楽しめるので問題はない。
未羽は早くも上着を脱いで、背中が大きく開いた服を着ていた。
その背中には、向こうの景色が透けてみるほどの薄い羽が四枚、生えている。
服を着ているときは巧妙に畳んで外から解らないようにしているその翼は、窮屈さからの解放を訴えるように、きらめい
ていた。地球で言えば、トンボのような昆虫の羽がもっとも近いだろうか。だがそれらはもちろん近いと言うだけで、実際
はまるで別物だ。
しばらく、準備運動のように羽をぐりぐりと動かしていた未羽は、やがて低いうなりとともに宙に浮いた。
「そんじゃ、ちょっと行ってくるから」
「うん、気をつけてな」
「はいはーい、そっちもせいぜい頑張って釣ってねー!」
軽い返事とともに、青空に消えていく。
未羽の星は、表面積が地球の5倍で、なおかつ、かなり温暖な気候であるらしい。しかし水も十分にあるため、砂漠と言
うよりは地球で言う熱帯のような地域がほとんどだという。結果として、広い大地は大樹の根がのたうつ隙間にシダやコケ
が繁茂した、猛獣の楽園になった。
この星での進化に必要だったのは、危険を冒して地面を歩むことではなく、暖められた大気が生み出す絶え間ない上昇気
流を利用する手段、そして上昇気流が生み出す多彩な天候の及ばない雲の上を制すること……すなわち飛行だった。空を飛
ぶことによって得られるその速度と、地形に捕らわれず常に最短距離を進めるという利点は、広大な惑星を移動するのにう
ってつけだったのだ。
148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 23:37:14.51 ID:1yexaHvX0 [12/14]
気流をパラシュートのように受ける、螺旋状の翼を回転させる、羽ばたく、滑空する、疑似的なジェットを吹き出す……
などなど、この星の空は多彩な飛行方法を持つ生物のるつぼと化した。
その中の一種が、やがて知能を持つようになったのが、未羽たちの種族だ。まさに生粋の『空の民』である。
そんな相手を無理矢理地上に引きずり下ろして生活させているのだ。多少遠くても、たまにこうして思い切り空を飛ばせ
てやるのは、せめてもの罪滅ぼしといえる。また実際、そうしないと体調が思わしくないらしい。
午前中で、3匹のイワナが釣れた。私にしてはなかなかのものだ。持参した串に刺して、昼食の一品とする。未羽手製の
弁当もあるのだが、やはりその場で取れたものをその場で食べるという魅力には抗いがたい。
たき火を起こすのにもすっかり慣れた。魚を焼きつつ、生木を少し加えて狼煙をあげる。未羽への帰還地点への目印と、
昼食を知らせる時報も兼ねていた。
ちょうど準備が整ったところで、妻が帰ってくる。焚き火の前に並んで、食事となった。
「おぉ、やればできるじゃん」
「言っただろ、前回は運が悪かっただけだって」
「ふふん、まだまだ、次につなげてこそ、だよ」
そう言いながら、右手におにぎり、左手に魚の串を持ち、交互に頬張る姿は、まるであどけない子供のようだ。思う存
分、文字通りに羽を伸ばして、この星の自然を余すところなく味わっている様子は、まさに健康美という言葉がぴったり
だった。あけっぴろげで、疑うことを知らないその性質に、私は惹かれたのだ。
早くもイワナを骨だけにすると、未羽は余ったもう一匹に視線を注ぐ。ふと、私とその視線が合うと、恥ずかしそうに
はにかんでみせた。
「……あの、さ」
「あぁ、いいよ」
察して勧めると、ぱぁっと顔を輝かせた。お礼を言う前に、早くも一口かじりついている。
「えへへ、ありがとう!」
「しかし、最近よく食べるな」
半ば感心して、半ばからかう目的でそう言うと、未羽の手がぴたりと止まった。
「あ、あの……それ、なんだけどさ」
「ん?」
手に持った食べ物を一旦置いて、一転して神妙な顔をしている。両手を膝の上にのせて、もじもじと言いにくそうにし
ていた。このよく変わる表情も、実に魅力的だ。いや、話がそれる。それについて語ったら、いくら紙幅があっても足り
ない。見とれそうになった自分を、咳払い一つで押し戻して、尋ねる。
149 名前:5/6[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 23:39:26.71 ID:1yexaHvX0 [13/14]
「どうしたんだ?」
「えっと、あの……ね? 別に、隠してたわけじゃないんだよ? ただ、言い出せなかったというか。きっかけが欲しか
ったと、言うか。今日中には言うつもりだったんだけど」
「ふむ?」
私も食事をやめて、未羽を見つめる。いつになく、まどろっこしい言い方だ。これほど言いにくそうなこととは、一体
なんだろう。
などと考えていると、未羽が唐突に私の肩に体重を預けてきた。そのまま、耳元でささやかれる。
「あの……ね? できた、みたいなの……赤ちゃん」
未羽はそう告げた後で、耳まで真っ赤になった顔を覆ってしまった。恥ずかしさのあまり、こちらを直視できないのだ
ろう。しかし、私は硬直して未羽を見つめ続けた。
――あぁ、なんということだ。
私と、未羽の子供。こんな素晴らしいニュースがあるものか。
思わず手を伸ばして、細い肩を強く抱き寄せてしまう。
「ひゃっ! あ、えっと、あの、う、嬉しい?」
「子供ができて喜ばないのは、嘘だ。ありがとう、未羽」
「はぁ……うん、へへへ……だめだよ? ちゃんと、ボクも赤ちゃんも、幸せにしてね?」
その笑顔が、掛け値なしに宇宙一美しい。人生を賭けるに足る、宝物だ。
「もちろんだ。必ず」
「うん……しっかりね。パ・パ♪」
甘えたように、首筋に顔を埋めてくる彼女の温もりを感じながら、私は父親として決意を新たにしたのであった。
150 名前:6/6[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 23:42:17.93 ID:1yexaHvX0 [14/14]
その日の帰り。未羽は飛び疲れて、助手席で眠っていた。私はといえば、妊娠のニュースに興奮冷めやらず、どこか血
に足のつかない気分である。とはいえ、事故など起こしては堪らない。運転にだけは集中しようと、気を引き締めた。
しかし、信号の度に愛しい妻の寝顔に見入ってしまう。それから、しっかりとシートベルトがされた腹部にも。この細
い体に、私の子供が収まっている。それを思うと、否が応でも気持ちが弾んでしまう。
「んゅ……ふふ、産まれたよ……もう、ばか……」
寝言ではもう出産が終わったらしい。気の早いことだ。しかし、私と未羽の子か。どちらに似るだろうか。やはり羽は
生えているのだろうか。名前はどうすればいいだろう。それぞれの両親には、早くに報告しておいた方がいいに違いない
のだろうが……急にやることが増えたように思えるが、なんとかなるだろう。夫婦で超えられないことなど、あるはずが
ない。
未羽はまだ夢の中だ。のんきに、寝言の続きを言う。
「ね、かーいぃでしょ……ボクたちの…………たまご」
「………………え?」
……宇宙人の生態を理解するのは……やはり、難しい。
終わり。旦那は素直クール。
最終更新:2011年07月15日 01:26