266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 20:40:50.68 ID:5e1TLwt50
嫁が宇宙人な話、3話目です。長くなって面倒だったから、ろだにしました。
なんかツンデレの出番が少なくなったような。
無限に広がる宇宙。古より人々は、夜空に思いを馳せ、様々な物語を紡いできた。
空に浮かぶ無数の星が、只の光る点ではないと気付いたのはいつだったか。
天体だと認識されて意義を見出されたのは、いつからだったか。
そして、そこに我々と違う生物が住むことを夢想しはじめたのは、いつのことなのか。
地球外生命体については、現在に至るまで様々な事件を元に、神話や宗教、考古学、果ては陰謀論を材料に憶
測や伝聞が飛び交っている。
しかし、数多の目撃証言や体験談が寄せられているにも関わらず、そのいずれも確たる物証には欠け、未だ人
類は異星人とのコンタクトは取れていない、とされる。
――ただし、公には。
- Case3. Predator----------------------------------------------------------------------------
殻をたたき割り、中身をぶちまける。
やわな外装を破り捨て、粉砕された中身をさらに加える。
ぐちゃぐちゃと粘る混合物を切り混ぜ、さらに素材を添加。
赤熱する箱。引き延ばされた断末魔のように、少しずつ焼かれる姿を確認して、次の手順。
失敗は許されない。これは戦いだ。敗北など済むものか。
大事なものを危険に晒してしまった、あんな屈辱……二度と……。
引き続いて、叩き潰す。煮込む。悪くない紫色だ。
醸造液に漬け込むんだ、真っ赤な果実を切り刻む。
最後に、塗りたくり、挟み込み、また塗りたくり、飾って――おしまい。
仕事も終わってオフィスを出てエレベーターに乗ったときに、妻が携帯を鳴らしてきた。声が漏れないように
口元に手を当てて、出る。
『もしもし?』
「うん、どうした?」
『いや、さっき、父さんが来てさ。お前に会いたいっていうんだけど』
「え?」
『会社に行ってみるって出てっちゃった』
「…………マジ?」
同時に一階に到着するエレベーター、開くドア。視界に入るのは明らかにビビってる警備員、受付付近を避け
る人の流れ、涙目の受付嬢大井さん(25歳)。
そして、その前に覆い被さるようにそびえ立つ巨大な岩山のような――
「お、お義父さん!」
「む……」
身長はおそらく2m越え、目はぎょろりと開き、鼻は低くつぶれ、口は大きい。アロハシャツから出た腕は丸太
のように太く、本気になればバスくらい余裕でひっくり返せそうな威圧感を振りまいている。というか多分でき
る。地球上で似ているものは運慶作の『東大寺金剛力士像』、でなければ元祖瞬獄殺のあの人とか、黒い剣士の
宿敵のノスフェラトゥとか。後ろ二つは架空の人物だが、とにかくそれが我が義父である。
どうにか警備員に説明し大井さんに謝って連れだし、会社近くの居酒屋へ。普通、たった2人でいきなり個室
に通されることはないだろうが、これは店側が気を利かせたのだろう。なにしろ、存在しているだけで向こう側
の景色が『ぐにゃぁぁぁ』と歪んで見えそうなオーラを惜しむことなく垂れ流しにしている人なのだから。
「あ、あの……ご、ごご注文は……?」
注文を取りに来たが、すでに涙声である。そもそも、このタイミングもだいぶ遅い。きっと裏側で誰が注文取
りに行くか揉めたんだろう。この容貌で、何をどうしたのかよりによってアロハシャツだもんね。
「あ、えっと……ビールを、瓶で……お義父さんは……?」
おずおずと上目遣いで伺うと、舅は俺から視線を離さず、腹にビリビリ響く低音で答えた。
「……同じものを」
「あ、は、はい。か、かかしこまりました。びん瓶っびびビール、お二つですね……」
注文を取るだけで精魂尽き果てたように、よろよろと去っていく店員。かわいそうに……。
「……突然の訪問、済まなかった」
不意にお義父さんが言った。これっぽっちも済まなそうではなかったが、基本的な礼儀を知らない人ではないし、
決して乱暴者ではないから、後は慣れだと言えるだろう。俺は未だ慣れないけれど。
「今日は近くに来たついでに寄っただけで、あまり時間がなかった。家に行ったが、帰宅まで待てなかったのだ」
「は、はぁ……」
『近くに来たついで』というのは、この場合『木星辺りにに用事があったから』というスケールを持った言葉だ。
このあたりの感覚にも、未だについて行けない。
そうまでして俺に用事があるのだろうか。生きて帰れる気がしない。冷や汗べっとりな背中を気にしていると、
「……我々の星については、すでに説明したな」
と、唐突な話題を振ってきた。ちなみに、この人宇宙人。当然嫁も宇宙人。黒服のウィル・スミスは、まだ来ない。
俺、ワイルド・ワイルド・ウエストも嫌いじゃないよ?
「え、えぇ……」
「青酸ガスの吹き出す谷、噴火の止まらない山、強酸の雨、沸騰する海……過酷な環境ゆえ、様々な生物が、突然
変異的に発生しては消えていく、生存競争の激しい星だ。たまたま、我々は外宇宙へ出られるほどの文明を得るこ
とができたが、未だに進化の模索中の星と言える。
我らが祖先は、その中で食物連鎖による淘汰を否定することにより、繁栄を築いてきた」
そこまで一息で話すと、大きく太い息を吐く。大樹がため息をついたなら、こんな風になるのだろう。
食物連鎖による淘汰を否定する……早い話、自分より強い猛獣を狩りによって捕食する、もっと簡単に言うなら
ば『強者と戦う』ことを至上とすること。
「戦士として生きる者は、決して敗北してはならない。戦士として生きぬ者は、徹底して戦士のために己を捧げる。
すべてはより強きものと相まみえるため、より強きものを倒すため、だ。その向上心こそが、我々の繁栄を生んだ」
行動原理が『闘争』に依っている文化、というのは恐ろしい。
工学はより強い装備を、より多く生産するために。
食は、闘争に必要な栄養分を効率よく補給するために。
芸術は、闘争において戦士を鼓舞するために。
なにしろ、次々に発生する新種の生物をのべつ幕なし仕留めては絶滅させるものだから、『生物学』という学問
がないというのだ。環境保護団体が聞いたら卒倒しそうな話である。それでも尽きることなく、次の獲物が現れる
環境も十分イカれてるが。
副次的な作用や多少の例外はあるだろうが、とにかく全ては『戦士』が『戦うため』に収斂されるのだ。やがて
食料を得ることから『狩る』ことそのものが目的化しても、いや、そうなったからこそ『闘争』はさらに神聖化さ
れていった。
そして、出会いやなにやらは省くが、俺の嫁はそんな戦闘民族の中でもトップクラスの戦士だった。闘争至上主
義とも言える文明の相手を、戦士から引退させてしまったのだ。例えるなら、代々続いてきた家業を捨てさせて、
駆け落ちしたようなものか。その家業が星を挙げて支持されているものなのだから、俺が義父を苦手としているの
も、解ってもらえると思う。
「……この星の人類は、好かん」
俺の内心を読んだように、お義父さんは一際声を低くして言った。その瞳から、目を反らすことができない。
「……」
「安穏と霊長として居座り、戦うことを忌避し、ただ与えられた環境を食いつぶす……我々の星では唾棄すべきも
のだ」
何かを求めて戦うのではなく、戦うことこそが生きる目的である種族。より強く、より早く、より鋭く、より勇
ましくを己にも敵にも求め、その上での勝利を望み、実際手にしてきた。そんな人たちからすれば、きっとこの星
はぬるま湯のように見えるのはやむを得まい。もちろん、こんな頭ごなしに否定されるようなことを言われて、納
得できるものでもないが。
不服そうな俺を見て取ると、お義父さんはお通しの里芋の煮物を、箸で突き刺して一口食べてから、言った。
「……と、いうようなことを、先日、娘に……冬子(とうこ)に通信で言ったのだ」
「え……」
「怒られたよ」
そこでようやくお義父さんは相好を崩し、笑顔を見せた。もっとも、笑顔も十分に怖いのは変わりないが。
「あれは、なかなか厳しい娘だろう?」
「え、あぁ……もう、慣れました」
まぁ、言葉遣いも乱暴だし、すぐに手が出るし、パワーが半端じゃないからマジで死にそうになるしで正直『厳
しい』ってレベルじゃないんだが……そこはそれ、惚れた弱みってやつだな。ツッコミでアバラ2本もってかれた
ので、流石に今はリミッターをつけてもらってるけど。それでも全然人間並みですらないけど。
「この国の言う『女らしさ』とは無縁だからな……だが、言っていたよ。君は、家庭を守るために、戦っていると」
「……」
「下げたくもない頭を下げて、理不尽な言いがかりにも耐えて、それで得た収入で生活を維持している。確かに獣
は倒せないが、こと家庭を護るための戦いならば、君は負けたことがない。それも立派な戦いではないか、と言わ
れた。そうだな、『目から鱗が落ちる』というのか? そんな思いだった」
「……」
「事実、君が強いかは問題ではない。わが娘に……『戦士』だった娘に、そこまで信じさせる何かが、君にある、
ということだ。少なくとも、それは君の誇るべき『勝利』だ、と気付いた」
「いやぁ、俺は……ただ」
「……それだけが、言いたかったのだ……改めて、娘を、頼む」
巨体が大きく前に傾いだ。頭を下げられて、俺はほとんどパニックと言えるほどに恐縮してしまった。
「……お待たせしました、瓶ビール、にほ――」
瓶を2本載せたお盆を持ってきた店員が凍り付く。そりゃそうだ。どう考えても、頭を下げるほうが逆だ。
「あ、い、いや、お義父さん、だいじょぶですから、ね。飲みましょう、ほら。あぁ、ありがとね、だいじょぶだか
ら、ありがとう」
散々動揺して店員を追い払うと、栓抜きを持つ。だが、手が変に震えてもたついてしまう。早くお酌くらいしない
と、つーか栓くらい抜いてこいよ、あの店員。
――びきっ、と妙な音がした。
見ると、お義父さんが、もう1本の瓶を手にしている。
瓶の飲み口が、王冠ごとへし折れていた。ガラスの瓶って、あんな風に壊れるものだっけか?
そこに口をつけると、コップには目もくれず、あれよあれよという間に、ラッパ飲みしてしまう。ぽかん、と見つ
めるしかできない、そんな飲みっぷりだった。子供の拳ほどもありそうなのど仏が大きく上下する度に、瓶の中で液
体ががぼん、がぼん、と盛大な音を立てる。
やがて、瓶が口から離れると、中身は完全に空だった。
「……ふむ、この星の酒も悪くないな……済まないが、もう時間がない、これで失礼する」
「え、あ、はい。何もお構いできませんで……」
「いや、いい」
個室の障子を開けて、靴を履くと、お義父さんはすっくと立ち上がった。その背中は、文字通り死線を潜ってきた
歴史を感じさせる、大きなものだった。
見送りに出ようとする俺をグローブみたいな大きい手で押しとどめると、お義父さんは
「また、ビールを飲みに寄らせてもらう。これから仕事だ。」
と言った。そう、宇宙に飛び出しても、この人たちは戦い続けている。いや、戦い続けるために、宇宙へ乗り出した
と言うべきか。星を渡り、全力を出すに足る獲物を追い求め続ける。
「悪性の肉食獣を狩りに行く。どこぞの阿呆が実験で作り出した挙句、手に負えなくなったらしい…………楽しみだ」
……凄まじい笑顔だった。
そして、気付いた。
このアロハシャツは、新婚旅行のときに、冬子が土産に買ったやつだということを。
「ただいま」
「おう、お帰り、どうだった?」
冬子はエプロンで乱雑に手を拭きながら、台所から姿を現す。いつも通り、乱暴な言動だが、その身体は小さい。
身長は155cm程度、スリーサイズは上から86:47:79のいわゆるロリ巨乳。ただ筋肉は高密度なので、具体的な数字は挙
げないが、不用意に持ち上げるとマジで大怪我するほど重い。とはいえ、見た目は普通だ。肩までの髪の毛を、今日は
ポニーテールにしていた。
「いやぁ、びっくりしたよ」
「いい加減慣れろ。そもそも、お前がなよなよしてるから、余計にビビるんだろうが」
「俺は良いんだけど、会社の人がさぁ」
「あぁ……そりゃ、しゃぁないな。つか、それ本人に言うなよ。意外と気にするから」
気にするのか。
「ったく、オレの旦那なら、ちっとは堂々としてやがれっての。おら、早く着替えろ。風呂沸いてるから」
ぶつぶつ言いつつ台所へ戻る後ろ姿を見ながら、俺は顔がにやけていくのが解った。
「あぁ、疲れたよ。今日も家族のために、『戦って』きたからなぁ」
「んなぁっ!?」
「いやぁ、普段手厳しい冬子が俺をかばってくれるなんてなぁ。嬉しかったなぁ」
「あ、ああぁぁぁ、あのクソ父さんっ!! ☆*λΩ+φ@%$!!」
よく解らない日本語と母星語をミックスして、冬子はリビングに消えた。きっと通信で文句言うんだろうなぁ。父親
は娘に勝てないというが、どこの星もそうなのかも知れない。そんなことを考えながら、風呂場へ向かう。内容を聞い
ても母星語は解らないが、聞かないのが武士の情けと言うヤツだ。
汗を流すと、テーブルに食事が並んでいた。鶏の唐揚げにレバニラ炒めという俺の好物ばかりのメニュー。おまけに
中央にケーキが鎮座している。
「え、なんだ、これ。何かあった?」
思わず訪ねると、ただですらテーブルに頬杖ついて仏頂面の相手に、
「はあぁ……お前な」
とため息をつかれる。ちょいちょい、とケーキを指さされたので目をこらせば、『Happy Birthday』の文字が。
「あ、そうか、誕生日か、俺」
「父さんが怖くて、頭から吹っ飛んだか? ほら、喰おうぜ」
「いいのか、お義父さんは?」
「向こう一ヶ月、通信禁止」
「うわぁ……」
俺にとばっちり来ませんように、と願わずにはいられない。
ともかく、夕食は素晴らしかった。好物のメニューもさることながら、デザートのケーキが絶品だ。ほどよくブラン
デーの風味がきいたフルーツに、卵の風味豊かなふわふわのスポンジ。さらりと口に溶けるクリームの白と、甘酸っぱ
いベリーソースの紫の織り成すコントラスト。手作りならではの工夫が見て取れる。
「いやぁ、うまいわ。店開けるよ」
「アホか。こんなん、誰でもできるっつーの」
「いや、そうは言うけどさぁ……」
俺の底意地の悪い笑顔を見て、冬子はたじろぐ。
「な、なんだよ」
「地球に来た当初は酷かっただろ? 『栄養取れればいいんだー』とか言って、生の食材出してきたり……」
「生が一番美味いだろ。豚肉なんか、焼いたりするからうま味が逃げるんだ」
「よい子は真似するから。それから料理もさぁ、なんか結構酷いもん喰わされたっけなぁ」
「う……」
「黒こげになったアスパラとか、調味料オールインの煮物とか、粘膜が焼けるカレーとか……特にカレーの時は俺マジ
で入院したからね」
「…………」
べきょ、と音がした。
見ると、冬子の手の中にある未開封の缶ビールが潰れて、中身が漏れ出している。
「あらあら……いっけなーい。わたしったらー……それで、なんのはなしだったっけー?」
……凄まじい笑顔だった。
「……いや、マジでケーキがおいしいという話。それ意外は何にも話してない。ただただ、ケーキに舌鼓を打つばかり
でしたヨ」
「そっかそっか-、布巾取ってくるねー、うふふふ……」
…………怖いと思うのは素人である。この程度は、三年間で慣れるべきだ。もはや俺たちの間では確立されたお約束
と言っていいやりとりだ。
ただ、からかいすぎには気をつけるべきだ。いや、別に『箸が貫通するとかあり得ないよね?事件』とか『朝起きた
ら真っ二つだったんだけど!事件』とか『ユリゲラーも真っ青だよこの曲がり方!事件』とか思い出してないから、大
丈夫だよ、大丈夫だってば。
その夜。冬子がベッドの中で言った。
「お前さー、もうちょっと強くなれないの?」
「君らが要求する水準は無理じゃないかな」
「んー……」
「でも、なんで今更?」
「え、いや、そりゃーそのー……」
途端にしどろもどろ。もじもじとした挙句、いつの間にか俺の手を握ってくる。耳まで真っ赤にして、冬子は言った。
形の良い唇が、つややかに動くその様を、俺はただ、見つめる。
「だって……今のままじゃ、思いっきり……ぎゅーできねぇだろ? リミッターつけてても、お前簡単に骨折するし」
あぁ、もう後半の物騒さはこの際無視する! 俺が出来ることが他にあるもんか!
「大丈夫、その分、俺がぎゅーしてやる」
問答無用で力いっぱい抱きしめる。戦闘民族とは思えない、柔らかい身体が、腕の中でむずがる。
「あんっ、ばっか……お前の貧弱な腕で、満足すると思うのかよぉ……」
口から出る不平もなんのその。心地よさそうに、胸に顔をすり寄せてきた。
「ばーか。今日は子作りしねぇ。このまんま寝るかんな。ざまぁみろ。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
悪態をつきつつも律儀に挨拶する嫁の額に、俺は軽くキスをして、目を閉じた。
終わり
最終更新:2011年07月15日 01:31