163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/07/13(水) 20:52:40.47 ID:aJB0Zank0 [1/2]
嫁は宇宙人 4話目です。
ネタが尽きたぞおぉぉぉぉっ!!
無限に広がる宇宙。古より人々は、夜空に思いを馳せ、様々な物語を紡いできた。
空に浮かぶ無数の星が、只の光る点ではないと気付いたのはいつだったか。
天体だと認識されて意義を見出されたのは、いつからだったか。
そして、そこに我々と違う生物が住むことを夢想しはじめたのは、いつのことなのか。
地球外生命体については、現在に至るまで様々な事件を元に、神話や宗教、考古学、果ては陰謀論を材料に憶測や伝聞が飛び交って
いる。
しかし、数多の目撃証言や体験談が寄せられているにも関わらず、そのいずれも確たる物証には欠け、未だ人類は異星人とのコンタ
クトは取れていない、とされる。
――ただし、公には。
- Case4.The Deep One-----------------------------------------------------------------------
家に帰ると、書き置きがあった。
『海に行ってます。 水祈』
海のそばに引っ越して2ヶ月が経つけど、すっかりこの調子だ。外を見ると、とっぷり日が暮れている。書き置きの傍らには、
ラップのかけられた煮物が置いてあった。
とりあえず着替えると、僕はまず炊飯器のご飯を手早くおにぎりにした。それから煮物を適当な容器に詰めて、水筒に麦茶を
入れる。弁当とも呼べない食事とキャンプ用のランタン、小さく畳んだレジャーシートを用意していると、玄関のチャイムが鳴
った。
しまった、少し遅かったか、と思って開けると、高橋さんの奥さんだった。
「あ、こんばんは。済みません、夜分に……これ、回覧板です」
高橋さんのところも、僕らと同じく、まだ新婚だけど、奥さんはどこか気の小さいことを伺わせる人だ。でも、今日はなんだ
か、それに輪をかけて挙動不審。きょろきょろと辺りを伺うようで、落ち着かない。あんまりなので、声をかけてみる。
「ありがとうございます……あの、どうかなさいましたか?」
「うぇっ!? え、いや、なんでも……ないんですけど……あの、噂が……ご存じですか?」
「噂、ですか? いえ」
「最近、浜の方に、女の幽霊が出る……とか……。海からこう、ざばっと上がってきて恨めしそうな目でこちらを見てるんです
って」
「へ、へぇ~……」
「私、そういうの苦手で……ダメなんですよ、オカルトとか怪談とかホラーとか……」
本当にダメなようだ。その後も『怖い、怖い』と言いながら、彼女は帰っていった。
中断された準備を片付け、サンダルをつっかけて自転車にまたがったのは、その5分後。
マンションを出て5分ほどで海沿いの道に交わるT字路に出る。右に折れて左手に続く防潮林の松を見ながら、ガードレール
の切れ目を探す。そこから未舗装の道が、松林を突っ切って海岸まで続いていた。
波の音を聞きながら、砂利道を進むと、砂浜が見えるてきた。松の木陰に僕が乗っているのと同じ型の自転車が止まっている。
ただし、こちらはチェーン式の鍵がかけられ、荷台にも施錠できる収納ケースがついているものだ。ここへ続く道は車も通れな
いほど細いので、昼間も夜も人などほとんど来ない場所だけど、用心に越したことはない。僕もその隣に自転車を止めて鍵をか
ける。
ランタンを付けて足元を照らしながら、シートを広げてその上に食事の準備。終わったら、シートの上に座って、静かに帰っ
てくるのを待つ。
海水浴場にもならない狭い砂浜だが、月明かりが真っ黒な水面に金色のきらめきを返して、なかなか絵になっている。この海
水のどこかに、彼女がいる。反射する水面の下を、快適に水を切って、魚と戯れながら進む姿を想像してみた。ダイビングの免
許でも取ろうかな。
と、上下する水面に、ぽつりと小さい点が見えた。それはこちらへ、人間が泳ぐよりもずっと早い速度で接近する。映画『ジ
ョーズ』のサメの鰭の動きをイメージすると解りやすいかもしれない。近づくにつれて、それは人の頭だと判断できた。しかし、
見る度思うけど、ほとんどホラーだな、これ。
やがて、足が着く深さまでくると、水祈(みずき)は立ち上がって、腰に手を当てこちらを睨んだ。迷惑そうな渋面だ。白い
ワンピース水着から水をしたたらせて、不機嫌な顔のままこちらに歩いてくる。
「やぁ、ただいま。夕食持ってきたんだ。一緒に食べたくて」
「……ふん」
ランタンに照らされた、冗談の様なコバルトブルーの長い髪の毛を軽く振り、わざとらしくこちらに飛沫を飛ばす。
「ご飯も一人で食べられないの? 子供じゃないんだから」
「そう言わないでさ。家族の団らんは大事だよ」
「……まったく」
悪態をつきながらも、なんだかんだでお腹は空いてたみたいで、体も拭かずにシートの隣に座ると早速おにぎりに手を伸ばし
てきた。
「……塩が強すぎ」
「そうかな? 丁度いいと思うけど。海水に浸かってたからじゃないの?」
「もう少し気を遣いなさい。梅干しも結構塩分あるのよ?」
「あぁ、僕の体の心配?」
「そんな話してないわ。ただの味の話よ」
そういうと、ブルーの髪をかき上げてまたこちらへ飛沫を飛ばす。耳の後ろから首筋にかけて、髪に隠れて見えない場所に、
5cmほどの水平なスリットが3つ、並んでいる。エラだ。頬骨が出てるということではなく、正真正銘、魚についてるアレ。
出会いやらなにやらは省くけど、僕の奥さんの水祈は宇宙人だ。地表の97%が海という惑星からやってきた――といえば、
想像がつくと思うけどその通り、水中において本領を発揮する『人類』。両手には折りたたみ式の水かきも完備。
『溺れる』と言葉は彼女の辞書にない。実際、母星語に対応する言葉がないのだから、正真正銘辞書に載ってない。
「最近、毎日のように海に行ってるけど、大丈夫?」
「平気よ。誰にも見られてないし」
「いや……どうだろ。最近、幽霊出るって噂が出てるらしいよ」
「噂?」
僕は高橋さんの奥さんから聞いた話を聞かせた。水祈は頬をふくらませると、
「失礼ね! 幽霊だなんて、どういうつもりよ!」
と憤慨した。
「いや、僕が言ってるんじゃないし……」
「ちょっとはフォローしたんでしょうね!?」
「いや、できないよ。『それ、僕の妻です』とも言えないし……」
「まったく、しっかりしてよ。幽霊なんて非科学的なものと一緒にされたくないわ」
無理難題にもほどがある。そもそも、宇宙人だって幽霊よりはいくらか科学寄りではあるけど、いかがわしさで言えばどっ
こいどっこいだ。
「ま、いいわ。それよりも……」
手に持ったおにぎりをあっという間に平らげると、水祈はまだお米でべたつく手で僕の手をとった。そのまま、何か言う間
もなく肩を押さえられて、仰向けに倒れてしまう。
「……水祈?」
「この星の海は、結構好きよ。故郷に似てるし、そこそこ生命も豊かだし。でも一つだけ問題があるの」
言いながら、ぬれた水着もお構いなしに覆いかぶさってくる。水中を移動する都合上、その身体は滑らかな流線型で本人曰
く、地球でもてはやされるような余分な『でっぱり』はないそうだ。その割りには、たまに価値観の違いに不満そうにしてい
るのを見るが、今はその分、引き締まった身体が僕に密着して、筋肉の蠕動と心臓の鼓動を教えてくれる。
「水に入ると……最近すごく、本能が刺激されるのよね」
「は、はぁ……」
「ホームシックの一種かしら、ね。はぁ……ねぇ、どう思う?……はぁ……はぁ……」
髪は海水でオールバックになっていた。広いけど、形のいいニキビ一つない額に、小さな鼻。頬はランタンの光でもわかる
ほど赤くなって、一筋、汗か海水解らない水滴が、僕の顔に落ちてきた。半開きの唇を時々、桜色の舌が舐める。
表情としては満面の笑みなのだが、息を荒くして真っ赤な顔で僕の鼻先2cmに迫った瞳の奥にある、凄みを帯びた情欲を
見て、僕は思った。
――――『犯される』
「いやっ! いやいやいや、とりあえず、家に帰ろう? ね?」
「あなたが、悪いんじゃない。わざわざここまで来るから。家で待ってれば、家まで我慢したわよ?」
思わず後ろに後ずさると、同じ分だけ迫ってきた。もう目が完全に飛んでる。そういえば、この頃『海から帰って来た日はや
たら求めてくるなぁ』と思ってたんだ。だが、こんな外でいたせる度胸も性癖も僕にはない。どうにか説得しようと試みる。妻
を痴女にするわけにはいかないじゃないか!
「だから、さっきの話聞いてたでしょ? 見られてるかもしれないから、とにかく一旦家にさ」
「最近、こんなコトワザ覚えたの。『飛んで火にいるエノキダケ』」
「聞いてないよね!? 全然人の話聞いてないよね!? っていうか、エノキじゃない、断じてエノキじゃないぞ!」
「そこはこだわるのね……それじゃ……それを、証明してもらおうかしら?」
「だーかーらー!! って、待ってズボン引っ張らないで!」
ダメだ、堂々巡りだ。こんなとき、漫画なら水でもぶっ掛ければ正気に戻るんだろうけど、この場合はどう考えたって逆効
果でしかない。
「おとなしくなさい。口元にご飯粒がついてるわよ。取るだけだから、取るだけ」
「じゃぁ、なんで、それを直接口で取ろうとすんだよ! あとニュアンスが『先っぽだけ』みたいになってるよ!」
「まぁ、大変、ご飯粒がズボンの中に」
「完全に嘘だし、そんなに大変でもないし! っていうか段々さっきから頭悪くなってない!?」
永遠に続くかと思われた押し問答だったが、それは唐突に終わった。
がさり、と背後の防潮林で音がする。
びっくりして目をやると、懐中電灯の光が見えた。思わず息を呑む。もし巡回中の警官とかだったら、恥ずかしすぎる。
だが、それは杞憂に終わった。
「あれあれ~、なんだぁ?」
「お兄さん、楽しそうだねぇ」
がさがさ、と松の木陰から、金髪にピアスという出で立ちの男が三人、現れた。
「俺たちにも幸せ分けて下さ~い、へへへへへ……」
そう言いながら、一人がこっちに火のついたたばこを投げてくる。それはレジャーシートに落ちて、焦げ跡を作った。慌て
てそれを手で払う僕を見て、また三人が笑う。
「お、いぃねぇ。お姉さん、美人だし、スタイルいいし」
「髪の色もきれーだし、ねぇ。ドライブ行こうよ、ドライブ」
「そんなひょろいお兄さんより、ずっと俺たちの方が上手だからさぁ~。水着のまんまでいいから。ひひひ……」
水祈の水着姿をジロジロ見ながら、野次を飛ばしてくる。これはまずい。何がまずいかといえば、
「うるさい、ミジンコ以下が」
……あぁ、火が入っちゃった。
「え?」
唐突な罵声に、三人が一様に固まる。だが、水祈は止まらない。
「生殖器と脳を兼ねている生き物というのも珍しいわね。まぁ、珍しいから高級というわけでもないんでしょうけど。どこ
の馬鹿かしら、ペットくらいちゃんと管理してくれないと、誰にでも盛って見苦しいったらありゃしないわ。」
「お、おい……」
「あら、すごい。鳴いたわ。ねぇ、あなた、私あの珍動物の言葉は翻訳できないんだけど、あなたは解るでしょう? 翻訳
してくれない?」
それは遠回しに、僕も生殖器と脳を兼ねてる生き物と見られてるんだろうか。それはともかく、最初はきょとんとしてい
たが、次第に馬鹿にされているのは伝わったらしく、相手もヒートアップしてきた。
「なんだぁ、この女! 下手に出てれば……」
「あぁ、ごめんなさい。あなたたちみたいな最底辺の単細胞生物に人間の言葉をを教える自信はないし、そんな時間もない
の。今すぐ消えてくれたら、何もしないであげるから。お勧めはそのまま海の底よ。あなたたちに費やされる無駄な資源が
節約できるし、ゴミのような遺伝子も消滅できて地球に優しいわ。大丈夫、海はやさしいから、あなたたちのような使用済
みのちり紙みたいな命でも、包み込んでくれるわよ」
「あ゛ぁ!? おい、こら、嘗めてんのかよ、こら……えっ!?」
こちらに早くも大股でこちらに歩き始めていた一人が、驚いたように後ろを振り返った。
「おい、お前ら……なんか言った?」
「はぁ? 何言ってんだぅおあっ!?」
今度はもう一人が弾かれた様に周囲を見回す。最後の一人も、落ち着かなさげに、首を回していた。
「うわっ! えっ!? な、なんだってんだよ!」
「ふざけんな、マジかよ! え、ちょっ!」
「きめぇ、ひっ、いや、待てっ、おい、てめぇ、なんかしてんのか!?」
一人がこちらを見たが、その顔は引きつっていて怯えが多分に混ざっていた。でも、僕には何も聞こえない。だが、
『 耳 を ふ さ い で』
その言葉は、まるで耳元で囁かれたようだった。確かに水祈の声だが、本人は僕に寄り添っているものの、顔は右往左往
翻弄されてる三人組を心底楽しそうに見ている。きっと、彼らも同じような現象を体験しているのだろう。もちろん、聞か
されている言葉は、遙かに剣呑だろうし、僕は種明かしを知ってるけど。
僕は言われるままに、両手を耳にあてる。
水祈が大きく口を開けた。
三人がぎょっとしてこちらを見る。その顔面へ――
「~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
耳に当てた両手を通して、空気の振動がビリビリと伝わる。鼓膜がぴぃんと張り詰め、脳がざざざざ! と波打つ感触。
これを正面から食らったらどうなることか。
その結果が、目の前に展開されていた。
砂浜には水祈を中心に、音波が幾何学的な曲線として刻まれている。そして、相手はと言えば、三人ともな術なく、白目
を向いて倒れ伏している有様だ。時々ぴくぴく動くから、多分死んではいない。
水中での意思疎通はといえばイルカやクジラの例に漏れず、音波がもっとも効率的だ。水中では、音は空気中の4倍以上
の速さで届く。水祈たちの種族の声帯は水陸両用のなせる業かかなり高性能で、地球人に聞こえない超音波など楽々出せる
し、音量も人間が失神するくらいの出力が可能だ。しかも三次元的な指向性まで加えられるから、音の『焦点』を絞れば正
面にいながら『背後から』声をかけることという芸当までできる。出会った当初は、これでかなりイタズラされたっけなぁ。
そして、最大出力の声はもはや『声』とは呼べない衝撃波となって襲いかかる。人間が正面から浴びたら、頭蓋から脳ま
で揺さぶられ、良くて失神、悪けりゃ永眠。流石に加減はしてるんだろうけど。
「はぁ、まったく。手間かけさせるんじゃないわよ、馬鹿」
水祈はその台詞を、自分が気絶させた相手ではなく、なぜか僕に言い放つと、すいっと立ち上がった。
「ほら、ボヤボヤしないの」
「あぁ、他に見られたらまずいね」
倒れた男3人を前にぼんやりしてたら本当にまずいと、慌てて片付けを始める僕に水祈はぴしゃりと言い放つ。
「違う。途中だったでしょ」
「え?」
ぽかんとする僕に、顔を真っ赤にして、両手の指をもじもじと絡ませながら、彼女は続けた。
「あなたがヘタレだから、家まで我慢してあげるけど……早く、帰るわよ」
……もしかして、あいつらに怒ったのは、バカにされたからとかじゃなくて、単にイチャついているのを邪魔されたか
ら……? というか、あんだけ迫っといて、今さら恥ずかしいの?
水祈は僕の疑問を避けるように、さっさと自分の自転車の収納ケースについた鍵を外すと、中から着替えのジャージを取
り出して水着の上から身につけた。こちらを手伝う様子も見せず、早くも自転車にまたがって、視線で急かしてくる。それ
を受けて大急ぎで荷物をまとめると、僕も自分の自転車に飛び乗る。
「ほらほら、急いで。私の気が変わらないうちに。まずはお風呂ね」
「水の中のほうが盛り上がるんだよね」
「あなたの変態性癖に興味はないけど、付き合ってあげても良いわよ」
「ちょ、何が変態なのさ。水祈だってさっき――」
「私は海水だから仕方ないの。真水で興奮するのは変態。私の星の常識よ」
「えぇー……」
星の常識とか出されたら、反論も出来ないじゃないか。言葉を失う僕の背後から、声がした。
『今日も、私を“溺れさせて”ね。あ・な・た』
ひっくり返りそうになった僕を笑いながら、水祈は鼻歌を歌っていた。
ちなみに、後日。高橋さんの奥さんが言うことにゃ。
「あの……噂、覚えてますか?」
「え? あぁ、浜に女性の幽霊、ですか?」
「それが、なんか最近、また変わってきて……名状しがたい冒涜的な叫び声で、聞いた人間を狂気へ誘い、やがて海に引きずり
込んで精気を吸い尽くしたあと、眷族へ作り変えるらしいですよ……」
……なんか解らないけど、グレードアップしたことだけは解った。
終わり
最終更新:2011年07月15日 01:44