11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 23:17:57.53 ID:5LkKdgic0
いちおつ
色々ネタ出してくれた人、サンクス
生物は、自身の遺伝子を残すために、さまざまな手段を試してきた。
その戦略は多岐に渡る。
単性生殖、有性生殖に始まり、他種を利用するもの、擬態するもの、性転換するもの、寄生するもの……すべては、
ただ、『自己』を保存するためという、どこまでも利己的な目的のためだ。
――地球から遠く離れた恒星系の、ある惑星。
地球によく似た惑星の表面では、同じように様々な進化の形が試行錯誤されていった。
食性、環境への適合、移動方法、天変地異への耐性……進化には様々な要素が複雑に絡み合う。地球によく似た惑
星であっても、地球と同じ姿になるとは限らない。
その星で、後に霊長となる類人猿は、『自己』の遺伝子保存のために、極めて単純な戦略を取った。
一言で言うなら、『バックアップ』である。
まったく同じ遺伝子を持つ個体を、同時に2匹出産――つまり、必ず双子で生まれてくるのだ。片方が事故や疫病
で死んだとしても、互いが互いのバックアップだから、次世代へ繋がる確率は高い。
また、単純に増えやすかった。必ず双子で生まれるため、全体の数が減ることがない。少子化とは無縁である。も
ちろん、事故や病を克服して成熟した後の文明ではある程度の抑制策は取らなければならなかったが、この段階にお
いてはとにかく個体数の確保が容易な点は、生存競争に有利に働いた。
また、双子同士は互いにしか解らない、独特の『感覚』を持っていた。何らかの事情で生き別れになっても、8割
以上の確率で互いを見つけ出すことができた。また嗜好も似ており、婚姻すら双子のペアで行われることも多い。
同じ血を分け与えられたもの同士のこの『感覚』は、文明の中で神聖なものと位置づけられていたが、やがて科学
的な解説がつけられるようになっていく。ただし、その『科学』は地球ものものよりも相当に先に進んだものだった。
具体的には、外宇宙への渡航が比較的自由にできるようになってから、である。
そして、ここにも一組の、双子が。
「起きて」「おはよう」
ステレオで聞こえる声に目を開けると、布団の両側にまったく同じ顔が、鏡合わせに並んでいた。
朝の光に照らされた黒い髪の毛が覆いかぶさり、その隙間からかっ開いた片目しか見えてないので大変怖い!!
「うおわあぁっ!」
「私は貞子」「私はサマラ」「二人合わせて……」「……無茶振りはしない約束」「ごめん」
「ないのかよっ!?」
あー、朝からびっくりした挙句三村突っ込みをしてしまった。当の本人たちは、何事もなかったかのように、手元の
ゴムでセミロングの髪をまとめる。左側でサイドテールにしているのが汀緒(てお)、ぐるぐると手際よく団子にした
のが黒依(くろえ)である。双子故に、髪型で区別をつけているのだ。この無愛想具合さえなければ、色白でおっぱい
大きい美人なのだがなぁ。とはいえ、双子の美人と一つ屋根の下という状況は、不満を言うには贅沢すぎる。
2人が宇宙人だとしても、差し引きでお釣りが来るというものだ。
「早く準備」「仕事が待ってる」
「解ったって」
顔を洗って着替えると、2人が台所に立っていた。
その工程は、息が合っているという言葉では図れない何かである。
まず、汀緒がボウルを手に立っている。黒依はガスコンロの前で鍋に湯を沸かしている。
汀緒がボウルに卵を割りいれる。それを菜ばしでかき混ぜていると、黒依が鍋から目を離さないまま、醤油を手にと
ってボウルに入れる。汀緒はかき混ぜながら塩を振り入れる。今度は黒依がダシの素を少量、同じく汀緒が砂糖を。も
う一つのコンロで熱されていた卵焼き用の四角いフライパンを黒依が差し出す。その中に汀緒が卵を注いで、それまで
浸かっていた菜ばしを渡す。黒依がじゅうじゅうと小気味良い音を立てて固まる卵をかき回す。汀緒がお湯の沸いた鍋
の中にダシの素を加える。黒依が卵焼きの合間に手を伸ばしてカツオ節を渡す。汀緒がそれを漉し器に入れて湯に浸す
と、すぐに上げてそのまま味噌を溶かす。汀緒が味噌を溶かしている間に、黒依がフライパンを前にまな板の前に移動。
入れ替わる形で汀緒がコンロの前へ。まな板の上の卵焼きを切るついでに、豆腐をさいの目に切る。汀緒が鍋を突き出
す。黒依が豆腐を入れる。汀緒が皿を手渡す。黒依が卵焼きを盛付ける……。
普通、この手の作業を2人でするならば、『味噌汁担当』と『卵焼き担当』で分けるのが常だ。しかし、2人は平然
と互いの仕事を兼用し、手伝いながら、入れ替える。
しかも、この間、2人は一言も言葉を発しない。
彼女たちの星では普通らしいが、どうやら双子の間でのみ通じるテレパシーみたいなものがあるらしい。それを使っ
て以心伝心、めまぐるしい作業を機械的な手際で平然とやってのけてしまう。
「立ってないで食器」「納豆も出して」
「はいはい」
結局、いつも俺が怒られて準備を始めるのが常だった。
我が家は喫茶店を経営している。ビルの1階に貸し店舗が4つ入っており、2階以上が住居となっていて、俺たちは
いつも2階から1階に『通勤』する形だ。
開店準備を済ませると、シャッターを開けて『商い中』の札を出す。
店内にはコーヒーの香りが漂っていた。余分なBGMはかけないのが、ささやかなこだわりといったところか。静かに休
息を楽しんでもらうと言うのが、基本的な方針である。と言っても、妙なこだわりを客に押し付けることはしたくない。
サンドイッチやケーキ程度の軽食もあるし、夏場にはかき氷だって出す。カウンター席7つに、4人掛けのテーブル席
6つという小さい店。いくらかの常連で持っているような、どこにでもある喫茶店だ。
出会いやら何やらは省くが、今はこの店を3人で切り盛りしている。
午前中はたまに遅めの朝食を摂る客がいる程度だが、この辺りは中小企業が雑居ビルにひしめいているような立地で
あるため、昼時には一応かき入れ時となる。チェーンの牛丼屋やファーストフード店もあるが、込み合うのを嫌ったり、
並んでる時間のない層がこちらに流れてくる、という寸法だ。世の中まこと持ちつ持たれつというわけで、12時~1
3時がピークとなる。逆に夕飯は喫茶店の軽食で済ませる人間は少ないから、とにかく昼を乗り越えれば後はのんびり
である。
そして、双子はよく働く。例えば、汀緒が注文をとる。それをテレパシーで厨房の黒依に伝達して調理。出来上がっ
た料理を俺が運び平行して空いたテーブルの片付け……といった具合だ。いちいち厨房に戻って連絡する必要がないか
ら、非常に効率的。冷静に外から見れば、店員の動きがおかしいことが解るが、大抵は連れとだべったり携帯をいじっ
たりして、そんなもの気にも留めない。そして実際注文がしっかり出てくるのだから、文句の出ようはずもない。
「はぁー、疲れた……。2人とも、今のうちに交代で飯食っとけ」
「言われなくても」「解ってる」
昼飯時の喧騒が終わると、僅かな休憩時間が訪れる。いわゆるアイドルタイム。カウンターの裏にある椅子に腰をか
けて新聞を読んでいると、傍らにコーヒーの入った皿が置かれた。
「お、サンキュ」
「ん……」
口をつけると、モカの香りと酸味がリラックスさせてくれる。ミルクのまろやかさ、砂糖の甘みもちゃんと俺好みだ。
「うむ、もう俺がコーヒーについて教えることは何もないな」
頭を撫でてやると、サイドテールを揺らして汀緒は目を細めた。
「喫茶店の店長なのに、ブラックが飲めないとは……酷い話」
「そう言うなって。コーヒーなんて、それぞれがおいしく飲めればいいの」
「こだわりの欠片もない」
「コーヒーに関してはな。一応その他はそれなりなつもりだけど」
Tシャツにジーパン、その上にエプロンというシンプルな制服。ちゃらちゃらしたフリルなどは不要! なぜならこ
こは『喫茶店』。『カフェ』などという浮ついたものとは違うのだ!……というのも俺の密やかなこだわりなのだが、
最近は常連連中が双子にメイド服を着せたがって困る。
「どう見ても、内装も時代遅れな気がする」
「んー、そうかなぁ。喫茶店なんてこんなもんだろう」
「そうして、流行に取り残されたこの店は、次第に廃れていく……私たちは、泣く泣く夫をキャトル・ミュティレーシ
ョンして標本を作り、金に換えることに……」
「怖いこと言わないで」
団子頭が顔をしかめているのに、同じく顔をしかめて答えた。いつの間にか入れ替わっているが、そんなのはよくあ
ることだ。色々な意味で、この双子は『2人で1つ』という側面が強い。食事も2人で1人前を食べて満腹しているか
ら食事休憩も早いし、テレパシーで実況でもしてるのか入れ替わっても当たり前のように会話を引き継いで続けてくる。
「キャトられたくなかったら、頭を撫でろ。さっき汀緒は撫でてた……」
「はいはい……」
「別に撫でて欲しくはないけど、平等じゃないと、色々よろしくない」
「解ってるって」
こんな具合に、まったく同じという部分にこだわるのも『2人で1つ』という印象に拍車をかけている。好き嫌いや
行動パターンもそっくりで、テレパシーで互いの体験を共有しているのだから、なおさらだ。聞けば、あちらじゃ双子
同士の夫婦が当たり前だそうだから、どうも本当に文化的に双子を一単位とみなすらしい。もちろん例外もあるし、そ
れを許容しない社会でもないようだが。ちなみに愛想が尽きて別れるタイミングも一緒だというから、複雑な気分だ。
で――まことに言いにくいのだが、この2人。俺の嫁である。
好き嫌いも同じ=男の好みも同じ=好きな人も同じ。故郷の星なら相手も双子だから問題無いわけだが、地球では大
問題だ。しかし体験を共有することに慣れているためか、浮気だとかいう生臭い言葉は出てこず、あっさりこの形に落
ち着いた。広い宇宙には一夫多妻の文化もそれなりにあるそうで、『銀河系役場太陽系出張所』みたいなところにはち
ゃんと届出が出ているらしい。もっとも地球の役場には届けてないから、形としては内縁の妻に……なるのか?
そんなことを考えていると、ドアチャイムが鳴った。
「いらっしゃい……あぁ、鈴木さん」
「はいはい、鈴木さんですよ。マスターいつもの」
堂々と大きい身体を揺すって入ってきたのは、常連の鈴木さん。47歳、妻子ありで近所の会社の部長らしい。『い
つもの』とはブラックのアメリカンを指す。
「いらっしゃいませ、鈴木さん」
「おぉ、黒依ちゃん。ご無沙汰してたねぇ。ちょっと綺麗になった?」
「そんな甘いことばかり言ってるから、糖尿なんですよ」
「上手い! 座布団一枚!!」
そういってカラカラ笑って見せる。黒依も少し笑ってから、厨房へ下がった。
「いやぁ、そうそう、マスター聞いてよ。今度さ、娘が結婚すんだけどさ」
「へぇ、そりゃおめでとうございます」
「めでたいもんかい。できちゃったですよ。今流行の。お父さん悲しいわ」
「あらら」
「『出来ちゃった結婚』って英語で『ショットガン・マリッジ』って言うらしいね」
「はぁ、『撃てば当たる』からですか?」
「マスターも言うねぇ。そうじゃなくて、できちゃった娘のお父さんが、ショットガン持って男の家に殴りこむからだ
って」
「ちょっと待った。鈴木さん早まらないで」
目の色がおかしくなりだしたので、止めておく。
「大丈夫だよ。ちょっとした冗談。目の前で土下座までされちゃ、それ以上追求できんよ。定職にもついてるしね」
「はぁ、来ない間修羅場だったんですねぇ」
「そーよ、たまんないよ、もう。いつの間にか女房まで抱き込んでるし。しかし、どーすんの、マスター。結局、汀緒
ちゃんなの黒依ちゃんなの」
「また唐突ですね」
「とぼけないの。こんな寂れた喫茶店に、双子で働いてくれてんだから、2人の気持ちには気付いてるんでしょ? マ
スターももうけじめつけないと」
「い、いやぁ……ははは」
よもや『両方に対して既にけじめつけてます』とは口が裂けても言えない……結構つらい所だ。
と、そこでこっちの窮地を察したのか、汀緒がカップを持って現れた。さりげなく黒依も現れ、テーブルの砂糖等を
補充し始める。
「お待ちどう様です」
「おぉ、ありがとう。うん、美味いなぁ!」
本人たちが来たところで、話しは打ち切りとなった。まぁ、時折こちらにウィンクしてくるのには内心閉口したが
……悪い人じゃないんだけど、典型的なおせっかいタイプなんだよなぁ。
背中に伝う汗が、実に嫌な感じである。
夕方7時。頑なに『喫茶店』にこだわる我が店はアルコールなどもっての他なので、この時間には店を閉める。2人
は夕食の買出しとかで、出かけていた。まぁ、さっきも言ったが喫茶店なんて店は、昼はともかく、夕食を食うような
ところではないから、特に問題ではない。
今日の売り上げを集計していると、レジの傍らに置かれた卓上カレンダーが目に付いた。今日の日付のところに何か
書いてある。文字のようだが、日本語やアルファベットではない。となれば、書いたのは汀緒か黒依か、あるいは両方
というのは予想がつくのだが、あいにく心当たりがない。誕生日や結婚記念日でもないし、今日も何事も無く通常業務
だったし……解らん。まぁ、嫁とは言えいちいち向こうの予定を束縛する気はないからいいんだけど。いや、でもやっ
ぱ今から出かけるというのなら、一言くらいは欲しいような……。
首を傾げながら片づけを終え、火元の確認と戸締りを確認して、2階の住居へ戻る。明かりも点いているようだし、
買い物からは戻っているようだ。
「ただいま」
「「おかえり」」
ドアを開けると、2人が奥から出てきた。
――水着姿で
「……今日は何の騒ぎだ?」
「む、反応が薄い」「生意気な」「とうとう枯れたか」「両親に孫の顔も見せられない」
「違うわ! なんで水着なんだよ、って話をしてんの!」
「「欲情した?」」
「質問に答えろよ……」
汀緒は白いビキニ、黒依は黒のフリルつきワンピースでそれぞれポーズを取ってみせる。動くたびにぷるるん、と揺れ
る胸は確かに劣情を煽るものの、正直突飛過ぎてついてけないというのが大きい。
「今日は、水着デーとなっております」「カレンダーにも書いておきました」「見てないんですね」「注意力散漫」
「あれそういう意味だったのか。全然読めねー」
「読めたらサプライズになりません」「今日は結婚記念日です」「水着デーとは書いてません」「ひっかけです」
「ごめん、その敬語なんかイラっとするからやめてもらっていいかな……って結婚記念日?」
そりゃおかしい。俺たちの記念日はもう一ヶ月前に過ぎたはずだ。結婚して最初の記念日だから、店も臨時休業にして
温泉旅行で盛大に祝ったのだが。
訝しい顔をしていると、2人は言う。
「残念ながら、それは地球の暦」「私たちの星の公転周期は地球換算で約13ヶ月」「つまり、あちらの暦では今日が記
念日」「よって水着、解った?」
「いや、3つ目と4つ目が繋がってないよね」
「いいから、ご飯」「ちょっと豪華にした」「本来なら高級レストランでも予約してもらう」「でも今回は私たちの星の
都合だからささやかにとどめた」
両手を双子に取られて居間に通されると、確かに家庭料理の枠は出ないものの、いつもより品数が多く豪勢な食事が並
んでいた。
「座れ」「肩を揉んでやる」
「え? いや、食べづらいんで、後でいいですけど……」
「遠慮するな」「普段の浅ましさを出して」
「いや、そんな『いつもの自分を出して』じゃないんだから」
「「そう言ってる」」
……すみませんね、浅ましくて。しかし、飯は確かに美味そうなので、おとなしく頂くことにした。座って、箸を取ろ
うと手を伸ばすと、脇からいきなりミートーボールが突き出される。
「汀緒さん?」
「あーん」「早く、後がつかえてる」
既に黒依さんもスプーン片手にスタンバイ。なんという夢の光景。文句を言っても食事が無駄に長引くだけなので、素
直にミートボールを食べる。レトルトのものではない、しっかりとした食感に手作りのソースが絡んで、実に美味だ。
「次はこっち、あーん」「次は13ヶ月後。しっかり味わえ」
「はいはい……んぐ」
押し込まれるスプーンは、ひんやりとした甘みが喉を滑り落ちるインゲン豆の冷製スープ。
しかし、ここまでサービスしてくるのは何か妙な気がする。そもそも、結婚記念日というのは互いに祝い合ってなんぼ
だろう。日ごろの感謝の気持ち、というのは解るが、一方的にしてもらうのも居心地が悪い。今から、何かしてやれるこ
とはないか――とここまで考えて、気付いた。
「なぁ……今度、海でも行ってみるか」
「「!!」」
2人が同時にびくんと身体を震わせて、両サイドから俺の顔をマジマジと見る。4つの目で見つめられるのは、いつま
でも慣れないので、視線をそらして頭をかきかき、
「……なんて、どうでしょ?」
とか言ってみる。カッコわる! 俺カッコわるっ!!
だが、よく考えてみれば、2人が水着をわざわざ買ったのだって、そういうおねだりという面もあるのではないか。ま
だ海に連れて行ってないという記憶を手繰れば、割と正解に近いんじゃないかなーなんて思ったりもしたんだけど。
そらした視線を戻して、もう一度2人の顔を見た。
それはものすごく近いところにあった。
そのまま、両頬にキスされる。
「「……」」
「……」
……頼む。目が輝いて鼻息荒くなってるので正解なのは解ったから、黙って見つめるのはやめてくれ。どうしていいか
解らん。なんか、これに押し負けて2人共に結婚した節があるんだよなぁ、俺。
「いつ行く?」「明日?」「電車に乗って」「8時ちょうどのあずさ2号で」
「あずさ二号ってあんた……そうさなぁ。明日は無理だが、来週あたりでも」
「よし、よく決断した。うちに来て妹をファックしていいぞ」「もうされてる。だが特別に乳を押し当ててやろう」
テンションあがると意味不明なフレーズを繰り出すのはこいつらの特徴だが、それが文化的な流行なのか、生物的な習
性なのかは不明である。とにかく今は両腕にたわわなヤツが押し当てられて飯が食えないやら気持ちいいやら。
しかし、海かぁ……2人を両脇に侍らせてビーチを歩くなど、偉い身分になったもんだな、俺も。周囲の視線が辛いな。
鈴木さんに会ったら小一時間説教くらいそうだ。とか妄想始めてにやける俺の頬をつんつくしながら汀緒が告げた。
「大丈夫。海に行くモトは取らせてやる」「まったく問題ない。今日中に回収できる」
反対をつんつくしつつ、黒依も言う。
「え? モト? どういうこと?」
別に海に行って楽しむのに金の心配してケチるほど、度量は狭くないが。と思ったら、まるで違うよね、この人たち。
目がギラついてるもんね。
「一般に、風俗店が90分コースで2万円から3万円の相場」「2人同時指名となれば、さらに増える」
「ちょっと待てい!! そんなんでモトなんか取ったってしょうがないだろ!」
「む、私たちでは不満だという」「妻が2人もいるのに風俗に行くのはやめないのか」
「やめるもなにも、そもそも行っとらんわ! というか、金とかモトを取るとかでしたくないの、俺は」
憮然として言い放つと、2人の顔が同時に赤くなった。そのまま、赤い顔が近づいてくる。おい、またか……。
両頬へのキスは、非常によく見られる愛情表現だが、いかんせん『漫画に出てくるモテモテ野郎』そのまま故に、リアク
ションが取りづらい。そんな困惑もどこへやら、左右からしがみついて、2人は耳元でささやいてくる。
「なら、可愛がれ」「平等に、可愛がれ」「最近ご無沙汰だ」「かれこれ二週間」
「あー……それは、申し訳ないとは思うけども……」
これだけ居丈高な『おねだり』も無いとは思うが、汀緒はどこから出したか『赤まむし』をことり、と食事の傍らに置い
た。
「頭撫でろ。昼間、黒依の方が2回くらい多かった」「ダメ、そもそも、私も充足したとは言いがたい」
黒依は『ローヤルゼリー』を片手にこちらを見上げてくる。
あぁ、俺って長生きできないかもなぁ……とは思ったが、俺の両手はその日初めて2人を思い切り抱きしめていた。
翌日。シャッターには『体調不良により臨時休業』の張り紙がされており、それを鈴木さんがニヤニヤして眺めていたとい
う……。
終わり
最終更新:2011年07月19日 20:29