136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/07/22(金) 18:30:22.50 ID:2uv4GdGu0 [1/2]
ヨメは宇宙人の6話目です。
そして最終回という名の全員集合。
読んでくれた方、アイデア出してくれた方、ありがとうございました。
じゃあの。
無限に広がる宇宙。古より人々は、夜空に思いを馳せ、様々な物語を紡いできた。
空に浮かぶ無数の星が、只の光る点ではないと気付いたのはいつだったか。
天体だと認識されて意義を見出されたのは、いつからだったか。
そして、そこに我々と違う生物が住むことを夢想しはじめたのは、いつのことなのか。
地球外生命体については、現在に至るまで様々な事件を元に、神話や宗教、考古学、果ては陰謀論を材料に憶
測や伝聞が飛び交っている。
しかし、数多の目撃証言や体験談が寄せられているにも関わらず、そのいずれも確たる物証には欠け、未だ人
類は異星人とのコンタクトは取れていない、とされる。
――ただし、公には。
- Case06.エリア51----------------------------------------------------------------------------------------------------
夜のとある喫茶店。
昼間は周囲の雑居ビルに勤める人々で賑わうこの店も、この時間は既に営業を終えているはずだった。だが、今日は明かりが
点いており、騒がしい。
「「「「「『かんぱーい!!』」」」」」
打ち合わされるグラス。テーブルを2つ並べた上にはさまざまな料理、さらには手作りらしいケーキが中央に鎮座している。
そのケーキには、かなり雄々しい自体で『祝 出産』と大書されたプレートが乗っていた。
「おめでとう、未羽」
「まさか、出産一番乗りとはなぁ」
『さ、食べて食べて』
「いやぁ、なんか悪いなぁ、わざわざ。汀緒と黒依もよかったの?お店こんな風につかって」
「大丈夫、今日は旦那は町内会の寄り合い」「営業時間過ぎてるから、好きに使って良いと許可は取った」
いいながら、汀緒、黒依と呼ばれた2人は、ほとんど同じ動作でビールに口をつけ、それから同じ顔で実にまずそうに舌を
出した。双子なのだ。
『無理はよくない』
「「苦い」」
「あぁ、ほらチューハイかなんかにしなさいな。別に地球式にこだわる必要ないんだから」
「そうだそうだ。酒なんざ、好きなように飲むのがいいんだよ」
「冬子はいきなりバーボンなんだね……ハードボイルドだね……」
非常に姦しい6人の女性。だが、実は人間は一人も居ない。
全員が、それぞれ地球と違う星からやってきた宇宙人なのであり、なおかつ地球人の男性と結婚までしているのだ。
「未羽こそ平気なの? アルコール。出産後、間もないんでしょう?」
そう言いながらグラスに口をつけるのは水祈という。コバルトブルーの長い髪に隠れたうなじの辺りには出水孔があり、魚
のエラと人間の肺を組み合わせたような形の呼吸器官を持つ。折りたためる水かきに、すらりとした流線型の体型と併せて、
水の中で本領を発揮する『水中人類』である。
「んー、平気だよ。産んだのは卵だし。今日はお母さんたちに頼んできたから。『孵化予定日』もまだ先だしね」
答えつつ未羽は上着を脱いでタンクトップ一枚になると、背中の羽を大きく伸ばした。ここでは誰にも気兼ねなく、その透
明な羽をさらすことができる。軽量で丈夫な骨格は、見た目にはかなり華奢である。ちなみに、今夜の集まりは彼女の『産卵
祝い』という名目だった。
「うぉ、危ね。羽ばたくなよ!」
危うくグラスに当たりそうだった羽をかわすと、冬子は男勝りな口調で未羽から椅子を離した。その手首には地球の一般的
なブレスレットに似せた、リミッターリングがついている。そうしなければ生粋の戦闘民族である彼女たちは、力の加減を簡
単に誤ってしまうのだ。だが、その見た目はむしろ小柄で、ポニーテールにした髪の毛も相まって幼い印象を与えていた。
「あ、ごめんごめん」
『まぁ、いいでしょ。ここでは、誰も見てないし、私も素のままでいられるし』
スピーカー越しに、晃は2人をとりなす。その背中に届く髪の毛は自在に色素を換えることができるが、今はその言葉通り
『素』の銀色だった。彼女たちの星では、髪の色彩と発光で言葉を紡いでコミュニケーションを取る。声はその補助的な役割
しか持たず、声帯も未発達であるため、地球での会話は小型の拡声器を使っていた。
「でも、冬子は素でいると困る」「明日、営業できなくなる」
最後は双子の汀緒と黒依。彼女たちの種族は常に双子で生まれてくるという特徴を持ち、更には双子の間だけで通じるテレ
パシーも使えるという、どこまでも『2人で1つ』という形に徹する種族だ。双子で1人の夫を『共有』し、この喫茶店を夫
婦3人で経営している。汀緒は頭の左側で髪を括り、黒依は頭頂で団子にしていた。
「解ってるよ。悪かったな、馬鹿力でよ、ったく……」
憮然とした顔で、あっという間にグラスを空にすると、冬子は手酌でもう一杯ロックを作った。その様子を見て水祈が言う。
「あ……思い出した。冬子、今月分の報告書、出してないでしょ」
「あ、忘れてた。ごめん」
「勘弁してよ。一応、あたしがこの地区のリーダーなんだから。こっちに苦情がくるのよ?」
彼女たちは一見専業主婦の様ではあるが、名目上『地球文明の包括的調査義務』が課せられている。定期的に報告書をしか
るべき場所に提出しなければならないのだ。無論、それによる報酬は各種税や保険料、年金などが天引きされた上で、宇宙共
通通貨から日本円に両替され地球時間毎月15日に振り込まれている。
「あー、めんどくせぇなぁ。報告書っつっても、今月も特に何もなかったつーの」
冬子は頬杖をついて、不満をあらわにする。調査義務とは言うものの、自ら能動的にフィールドワークをする必要はなく、
単に生活の中で見聞きしたものを調査結果として送ればいい話なのだが、慣れてしまえば目新しいこともなくなり、やがて
『異状なし』と要約できる程度のものになるのが常だった。
「別にいいじゃん。旦那様とのラブラブ日記でも書いて送れば?」
未羽がへらへらと言う。その顔はやや朱に染まり、早くもアルコールが回っているようだ。その台詞を受けてすかさず、
「べ、別にラブラブなんかしてねぇよ。オレらの星は、一夫多妻OKだしな」
と、冬子は言い返す。ただ、その表情にはかなりの強がりが見て取れた。
『あれ? そうだったっけ?』
「おう、やっぱ男は強くちゃいけねぇからな。何人も面倒見て、強い遺伝子をがっつり残すってのは、単純に生物として
強さの証明だし。だから、1人の男に執着してベタベタするような文化がないの」
手をひらひらと振って見せると、もう一口バーボンをすする。
「さすが戦闘民族ハンパない」「相当卑猥な話なのに、卑猥さの欠片もないのもすごい」
双子が声を揃えて驚くが、肝心の本人はしかめ面のままだった。
「でもアイツにそれ言ったら、『俺は冬子だけ居ればいいよ』とか言うんだぜ? 甲斐性の欠片もねぇの」
「いや、それはしょうがないんじゃ……汀緒たちみたいなのは特殊だし」
前述の通り、汀緒と黒依の2人は、双子で1人の男性と入籍していた。もちろん日本では不可能だが、銀河戸籍管理局に
は婚姻届が出され、正式な夫婦として認められている。ただ、やはり現代日本で実質一夫多妻の生活を送るのはかなりの特
例と言えるだろう。
冬子の独白は続く。
「ったく、おちょくりやがって。オレのほっぺた、こちょこちょってくすぐりながらさ、しかも、そういうときに限って、
目だけは真っ直ぐ見つめてきやがって。ずりぃっつーの」
『あれ、これノロケてる? もしかして、いつの間にかさりげなくノロケられてる?』
「あんな弱いヤツ、どーでもいいっつーの……ぐすっ、なんであんな男に引っかかったんだろ……うぅ……」
涙目でグラスを持つ冬子を見て、水祈が聞こえないように晃に囁く。
「ちょっと、冬子って泣き上戸だったっけ?」
『その筋では有名』
「どの筋なのよ……」
「あー、オレより強い男と会いてーー!!」
なにしろ『強いこと』が全ての価値観の根幹をなす文明である。どこかのバトルマニアのような台詞も、彼女にととっては
『もっといい男と巡り会いたかった』という、よくある愚痴程度の感覚でしかない。
「で、でもほら、冬子ちゃんの旦那さん、けっこうがっしりしてるじゃん。空手やってたんでしょ?」
「そ、そうよ、あれ地球人だったらかなり強い方でしょ。流石に贅沢よ」
未羽と水祈が、どうにかこうにかフォローを入れる。冬子が眉を上げて、首をかしげた。
「そう? うちの旦那、すげぇの?」
事実、スキンシップの失敗や喧嘩などの理由で数回に渡り骨折を含む重傷に追い込まれても、離婚の『り』の字も出さない
ところは、すごい漢(おとこ)と言える。
「うんうん」
一同が神妙な顔で頷くと、途端にその顔がとろん、ととろけた。
「そっかぁ、へへぇ……うらやましい? でもダメだぞ? 絶対やらないかんな? あれはオレのだしー」
「……ごめん、これ泣き上戸じゃないわ。単に面倒くさいだけだわ」
反対に今度は水祈が眉間に手を当てて、しかめ面を作る。
「っていうか、バーボン飲んでたのに、お酒弱いんだねぇ……」
『あまりペースは考えないタイプ。味が好きだから飲むだけで、アルコール度数は見ない』
「気をつけないとダメね。私も旦那が下戸だから、ちゃんと飲むのは久々だし。汀緒のとこは?」
「普通」「どこまでも凡人」
その答えを聞いた晃が、意味深な笑みでたずねた。
『ふぅん……大丈夫だったの? 寄り合いってお酒も入るんでしょ? もしかしたら、一晩の過ちを犯したりとか……』
「そうよ、この星の人類はまだ成熟途中だから、結構簡単に性欲で動くわよ?」
晃の台詞を水祈が煽ると、双子はくすりと意味深な笑いを浮かべた。
「大丈夫」「それはできない」
「おぉ、すげぇ自信。なんかしたの?」
意味ありげな表情に、冬子が興味津々と言った体でたずねた。それを受けて、双子はそれぞれ片手を緩く握って上下に動かす。
「昨日、散々搾り取った」「2人がかりで、ねっとりたっぷり」
「……解ったから、やめなさい。そのジェスチャー。オヤジじゃないんだから」
笑顔のままで卑猥なジェスチャーをする双子を、水祈が呆れ顔で制止する。それから一つ、咳払いをして言った。
「まぁ、でも報告書のネタに詰まるのも確かだし、ここでちょっとお互いの伴侶について報告し合ってみない?」
『確かに、少し面白そう。結婚式以来、あんまり会ってないし』
実際は報告書のネタ云々は建前であって、酔った冬子の様子や双子とのやりとりで好奇心が沸いただけであり、それは全員が
承知の上なのだが、また全員が同じでもあるため反対者はいなかった。そうなると、誰が口火を切るかが問題なのだが、その点
も双子がうまく処理する。
「じゃぁ、主役の未羽から」「糖尿寸前の獄甘エピソードを」
「こんなときだけ主役扱いなの?」
「まぁまぁ、誰かが最初にならないといけないんだから」
不服そうな未羽を水祈が諫めた。この辺りを進んでできるのは、確かにリーダー気質だと言える。未羽もリーダーが言うなら、
と語り始める。
「いいけどさ……そんなのないよ。ボクのダーリンは……普段、クールかな。大きい声も出さないし、静かなんだけど・・・・・・で
も、いきなり『愛してる』とか言うのやめて欲しいなぁ。真顔でいうから、本気かどうか分かんないし」
「へぇ、堅物っぽいのにね」
「堅物だからだよ。融通きかないの。職場の女の子にもそこそこもてるみたいだけど、適当にお世辞言うとか愛想振りまくとか
できないから、多分出世はしないんじゃないかなぁ」
『愛情独り占めしてるわけだ』
「そ、そう、なるのかな。他に愛情表現知らないみたいだし。一応、いいところも無理矢理上げると、いつも週一で片道2時間
かけて山まで連れてって、飛ばせてくれたりとか……今日も卵の面倒見てくれてるし」
「でも、そういう人って束縛激しそう」「しっ、汀緒、言っちゃダメ」
双子の茶化しにも、未羽はぴんと来ないようだ。
「束縛は……あんまりないなぁ。一旦信用したら絶対疑わないって感じ……あぁ、そう言えば前に聞いたっけな『ボクが星に帰
りたいって言ったらどうする?』って」
「着いてくるって?」
「うぅん。『それは、未羽の望み次第だ。私は、未羽が幸せならそれでいい。邪魔になるなら、身を引く。宇宙のどこかで、愛
しい人が幸せでいるのが重要なんだ』とかなんとか、あーダメ。真似して言ってるだけで恥ずかしいよ。なんなの、あのアホは。
あーはずかしー」
「愛されてるなぁ」
「ま、まぁ、まだまだだけど、とりあえず報告書には『問題なし』って書いてるかなぁ。あ、あくまで問題ないってだけで、い
ろいろまだ足りないよ? と、とにかく、うちはこんな感じ。おしまい!」
「じゃぁ、終わったところで聞くけど」
「うん?」
未羽が周囲を見回すと、全員がにやにやと頬をゆるめていた。ここでもやはり切り出したのは水祈だった。
「ダーリンって……どういうことかしら?」
訪ねられた本人は、目をぱちくりとさせて、きょとんとしてみせる。明らかに冷やかし目的の質問だが、その真意がつかめて
いないようだった。続く答えは、その反応を裏付けていた。
「え……夫のことを対外的に言うときって、そういうんじゃないの? ダーリンが言ってたんだけど」
予想外の答えに、今度は5人が面食らう番だった。未羽を置いて、小声で密談を始める。
『……どうする? 本当のこと言った方がいいの? これ……』
「いや、これはこれで面白いからいいんじゃねぇの?」
「普通、気付くはず」「多分、そう長くは続かないから、いいと思う」
「堅物っぽいのに、なかなかやるわね……」
しみじみと水祈が締めたところで、密談終了である。
「あのー……」
と、少し寂しそうな未羽は無視して水祈が進行する。
「じゃぁ、次は、時計回りに晃」
当然、これで収まるはずもなく、
「ちょ、え? 無視? なんなの!?」
と未羽は食いつくが、冬子に
「なんでもない、なんでもない」
と流され、また晃が
『……我が家は、経済的につらい』
と重々しく始めたため、それで話は終わってしまった。
「そ、そうなの?」
未羽は根が素直である。他人が困っているようなことを聞けばすぐにそちらへ気が移る。今回も目を丸くして晃の話を聞いた。
『思いの外、稼ぎが少なくて、切り詰めてる』
「へぇ……なんでまた」
『…………』
沈黙。手元のグラスにじっと視線を注ぐその姿に、かける言葉がない。せっかくの祝いの席だというのに、一同は気まずそう
に目配せを交わした。様々な思惑が会場を駆け巡る中、晃がやがて、ぽつりと漏らす。
『…………スイカ」
「え?」
『スイカ……あの悪魔の果実が、我が家を狂わせる』
「……それ単に晃ちゃんがスイカ大好きなだけだよね?」
「スイカって果物?」「それとも野菜?」
「それはこの星では有史以来議論されて、未だ結論は出てない難問よ。手を出さない方がいいわ」
野菜か果物か、と言う分類は、実は純粋な植物学ではあまり意味のないものである。意味をなすのは、『育てる』か『売買す
る』かのどちらの立場に立つかで、前者では果菜と呼び野菜の一種とされる一方、後者では果物とされることが多い。育てる上
では、畑に種を蒔いていわゆる果樹園は作らないから、野菜として扱った方が都合がよい。しかし、市場や小売店では果物売り
場に並べられる。つまり、スイカについて統一的に『果物』か『野菜』かという見解は未だなされていない。正確にはその必要
がないから、分類もしない、ということである。ちなみにメロンも同じ扱いとなっているが、こちらは高級フルーツとして確固
たる地位を築いているせいか、この手の疑問が上ることは少ない。
『スイカは野菜か果物か』というは、かくも難問なのである。
そんなスイカが抱える複雑な事情には目もくれず、先ほどまでの重苦しい空気などなかったかのように晃は胸を張って、
『毎回、きちんとカットさせて、傍らにかしずかせてている。給仕みたいなもの』
と、自分が主導権を握っていることをアピールした。だが、その言葉の裏に隠れている意味を汲めないメンバーではない。
「ほうほう、つまり、『あ~ん』ってやつだな」
即座に冬子が食いついた。わざとらしく、汀緒が爪楊枝にミニトマトをさして、黒依に差し出し再現までしてみせる。それを見
た晃の動揺は、即全員に伝わった。
『ち、違う。あくまで、私が、あいつに――』
「もういいから、髪の毛ぴかぴか光りすぎだから。クリスマスに張り切ってる家みたいだから」
すぐ隣に座っている水祈がまぶしそうに、色とりどりのネオンサインのような髪の毛を、手で視界から遮る。光だけでなく、
髪の毛自体も蛇のごとくうねうねと動いているせいで、美しいと言うよりはどこかお化け屋敷を彷彿とさせる不気味な情景にな
っていた。感情の高ぶりが、髪の色と目の色に出るのだ。人間で言えばとっさに出る悲鳴のようなものである。
「つーか、晃んとこがラブラブなのは、考えれば解るよな」
「地声は、近づかないと聞こえない」「このくらいまで耳元で囁かないと」
「ほうほう、つまり会話する度に、ベタベタしてるわけだ」
これまた双子の再現ドラマに、冬子が心底楽しそうに茶々を入れる。こうなれば、口を開けば開くほど、泥沼だ。
『し、してない。ちゃんと、ジェスチャーで……』
「どの道、スピーカーは使ってないんだろ?」
「ジェスチャーってことは、それだけ通じ合ってるってことだよね?」
『そうじゃなくて、あ……ぅ』
「ほらほら、そんなにいじめないの。晃も落ち着きなさい。髪の毛がすごいことになってるわよ。なんかのコンサートみたいだ
から」
すぐ隣でレーザー光線もかくやとばかりに明滅されて、流石に水祈も迷惑そうに顔をしかめる。
と、その光に照らされた水祈の髪の毛を見て、未羽がたずねた。
「髪って言えば、水祈のその髪、目立つよね。染めないの?」
「無理ね。色々試したけど、地球の染髪剤じゃきれいに染まってくれないの」
背中に届くほどの長い髪をくるくると指に巻きつけて、水祈はため息をついた。昨今では髪を染めて居る人間も多いが、それ
でもやはり青は目立つ。そもそもこの色は、水中での保護色の役目を果たすものなので、そう簡単に色は変わらない。早い話、
サバやイワシなどと同じ理屈だが、そう言ってしまうのは余りにもデリカシーにがないと言えるだろう。
「公園デビューとか本当、ユウウツ。絶対、近所の奥様とか言うのよ『あそこの奥さん、髪の毛青く染めて、教育に悪いとか考
えないのかしら』とか」
「あれ? でも結婚式では黒く染めてなかったっけ?」
「あれは特別製の染料を取り寄せたの、星間通販で。一応イベントだし、あちらの親族の手前もあるし。でも、地球はまだ惑星
間交易開いてないから、送料も割高でしょ? 1回2回ならともかく、ちょっと継続的にはねぇ。晃がうらやましいわ」
ようやく落ち着いてきた晃の髪を一房手にとって、水祈は深いため息をついた。
『まぁ、便利といえば便利だけど。でもずっと色変えてるのは結構集中力が要る』
「「ちょっとしたことで乱れるし」」
『それはもういい。そういう2人はどうなの』
先ほどの小芝居の逆襲のつもりか、晃は鋭い視線を双子に投げかけた。
「結構こき使われる」「労働条件は、悪い」
「え、そうなの? 旦那さん、いい人そうじゃん」
未羽が意外そうに言うと、2人はそろって首を振り、大きく息を吐いた。
「変なこだわりがあって、それが売り上げに貢献してない」「バイトすらも雇えないから、誰かが体調を崩すと臨時休業」
「あらら……」
「そのくせ、一番体調を崩すのは、店長」「すごく困る」
「ふぅん……風邪を引きやすいの?」
「うぅん、体力不足」「あと腰が悪い」
「……え?」
「汀緒が張り切りすぎ」「黒依が異常に平等にこだわるから」「昨夜は汀緒が一回多かった」「黒依は2回、キスが多い」
「ちょ、ちょっと待った! 何の話?」
「「これ」」
「……片手を緩く握って上下に動かすのはやめなさい」
水祈が再び、頭が痛そうにジェスチャーをやめさせる。
「というわけで、私たちを平等に扱っているとはほど遠い」「まだまだ精進して貰わないと」
「いや、かなりがんばってると思うわよ、それ」
『確かに、浮気の心配はなさそうね。それだけ絞られれば』
双子の伴侶に対して水祈が同情を顕にすれば、晃は納得したように頷く。だが、冬子だけはにやりと、面倒くさい酔っぱらい特
有の笑顔で絡んだ。
「つーか……精進も何も、それってお前らの方から積極的にいってるよな? なぁ?」
「あ、そっか。本当に嫌なら、相手しなければいいだけだよね?」
「そ、そんなことはない」「私たちは、よりよい報告書を書くために」「あと、体液のサンプル採取とか」「諸々のアレで」
とっさに点いた動揺混じりの薄っぺらい嘘は、簡単に見破られる。
『地球人の生体観察は終了してる。体液サンプルも追加分は一部例外を除けばもう不要』
今こそ復讐とばかりにスピーカーを鳴らした晃に、双子は更に揺さぶられる。
「あ、後は嫌がらせ」「日頃、仕事まみれでどこにも連れて行かないから」
だが、この嘘も水祈によって打ち砕かれる。
「その割には日焼けしてるように見えるけど? まるで海にでも行ったみたい」
「「あ……」」
それっきり黙ってしまう双子。もちろん、2人の間でテレパシーによる脳内合議は開かれている。普段、彼女たちは2つの脳を
使って高度な演算までこなせるのだが、今回ばかりは会話のテンポに追いつかない。計算結果『error』……つまり、手詰まりとい
うことである。
「二人して黙ったよ。よく解ったな」
「適当にカマかけただけよ」
涼しい顔で水祈は言うと、ふふん、と鼻で笑って見せた。ここまで材料を与えれば、あとは坂道を転げるがごとく、である。
「やっぱ仕事熱心な人って、誰かが無理矢理に引っ張ってリフレッシュさせないとダメなんだよね」
「妙にしたり顔だな、未羽。でもあり得るな。こいつらこう見えて結構気を遣うし」
『なるほど、いつもお店で大変だから、無理矢理誘い出した、と』
「水着を買って、その気になるようにみせびらかしたりとかもアリね。両手に花で悪い気もしないでしょうし」
「なぜそこまで」「……みんなには、テレパシーはないはず」
「ま、長い付き合いだしな。ちゃんと考えてんだなぁ、旦那のこと」
「「……」」
顔を赤くし、もはや、ぐうの音も出なくなった双子を見て、水祈は次の獲物に照準を定め、軽いジャブを放った。
「冬子は……ま、いいか」
「あん?」
「それに、旦那さん激ラブなのも解ったし」
挑発と解っていても、噛みつかざるを得ない性分である。すかさず、反論が帰ってきた。
「ふ、ふざけんなっ、さっきのはなんでもねぇし、単にオレの所有物ってだけでな――」
「……ずいぶん、料理上手になったわね?」
「っ!!」
鮮やかなカウンターに冬子が息をのむ。その顔が、みるみる紅潮してきた。
「本当、逸話には事欠かなかったのにね」
曰く、故郷の星で戦士をやっていたころ、あまりの酷さに部隊で一人だけ食事当番を免除されていた。
曰く、『伝説』と恐れられ現在も生体兵器や未確認生物の討伐をこなす父親でさえ、娘が料理しているのを泣いて止めたことがある。
曰く、現在までに彼女の調理行為に巻き込まれて重軽傷者15名、家屋4棟が全半壊という被害が出ている。
恐ろしい話でもあるし、信じがたくもある。
『未羽のために作ってきたケーキも、立派なものだし』
そう、現にテーブルの上のケーキは『祝 出産』の文字こそ似つかわしくないものの、シロップ漬けの果物はルビーのように輝き、
絹のようなクリームの質感も相まって、そのまま雑誌で『極上スイーツ』などと紹介されてもおかしくないものだった。どれほどの努
力が、この芸術とも呼べるケーキに至るまで費やされたかは、想像を絶するものがある。
「お料理も率先して手伝ってくれた」「飲食店経営も真っ青の手際」
「あ、生き返った」
「ち、違う! 断じて違うぞ! 確かに、料理は勉強したけど、それはほら、現地の文化を学ぶ上でだなぁ!」
「それにしたって、この上達具合はすごいよ。旦那さんのこと、大事にしてるんだよね?」
未羽の言葉は、他意のない純粋な賞賛から出たものだったが、それだけに冬子を追い詰めた。
「がーーーーっ! ふざけんな! ばーか、ばーか!」
はねるように立ち上がり、周囲に小学生レベルの威嚇を振りまく。
「あ、壊れた」
「暴れるのはやめて」「テーブル壊さないで」
『やっぱりめんど臭い』
「ぐっ…………水祈は!?」
ここでまた挑発に乗っては思う壺、とばかりに冬子は矛先を変える。
「え?」
「最後だろ、リーダー。どうなんだよ、え? ラヴラヴエピソードのひとつもあるんだろうなぁ? トリなんだからよぉ?」
どうせ面倒くさいと思われるならば、と開き直って、無駄にいやらしい言い回しを使ってきた。
そもそも、この話の言い出しっぺは水祈である。リーダーという立場もあり、自分だけ逃れられるわけもない。
「わ、私のところは、大したことないわよ? そうね、私のために、わざわざ海沿いに引っ越したり、その辺りは少々認めてやってもい
いかしらね。でも、基本は向こうがベタベタくっついてくる感じかしら。ちょっと泳ぎに出ると、いつの間にか砂浜にいてずっと待って
たりするし。ま、基本、男の癖に寂しがり屋だもの」
そう言って肩をすくめ、大げさに首を振る仕草をした。少なくとも双子のような下手な嘘はない。未羽のように変な入れ知恵をされて
いることもなければ、晃のような妙な誇張もないし、冬子のように夫のために甲斐甲斐しく努力した点もないから、よって突っ込まれる
材料など何一つないのだ。そもそも提案したときからこうなるのは解っていたのだから、無難な表現を考えることなど造作もないこと。
あまり浮ついた話題もリーダーとしての沽券に関わるしね――などと自分の答えに酔いしれる、その隙がまずかった。
『はい、突然ですが、ここに水祈の携帯電話がありまーす』
「へ? あ、こら! いつの間に、返しなさい!」
晃が高々と掲げている二つ折り型の携帯は開かれ、全員がその画面に釘付けになった。
『待ち受けが旦那様の写メとなってます』
「見るなぁっ! ちょ、ホントに返してっ!」
水祈が手を伸ばすが、巧みに他のメンバーはそれをかわし、携帯を手渡ししていく。
「だ、ダメダメダメダメ! それ以上見たら本当、やめっ……!」
「すごいね、他にもいっぱい旦那さんの写真撮ってる」
「寝顔とか、水着姿もあるぜ?」
「ちょっと待って、今の外?」「砂浜っぽいけど、どうしてこんなあられもない格好……」
『いや、これは流石に引くわ……レベル高過ぎ……』
「この星の人類はまだ成熟途中だから、結構簡単に性欲で動くわよ?(キリッ」
「ああぁぁぁぁ……やめてぇぇぇ……」
見られてはならないものが、続々と白日の元に晒されていく。リーダーの威厳も何もなく完全におもちゃである。
散々いじくられ、『こいつら殺して、私も死のうか』と物騒な考えが脳裏をよぎり始めた、そのとき、未羽が新しいおもちゃを見つけて
素っ頓狂な声を出した。
「あー! しかも、旦那さんの番号、思いっきり『ダーリン』って登録してる! やっぱ普通じゃん!」
「「「「『あ…………』」」」」
空気が凍った。
「え、何、この沈黙……」
未羽にはこの静寂の意味がわからない。しかし、それ以外のメンバーの間では、視線だけのやりとりが飛び交っている。表面上は静かな
凍り付いた湖の上。しかし氷の下では慌ただしく魚たちが泳いでいるかのようにめまぐるしく合議がなされ、無言のまま意見が統一される。
「あのー、大丈夫? あ、解った。みんなダーリンで登録してるんだよね? だったら別に何も変なことない――」
「さぁ、食べようか。料理が冷めてしまうわ」
それ以上しゃべらせるまいと、水祈が手を叩いて一同を促した。
「ちょ、ちょっと! ねぇ、何この空気、ねぇってば!」
「大丈夫よ、空気読めなくても、あなたの旦那様はあなたのこと愛してくれるから」
「何の話してんのさ!?」
ぷりぷり怒る未羽に、全員で気まずい笑いを交わす。
と、そのとき、その怒っている本人の携帯が鳴った。電子音の『翼をください』が間抜けに響く。
「いや、もう持ってるじゃん、翼」
「うっさい! 気分的にあれなの! もうっ」
すかさず突っ込んだ冬子に、ほとんど怒鳴って反論すると、電話に出る。
「はい、もしもし?」
その顔が、みるみるうちに驚きと焦燥に染まっていく。
「えぇ!? 産まれそう!? マジで、だって予定日は……あ、うん、解った、すぐ戻る!」
やり取りを聞いていた一同も色めき立つ。
『ちょっ、え、なに? 卵かえるの?』
「そうみたい……ごめん、せっかくで悪いんだけど、ボク――」
「いいから言けって! 飲み会なんかまたでいいんだから。ほら!」
冬子が上着とカバンをよこすと、それを手にしたまま、泡を食った顔で翼を動かす。
「あっ、え!? でも飛んでいったほうが早くないかな!?」
完全にパニックになっている。そんな未羽の肩をぱしん、と少し強めに叩いて、水祈が言った。
「落ち着きなさい、飛んでいけるわけないでしょ」
「あ、そっか。もうっ! もどかしいなぁ!」
「慌てないで」「急がば回れ」
「うん、と、とにかく、また電話するから! じゃね!!」
ドアチャイムをけたたましく鳴らして、未羽は店を飛び出していった。
「つーか、『誕生の知らせを受けて、大急ぎで駆けつける』って普通、旦那のポジションだよな」
「まぁ、卵生だから、仕方ないわね……それにしても、子供かぁ」
「欲しくなった?」「砂浜で仕込んで」「砂浜で産む」「涙流して」
「私はウミガメじゃないわよ! っていうか、卵も産まない!」
『で? 結局のところ、欲しいの? 先に言うけど、私は欲しい』
“砂浜で仕込んで”の部分が否定されなかった点については、あえて晃も突っ込まずに話を進める。
「ぐっ、先を読むわね……ま、まぁ? やっぱり女に産まれたからには憧れってのもあるし……」
「子供なぁ……強い子に育って欲しいわ。あの貧弱ヤロー、貧弱貧弱ゥッ!!」
冬子がまた面倒くさい感じになれば、双子は謎のガッツポーズと共に、
「めざせ、同時出産」「家族を一度に4人増やす」
という壮大な計画をぶち上げる。
「そ、それは大変そうね……とりあえず、未羽には後で改めて『孵化祝い』を贈るとして、今日は飲みましょ?」
「お料理も、だいぶ残ってる」「残ったら、旦那に食わせる」「精をつけてもらう」「明るい家族計画」
言いながら三度、手を緩く握って上下に動かすジェスチャーを繰り出す双子。
「……ほどほどにね」
水祈はもう止めることはせずに、黙ってグラスを持った。
「それじゃ、地球式に改めて乾杯しましょうか。あぁ、冬子はもうバーボンやめなさい。ビールにしときなさい」
『何に、乾杯する?』
「リーダー、気の聞いたヤツ頼むぜぃ?」
「とりあえず、未羽の第一子誕生」「あとは……任せる」
期待のこもった視線を投げられ、水祈はこほん、と一つ咳払いをして、一同をぐるりと見回した。少し迷ったようだが、やがて台詞
がまとまると、いたずらっぽい笑顔でグラスを掲げ、宣言する。
「……それじゃ、我らが同士、未羽の第一子誕生と、後は……我らが貧弱でクールで凡人で給仕で寂しがり屋の……ダーリンどもに!」
「「「「『かんぱーい!!』」」」」
終わり
最終更新:2011年07月24日 23:03