70 名前:1/6[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 16:15:33.23 ID:bLy0ecYS0 [1/6]
 まぁ、どこの学校にも、問題児というのは居るものだ。
 問題を起こす理由というのは色々あって、単に知能が低い奴も居るし、人格がおかしいのも居るし、かっこつけてるだけの奴もいる。
とはいえ、大体においては学校で最低限やらなきゃならんことはやるわけで、成績悪くても補修に文句垂れつつも、進級して卒業してい
くものだ。
 今、俺の目の前に居るのも、そんな問題児の一人である。
 須藤勝美、17歳。俺のクラスメイト。授業は単位が危うくならない程度にサボり、大抵同類の怖い舎弟を連れている。他校とのいざこ
ざ数知れず。男相手でも一歩も引かないし、平気で殴り合ってなおかつ負け知らずというのだから、気合が入ってる。校則も無視のキン
パツで、教師からも半ば諦めムードという、絵に描いたような不良。
 どうしてこんな娘と2人して、同じ空間に居るのかというと、それは俺の家が飲食店だからだ。
 つまり、彼女は客で来たわけで、たまたま他の客もおらず、俺の親も所用で留守してるという状態。今日は雨だから、客足も遠のいて
いる中、夏休みに入った学生らしく、家のお手伝いというわけだ。
 須藤はここ一週間ほど、毎日来ていた。決まって同じカレーを頼み、一口だけ食べて帰っていく。
 いまいち、解せない。
 不良らしく、『こんなもん食えるかゴルァ』と因縁つけるということもせず、ただ一口だけ食べてひとしきり物思いに耽った後、きっ
ちり代金は払っていく。供する側としては残されていい気分はしないものの、かと言って警察沙汰にするようなことでもないし、法外に
長い時間席を占領するわけでもないし、なんとも扱いに困る。
 もしかして、食事ではなくて単に時間を潰したいだけなのだろうか。だとすればどうして? 家に帰りたくないとか? カレー食べな
いのもそれが元で食欲がないとか? 深く考えれば考えるほど、ものすごく貧相なドラマが頭の中に沸いてくる。
「あー、須藤?」
 その日、俺は思い切って声をかけてみた。親も他の客もいないので、問題児が多少揉めても2人だけで収まる状況だったからだ。
「あん? んだよ?」
 近くで見るとやはり結構な迫力である。相手は椅子に座ってて、俺が見下ろす姿勢なのだが、それでも思わず引いてしまう。ただ、第
一声が『おめぇ誰だよ』じゃない点は、少しだけ救いがあるような。
「あー、なんか、最近毎日来るけど」
「わりぃかよ」
「いや、そんなことないんだけどさ。いつも一口だけじゃん。どうしたのかな、と思って」
 そういうと、フン、と鼻で笑って、カレーの皿を指先でぴんと弾いてみせる。
「こんなカレー、食えるかっつーの。もっとマシなもん作れよ」

71 名前:2/6[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 16:17:35.59 ID:bLy0ecYS0 [2/6]
 うわぁ、超態度わりぃ。『お客様は神様』という言葉はあるが、神様には神様たる資格が必要なのである。理不尽な要求かましたり、
いちゃもんつける輩はすでに客とは呼べない。しかし、ここで怒鳴りつけるというのも大人気ない。俺は問題解決のため、妥協点を探り
にいく。
「こんなカレーとは言うけどさ。じゃぁ、なんだったらいいわけ」
「知るか。しょうが焼き定食とかねぇのかよ」
 ……ねぇよ。我が家は俺が生まれる前からカレー専門店だよ。表にでかでかと看板出てるだろうが。カレー一筋20年だよ。
「解った、このカレーじゃ不満ってわけか」
「あぁ、不満だな。冗談じゃねぇや」
「よし、解った。待ってろ」
 俺は当然、手伝いで店番してるだけだ。だが、俺の親が大事に20年もの間研究してきた味を、あそこまで馬鹿にされて黙ってるわけに
もいくまい。なにしろ、こいつは俺が物心ついたころら食べてきた、『家庭の味』でもあるのだ。
 今から時間をかけて一からカレーを作るわけにはいかないが、できるだけの材料でアイツを唸らせるものを作ってやろう、それでごちゃ
ごちゃ言うようなら、そのときこそ怒鳴りつけて叩き出せばいい。
「おまちどうさん」
 ストックしてあるカレーをベースに、俺好みのスパイスを調合して、タンドリーチキンをトッピングした一品。ぶっちゃけ俺が賄いで作
って食べてるものだが、いわゆる『裏メニュー』という奴で通常のメニューには載ってない。
「ん……おせぇよ」
 ぼそり、というと、須藤はスプーンを取って、ライスとカレーを一口分だけ混ぜた。それから、チキンも一口分スプーンでほぐす。
「柔らかいな、この肉」
 スプーンであっさり切れた感触に驚いたらしい。
「それがプロの技術ってやつだ」
 秘訣は焼く前に一度蒸して、それから特製の調味液に一晩つけておくことだ。この調味液に含まれる成分が肉を柔らかく仕上げる。内容
は当然企業秘密。
「偉そうに。お前が発明したんじゃねぇだろ、ったく」
「はは、そりゃそうだ。まぁ、食えよ、美味いから」
 黄金色のルーと、そこから立ち上るスパイシーな芳香。僅かに黄色く色づいたサフランライスとのコントラスト。そしてこんがりした焼
き目が美しいチキン。スプーン一口に凝縮された芸術とも呼べる一品を、須藤は五秒ほど見つめ、それから沸いてくる唾をごくりと飲み込
んでから、口を開けた。

73 名前:4/6[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 16:19:53.48 ID:bLy0ecYS0 [3/6]
 仕入れの段階から厳選し、即別に調合したスパイスは、口に入れると脳天まで焼くような辛味が襲う。しかし、咀嚼すればその辛味の中
に素材の旨みやトマトの酸味、僅かな苦味、渋みが現れ、そして爽やかな後口を残して胃へ落ちていく。辛味はあっという間に無くなり、
次の一口を邪魔しない。
 数々の常連を獲得してきた我が家のカレー。それが、今、学校一の問題児の口へと、収まった。
 作ったほうとしても、緊張するひと時だ。さっきは、いちゃもんつけたら叩き出そうとも思ったが、やはり単純に口に合わないというこ
ともありうるわけで。それにいちゃもんだとしても、文句を言われるのはいい気分じゃない。
 須藤は、二、三回口を動かすと、動きを止めた。その顔がぱっと赤く染まる。
 そして、一言、言った。

「……………………かりゃい」

「え?」
「かりゃいよぅ……」
 涙目……だと……? あの問題児が。喧嘩無双のヤンキーが。俺の目の前で、泣いてる。
「あ、あの、え?」
「みず、もってきれ、こりょすぞぅ……」
「あ、はい」
 いつの間にかコップの水は空だった。俺はポットごと氷水を持ってくると、黙って注ぐ。須藤はそれを一気に飲み干して、俺にコップを
突き出す。そのまま、再び水を注ぐ。
 そのやりとりを三回くらい繰り返したところで、ようやく人心地ついたようだ。かんっ、とテーブルに叩きつけるようにコップを置くと、
「ふっ……ふざけてんのか! 辛すぎだろうが、クソが! あんなも食えるか!」
と顔を真っ赤にしてにらみつけて来る。額に浮かんだ汗を乱暴に拭って、今度は俺からポットを奪い取り、手酌で水を注いだ。
「いや、あれはウチじゃ普通――」
「普通なわけねーだろ! バカにしやがって! ぶっ殺すかんな、てめぇ!!」
 散々すごんで見せるが、ふぅふぅと息を吐いて、夏服のブラウスの襟元をばたばたとはたいて見せるから、あんまり迫力はない。あのカ
レーは確かにウチでは辛口の方だけども、もっと辛いものならいくらでもあるし全然珍しく無いレベルだぞ。それでこの反応ということは。
「あのさ……悪いんだけど、須藤って、辛いの、ダメなの?」
「あ゛ぁ゛ん!?」
 核心をついてしまったようで、今度こそ胸倉をつかんで凄まれる。だが、その前が前だから、なんだか取ってつけたような凄まれ方だ。

74 名前:5/6[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 16:22:15.12 ID:bLy0ecYS0 [4/6]
「て、てめぇ……さ、さっきのあれ。誰かにいったら、殺すからな……」
「あ、あれ? あれって、あの、『かりゃい』ってやつ?」
「うがぁぁぁ!! 忘れろ、忘れろおぉぉぉ!!」
 突き飛ばされてよろけるも、なんだか笑えてきた。学校ではいつも仏頂面で、人を寄せ付けない威圧感を放っているが、こうしてみれば
中々に表情豊かだ。
「あ、てめ、なに笑ってんだ、コラァ!」
「なんでもない、なんでもないから……くく、ご、ごめん、作り直してくるわ。今日は俺のおごりでいいから……」
「笑うな、だ、黙れ! こ、このっ……」
 一旦厨房に引っ込み、うちで一番甘口のルーに、さらに摩り下ろしたリンゴと蜂蜜を加えたカレーを用意する。リンゴと蜂蜜がヤンキー
を結びつかなくて、接客業としてはあまり褒められたことではないが、厨房でも笑いをこらえるのに苦労した。
「はい、どうぞ。甘口」
「……もう、辛くねぇだろうな」
「大丈夫、大丈夫。それで辛かったら、もうカレー食べるのは生涯諦めたほうがいい」
 俺が太鼓判を押すと、恐る恐る口に運ぶ。
「ん……う、うん。や、やれば、できるじゃねぇか」
 ヤンキーってのは面子が大事なんだろうけど、こうなるとなんだかなぁ。色々気を揉んでたのがバカバカしくなって、俺は須藤の向かい
に座ると、さっきの一口しか手をつけてないカレーを指差した。
「これ、食っていい?」
「ん? あぁ、別に」
 よほど気に入ったのか、甘口カレーに夢中になってた須藤は、こちらにチラリと視線を向けるだけで、再び食事に没頭した。俺はスプー
ンを取ると、口に運ぶ。うん、やはり美味い。多少冷めてはいるが、問題ないな。
「しかし、辛いの苦手なら、どうしてうちに通ってくるの」
「……それをどうにかしたかったんだよ」
 半ば開き直ってるようだったが、話題がそこに戻ると、とたんに不機嫌になる。
「別にいいだろ。辛いのが嫌いでもさ」
「示しがつかねーだろうが、色々。カッコ悪ぃし、それに――」
「?」
 急に途切れた言葉にふと顔を上げると、須藤がこちらをぽかん、と見ていた。

75 名前:間違えた、3/6飛ばしてた。5/6[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 16:25:26.29 ID:bLy0ecYS0 [5/6]
「……あ」
「?」
「そ、そ、そのスプーン……」
「え?」
 スプーン? どうということもない、普通のスプーンだが。俺が訝しい顔をすると、須藤は慌てたように大急ぎで残りを口にかきこんで、
千円札を投げてきた。
「勘定だ!」
「え、あぁ、ちょっと待てよ。今日はいいって――」
「釣りはいらねぇ! じゃぁな!!」
 そう吐き捨てて、のしのしと出口へ向かう。だが、奴がドアノブの手をかけた瞬間に、俺は気がついた。気がつけば、どうしようもなく
顔がにやけてしまう。そのにやけを声に乗せて、届け、俺の想い(主に悪戯心)。
「あぁ、そうか。間接キスとか気にしてんだ」
 言った瞬間、動きが止まり、それからたっぷり3秒ほどの間の後で、弾かれたように振り向いた。
「っ、ばっ、ばっきゃろう! んなわきゃねぇだろが!!」
「結構、乙女なんだなぁ。須藤って。ブラもピンクだったし」
「はぁっ!? な、なんでそれ……」
「いや、さっき辛いの食ったとき、ばたばた首筋仰いでたろ。そういうの気にしないのかと思ってたけど、見えてたぞ」
「ふ、ふざけんなっ! なに見てんだ、この変態がぁっ!?」
 声を上ずらせて、普段はボタン二つ目まで開けてる胸元を押さえる。だから、そういう仕草が乙女なんじゃないか。あと、カレーで汗
かいて、髪の毛が頬にひっついてる感じとか、息が荒くなってる感じとかも、実に色っぽかった。そこまで言っちゃうと、クラスでの俺
の立場がなくなりそうだから、やめとくけど。
「いやぁ、意外と純なんだなぁ、須藤。うん、可愛いよ、お前。ぜひ、またのお越しを」
「二度と来るかぁっ!!!」
 店の中に反響する怒鳴り声と共に、ドアを蹴り飛ばして開けると、騒々しい問題児は去っていった。

76 名前:6/6[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 16:29:01.18 ID:bLy0ecYS0 [6/6]
 ――で、翌日。
「……須藤さん」
「あん?」
 昨日に輪をかけた仏頂面で、頬杖をついたふてぶてしい態度である。
「『二度と来るか』とか言ってませんでした?」
 俺がそう言うと、口を尖らせて、ぽつりと言う。
「……辛いの苦手なの、どうにかしてぇんだよ」
「それは聞いたけど」
「だから、一番甘いのから、段々ちょっとずつ辛くしていって慣らしていけばいいだろ? そういう細かい注文、ココくらいしかできねぇ
だろうが」
「いや、ウチも普段はやってませんけど」
「やれ」
「……はい」
 凄まれて思わず返事をしてしまった。悔しかったので、
「リンゴと蜂蜜入り甘口カレー、お1つですね!」
と普段より若干大きい声で注文を復唱したら、思い切り向こう脛を蹴られた。超いてぇ。


終わり
最終更新:2011年08月05日 16:43