258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 13:11:58.14 ID:NUG4wRzK0 [10/43]
「ほうら猫ども、餌が欲しけりゃ跪け」
猫相手にそんなエンペラーな台詞を吐きながら、俺はにぼしを庭にばらまく。
愚かな哺乳類たちは我先にと群がり、にゃむにゃむと腹立たしいほど可愛らしい声を出して煮干しをかっ食らっていた。
俺の家は近所でも有数の猫屋敷である。
猫のたまり場的な位置に立ててしまったらしく、庭には常に2~3匹程度、多くて20匹の猫が集まってくる。
猫は変わらず煮干しを食っている。その姿は、偉大なる俺様の姿に頭を垂れているように見えなくもない。
調子に乗った俺は反り返り、高笑いと共に
「フゥーハハハハハ!我を讃えよ!大神殿を完成させるのだーーーっ!」
と、日頃のストレス発散を行っていると──。
「…………」
背後から視線。
ぎぎぎぎぎ、と首を動かすと、そこにはボブカットにねむたい目をした少女が地獄に落とされる罪人でも見るような目でこちらを見ていた。
「………タカシが壊れた」
「ちなみいいいい!誤解だあああああああああ!」
椎水ちなみ。俺の幼馴染(という名の、猫マニア)である。
幼馴染と言えば聞こえはいいが、カッコ内の通り本質はただの猫マニアである。
猫が好きで好きで仕方ないこの少女は、昔から俺の家の敷居を勝手にまたいでは猫と戯れて帰って行くのである。
時々、ごくふつうに晩御飯を頂いて帰る事もある。猫好きというか、もうこいつ自身猫なんじゃないのかなと思う時が時々あるくらいだ。
259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 13:12:17.41 ID:NUG4wRzK0 [11/43]
「………何してたの」
「いや、ちょっと出来心で…」
「ふぅーははははは」
「もうやめて!許して!傷口に塩を塗らないで!」
あばばばばばと悶絶する俺をひときしりボーっとした目で眺めると、ちなみはやがて飽きたように庭に出て猫と戯れる。
俺は置いてけぼりである。
「みけ、くろ、しろ、ぶち…」
猫を指差し確認しているらしい。
しかし大した女だ。俺なんかここに住んで十五年になるが、いまだに猫が全部で何匹いるかも知らんというのに。
「……くろがいない」
「クロ?今日は来てないんじゃないか?」
「近くの猫は、みんなここに来る。こないのは、不条理」
「ウチにそんなに集まってたのか」
「猫好きはみんな知ってること。盆暗」
「うるせえ。…しかし、そんじゃ何処へ…」
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 13:12:41.71 ID:NUG4wRzK0 [12/43]
俺が首をかしげた丁度その時、どこからか切なげな声がにゃあと響いた。
「…! くろの声…?」
「どこからか…あ、あそこだ。隣の植木」
「…っ!」
塀を隔てて隣の柴田葵さん宅。
何故か立派に見える柿の木の枝の先端に、黒い子猫が一匹掴まっていた。
「くろ…!」
「昇ってたら降りれなくなったか…。こりゃまいったね。ちょっと待ってろ」
俺は物置から梯子を取ってこようと裏に回る。
心配そうに猫を見つめるちなみの姿に、少し不安が残った。
「あれ、梯子何処だ…こっちにあったと思ったんだが…」
こういう時に限ってなかなか見つからない探しものに、思わず苛立ちが募る。
視線が届かないと分かっていながらも、俺は時折ちらちらと庭の方に目を向けていた。
なにしろちなみはクールに見えて、猫が掛かると後先考えず行動する節がある。
まだ小さい頃、猫をいじめたガキ大将に一人で立ち向かっていった事があるくらいだ。あの時は俺がボコボコにされて事なきを得た。
「あった!」
物置の脇に立て掛けられていた梯子を抱え、慌てて庭に舞い戻る。
262 名前:[>>260~>>261間] 投稿日:2011/07/31(日) 13:17:59.70 ID:NUG4wRzK0 [14/43]
「なっ…!?」
予想通り──と言えばいいのだろうか。
ちなみは即席の台で柴田さん家の垣根によじ登り、黒猫に向けて小さな手を必死に伸ばしていた。
「馬鹿、何やってんだ!」
「もう少し…もう少し…だから…」
ちなみは吊りそうなぐらい手を伸ばしているが、こちらから見ればまるで届いていない。
焦れたちなみは思い切り腕を伸ばし、それに伴い身を乗り出す。そうして、体全体が傾いて──。
「あっ…!」
「この馬鹿っ!」
ぐらり、とバランスを失ったちなみが塀から落下する。
猫の様でも彼女は人だ。高い所から落ちても受け身は取れない。もちろん、塀から落ちれば怪我だってする。
俺は梯子をなげうってちなみの元へダッシュし、ラグビーボールを捉えるように両手を出してスライディングした。
「きゃっ…!」
「あだっ!?」
なんとか落ちてくるちなみに間に合い、俺はちなみの全体重を背中で支える事に成功する。
体勢としては不様だが、どうやらちなみに怪我はなくて済んだようだ。
「た、タカシ…」
「馬鹿野郎、待ってろっつったろ?」
あだだ、と腰をさすりながら立ち上がる。ちなみは流石に申し訳なさそうに俯いた。
261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 13:13:45.21 ID:NUG4wRzK0 [13/43]
それから黒猫は、俺の持ってきた梯子によって適切に保護された。
最近生まれた子猫らしい。ちなみはこの子がお気に召したようで、先程から膝に抱いて癒されている。
「ロクな結果にならないって分かってるのに、どうして猫ってやつは登りたがるのかねぇ」
嫌味を含めてそういうと、
「…だって、猫がかわいそうだった。タカシが遅いのが悪い」
と、ちなみはばつが悪そうに言った。
それから少しの間をとってから、顔を伏せて、
「……でも、あれは…ちょっとだけ、見直した…かも(////)」
と、恥ずかしげに呟いたのだった。
最終更新:2011年08月05日 16:53