304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 18:07:01.75 ID:NUG4wRzK0 [21/43]
 七月三十一日、今日は近くの川で花火大会がある。
 そして十五時十二分、私の目の前には、鮮やかな色合いの浴衣がある。

 思えば、この浴衣は花火大会に行くために母が買ってくれたものだ。
 そんなの必要無いって言ったのに、少し強引に押し付けられてしまったのである。
 ひと夏の思い出を作ろう、という訳ではないが、なにしろ浴衣があるのだ。
 一年に一度の晴れ舞台に、この衣服を外に出して活躍させてあげる事はやぶさかではない。

 そうなれば、誰かしら一緒に花火を見に行く相手が必要になる。
 一人で行ってもいいのだけれど、そうすると私以外にこの浴衣を見てくれる人がいない。
 私だけでは、通行人の目を引き付ける自信もないし。私、地味だし。

 そんな訳でお友達の友子に一緒に花火に行かないかと誘ったのだけれど、とても失礼な言葉と共に断られてしまった。
 友子曰く、私を誘うくらいならあいつを誘えという事だ。
 あいつ──というのは、多分彼の事だろう。
 何故こんなよき日に彼を誘わなくちゃいけないのかまったく理解しがたかったけれど、
 まあ親友の言う事なのだし、ここはひとつ、彼女の言う事に従ってみようと思う。うん。

 男の人に電話をかけるのは初めての事だ。
 私はなぜかひどく人目を気にしながら、そっと受話器を持ち上げて、番号をプッシュした。

 コール三回。聞き慣れない声が聞こえる。

「別府ですが」

 多分、これは彼のお兄さんだろう。
 私は自分の名前を名乗り、別府君はいますか、と言いかけてから、タカシ君はいますかと聞いた。

 …なんだか、クラスメートを名前で呼ぶのは慣れない。
 私は緊張のあまりゆでだこのような顔になってしまった。

305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 18:07:32.03 ID:NUG4wRzK0 [22/43]
 受話器越しに、彼がお兄さんにひやかされている声が聞こえる。
 違います、彼女じゃないですと否定したかったが、電話においてこの身はあまりに無力なのだ。

「委員長、俺だけど」

 電波を通じて聞こえる、いつもとは少し違う彼の声。

「別府君?」
「うん。珍しいね、委員長が電話なんて」
「…私から電話されたら、迷惑なの?」
「いやそんな事は無いけど」

 いつものつんつんした対応の仕方に、我ながら少し嫌気がさす。
 違うのだ、私は誰にでもこんなんではないのだ。
 別府君を前にすると、何故だかこんなんになってしまうのだ。そこの所を、どうか誤解しないでいただきたい。

「花火?」

 きょとんとした、彼のリアクション。

「そう。友子さんが行けないみたいだから、代わりに別府君を誘ってあげようかなって」
「へえ…委員長からデートのお誘いか。嬉しいね」

 ぼん、と私の顔がまっかっかになる。

「で、デートじゃないから。普通に、ただ花火を見に行くだけだから」
「あはは、それもそうだね」

 …なんですぐ納得しちゃうの、と、私は彼に変な不満を抱いた。

306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[七個目…] 投稿日:2011/07/31(日) 18:07:58.19 ID:NUG4wRzK0 [23/43]
「それじゃあ、一時間後に橋の上で」
「うん、待ってる」

 用件だけ伝えるあっさりとした切り方。
 少しの物足りなさを引き摺りながら、私はそっと受話器を置いた。

 高鳴る胸に合わせて階段を上り、改めて私の部屋の浴衣を眺める。
 色鮮やかに染められたそれは、何故だかさっきよりもずっと輝いて見えた。

 これを着ていけば、別府君も少しは私の事を見てくれるのかな?

 そんな恥ずかしい思いを抱きながら、私はあくまで花火に対する期待に心躍らせるのであった。
最終更新:2011年08月05日 16:57