350 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 21:39:22.58 ID:NUG4wRzK0 [30/43]
秋、お嬢とお月見

 何故か今日はお嬢様とお月見の日である。
 突然家に黒服の男が現れ、わっしょいわっしょいと運ばれたかと思ったら神野家私有地・広大なるお月見場へ運ばれていた。
 既にござとお茶、ススキと団子、艶やかな和服姿のリナがスタンバイしている。
 お嬢様の気まぐれも、ここまで用意周到だと逆に感心してしまう。そしてここまで用意周到だと、俺は断る事もできないのである。

 とりあえず用意されていたリナの隣に座る。

「…一人で月見、と言うのも味気ないですから、貴方を誘ってやりましたわ。感謝なさいな」

 ふん、と得意げに言うリナ。
 俺はやれやれと肩をすくめ、この寂しんぼうにしばらく付き合ってやる事にした。

 見上げればぽっかりと浮かぶお月さま。
 満月はなぜこうも人の心を引き付けるのだろうか。

 一句詠みたい気分だったが、あいにく俺は筆を持っていない。 
 代わりに思ったままを傍らの相方に述べることにした。

「リナ」
「なんですの?」
「月が綺麗だな」

 そう、この言葉はどこまでも無粋に、他意もなくただ思うままを述べた感想である。
 だというのに、それを聞いたリナは突然、慌てだした。

351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 21:39:39.81 ID:NUG4wRzK0 [31/43]
「なっ…!? あ、あああ貴方、それは…その、どういう意味で…?」

 何か勝手にテンパっているが、俺の知った事ではない。

「どういうもこういうも、月が綺麗だってだけだけど?」

 冷静に思うままを返してやると、リナはむしろ残念そうな顔になった。

「…ああ、ええ、そうですわね。だって貴方ですものね」
「何が何だか分からんが、文句を言われる筋合いはないぞ」
「文句なんて言ってませんわ。ええ、素直な事はいい事ですもの」

 それからリナは呼吸を整え、改めてふ、と空を見上げる。
 少しばかり緊張したように、こちらを見つめて、

「…月が、綺麗ですわね」

 と、言った。

「ああ、月が綺麗だな」

 なんとも間抜けなやりとりに聞こえるが、気のせいだろう。
 あっさり返した俺の反応が面白くなかったのか、リナはむすっとして視線をそらし、再び空を眺めた。

 俺も付き合って夜空を見ようとして、ふとリナの着物に目が届く。
 さすがは神野財閥だけあって、紺色に染められたそれはリナの金色の髪によく映えている。まさにオーダーメイド、と言った感じだ。
 洋服ももちろん似合うが、意外と和服も似合うものだ。流石は上流階級、言うだけの事はあるのである。

352 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 21:40:23.34 ID:NUG4wRzK0 [32/43]
「…月も綺麗だけどさ」

 そして俺は調子に乗る。

「リナも負けないくらい綺麗だよな」

 こちらを向いたリナに、不意打ち気味の一言を見舞う。

「なっ…!?」

 てっきり照れ隠しのグーパンチが飛んでくるかと思いきや、和服を着ていると心までおしとやかになるらしい。
 リナは顔を真っ赤にして、

「な、なんで貴方はそういう所で…っ!ああもう、貴方って人は…!」

 と、ごにょごにょしながら俯いてしまうのだった。
最終更新:2011年08月05日 16:59