370 名前:1/7[] 投稿日:2011/07/31(日) 22:41:54.63 ID:NUG4wRzK0 [33/43]
須藤勝美は不良(笑)である。
不良(笑)である。決して不良ではない。
彼女はもともと超高校級のヤンキーであったのだが、ある日近所の猫のたまり場でキャッキャウフフしている所をこの俺別府タカシに見つかってしまう。
それ以来俺は勝美と妙に縁が出来てしまい、様々な場面で彼女と遭遇しては親交を深めていた。
ある日はお花屋さんで、チューリップの球根を眺めている所を見つかり。
ある日はペットショップで、可愛い子犬を眺めている所を見つかり。
ある日はブライダルショップで、ウエディングドレスを眺めている所を見つかり。
ある日はゲームセンターでふもふものぬいぐるみを眺めているところを見つかり。
そう──須藤勝美は、目つき悪いだけの乙女なのだ。
むしろ絶滅寸前の大和撫子なのだ。
俺によってそんな乙女部分を晒された彼女は、最早不良ではない。不良(笑)なのである。
そういう訳なのである。
さて物語は昼休み、学校の屋上から始まる。
俺は久々に屋上で飯を食おうと思い、パンを片手にるんたったとスキップで階段を上がっていく所だった。
一段、二段と上がり、屋上まであと二段と言う所で──
『オウオウオウ!須藤勝美、今日こそテメェをぶっ殺してやらぁっ!』
そんな元気のよい声の主は、二年の番長「座古井府 遼」である。
今時流行らない長ランにリーゼントの彼は、更に時代遅れなロングスカートに身を包んだ須藤勝美に向かって吠えていたのである。
372 名前:2/7[須藤の名字をお借りしました] 投稿日:2011/07/31(日) 22:42:36.49 ID:NUG4wRzK0 [34/43]
『うっせぇんだよ負け犬が!とっととおうちに帰った方が身のためだよ!』
勝美が格好良く啖呵を切る。ううむ、乙女の勝美ちゃんの知られざる一面発見、ってこっちが表やないか~い。
俺はこの風景になんか対抗心を燃やしてしまい、階段を一段飛ばして登り元気よく挨拶をした。
「かっつみー!昼飯食おうぜー!」
もちろん、事前約束など一切していない。
二人四つの視線が一気にこちらへ突き刺さる。これがメンチビーム?おお、怖いな!
「…あぁん?なんだテメェは」
遼がチェーンの音をジャラジャラ響かせ、こちらへだらしなく歩み寄る。
そこへ───。
「なんで」
勝美が走り寄り──。
「テメェが」
そのまま、ガラ空きの遼の後頭部に──。
「来てんだよっ!」
ドロップキックを、お見舞した。
373 名前:3/7[] 投稿日:2011/07/31(日) 22:43:11.34 ID:NUG4wRzK0 [35/43]
「何考えてんだよテメェは!あいつはアタシからしたら雑魚だけど、お前を病院送りにするくらいの力は普通にあんだぞ!?」
勝美にがみがみと説教を喰らいながら、ベンチに腰掛けてお昼ごはんである。
本日のお昼は300円のカツサンドとコーヒー牛乳である。俺はこのセットを「至福の時」と名付けて、崇拝している。
「まあいいじゃないか、勝美が助けてくれたんだし」
もぐもぐと食いながら答える俺。
勝美はまともに相手をするのが馬鹿らしいと踏んだのか、全く…と溜息をついて弁当箱を取りだした。
「あれ、決闘に弁当持ってきてたの?」
「いや、元々屋上で食うつもりだったんだ。あいつが急に襲撃しただけ」
ちなみに座古井府 遼の亡骸は生徒会によって迅速処理された。
「喧嘩は負けた奴が悪い」とは、この学校の校則である。今頃遼君は生徒会室で書き取りの罰を受けている事だろう。南無。
勝美は弁当箱を開こうとして、不意にその手がピタッと止まる。
首筋に、何か嫌な汗が伝っている。俺はこの汗のかき方に見覚えがあった。
球根を眺めているところを目撃された時、子犬を眺めているところを目撃された時、
ウエディングドレスを眺めている所を目撃された時、もふもふのぬいぐるみを眺めているところを目撃された時。
そう、「見られてはいけないもの」を俺が目撃した時にかく、あの汗だ。
「………勝美、今日弁当?」
警戒をされないよう、俺はさりげなく尋ねる
374 名前:4/7[] 投稿日:2011/07/31(日) 22:43:29.64 ID:NUG4wRzK0 [36/43]
「…ああ。普段は学食だけどな」
「へぇ…誰が作ってるの?」
「………オフクロ」
「…弁当、食わないの?」
「…食うから、あっちいってろ」
「それは断る」
「…ぶん殴るぞ」
「それも断る」
勝美が素人を殴れない事くらい、俺はとっくに知っている。
やがて勝美は観念したように、弁当箱の蓋にそっと手を掛け、それを開いた。
「うお…っ!」
思わず、感嘆の声を上げてしまう。
見事、その一言に尽きた。そぼろの茶色、卵の黄色、梅干しの赤。
他にも様々な食品の自然な色を用いて作られたそれはまさしくキャラ弁。
白米の上で、かわいい猫さんがこちらへ手を振っていたのだ。
「すげぇ…」
「お、オフクロがこういうの凝ってるんだよ。趣味じゃねーっつってんのに」
「いやでも、すごいな…」
俺は素直に感動しながら、勝美の表情を伺いそっと罠を仕掛ける。
「いや、しかし…こういうの初めて見たわ。レベル高いな…」
「い、いや、そんなんでもねぇよ…このくらい、誰だって作れるし…」
「これは時間掛かったろ。朝の短い時間でよくもまぁ…」
「あー、いや、慣れるとそんなんでもねえからな。ほら、前日に作っておいたりすれば、あとはちゃちゃっと並べるだけで…あ」
375 名前:6/7[] 投稿日:2011/07/31(日) 22:43:50.82 ID:NUG4wRzK0 [37/43]
──釣れた。
俺は心の中でガッツポーズをする。
「い、いやっ、オフクロ!オフクロがな!?前にそう言ってたんだよ!」
「いや、今慣れるとどうこうって…」
「…っ!」
勝美は顔を真っ赤にし、しばらく黙り込んでしまう。
お弁当の猫としばしにらめっこしたあと、絞り出すような声で、
「…悪いかよ」
「え?」
「弁当、作るの好きじゃ、悪いかよ…ああ!?」
「い、いやいや、悪いなんて言ってないから!むしろ好感持てるから!」
胸倉を掴み上げる勝美を必死で制すかっこ悪い俺。ロープ、ロープは何処だ!
「…元々は、金欠で自炊しようって思ったのが最初なんだよ」
掴まれた胸倉を離していただき、俺はしんみりとした勝美の声に耳を傾ける。
「その、最初はただめんどくせーだけだったけど…段々なんか、楽しくなってきちまって…」
「いつのまにかこうなった、という事か…」
実際ご飯に陣取る猫さん以外にも、きんぴらごぼうに胡麻和えなど非常に家庭的で栄養価の高く、安く仕上がるメニューが陣取っている。
…ヤベえ、これもしかしたら俺のカーチャンより料理上手かも知れない。
「…笑いたきゃ笑えよ」
「何度も言ってるけど、笑う理由がないね」
376 名前:6/7[] 投稿日:2011/07/31(日) 22:45:00.72 ID:NUG4wRzK0 [38/43]
そう、不良にも色々いる。本当に悪い奴から、弱いものに優しい義理深い奴まで。
不良が弁当作り大得意で何が悪いという。何がおかしいと言うのだ。と、初めて勝美と話した時に言ったのだ。
「むしろこの趣味は表に出していいと思うけどな。十分レベル高いんだし」
「ばっ…バカ、アタシにもプライドってもんがあんだよ!」
何言ってんだと言いつつも、満更でない顔で応える勝美。
生きにくい性格してるよなぁと俺は思わず苦笑した。
「…ところで、早い所弁当食っちゃわないの?」
「あ…ああ、それもそうだな」
俺に言われて初めて気づいたように、慌てて箸を取る勝美。
…しかし、それにしても美味そうな弁当である。食欲をそそるというか、見てるだけで腹が空くような──。
「…そうだ」
俺の脳裏に迷案が浮かぶ。
「…なんだよ」
「勝美、俺の弁当も作ってくれないか?」
「なっ…!?」
素っ頓狂な俺の提案に、勝美は思わず噴き出す。
377 名前:7/7[] 投稿日:2011/07/31(日) 22:45:19.76 ID:NUG4wRzK0 [39/43]
「げほっ、けほっ…て、テメェ、いきなり何言いだしてんだ…」
「いや、俺も昼は購買パンでさ。たまには暖かみのある手作り弁当が食べたいな~と思う訳よ」
「だからって…な、なんでアタシが、テメェの分まで弁当拵えなきゃ…」
「頼むよ、弁当箱と昼飯代は出すからさ。…いや、その弁当見てたら、勝美の作った飯を食ってみたくなってさあ」
「あのなあ、テメェはアタシをなんだと………」
ここまで来たら、あとは誠実さで押すしかない。
俺は頼むような目で、じっと勝美を見つめた。
「………わ」
「わ?」
「わーったよ!だからもうそんな目で見んな、馬鹿!」
「ひゃっほう!んじゃ、明日明後日からさっそく宜しく!」
「…クソッ、なんでアタシがこんな事…」
そう言いつつも、やはり横顔は満更でもない様子。
「…勘違いすんなよ、アタシがこんな事すんのは、間違ってもテメェにだけなんだからな!?」
「わーってるって。俺にとっても勝美は特別な存在だからね!」
「なっ…!? ば、馬鹿!そういう意味じゃねーんだよっ!」
やいのやいのと、にぎやかな昼休み。
こうして俺は、昼食に勝美の絶品弁当をゲットしたのであった。
最終更新:2011年08月05日 17:00