396 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 23:58:11.43 ID:NUG4wRzK0 [40/43]
朝起きたら巨大な毒虫になっていた、という書き出しの小説があるが、幸いなことに別府タカシはその日目を覚ましても毒虫にはなっていなかった。
とん、とん、とんと自室の階段を下りる。居間では兄より早起きな妹・敬子が、朝食の準備に掛かっている所だった。
「おう、お早う」
「お早うございます兄さん。今日も寝癖が逆立ってますよ」
別府タカシは慌てて洗面所へ駆け込んだ。
「…直してきた」
「よろしい」
朝から妙なやりとりをしながら、別府兄妹は朝食につく。
「…妹、お前今日開校記念日だったっけ?」
「そうですよ。せっかくのお休みなので、部屋の掃除でもしようかと…って、昨日話しましたよね?」
「ああ、確認にな。確か、俺の布団…」
「ええ、私の布団のついでに洗っておきます」
「すまんな」
「いいえ別に。ベッドを動かしますので、品の無い本はちゃんと隠しておいてくださいね」
別府タカシは朝食後、慌てて自室に駆けこんだ。
397 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 23:58:30.36 ID:NUG4wRzK0 [41/43]
「クソッ、エロ本隠しに時間を取られた!時間無い…行ってきます」
「行ってらっしゃい。学校で居眠りしないでくださいよー」
わーっとるわい!と大声で返事を返し、兄は遥か遠くへ見えなくなってしまう。
ひとり残された敬子はしばしその様子を見送ると、さっそく部屋の掃除にとりかかった。
居間、台所、廊下などを一通り掃除機で掃除し、雑巾や窓ふきも行う。
更に自室の整頓を終えると、敬子は心を決めたように兄の部屋の前に立った。
「…兄さんの…部屋…」
早鐘を打つ心臓を抑えながら、そっとドアノブを回す。
普段は鍵が掛かっているその部屋は、当たり前だがすんなりと空いてしまった。
兄の部屋は期待したほど賑やかな部屋ではない。本棚が二つに机とテレビの置かれた、どちらかと言えば殺風景な方に分類される部屋だ。
他にあるものはコルクボードに張りつけられた友達との写真(何故か、兄には女友達が多い)、それと窓際に置かれた、ベッドだ。
ごくり、と妹の喉に唾が落ちる。
兄さんの、ベッド。一時間前までここで無防備な寝姿をさらしていた、ベッドである。
これを洗うのが愚兄賓妹の妹としての使命である。
──ああ、なんと運命のいたずらか。これを洗えと、神は妹にそう命じたのだ。
妹は頼りない足取りでふらふらと窓際に歩み寄る。
そして震える手で掛け布団を掴み、それを持ち上げようとするが──。
398 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/07/31(日) 23:58:50.01 ID:NUG4wRzK0 [42/43]
「持ち上がらない…っ!?」
そう、何故か自分の手が、まるで魔法にかかったように上がらなくなってしまう。
それどころかむしろ、このベッドはまるで自分に寝てくれと言っているようだ。妹はそう思い込みさえしてしまった。
「…あぅ」
妹は、魔力に打ち勝つ事は出来なかった。
掛け布団を手に、妹の足の力がするすると抜けて行く。妹は膝を折り、兄のベッドに体を投げ出した。
「兄さん…こんなのって、卑怯ですよ…」
そのまま枕を胸に抱き、微かに残った兄の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「兄さんの…匂い…」
どんな時も冷静に別府家の裏家長としての役割を果たしてきた少女、別府敬子。
彼女はほんとは大好きな兄さんのベッドに完全敗北し、そのまま幸せに包み込まれるようにして目を閉じたのだった。
別府タカシが自分のベッドで寝ている妹の姿を発見するのは、これから一時間後の事である。
最終更新:2011年08月05日 17:02