76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/04/24(日) 00:47:55.60 ID:p+TGeu300 [1/4]
 友人の山田が、急に長野の実家へ帰る事になった。なんでも親戚が急逝したらしい。
 出かけている間世話をする人がいなくなるので、俺は山田から飼い犬を預かってくれないかと頼まれた。
 でっかいラブラドール・レトリバーで、体高が俺の腰ほどもある。名前は「またたび」だ。
 ウチは一軒家で両親とも動物好きなので、二つ返事でOK。またたびも変わった環境に慌てる事なく、よく馴染んでくれているようだ。

 そして三日後、犬を預かってから初めて、かなみが俺の家を訪ねた。

「タカシー。遅刻するわよー」

 月曜の朝、いつも通りのかなみの声が聞こえる。 
 俺は制服に袖を通しつつ、玄関に入って待っててくれるようお願いした。

 Yシャツのボタンを留め、カバンを取る。
 かなみの悲鳴が聞こえたのは、財布に手を伸ばしかけた瞬間だった。

「えっ…?やっ、ちょ、きゃあああああああーーーーっ!」

 暴漢に襲われたような声に、俺は思わず飛び出した。

「どうしたっ!?」

 カバンも放り出して玄関に躍り出ると、想像を絶する光景が俺の目の前に広がっていた。

「どうしたも何も…やっ、ちょっとコレ…なんとかしなさいよぉっ!」

 かなみはスカートが汚れる事も気にせず玄関にぺたんと座りこみ、今にも泣き出しそうな目でこちらを睨んでいる。
 その前にいるのが、犬。
 正確には、山田の愛犬またたびである。見知らぬ匂いに戸惑ってか、かなみの周りをぐるぐる回っては、鼻をすんすんと動かしていた。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/04/24(日) 00:48:51.37 ID:p+TGeu300 [2/4]
「…なんだ、そんな事か」

 絹を裂くような悲鳴を聞いた後だけに、俺はちょっと拍子抜けした。

「そんな事って何よ!もー、なんだっていいから、早くこの犬どっか行かせてよぉっ!」

 かなみは相変わらず強気で高圧的な口調で言う。
 玄関に腰が抜けたように座り込み今の姿勢では、全く説得力が無いのだけれど。

「またたび、こっちおいで。…ほら、もういいだろ。立てるか?」
「…ん」

 俺はまたたびを後ろに下がらせてから、手を貸してやってかなみを立たせた。
 短めのスカートがしわになっており、ちょっと色っぽく見える。

「…なんだ。お前、犬苦手だったのか?」
「苦手とか、そういう訳じゃないけど…」

 不意にかなみがまたたびを見る。目が合い、またたびは再びかなみの方に歩み寄ろうとする。かなみは後ずさった。

「平気だけど…好きじゃないだけ」

 つくづく彼女は嘘の下手な人だと思う。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/04/24(日) 00:50:04.62 ID:p+TGeu300 [3/4]
 それからぶらりと通学路を歩みつつ、自然と話は犬についてになる。

「…犬、いつの間に飼ったの?」
「山田の家の犬なんだ。旅行の間預かってるの。…しかし、かなみが犬苦手とはなぁ…」
「苦手じゃっ…わ、悪い?私にも、苦手なものくらいあるわよ」
「悪かないよ。…いや、むしろ可愛いくらい」
「かわっ!?」
「かなみみたいな強気な人がああしてる姿見てると、なんか可愛く思えるんだよな。いやー、朝からいいもん見れたわ」
「かわっ、わわわわわっ!?」
「…ん、どうした?鍋から上がった茹でダコみたいな顔してるけど」
「うっ、うううううううっさいっ!女の子の困っている所見て喜ぶなんて最低だって言ってんの!このスケベ!」
「理不尽だなぁ…」

 この日以来、二人で帰る際は、俺がこっそり犬の多い通学路へ誘導するのが定番になったという。
 でめたしでめたし。
最終更新:2011年04月24日 22:56