『おねーちゃん。ジュースとお菓子のおかわりー』
僕の膝に乗って、楽しそうにRPGなんてやってる真菜ちゃんが、先輩の方を振り向
いて叫んだ。僕らに完全に背中を向けて、敢えて無視する態度を取っていた先輩が、ジ
ロリとこっちを向く。
『ちょっと待ちなさいよ。何であたしが召使みたいな扱い受けなきゃならないのよ。別
府君に頼みなさいよね』
先輩の抗議に、真菜ちゃんは僕にギュッと抱きついて応戦した。
『お兄ちゃんは真菜と一緒にいなきゃダメなんだもん。だからおねーちゃんが持って来
るの。大体、真菜の面倒見るからって居残ったくせに』
的確な指摘に、先輩は返す言葉がなく唸った。それから今度は、矛先を僕に向ける。
『別府君!! アンタが甘やかすから、この子がこんなワガママに育ったんじゃないの?』
「無茶言わないで下さいよ。たまに来るだけの親戚の子の躾けなんて、僕に出来る訳な
いでしょう」
『お兄ちゃん。真菜、いい子だもんね』
ギュッと抱きついて来る真菜ちゃんに、先輩がまなじりを逆立てる。
『ちょっと!! アンタまで口答えするつもりなの? ちょっと自分を慕ってくる女の
子がいるからっていい気にならないでよね!!』
別にいい気になっているつもりなんて毛頭無いんですが。しかしそれを今の先輩に言っ
ても聞いては貰えないだろうと、長年の経験から分かっていた。だから、向こうは放っ
ておいて、僕は真菜ちゃんの頭を撫でながら、彼女に微笑みかけて言った。
「うん。真菜ちゃんはいい子だよ。だから、お菓子はもう我慢しようね」
『えーっ。何でぇ』
不満そうに口を尖らせる真菜ちゃんに、僕は時計を指して言った。
「そろそろ夕方だからね。今食べると、夕ご飯が入らなくなっちゃうよ」
『うーっ……』
不服そうに真菜ちゃんが唸る。しかし、すぐにパッと気持ちを切り替えたのか、その
表情はすぐに笑顔に戻ると、おねだりするような感じで、僕に聞いてきた。
『ね、お兄ちゃん。お夕食は何にするの?』
2
その質問に、はたと僕は困った。そういえば、真菜ちゃんの面倒を見るのとか、先輩
を宥めるのとかで、その事に全然頭が行っていなかったのだ。まあ、有り合わせの材料
で何か作れればとか、そんな事を考えていたら、真菜ちゃんが先にリクエストを言ってきた。
『真菜、ハンバーグがいいの!!』
「ハンバーグかぁ…… 材料なんてあったかなあ」
冷蔵庫の中に何があるかは覚えていないが、そもそも真菜ちゃんの来訪自体が突然だっ
たし、多分夕食の材料なんて用意して無いだろう。
『こういう時、お子様ってすぐハンバーグとか言うのよねー』
先輩の挑発するような言葉に、真菜ちゃんはすぐにムキになって言い返した。
『ハンバーグが食べたいからそう言っただけだもん。子供だからとかじゃないもん』
『すぐハンバーグっていう発想が子供だっての。大人になると、もっと美味しい物いっ
ぱい知るからね。ハンバーグが大好物なんてのはもう卒業しちゃうのよ』
確かに真菜ちゃんは子供だけど、子供相手に大人自慢する先輩も先輩だ。まあ、お互
い同じ土俵に立って張り合ってるみたいだし、いい勝負なんだろうけど。
『じゃあ、おばさんに非常に近いお姉ちゃんは、何が食べたいの?』
『あたし?』
先輩は、自分を差して聞き返した後で、難しい顔をしてあごを上げて考えた。
『うーん…… そうねぇ……今だったらグラタンかなあ?』
『うわ。大人大人って自慢しておいてそれなんだ』
『何よ。文句あるのっ?』
呆れ顔の真菜ちゃんを、先輩がキッと睨み付ける。しかし真菜ちゃんは、負けじと先
輩を見返すと、ちょっと不満気に唇を尖らせて言った。
『グラタンだったら、真菜だって大好物だもん。美味しいものいっぱい知ってるなんて、
ウソばっかりじゃん』
『うっさいわね。一応アンタのレベルに合わせてあげたの。それに、ワインとも合うしね』
『またウソついた。それしか思いつかなかったクセに、言い訳とか。大体、グラタンな
んて作るの大変だし、お兄ちゃんの手間ばかりかかるじゃん。作る人の事も考えてあげようよ』
『食べたいもの言えって言われたから答えただけじゃない。作る作らないは別府君の勝
手でしょ? まあ、そうは言っても、別府君があたしのリクエストを撥ね付けるとは思
えないけどね』
3
『お兄ちゃんっ!! こんな横暴ババアの言う事なんて聞かなくていいからね。真菜は
お兄ちゃんの出したご飯だったら、何でも食べるから』
さっき思った事を、僕はほんの少し訂正した。先輩の方が、ちょっとばかし10歳のお
子様より精神年齢は低かったようだ。
「分かりました。両方作りますよ」
僕はため息混じりにそう答えた。
「ただ、グラタンは付け合せ程度ですが、それでもいいですよね?」
先輩に了解を取ると、ちょっと面白くなさそうな顔ながら、先輩は頷いた。
『分かったわよ。つか、どうせあたしが文句言ったって聞かないんだから、勝手にしな
さいよね』
どうやら、真菜ちゃん優先の僕に、すっかりヘソを曲げてしまったらしい。でもまあ、
とにかくお墨付きは貰えた訳だし、僕は真菜ちゃんに向かって頷いた。
「よし。それじゃあ、決まりだね」
『やったあ!! ハンバーグハンバーグ!! 嬉しいな』
手放しで喜ぶ彼女を、僕はちょっとホッとした気分で、微笑ましく見つめた。真菜ちゃ
んは僕なんかの常識からすると、10歳の女の子にしては随分とませた事ばかり言ってい
るように思えたが、やっぱりこういう所は子供なんだなと。
「それで、多分、冷蔵庫に材料とか無いと思うんだ。だから、近所のスーパーに買い物
に行かなくちゃいけないと思うんだけど、真菜ちゃんはどうする? 一緒に来る? そ
れとも、家で先輩とお留守番して――」
『真菜も行く!!』
みなまで言う前に、真菜ちゃんは大声で元気良く答えた。まあ、そうだろうなとは思っ
てたから、僕はニッコリ笑って真菜ちゃんの頭を撫でる。
「分かった。それじゃ、一緒に行こうか」
『うんっ!!』
嬉しそうに頷く彼女の頭から手を離すと、僕は視線を先輩に向けた。
「そういう訳で、僕ら買い物に行ってきますから、申し訳ありませんが留守番、お願い
出来ますか?」
『ちょっと待ちなさいよ。その……あ、あたしも行くわよ……』
憮然とした顔で言う先輩に、僕は意外そうな表情をして見せた。
4
「あれ? 先輩ってば、いつも僕をパシリに使うだけで、一緒に買い物に付いて行きた
いなんて言った事なかったのに、珍しいですね」
すると先輩は、怒ったとも照れたともつかぬ表情で顔を赤くして言った。
『た……たまたまよ。単に気分の問題だっての。それだけ。いちいち詮索しないでよね。
気持ち悪い』
『えーっ。別に付いて来なくたっていいのに。ねえ、お兄ちゃん』
さも残念そうな真菜ちゃんに、僕は真顔で注意した。
「そういう事言うもんじゃないよ。それじゃ、先輩も一緒に行きますか。三人で仲良くね」
『お兄ちゃんはともかく、あのお姉ちゃんと仲良くなんてヤダもん。ぜーったい、お断
りなんだから』
『冗談じゃないわよ。暇だから付いてくだけで、仲良くとか有り得ないから。バーカ』
ちっとも言う事を聞いてくれない二人に背を向け、僕は諦めのため息をついたのだった。
『ねえ。お兄ちゃん。こっちこっち』
スーパーの中で、カートを押す僕を、真菜ちゃんが腕を掴んで引っ張った。
「ちょ、ちょっと真菜ちゃん。引っ張らないでってば!!」
『見てよこれ。すっごい大きいお魚さん』
鮮魚売り場にどでんと置かれていたマグロを指して真菜ちゃんが言った。本日大特価
品とか書かれているけど、それでもさすがにマグロだけあって値はそれなりのものだ。
ていうか、こんなん捌いたとしても普通の家庭じゃ食べ切れないだろ。
『アホくさ。小学生にもなって魚くらいで大騒ぎしちゃってさ。てか、普段お母さんの
お手伝いとかしないんだ』
ちょっと離れたところで、先輩は聞こえるようにブツブツと文句を言った。
『真菜、いつもお母さんのお手伝いしてるよ? だけど、あんなおっきなお魚さん見た
ことなかったんだもん』
先輩にというよりは、僕に対する言い訳のように聞こえたので、僕は笑顔で頷いてあげた。
「大丈夫。真菜ちゃんがお母さんのお買い物とか手伝ってるっていうのは、僕はちゃん
と知ってるから」
僕の言葉に、真菜ちゃんは嬉しそうに笑う。
5
『だよね。エヘヘ……お兄ちゃん、ちゃんと真菜のこと見ててくれてるんだ。嬉しいな……』
たかがこれだけの事でここまで喜ばれると、ちょっと心がこそばゆくもある。という
か、この性格のままであと五つ六つ年が上だったら、さすがの僕も篭絡されかねないな、
と思ったり。
『フン。バカみたい』
一方の先輩は、ちっとも面白くないらしい。僕の態度を、自分へのやっかみと捉えた
のかもしれない。
『それより、今日は魚買いに来たんじゃないでしょ? とっとと肉売り場に行くわよ』
まだいろいろと変わった魚や貝類を見ていた僕らを、先輩は苛立たしげに追い抜いた。
「あ、ちょっと待って下さい。ほら。真菜ちゃん、行くよ」
『えー。もうちょっとお魚さん見ていたいのにー』
一方で不服そうな真菜ちゃんだったが、僕は前屈みになって顔を近付けると、笑顔で
を浮かべて言い聞かせた。
「また今度、一緒に見よう。でも今は時間無くなっちゃうから。ね?」
すると、真菜ちゃんは顔を綻ばせて頷いた。
『分かった。お兄ちゃん。今の言葉、忘れないでね』
『早くしなさいって言ってるでしょ。全く、二人ともグズなんだから』
先輩の催促の声に、僕は体を起こし、真菜ちゃんを促して先輩を追いかけて行った。
しかし、説得の為とはいえ、約束してしまった事だから仕方が無い。真菜ちゃんは今度
水族館にでも連れて行ってあげないとな。子供に約束を破ると、深く傷付けてその後の
彼女の人生にも影響を与えかねないし。後は、真菜ちゃんが先輩に嬉々として話をしな
い事だけを、深く祈るのみであった。
『別府君。あたし、このお肉がいいな』
牛肉売り場から、パックを一つ掲げて、先輩が言った。
「先輩。今日はハンバーグだって言ってるのに、何でステーキ肉持ってるんですか? 意
味分かりません」
僕のツッコミに、先輩は不満そうに口を尖らせた。
『いいじゃない。今からステーキに変更しましょ? 真菜ちゃんだってそれでもいいでしょ?』
子供を味方に付けようとした先輩だったが、その目論見はあっさりと外れた。
『真菜はハンバーグの方がいい。お兄ちゃんだって絶対そうだもん』
『ちっ…… 使えない子ね。全く……』
先輩が小声で毒づくのがはっきりと聞こえた。
「大体、何ですかその肉。一切れ1880円て。先輩は僕のウチの財政を破綻させる気ですか?」
僕はため息をつきながら言った。先輩の持っている牛肉は、まるで花を散らしたかの
ように綺麗に油が散りばめられている極上の肉である。
『たまに贅沢したってバチは当たらないわよ。それに、お客様が来てるんだからお持て
成しくらいするのが当然でしょうが』
「普通、お客様は食事のメニューにあれこれ催促なんてしないものだと思いますけど」
僕の指摘に、先輩は目を剥いて怒鳴りつけてきた。
『うっさいわね!! どーせあたしはお客様じゃないとか言いたいんでしょ。この冷血
漢が。イーだっ!!』
まだ言ってもいないことを勝手に先取りして拗ねられても困るわけだが。まあ、先輩
の場合、ちょっとした事でコロコロと気分が変わるから、いちいち宥めていても仕方が無い。
「それじゃ、真菜ちゃん。ハンバーグのお肉を買おっか?」
『うんっ!!』
真菜ちゃんを促し、ひき肉売り場へと歩き出すと、先輩も慌てた様子で付いて来る。
『ちょっと。あたしを無視して先に行くな。このアホんだら!!』
『何だ。付いて来なくても良かったのに』
真菜ちゃんががっかりした声で言うので、僕は軽く真菜ちゃんを諌めた。
「そういう事言うものじゃないよ。真菜ちゃん。お姉ちゃんとも仲良くしないとね」
まあ、無理だとは分かっているが、一応そう言い聞かせると、真菜ちゃんはちょっと
不満そうに顔を背けた。
2
『だってぇ……』
僕は、真菜ちゃんの頭に手を置いて軽く撫でる。
「真菜ちゃんはいい子だから、出来るよね。あのお姉ちゃんと違って」
そう言われると、対抗心からか、真菜ちゃんは大人しくコクンと頷いた。
「それじゃ、ちょっと待ってて」
そう言い置くと、今度は先輩の方に近づいた。
「先輩。ちょっと」
グイッと肩を掴んで引き寄せ、強引に反対側を向かせる。
『ちょっ……何すんのよいきなり……』
文句は言われたが、抵抗はなかったので、僕はそのまま、先輩の顔に自分の顔を近付
けて、ヒソヒソ声で話し掛けた。
「先輩。あんまり子供の前でムキにならないで下さいよ」
『あっ…… あたしは別にムキになんかなってないわよ。ただ、いちいちアンタが怒ら
せるような事をするから悪いんでしょ』
相変わらず不機嫌そうに先輩は答えた。が、それでも、僕の口調に合わせて声は潜め
てくれている。
「僕に原因があったとしてもです。子供の前であんな風に怒ってばかりじゃ、ますます
バカにされるだけですよ」
『じゃあ、どうすればいいってのよ?』
上手い事食いついてくれた幸運に感謝しつつ、僕は話を続けた。
「どうもこうもないです。先輩らしく、普通にしてればいいんですよ。さっきから見て
ると、完全に真菜ちゃんのペースに引き摺られちゃってるじゃないですか。むしろ先輩
の方が子供みたいな態度ですよ」
『わ……悪かったわね。子供みたいで。フン』
「だからそこで拗ねないで下さいって。大人になれば、自分の意見やワガママを押し殺
さなくちゃいけない事がたくさんあるって分かりますよね?」
すると、先輩は体を伸ばし、僕の手を肩から振り払った。
『分かったわよ。ちゃんと大人の態度で接しろって事でしょ? そのくらい、言われな
くたって分かってるわよ』
3
そのまま、つかつかと先輩は真菜ちゃんの方へと歩いて行ってしまう。どうも心配が
吹っ切れないまま、僕はその後を追いかけたのだった。
『あ、お兄ちゃん。見て見て。これでいいかなぁ』
真菜ちゃんが、カートに入った買い物かごを指して言った。
「え? 真菜ちゃん、自分でお肉選んだの?」
『うん。だって、真菜、一人でもお買い物出来るし』
確かに10歳にもなれば、そのくらい出来るだろうが、しかし親から言われたものを買
うんじゃなくて、自分で選ぶのは結構大したものだと思うのだが。
『ちょっと。何、こんなにたくさん取ってるのよ。一体誰がこんなに食べる訳?』
一方で、僕の忠告を受け入れてくれたのか、珍しく先輩が常識的なツッコミを入れる。
確かに、カゴの中に入れたひき肉は、三人分の分量にしてはちょっと多過ぎである。し
かし、真菜ちゃんは自信満々に答えた。
『お兄ちゃん。真菜、お兄ちゃんに超特大ビッグハンバーグ作ってあげようと思って。
だって、男の人だもん。たくさん食べるよねー?』
嬉しそうに僕に聞いてくる真菜ちゃんに、僕は一瞬返事を詰まらせた。
『何言ってんのよ。コイツってば、男のクセに少食なのよ。だからこんなにひ弱っちい
モテなさそーな体つきしてんだから』
『そんな事ないよね? それって、太らないようにおやつとか我慢してるだけだよね?』
先輩の言葉に、真菜ちゃんはちょっと心配そうに僕を見上げた。
「大丈夫。ちゃんと食べられるから心配しないで」
安心させるように、ニッコリと微笑んであげると、真菜ちゃんの顔がパアッと明るくなった。
『ほら。やっぱりお兄ちゃん食べてくれるって』
するとたちまち、今度は先輩が面白くなさそうな顔をする。僕はそっと先輩の傍に近
寄ると、真菜ちゃんが目を離した隙にこっそり耳打ちする。
「お気遣い有難うございます。けど、余った分は、冷凍して取っておきますし、安い肉
ですから買い過ぎても大したことないですから」
『何よ。あたしがせっかく注意してやってんのに、結局甘い顔するんじゃない』
先輩も小声で、拗ねて文句を言う。
4
「いや。せっかく一生懸命やってるんだから、怒るのも可哀想かなって…… でも、あ
あいう風に先輩が暴走止めてくれると、僕としても助かりますから」
『べ、別にあたしは常識的に見ても多過ぎだって思ったから注意しただけよ。別にアン
タに感謝されるためとかじゃないんだから』
プイッと横を向いて、先輩は照れ隠しなのかそんな事を口走った。僕は先輩に聞こえ
ないように小さくため息を吐く。大人びた小学生と子供じみた大学生と、両方立てなけ
ればならないんだから、苦労も普段の二倍以上である。
『お兄ちゃん!! 早く行こうよ~っ!!』
先を歩きかけていた真菜ちゃんが、振り向いて僕を呼んだ。僕は、先輩の手首を軽く
握って、促した。
「ほら、先輩。行きますよ」
すると先輩は、僕をジロリと睨み付けて、パッと僕の手を振り払った。
『聞こえてるわよ。ちゃんと付いてくから、いちいち構うな』
どうやら、あの程度のフォローでは機嫌を回復させるには至らなかったらしい。僕は、
もう一度ため息を吐くと、ガラゴロとカートを押して、真菜ちゃんの後に続いて歩いた。
『今度、何買うの?』
僕を少し待ってから、横に並んで真菜ちゃんが一緒に歩き出す。先輩は、3歩位後ろ
を、つまらなそうに付いて歩いてくる。
「こんどはお野菜だね。ハンバーグの付け合わせと、グラタンの材料も買わないと」
『真菜はね。コーンが好きなの。あとブロッコリーも』
「分かったよ。それじゃあ、後でスイートコーンも買うから。けどとりあえずはじゃが
いもと人参と玉ねぎと……」
頭の中で考えていた食材を口に出してリストアップして行くと、両側から抗議の声が上がった。
『ちょっと。アンタあたしが人参苦手って知ってるでしょ? 何で買おうとしてんのよ』
『お兄ちゃん。えっとね。その……玉ねぎはいらないと思うの。無くてもハンバーグ作
れると思うし……』
それから、ハッと二人は互いに目を合わせ、攻撃対象を僕からそれぞれにチェンジした。
『お姉ちゃん。大人のクセに、人参嫌いなんだー。幼稚園生みたーい』
5
『何言ってんのよ。あたしは苦手って言っただけで食べられないとは言ってないもの。
アンタこそ、玉ねぎって聞いた時、物凄く嫌な顔したじゃない。子供の時こそしっかり
栄養取らなくちゃ、大きくなれないわよ』
『真菜、他は好き嫌いないから大丈夫だもん。ねぎと玉ねぎくらい食べなくたって、大
きくなれるもん』
『あのね。その二つが食べられなきゃ、何にも食べられないじゃない。ほとんどの料理
に入ってるんだから』
『大丈夫だもん。避けて食べるから。それより人参の方が子供っぽいもん』
『別に子供っぽいとか関係ないわよ。それに、あたしだって人参以外は大丈夫だし、そ
れに、もうあたしは大人になっちゃったんだから大丈夫だもん』
先輩の言う事はもっともな事だが、自分が好き嫌いがあっては説得力も何もない。
「先輩。大きくなったからといって、嫌いなものがあっていい理由にはならないと思いますよ」
『やっかましいわね。分かってるわよ。子供の前だし、我慢して食べろって言うんでしょ?』
一応、先輩にも大人の自覚はあるらしい。
「そうです。先輩も我慢して食べるって言えば、真菜ちゃんも食べると思うんですがね」
『さあ。それはどうだか。嫌いな食べ物って言うのは理屈じゃないんだから』
「じゃあ、真菜ちゃんに聞いてみますか。どう? 真菜ちゃん。このお姉さんも人参食
べるっていうから、そうしたら真菜ちゃんも玉ねぎ食べるよね?」
『やだ』
珍しく、この件に関しては真菜ちゃんが頑固だった。
『だって、玉ねぎってジャリジャリした感じがするし、苦くて不味いんだもん』
顔をしかめて、ベーッと舌を出す。
「うーん。困ったなあ」
僕はわざとらしく頭を掻いてみせた。本当はまあ、従妹とはいえよそのお嬢さんだし、
このくらい大目に見ても何も問題はないのだが、とある事を思いついて、ワザと納得し
ない態度を取ってみせる。一方で、さっさと済ませたい先輩は、苛立たしげに言った。
『もういいわよ。別に玉ねぎ無くたってハンバーグは作れるでしょ? こんな事で時間
食ってたらしょうがないもの』
しかし僕は、小難しい顔で先輩にわざと意見してみた。
「でも、先輩。仮に真菜ちゃんが自分の娘だとしたらどうします?」
6
そう聞くと、先輩はいかにも怪訝そうな顔つきをした。
『は? 何言ってんのよアンタ』
「仮の話ですよ。もし、先輩が結婚して子供産んで、それで自分の娘とこんな風に買い
物に来て、娘が嫌いなものはヤダーッて駄々こねたらどうすんのかなって」
『へっ……えと……そうね……?』
先輩は、僕の話に乗って来たのか、ちょっと上向き加減に顔を上げて考える。それか
ら、ハッとしたように首を左右に振ると、吐き捨てるように言った。
『じょ、冗談じゃないわよ。何であたしが別府君なんかと結婚しなくちゃならないんだか……』
それは僕に対してというより、自分に対して言い聞かせるかのように聞こえたが、僕
はちゃんとツッコミを入れてあげる事にする。というか、スルー出来る言葉じゃないし。
「誰も僕とだなんて一言も言ってません。というか、いつ僕が先輩にプロポーズしたんですか?」
そう言うと先輩は、ハッとした顔で驚いたように僕を見つめた。その顔が、みるみる
うちに真っ赤になる。
『い……今の無し!! 取り消しだから!! てか、今すぐ記憶から消しなさい。でな
いとアンタの記憶が消し飛ぶまでボコボコに殴ってやるわよ!!』
今にも殺しかねんばかりの勢いに気圧されつつ、僕は先輩を両手で制した。
「分かりました。僕は何も聞いてませんから、落ち着いてください」
『ホントよね? 絶対何も聞いてなかったわよね?』
先輩の問い詰めにコクコクと頷きつつも、恐らくは先輩にとって一番言っちゃいけな
い人間に対して口走ってしまった事を、聞かなかった事にしろもなにもないと思うんだ
けどな、と内心でツッコミを入れる。それにしても、自分が親になった姿を想像してた
時に、真っ先に浮かぶ旦那が僕だなんて、正直なんて可愛らしいんだろうと思ってしま
う。ここがスーパーでなかったら、思う様抱き締めてあげるのに。
「で、どうなんです? 先輩だったら子供に対してどう接します?」
話を戻すと、まだ顔を真っ赤にしたまま先輩は、プイッと顔を逸らした。
『そ、そりゃあその、自分の子供だったら、好き嫌いなんて許さないわよ。ちゃんと育っ
て欲しいし』
先輩がまともな考えを持っている事にちょっと安心しつつ、僕は頷いた。
「でしょう? この際、ちょっとここで予行演習をしてみるものいいんじゃないかな、
とか思ったりして」
7
ちょっと考えてから、先輩はまた真っ赤な顔で食って掛かって来た。
『だから何でアンタと夫婦役を演じなくちゃならないのよ!! 冗談じゃないわよ』
どうも先輩の頭の中には、そのシチュエーションがこびり付いて離れないらしい。思
わずにんまりしそうになるのを我慢しつつ、冷静に僕は指摘した。
「ですから、この際僕のことはいいですよ。せっかくの機会ですし、先輩の将来の為に
も、子供を躾ける練習をするのはいい事なんじゃないかなと思いまして」
『むー……』
先輩は、ちょっと考え込んでから、僕の方を見て聞いて来た。
『ア……アンタはどうなのよ。人に言うだけ言っておいて、自分はニヤニヤしながら眺
めてるつもり? それってズルくない?』
「基本、子供を注意するのは母親の役目だと思ってますから」
そう言うと、先輩は厳しい顔つきで僕を睨みつけた。
『何? アンタってそういう古い考えの持ち主だったの。男は仕事。家事や子育ては女
がやるものだなんて、今時そんな事言ったら叩かれるわよ』
僕は、慌てて首を振った。
「いやいやいや。確かに誤解される言い方だったと思いますけど、そういう事じゃない
です。家事も子供の世話も分担してやるのが当然だとは思ってますけどね。ただ、母親
の方が多分、接する時間は多いだけに、子供の躾けや教育は女性の方が良いんじゃないかなと」
むしろ、仮に先輩と結婚したとすると、家事や育児の負担は下手をすると僕の方が大
きくなるかも知れないし、と心の中で付け加える。
『ズルイ。それって、自分は優しいお父さんでいたいって事でしょ? 嫌われ役は全部
あたしに押し付けて。この卑怯者』
「別にそういう訳でもないですよ。子供が母親の言う事を聞かなかった時に、最後に厳
しく言うのは父親の役目だと思ってますから」
『さて。どーだか。ていうか、アンタの持論はさておき、今は真菜ちゃんにいい顔した
いだけでしょ?』
「そんなことありませんよ」
僕は、そこでちょっと、声を潜めて先輩にだけ聞こえるように言った。
「僕は、いつだって先輩の味方ですから」
『う、うるさい!! 調子の良い事言って、騙そうったってそうはいかないんだから』
8
そうは言っても、ちょっと嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「とにかく、先輩が間違った事言わない限りは、言う事聞くように、ちゃんとフォロー
しますから。先輩は安心して子供の世話に徹してください」
笑顔でそう言うと、先輩は苦々しげに、フン、と鼻を鳴らす。
『分かったわよ。やればいいんでしょ? やれば』
それから、先輩は、ちょっと離れた場所でつまんなそうに僕らを待っている真菜ちゃ
んの方を向いて言った。
『ちょっと、アンタ。さっき、こっそりと玉ねぎ戻したでしょ?』
『うわ。鋭い』
真菜ちゃんが、ヤバッ、という顔をして言った。
『嫌いな物もちゃんと食べなさいって言ってるでしょ? 言う事聞かないと、別府君に
言って、アンタの分だけ抜きにするわよ』
『そ、そんな事ないよね? お兄ちゃんは優しいもん。ちゃんと真菜の分も作ってくれるよね?』
救いを求めるような真菜ちゃんの問いに、僕は頷いた。
「うん。でも、ハンバーグは止めにしようか。真菜ちゃんがどうしても玉ねぎ入れたく
ないって言うんだから」
『うう……』
困った顔で俯いてしまった真菜ちゃんに、先輩が追い打ちを掛ける。
『ほら。どうすんのよ? 時間無いんだから、さっさと決めなさいよね』
しばらく迷った挙句、真菜ちゃんは答えた。
『分かった。お兄ちゃんがどうしても食べなさいって言うなら、我慢する……』
僕は、真菜ちゃんの頭に手を置くと、そっと撫でた。
「うん。いい子だね。真菜ちゃんは」
『こら。甘やかさないって言ったじゃないのよ。全くもう!!』
しかし、真菜ちゃんは、元気なくコックリと頷いただけだった。
僕が思った以上に、先輩お母さん役作戦は功を奏した。僕にいいところを見せようと、
とかく暴走しがちな真菜ちゃんを抑えてくれるし、先輩自身も子供に舐められないよう
に、ワガママを引っ込めてくれている。当初、子供二人を同時に面倒見なくちゃならな
いかと恐れていた事を考えると、何と楽な事か。
『お兄ちゃん。真菜、もう疲れた。どっかでアイスとか食べようよ』
『何言ってんのよ。まだ買い物終わってないじゃない。自分から付いて来るって言った
んだから、文句言うな』
『後は、おねーちゃんが一人ですればいいでしょ。大人なんだから』
『都合のいい時だけガキぶるんじゃないわよ。そもそもこれは別府君の仕事なんだから、
アンタはともかく、別府君には最後まで責任果たして貰わないと。イヤだったら一人で
先に戻ってればいいじゃない』
『ね。お兄ちゃん。いいでしょ?』
『ダメだっつの。聞き分けのないお子様だわね。全く』
まあ、何というかそれほど年が離れていないせいもあってか、母娘というよりは姉妹
の方が近く見えるが。
「ゴメンね。今日はさ。夕飯の材料を買う時間しかないから、また今度ね」
『えーっ!! だって今度って……次、いつ会えるか分かんないのに……』
不満気にそう漏らして、何故か真菜ちゃんは先輩をチラリと見る。
『ほら。別府君もダメだって言ったんだから、大人しく買い物続けるわよ。分かった?』
『分かってる。おねーちゃんは偉そうに言わないでよね』
プン、とむくれた顔で、真菜ちゃんは先に立って歩き出した。
『全くもう…… ホント、あたしの言う事はちっとも聞かないんだから。可愛くない……』
ぶつくさ言う先輩を微笑ましく思いつつ、僕は声を掛けた。
「どうですか先輩。なかなか上手くやってるじゃないですか」
『ひきょーもの』
ジト目で先輩に睨まれた。
「は? 何がですか?」
『結局あたし一人悪者にして、自分はいい顔してるじゃない。そんなに真菜ちゃんに嫌
われるの、ヤなんだ』
「いえいえ。そんな事ないですよ」
2
僕は慌てたように頭を振った。
「先輩がちゃんと注意してくださるから、僕の注意に真菜ちゃんが耳を傾けてくれる訳
なんで、すごく助かってます。決して先輩だけ悪者にしてる訳じゃないですよ」
『フン。どーだか』
信じられない、と言った顔で先輩は鼻を鳴らした。
『で、あとは何買うのよ?』
「そうですね。肉も野菜も買ったから、とりあえずはこんな所で――」
『お兄ちゃん。デザートは?』
興味深げにあちこち見て回ってたはずの真菜ちゃんが、いつの間にか僕の傍に来てお
ねだりしていた。服の裾をキュッと掴み、物欲しそうな顔で僕をジーッと見つめている。
「……うーん。何か食べたいものあるの?」
『真菜。プリン食べたい』
即答だった。期待に満ちたその顔を見ると、僕はちょっと逆らえなかった。
「プリンかぁ…… まあ、いいんじゃないかな。そのくらいは」
『あーっ!! またこの子に甘い顔してる。このドスケベ』
方や、先輩は不満そうな声を上げて、密かに僕の脛を足で蹴った。
「あイテッ!! 何すんですか先輩!!」
『やっぱり真菜ちゃんに言われたら甘い顔すんじゃないの。偉そうに、あたしだけを悪
者にしてる訳じゃないとか、嘘ばっか』
「まあまあ。せっかく遊びに来てるんだし、プリンくらいはいいじゃないですか。それ
に、先輩だって甘い物は好きでしょ? ちゃんと先輩の事も考えてますって」
そうたしなめると、先輩は不愉快そうにギュッと眉根を寄せた。
『何よ。その取ってつけたような言い訳は。あたしの事なんてこれっぽっちも考えて無
いくせに』
プイッと顔を逸らす。気のせいか、ちょっとだけ顔が赤く染まっていたような。
「分かりましたよ。じゃあ、先輩も、何か一つ、好きなものを買っていいって事で」
『じゃあ、ワイン買いましょうよ。あたしたちは大人なんだしさ』
「……ワインですかぁ?」
また高い買い物を要求してきたな、と内心辟易する思いで聞き返すと、先輩は即座に
その空気を読み取ってきた。
3
『何よ。今、好きなもの買っていいって言ったじゃない。言った傍からもう前言撤回す
るわけ?』
「いえ。そうじゃないですけど、ワインはちょっと……」
何と言っても、お財布事情が心配である。安いものなら300円くらいからあるが、そ
んなもので先輩が満足するとは思えない。しかし、そこは僕との付き合いの長い先輩で
ある。僕が躊躇している理由は、即座に察して来た。
『分かってるわよ。高いってんでしょ? あたしだってさすがに全部奢らせたんじゃ気
が引けるもの。少しは払うわよ』
「少しって、どれくらいですか?」
気になったので聞くと、先輩は、んー、と考えてから答えた。
『そうねえ。300円くらい?』
「で、ちなみに先輩はどういうワインがご所望で?」
『あたしね。シャトー・ムートン・ロートシルトっていう銘柄の1990年ものが飲んでみ
たいの』
また、澱みもせずにスラスラと長い名前が出て来る事に、僕は非常に嫌な予感を覚えた。
「ちょっと待って下さい。それって一体、いくらくらいのワインなんですか?」
僕の質問に、先輩はいともあっさりと答えた。
『確か50000円くらいしたと思う。ネットで見た限りだと』
「却下です」
間髪入れずにお断りすると、先輩が不満も露に文句を言った。
『ちょっと。いくら断るからって早すぎじゃない。もう少し考えてくれたっていいでしょ!!』
「考えるまでもありません。ていうか、そもそもこんなチェーン店のスーパーに、そん
な高いワイン、売ってる訳ないでしょう」
『じゃあ、ここで売ってる一番高いので我慢する』
「全っ然、我慢してないじゃないですかっ!!」
僕のツッコミに、先輩はブッと膨れた顔をした。
『何よ。ドケチ。たまには贅沢くらいしたっていいじゃないの』
「ダメです。先輩だって、将来、家計を預かる主婦になったとしたら、こんな贅沢とか
許さないでしょう?」
断固として拒否しつつ、先輩を宥めようとするが、先輩もなかなか引いてはくれなかった。
4
『あたしとしては、自分の小遣いからこう一万円とか出して、たまには贅沢しようか、
とか言ってくれる旦那様がいいんだけどなぁ。カッコ良くて』
おねだりするような顔は可愛らしいが、それとこれとは話が別である。
「そういうのは、実際にお金持ちの旦那様をゲットしてからやって下さい。親の金を預
かっているだけの僕におねだりするのは筋違いです」
『ちぇっ。甲斐性なし』
やっと諦めてくれると、先輩は先に立って歩き出した。どこに行くのかと付いていく
と、何とそこはワイン売り場だった。
「ちょ、先輩。まだ諦めてないんですか?」
強硬手段に出られたかと思い、ドキッとする。先輩は、僕の言葉などお構い無しに、
一本のワインの瓶を持って戻って来た。
『しょうがない。今日はコレで勘弁してあげるわよ』
カゴの中に瓶を入れると、先輩は財布から小銭を取り出した。
『はい、これあたしの分。宜しく』
反射的に手を出すと、僕の手の上に先輩の手か重なり、小銭が手の中で受け渡される。
僕は、カゴに入ったワインの瓶を見た。スーパーならどこでも売っている、安い国産
のワインだ。
「良かった。先輩にも現実的な路線というものが分かって頂けて」
『しょうがないわよ。急に言い出したんだから、持ち合わせが大したことないくらい分
かってるし、それに、今日の買い物代って別府君の小遣いじゃないんでしょ? だった
ら無茶は言えないわよ』
「じゃあ、何であんなクソ高いワインなんて例に挙げたんですか?」
『別府君の男気がどれくらいか試してみたかったのよ。でも、結果は最低よね。ちまち
まと細かい事ばかり言ってさ。買える買えないは別にしても、もう少しカッコ良い態度
取ってくれればいいのにさ。あーあ。もう、幻滅』
呆れた口調で、先輩は肩を竦めた。そう言われると、さすがの僕も内心ではちょっと
傷つかずにはいられなかった。しかし、すぐに僕は思い直す。これは先輩の手なのだと。
そう言って僕の虚栄心に訴えかけておけば、今度ワガママを言った時に多少なりとも聞
いて貰えると。うん。むしろ毅然とした態度を取る事こそ重要なのだ。
『あーっ!! どこ行ったのかと思ったらこんな所にいたっ!!』
5
と、その時、真菜ちゃんが文句を言いながら駆け寄って来た。
『あたしがいなくなったのをいい事に、お兄ちゃんをこっそり連れ回して独占しような
んて、ズル過ぎっ!!』
『何言ってんのよっ!! そんな事ある訳ないでしょ。ていうか、コイツはお財布なん
だから、連れてかなきゃ何も買えないでしょうが。一人でチョロチョロ動き回る方が悪いの』
『ぶーっ……真菜、プリン取って来ただけだもん。お兄ちゃん。もう、真菜に黙って勝
手にいなくなったりしないでね』
ひとしきり先輩と口喧嘩してから、真菜ちゃんは僕にそうお願いしてきた。
「うん。分かった分かった。これからは気を付けるよ」
ニッコリと笑って頭を撫でると、真菜ちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせる。
『何、甘やかしてんのよ。バッカみたい』
一方で先輩は不機嫌そうだ。真菜ちゃんが帰ったら、抑え付けてでもなでなでして機
嫌を取り持ってあげなければ。
『大体、何よそのプリン。ちょっと豪華過ぎやしない? どう見ても250円はするでしょ。
変えて来なさいよね』
真菜ちゃんが持って来たプリンに、先輩がぐちぐちと文句を付けた。確かに僕もちょっ
と贅沢かなーとは思うけど、さっきまで5万のワインが飲みたいとか言ってた人が言う
セリフじゃないと思う。
『大丈夫。おねーちゃんはどうせ文句言うと思ったから、別の持って来たから』
そう言われてみると、真菜ちゃんが持ってきたプリンに、一つだけ違うのが混じって
いるのに気付いた。
『ちょっと待ちなさいよ!! 何であたしのだけこんな安物のプリンな訳? しかもこ
れ、特売品のシールが付いてるじゃないのよ!!』
『だっておねーちゃんは贅沢なプリンは食べたくないんでしょ? これだったら、節約
も出来るから、お兄ちゃんにも迷惑掛けないし』
『とことんムカつくガキよね。この子は…… 別府君。これは良い訳? あたしには贅
沢許さなかったクセに』
「先輩の贅沢とはレベルが違うじゃないですか。そもそも、ワインなんて買う時点で十
分贅沢だと思うんですけど……」
6
『金額の問題じゃないわよ。気持ちの問題っ!!』
もはや僕は完全に板ばさみの状態になっていた。
『ね? お兄ちゃん。真菜と一緒に美味しいプリン食べよ♪ あのおねーちゃんはのけ
者にしてさ』
かたや、甘えた調子でおねだりしてくる可愛らしい小学生と。
『さあ、別府君。どーするわけ? また、この子にだけ甘い顔すんの?』
かたや、怖い形相で睨み付けて来る、これまた可愛い先輩と。
しかし、ここで迷っていては、二人から優柔不断の烙印を押されてしまう。ここは、
自分の良心に従って、行動するとしよう。
「分かった。いいよ。そのプリン、買っても」
『やったあっ!!』
万歳してジャンプする真菜ちゃんを見てると、やっぱりまだ子供だなあと、微笑まし
く思う。一方、脇から怖い視線が突き刺さっていた。
『あっそ。やっぱり真菜ちゃんには甘いんだ。そんっなにこの子に嫌われたくないのね。
このロリコン』
うん。やっぱり先輩の言葉は物凄くキツかった。
「う…… まあいいじゃないですか。真菜ちゃんはお客様なんだし、少しくらいは甘や
かしても」
『お兄ちゃんありがとうっ!!』
満面の笑みでお礼を言ってから、真菜ちゃんはクルリと先輩に向き直ってベーッと舌
を出した。
『ざまみろ。ドケチババア。ばーかばーか』
「真菜ちゃん」
僕は咄嗟にキツイ声で呼んだ。さすがに今の言葉は看過出来なかった。
最終更新:2011年08月19日 09:13