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49 名前:1/3 食いしん坊みこちん&主夫タカシ[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 15:48:02.70 ID:J4cI50JK0 [1/3]
「ただいま。帰ったぞ」
 玄関から声がしたと思うと、迎えに出る間もなく台所にすらりとした長身が現れた。
「飯はまだか」
「もうすぐできるよ」
「早くしろ」
 大人びた口調とは裏腹に、机をばたばた叩いて急かしてくる。よほど腹が減っているらしい。盛り付けをすませた皿を出しながら、恭しく
一礼してみせる。
「今日は豚のしょうが焼きとなっております」
「ほほぅ、見た目はなかなかのものではないか?」
 客の前に皿を出すと、尊はありもしない口ひげをひねる仕草をして、口をゆがませた。本人はニヒルな笑みのつもりなのだろうが、どう見
てもいいとこアヒル口である。
「近所のスーパーで厳選した豚肉でございます。また手作りのタレは隠し味にレモン汁を使い、後口を爽やかに仕上げました。お好みでマヨ
ネーズを添えてどうぞ」
「なるほど、シェフも腕をあげたな」
「恐縮です……よし、食べよう」
「いただきます」
『高級レストランごっこ』に満足すると、お待ちかねのディナータイムだ。
「うむっ、もぐもぐ……うん、本当料理だけは破格に美味いな、お前は」
「洗濯と掃除も、尊に負ける気はしないな」
「うるさい!」
 口では文句を言いながらも顔は満面の笑みで、料理を平らげていく。しょうが焼きは家によって色々あるが、ウチは薄切りのロース肉を使う。
それに付け合せのキャベツを包んで、マヨネーズをちょっとつけ、口に入れる。続けざまに白いご飯を掻きこんで、両頬をハムスターみたく膨
らませて咀嚼。
「くぅ~~~!!」
と唸りながら、顔全体で『美味い』と言っているかのような表情。顔文字ならば(>~<)といった感じか。
 味噌汁を一口啜ってぷは、と一息ついた後で、俺の視線に気付く。
「な、なんだ。じろじろ見て」
「いや、そんだけ美味そうに食べてくれるなら、作った甲斐もあるなぁ、と」
「う、ぐ……あ、あまりじろじろ見るな……」

50 名前:2/3 食いしん坊みこちん&主夫タカシ[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 15:50:43.04 ID:J4cI50JK0 [2/3]
 そこで我に返ったのか、尊は恥ずかしそうに頬に手を当てる。会社ではクールビューティな敏腕社長で通っているのに、食べる姿だけは本当に
子供みたいだ。
「外で食べるときもそんな風なの?」
「そんなわけないだろう。こんな行儀の悪いことできるか」
 憮然として答えつつも、手はまた動いて胡麻和えをつまんでいる。怒っている最中も食べるのはやめないもんだから、どうしたって真剣さは薄
れてしまう。
 巷では結婚に際して男が見られる要件というのは色々あるもんだ。年収、性格、ルックス、両親の同居etc…。だが、『料理が上手い』というこ
とで結婚を決められたのは珍しい例だろう。
 若くして起業し、ニッチな業界ではあるが社長として社会の荒波を渡っている我が妻。豪腕とも敏腕とも言われ、自他共に厳しいその姿は業界
でも恐れられている。だが、その正体は大変な『食いしん坊』だった、というわけだ。マズい料理は食材への冒涜と絶対に許さず、上手い料理は
芸術にも匹敵すると全身で味わう。愛読書はドラッカーの『マネジメント』……ではなく『ミスター味っ子』。だけど、自身の料理スキルはほぼ
ゼロという有様。
 そんな相手と元料理人志望のしがないサラリーマン。まったく、世の中これほどぴったり合う組み合わせがあるもんだろうか。
 プロポーズの言葉は無論、こうだった。
『毎朝、私の味噌汁を作れ……具は毎日ちゃんと変えろ。あと、卵焼きと納豆は欠かすな。卵焼きは甘いのはダメだぞ。それからご飯は固めだな』
 中程度の企業とはいえ相手は社長、吹けば飛ぶような俺の年収など最初から当てにはされていなかったわけで、俺は主夫街道を突っ走ることと
なったのだ。
 しかし、
「ふぅ、まったくお前は顔も性格もイマイチだが、料理だけは素直に褒められるな」
 お腹をぽんぽんと叩いて満腹を訴える姿から、誰が『社長』という肩書きを連想できるだろうか。
「それは褒められてるのか?」
「当たり前だろう。料理はお前の全てだからな。それとも、お前から料理を取って何か残るのか?」
 ふふん、と鼻で笑って見せるのが小憎らしい。まぁ、こっちは養ってもらってる立場なわけで、あまり強くも出られないが、それでも少しくらい
やり返したくなる。俺は満面の笑みで、尊の目をまっすぐに見ると、目を若干潤ませて言ってやった。
「残るさ……尊への愛情がね!」
 ふっ――決まった!
「うわ……」
 嘘です。決まってないです。ケーキバイキング全種類制覇しても平気な人に、胸焼けしそうな顔されてます。なんだろう、この気持ち。死にたい。
なんかこう……死にたい。

51 名前:3/3 食いしん坊みこちん&主夫タカシ[sage] 投稿日:2011/08/16(火) 15:54:33.35 ID:J4cI50JK0 [3/3]
「それで? デザートは?」
「本日は桃のシャーベットでございます、お嬢様」
 デザートの内容を聞いた途端にガタッと腰を浮かせる尊の頭からは、もう俺の言葉など残ってはいまい。まぁ、そんなもんだ。
「桃……っ! 桃! 早く! ももーー!!」
「落ち着け」
 苦笑しながら冷凍庫からタッパーを取り出し、冷やした器に盛り付ける。ミントの葉とウエハースを添えて出すと、尊はいそいそとスプーンを手
に取った。
 俺が百回愛を囁くよりも、一口のシャーベットの方が尊の瞳を輝かせる。でも、それでいいと思う。
 俺の愛情が詰まった料理を、週末の夜なのにどこにも寄らずに帰ってきて食べる。それこそが、食べることが大好きな尊の最大の愛情表現なのだ。
「ん~~~! 上手い! 桃の甘さときめ細かい氷の食感がいいな。しょうが焼きの脂っこさが無くなってさっぱりする」
 ミスター味っ子の審査員みたいなことを言いながら、尊は食事を終えた。
「そんじゃ、お風呂入ってくれ」
 片づけをしながらそう言うと、尊はもじもじと何か言いたそうにしている。
「ん? どうした?」
 ちなみに、手伝いならいらない。料理もそうだが、尊は家事スキルが皆無なのだ。確実に皿が割れる。本人もその辺りは承知しているはずだが。
「い、いや。さっきのシャーベットがな……どうも、甘すぎた」
「え? そうだった?」
 さっきはそんなこと一言も言ってなかったけど、と思ったのもつかの間。
「口直し、貰うぞ」
 ぶっきらぼうに言い放つと、そのまま俺の顔をつかむ。俺はと言えば手が洗剤まみれなので、抵抗などできるはずもなく。
 唇に残るかすかな桃の味。一日の労働を示す汗の匂い。不器用なキスの感触。
 最後に、耳元で囁かれるのは、何よりも強烈な愛の言葉だ。


 「ごちそうさま」


終わり
最終更新:2011年08月19日 10:11