172 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 1/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:14:52.64 ID:Je41b//I0 [2/9]
『それじゃあ会長。お先に失礼します』
片付けを終えた書記の文村秀美が、丁寧に私に一礼する。私は微笑んで頷いた。
『お疲れ様。気をつけて帰ってね』
そう、挨拶すると彼女は笑顔で頷く。そして、視線を廻らすと、コの字型に配置され
た机の私から見て右側の一番近い席に座る男子生徒を見て、厳しい視線を浴びせながら言った。
『別府先輩はまだ終わらないんですね。相変わらず、仕事が遅いんですから』
ブスッとした顔で、彼女が私の右側にいる男子生徒に文句を言う。
「うるせえな。こっちは仕事量が書記とは違うんだよ。何だったら代わりにやってみやがれ」
その彼――別府タカシは、おんなじような仏頂面で文句を言い返した。しかし、その
言葉を彼女はキッパリと跳ね返す。
『嫌ですよ。そうやって人に仕事押し付けて、抜け抜けと自分はサボるのが見え見えな
んですから。冗談じゃないです』
そう言って、秀美ちゃんはベーッと舌を出す。その仕草が同性から見ても愛らしくあ
る。が、当の別府君はそんな感情は全く持っていないのか、うんざりしたような態度で
背もたれに体を預けた。
「分かってるよ。お前が素直に手伝ってくれるような奴じゃないって事くらい、承知の
上で言ってんだから」
『何言ってるんですか。私だって、しっかり仕事をしてる人の手伝いだったら言われな
くたってやりますもん。会長とか早川君とか。ねえ』
不満そうな口振りで言いつつ、彼女は私に同意を求めてくる。彼女の言葉に嘘はない
ので、私はコクリと小さく頷いた。
『ええ。秀美ちゃんは、私がいちいち指示を出さなくても、先回りしていろいろと手伝っ
てくれるから、助かってるわ。誰かさんと違ってね』
そう言って微笑みかけると、秀美ちゃんも嬉しそうな顔で頷き返してから、得意満面
な顔で別府君に言い返した。
173 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 2/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:15:18.64 ID:Je41b//I0 [3/9]
『ほらほら。会長だってそうだって言ってますよ。こっちだって、一生懸命やってる人
には率先してお手伝いする気にもなりますけど、別府先輩みたいに怠ける事ばかり考え
てる人に対しては、そういう気分にならないだけです』
厳しい口調で言ってはいるが、もちろん私は、彼女が別府君に気付かれないように、
目立たないところであれこれと世話をしているのは知っていた。ただ、それを指摘され
るのは、この場でなくとも多分嫌がるだろうから、見て見ぬフリをしてはいるが。
「ちぇっ。何で俺の頑張りをみんな認めてくれないかなあ。早川くらいだぜ。俺の言う
事素直に聞いてくれるのなんて」
そう言いつつ、別府君はチラリと空席となっている会計の席を見る。今日は家の用事
があるとかで、早川君は早々に帰宅してしまった。そんな訳で、今日の別府君はフォロー
に回ってくれる後輩がいないのだ。
『計君は優しいから先輩に気を遣って立ててるだけですよ。ホント、先輩ってそういう
気配りに気付かないですよね』
ため息混じりに、秀美ちゃんが言う。確かにその通りだと私も思った。もう少し別府
君が敏感だったら、誰も言わなくても秀美ちゃんのフォローに気付いているだろうに。
だから、頷いて彼女の言葉に同意する。
『全くだわ。大体、別府君が本当に頑張ってくれてるのなら、私の仕事ももう少し楽に
なっているはずなんだけどね』
ただし、言葉自体は本心ではなかった。彼は彼なりに頑張ってはいると思う。そもそ
も、私の厳しい要求に耐えているだけでも十分だ。
無論、その事を口に出すつもりはなかったが。
「ちっ…… 全く、周りが女子ばかりだとホント、四面楚歌だよな。もう一人くらい男
を誘うべきだったかな。マジで」
私がそんな事を思っているなんて気付くわけもなく、彼はうんざりした口調で言った。
私はそれをピシャリと鋭く封じる。
『冗談言わないで。有能なら男子でも女子でも構わず欲しい所だけど、貴方のお仲間が
一人増えても、余計に手間が掛かるだけじゃない』
本当の所は、実は私は今の人員で十分だと思っている。後輩二人がしっかりしている
ので、忙しくとも運営はしっかり回っているし、何より、人が多くなればそれだけ彼と
二人きりでこの部屋に時間も減るわけなのだから。
174 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 3/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:15:46.46 ID:Je41b//I0 [4/9]
『そうですよ。別府先輩みたいなのが二人に増殖されたら、こっちの身が持ちません』
秀美ちゃんが、私の言葉を後押しするように同意する。私と彼女の顔を見比べてから、
別府君はげんなりしたように天を仰いだ。
「分かったよ。もういいから文村。お前は帰れ。仕事終わったんだろ? ほら」
これ以上ステレオアンプのように、左右両方から異口同音に責め立てられるのは勘弁
という感じで、別府君は秀美ちゃんに向けてシッシッと追い払うように手を振る。する
と彼女は、物凄く不満そうな顔を彼に見せて怒鳴った。
『そんな、邪魔者の犬みたいにうっとうしげに追い払おうとする事ないじゃないです
か!! 別府先輩にそんな扱い受けるなんて、ものっすごい屈辱です!! いくらなん
でも、酷いと思いませんか、会長?』
別府君が思わず手で耳栓をするくらいの声を張り上げてから、憤慨した顔のまま私を
見て、同意を求める。彼女の気持ちが分からないでもないので、私は頷いてみせた。
『確かに、ゴミ屑同然の人からあんな扱い受けたら、どんな人だって気分を害するわね』
私の言葉に、別府君が僅かに顔をしかめるのが見えた。しかし、あからさまな抗議を
表す事無く、秀美ちゃんから顔を背けたまま、黙って窓の外を眺めている。
『ほら。会長だってそう言ってるじゃないですか。謝って下さい。先輩』
「帰れって言っただけだろ? 何でそれで謝んなくちゃならないのか、意味わかんないぞ」
ムスッとした声で別府君が答える。それに秀美ちゃんはますます怒りを強くしてテー
ブルに手を付き、身を乗り出す。
『まるで私の事をハエみたいに追い払おうとしたじゃないですか。すっごく傷付いたん
ですからね、私。だから、先輩に謝ってもらわないと気が済みません』
チラリと別府君が彼女を横目で見る。そして、二人の視線と視線が交錯した。睨み合
う二人を見て、私は内心、ため息をつく。
――困るのよね。長々と居座られるのは……
もちろん、彼女に対しては何ら他意がある訳ではないのだが、ただ貴重な彼との二人
きりの時間を削られる事への不満があった。もっとも、もしかしたら、彼女は彼女で居
座りたい理由があるのかも知れないという疑念が頭をもたげる。しかし、以前から感じ
ていたその疑いをグッと心の奥に押し込め、私は秀美ちゃんの言葉に頷いた。
『女性をぞんざいに扱った、という点では間違いなく別府君の非よね。彼女の言う事も
もっともだわ』
175 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 4/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:16:09.98 ID:Je41b//I0 [5/9]
彼には申し訳ないが、秀美ちゃんに納得ずくで帰って貰うためには、別府君に悪者に
なって貰わないといけなかったのだ。
「ちぇっ。何だって俺の方が悪者扱いなんだよ。ちょっと気に入らないとすぐこれなん
だから。会長もいつだって文村の味方だしよ」
わざと聞こえる程度の声で別府君が小さく愚痴を漏らす。それを聞きとがめて秀美ちゃ
んが言い返そうとする。しかし、その前に私は急いで口を挟んだ。
『何にしても、彼女を傷付けたのは事実なんだから。意図しているしていないに係わら
ず、謝罪はするべきよ。特に男ならね』
こういう言い方は、実は私はあまり好きではなかった。例えば逆に、自分が女なんだ
から料理や家事は出来て当たり前だなんて言われれば、私ならカチンと来る。だから、
男子に対しても出来る限り性差的な発言は控えているのだが、別府君相手だと、ついつ
いそれが出てしまう。それは私が、彼により強く男性を意識しているせいなのだろうか。
それとも単に、気を許しているだけなのか。それは自分でも分からなかった。
「分かったよ。俺の仕草が気に入らなかったなら謝る。これでいいだろ?」
不満をまだ露にしつつも、私の言う事を聞いて別府君は頭を下げた。とはいえ、これ
じゃあ多分、秀美ちゃんはまだ絡むだろうなと思ったら案の定だった。
『何か、全然反省の色もないし、誠意も見えないです。こんなの謝ったって言えません』
そう文句を言って、彼女はプイと別府君から些かわざとらしさも感じられる仕草で、
そっぽを向く。そんな彼女を別府君は厳しい視線で睨みつけた。
「あのなあ。じゃあどうすればいいんだよ。土下座でもすりゃ気が済むってのか? おい」
別府君の言葉に、秀美ちゃんも再び別府君へと視線を戻す。
『どんなやり方されたって、誠意が感じられなきゃ無駄です。先輩、本当に悪いと思っ
て言ってないでしょ?』
『ストップ。そこまでよ、二人とも』
私は急いで会話に割り込んで、同時に席を立ち、二人を見回してから、秀美ちゃんの
方を向いて言った。
『秀美ちゃんの腹が立つのはもっともだけど、これ以上は時間の無駄だと思うわ。せっ
かくの貴重な放課後を、別府君相手に潰すのはもったいないと思うんだけど』
176 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 5/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:16:36.01 ID:Je41b//I0 [6/9]
『でも、会長。何かこのままじゃ収まりが付かないって言うか……』
私が宥めると、秀美ちゃんは気勢を殺がれたようになりつつも、私に向かって訴えか
ける。しかし、私は首を横に振ってそれを退けた。
『別府君に紳士的な対応なんて、求めるだけ無駄よ。後は私が言い聞かせておくから、
秀美ちゃんは帰って自分の時間を楽しみなさい。こんな人の事は忘れて』
そう言って彼女に微笑みかける。しかし、内心では自分の性格の悪さにため息が出る
思いだった。本当は、早く別府君と二人きりになりたいだけなのに、優しい先輩を演じ
て、しかもそのために必要以上に別府君の事も貶めるのだから、本当に私は底意地が悪い。
『でも、それじゃ会長に迷惑が掛かりますし…… あの、もし良かったら私、手伝って
もいいですよ? 私のせいで、会長に余計な時間を取らせるのも申し訳ないですから』
遠慮がちに、秀美ちゃんが私に申し出る。何か、罪悪感を感じているようにも見える
のは、自分が別府君に絡んだせいで、私の仕事の邪魔をしたと考えたのかもしれない。
『気にしなくても大丈夫よ。それに、私の仕事もあとは決済が必要な仕事が多いから、
秀美ちゃんに手伝って貰える事も、残念ながら余りないしね。こまごまとした雑務は彼
にやらせるし』
柔らかな口調で、しかし私はキッパリと断りを入れる。すると彼女は、何故か残念そ
うな顔をしつつ、小さく頷いた。
『分かりました。会長がそう言ってくれるのなら、私は今日はこれで失礼します』
ペコリと私に頭を下げてから、秀美ちゃんはバッグを担ぐ。それから、別府君をジロ
リと一瞥して、不機嫌そうに言った。
『それじゃあ、私は帰りますから。先輩は、くれぐれも真面目に仕事してくださいね。
サボッたりしちゃダメですからね』
秀美ちゃんは、そう言って何度も念押しをする。一瞬それが、私には名残惜しんでの
事のように思えた。もっとも、それはそれとして、彼女の態度にまたしても別府君が絡
むかも知れない。それに無言の圧力を掛けようと、私は別府君に厳しい視線を送る。し
かし、不安は的中せず、別府君はいささか呆れたように肩をすくめはしたものの、挑み
かかるような態度は取らなかった。
「はいはい。分かってるよ。お疲れさん」
177 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 6/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:17:00.59 ID:Je41b//I0 [7/9]
軽く手を上げて挨拶をし、目の前の仕事に戻る。秀美ちゃんはそんな別府君をしばし
見つめていたが、やがて私に視線を移し、ペコリとお辞儀をした。
『それじゃあ、会長。お先に失礼します』
『ええ。お疲れ様。また、明日ね』
微笑む私に笑顔で頷き返して、ようやく彼女は生徒会室から外に出て行った。それを
見届けてから、私は両手を組んで頭上に思いっきり伸ばし、そしてネクタイを緩めると、
ブラウスの第一ボタンを外し、緊張を解く。
『さてと。これでようやく落ち着いて仕事に戻れるわ』
肩に手をやり、軽く揉み解す。生徒会長として常に人に見られる事を意識している私
が、こんな風にだらしないと言える態度を取るのは、学校では別府君と二人きりの時だ
けだ。しかし、最近では彼も慣れてしまったのか、そんな私に気付いても、あまり反応
を示さなくなったのが、不満と言えば不満だった。
「何だよ。説教とか言うのは無しか?」
さっきの言葉を気にしていたのか、別府君が私に聞いて来る。私は、書類に目を通し
つつ、無愛想に答えた。
『言って態度が改まる人だったら、最初から言ってるわよ。別府君の性格なんて知り尽
くしてるし、今更だわ。そんな事より、仕事をなさい』
「ああ、そう。ま、俺もその方が助かるしな」
素っ気無く返されて、会話はそれきり止まってしまった。もっとも、私は普段から雑
談に花を咲かせるタイプではないので、別府君と二人だけだと、仕事の事を除けば無言
でいることも多い。そして私は、彼と二人だけでいるという空気だけでも十分だったの
で、別に不満はなかった。
しかし、今日はどことなく様子が違った。
どう違うのかと言えば、何となく別府君が、時折チラチラと私に視線を送っているよ
うな気がするのだ。しかし、気がするというだけでは何とも確証が持てない。気持ちが
落ち着かなくなった私は、いっその事と、手を止めて別府君を見つめた。やがて、彼と
視線が合う。すると彼は驚いたようにビクッと体を動かし、それから冷静な風を装って
私に聞いて来た。
「どうしたんだよ、会長。俺に何か用か?」
『用があるのは、貴方かと思ったんだけど?』
178 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 7/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:17:22.53 ID:Je41b//I0 [8/9]
質問を質問で返すと、彼はほんの一瞬、驚いたような顔をした。その隙を逃さず、私
は言葉を続ける。
『さっきから、チラチラと私の事を見てない? だから、気になったから、いっその事
話が出来るようにしてあげたんだけど』
すると、あからさまに彼の動揺が大きくなったのが見て取れた。
「え? いや、そんな……チラチラとは見てねーけど……」
しかし、口とは裏腹に態度が嘘だと物語っていた。だから私は、彼が言い出しづらく
ならないように気を配りつつ、それを否定する。
『別にいいわよ。その事を責めるつもりなんてないから。むしろ、言いたいことがある
なら、さっさと言ってくれた方がこっちも気が楽なだけだから』
感情を交えずに、私は彼の言葉を催促する。しかし、内心ではどんな内容なのかかな
り気にはなっていた。もっとも告白してくれるなどという期待はさすがに持っていなかっ
たが、一緒にいる機会が多い彼だけに、いつもと違うこの態度が、興味をそそられずに
はいられなかったのだ。
「あ……まあ、話があるっつったら、あるんだけどさ……」
自信無げに言って、彼は言葉を切ってしまった。そんな態度を取られると、ますます
何を言いたいのか気になって仕方が無くなってしまう。焦れた私は、我慢しきれなくなっ
て、いささか厳しく言った。
『はっきりしないのは男らしくないわよ。別にいいわ。つまらない事だったら、スルー
するだけだから』
これでもし、私の期待にそぐわないようなくだらない事だったら、本気で一日無視し
てやろうと思った。別府君はまだ少し、思い悩んでいたようだったが、やがて心を決め
たのか、顔を上げて真正面から私を見つめて、そして言った。
「あのさ…… 会長って、今度の週末は暇か?」
『え……?』
そのフリに、私は思わず聞き返してしまう。驚いた、というよりはまさかという気持
ちの方が強かった。しかし、予定を聞いて来るという事は、当然次に続く言葉を期待し
てしまう。しかし、動揺を見せてはみっともないので、期待を抑え込み、私は頷いた。
179 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら 8/8[] 投稿日:2011/08/17(水) 03:18:15.00 ID:Je41b//I0 [9/9]
『貴方と違ってゴロゴロしてる訳ではないし、それなりにやる事もあるから、暇とは言
えないけど、でも特に用事はないわ』
別府君を貶しつつ、私は答える。申し訳ないが、彼を貶すと心が落ち着くのだ。多分、
それがいつもの行動になっているからなのだろう。
しかし、私の毒舌には慣れているのか、別府君もむしろさっきより落ち着きを取り戻
していた。いや。単に覚悟を決めただけなのかも知れないが。彼は、一瞬視線を落とし、
それからもう一度、しっかりと私の目を見て言った。
「それじゃよかったらさ。土曜日なんだけど……水族館でも、行かないか?」
彼のその申し出に、私の脳が、瞬間的に思考停止した。
だらだらと続く
最終更新:2011年08月19日 10:17