「そろそろ三ヶ月経つけど、まったく……あの人にはウンザリでさ。付き合い始めたっていっつもいっつも事あ
るごとに『別に好きだから付き合ってるわけじゃない』だの『お前がどうしてもと言うから』だの……つか大体、
嫌いなら最初から断わってくれりゃ良かったんだよね、あの人も。……やっぱ、別れたほうがいいのかな?」
 駅前の○ックでのタカシの言葉は、少なくとも今後スピーチはさせないほうがいいと思う程度に、棒読みである。
「はいカット~! だいぶ棒読みくさいけど……まあいいでしょ」 
 録音終了のボタンを押して、友子がOKを出した。といっても、テイク1なのであるが。
「……ホントにこんなんでいいのか?」
 気乗りのしない謎の台本を携帯に向かって読み上げさせられたタカシは、半信半疑、友子に確認した。
「大丈夫大丈夫、『彼女に愛想つかされてるみたいでヤバい』って相談でしょ? ならこれでバッチリ!」
「いや、相談に乗ってくれたかと思ったらいきなりメッセージ録音って……話が見えないんだが……?」
 持ちかけた相談とかけ離れた解決策を提示(何するのか分かってないけど)されたタカシは戸惑い気味だ。
「まあまあ気にしないの。んで、その相談に対する答えなんだけどね」
「……(ゴクリ」
「明日になればもう大丈夫だと思うよ?」
「そうか……って、大丈夫な要素無いだろ! 相談に対する答えは!?」
「えー」
「『えー』じゃねぇよ! 何かあるだろ? 必殺のデートコースとか服装とか食事とか……」
「あぁ、大丈夫大丈夫、要するに尊さんが冷たくて困ってるんでしょ?」
「そうだよ! だからどうすりゃいいのかをだな……」
「問題ないよ。だったらコイツでイチコロだから」
 ニヤニヤしながら、先ほど録音メッセージを入れた携帯をチラつかせる友子。
「本当かよ……? わざわざ一番高いセット奢らせといて『やっぱダメでした~』じゃ困るんだが」
「タカシも心配性だなぁ~。まあ、明日までには分かるって。とりあえず今日はゆっくり休みなよ」
「……わかった、そうする」
 そして、あっさり相談終了となったのが3時半。わずか30分間の、短すぎる人生相談であった。



 同日午後の4時、部長の尊は体育館にて、剣道部の部員達と瞑想中。
「すいませーん尊さんいますか~?」
 そんな静寂をぶち壊す、空気を読めない女子が一名。言うまでもなく例の録音の脚本担当である。
「友子か……稽古中は静かにしろ」
 さすがの友子も姿勢を正したままの尊が放つ射殺すような圧力に屈したらしく、音量を絞って尊に話しかけた。
「……実はですね、駅前の○ックでタカシの会話を盗み聞きしちゃいまして」
「盗み聞きか……あまり気持ちのいいものではないな」
「いや、なんか尊さんのこと言ってるんじゃないかと思って一応録音してきたんですけど……聞きます?」
「遠慮する。そういった行為は好かない」
 たとえ気になったとしても、卑怯な真似はしない。さすがの尊さんである。
 しかし、そんな尊の反応を無視して友子は話を続ける。
「中身なんですけどね……どうやら彼女に不満あるらしいんですよ。……ていうかタカシって彼女いたんですね、
いったい誰なんでしょう?」
「……っ! ……やっぱり聞かせてもらおう。その会話」
 実に綻びやすい尊の武士道であった。
 ちなみに尊はタカシとの関係は全くバレていないと思っているようだが、当然周りにも筒抜けである。
 ……そもそも前二つの会話からして友子が気付いてることにも気付かないあたり、実は天然なのだろうか。

『まったく(中略)やっぱ、別れたほうがいいのかな?』

 体育館から剣道部の部室へと場所を移してから再生されたメッセージは、少なくともタカシに演劇の才能が一
切ない事が分かる程度に棒読みである。
「……そん、な……」
 だが尊にしてみれば、そんなことにも気が回らないほど携帯メッセージの破壊力は抜群だったらしい。
「……友子」
「なんでしょう?」
「……本当に、タカシが言っていたのか?」
「まあ、駅前の○ックでタカシが言ってたのを録音したので……本物ですけど?」
 実際のところ、言っていた→×、読み上げた(しかも棒読み)→○である。
「そうか……」
 普段の凛々しい姿からは想像もできないほど、力のない声だった。
『やっぱ、別れたほうがいいのかな?』
 そこだけを何度も再生しなおし、何度も幻聴だと念じて――それでもやはり、聞こえてしまう。
 肩を落とし、その肩を抱くように震える尊。
 ちなみに本人は真面目にショックを受けているが、なにぶんメッセージが棒読みなので、少々間抜けな図である。
「どうして、別れる、なんて……私は……どうすれば……?」
 思考が混乱してアホの子になりつつある尊に、友子が思考の助け舟を出す。
「うーん、察するに、タカシは『イヤイヤ付き合われるくらいなら別れたほうがいい』って言いたいんじゃ
ないですかね。……で、尊さんはイヤなんですか?」
「嫌ならば告白された時に断っているに決まっているだろう!」
 そこにだけは、尊の言葉に力がこもっていた。
「私は、適当な気持ちで付き合うような……そこまで軽い女だと思われているのか?」
 心外だといった表情で尊が言う。
「いや、だってタカシには『好きで付き合ってるわけじゃない』って言ったんですよね?」
「うっ……」
「あと、『仕方なく付き合ってる』とか、」
「ぐ……」
「『お前なんか釣り合わない』とか、言ったんですよね?」
「いや、そんなことは言っていないぞ!」
「ということは他は全部言ったんですよね?」
「うぐっ……ああ、確かに覚えがある。しかし、だからといって……」
 渋い表情の尊。
「尊さん。……多分タカシは気付いてないですよ? 『嫌』って言葉が照れ隠しなんだってこと」
「別に照れてなど……」
 少し頬を染めて、友子の言葉を否定しにかかる尊。
 しかし、それに対する友子は真剣な声で、
「じゃあ『好きじゃないけど付き合ってる』のも、『タカシが言うから仕方なく』も、全部本当なんですか?」
「それ、は……」
 答えに窮する尊を尻目に、友子は尊の目を見つめながら静かに言葉を続ける。
「真面目な話は嫌いですから手短に言います――なら、早いところ別れて下さい。」
 普段の明るい調子とは違う、絶対零度の宣言だった。
「……そんな、こと……っ」
「それは貴女にとってはただの照れ隠しでも、相手に気付いてもらえなければ全て『真実』ですよ? こんなこ
とに口出しするのはナンセンスかもしれません。……でも、本心でも嫌だと思っているのなら――私に下さい」
 友子は『目的語』を言っていない。
「駄目だっ!! それだけは……絶対にっ!」
 だが、それでも尊は、あらん限りの声量で否定した。
「タカシは……私の……私の恋人だっ!! だから、渡さないっ!!」
 それを見た友子は、にやりと笑った。もっとも、その笑みの意図するところは誰にも分からないが。
 そして一言。
「ようやく本音を話してくれましたか~」
「……は……?」
 思わず呆ける尊。
「あれ、気付いてないんですか? 私は別に『タカシを』下さいなんて一言も言ってません
けど?」
「え、な……に?」
「いや~見事な告白でした。惚れぼれしちゃいますね! 妬けちゃいます」
 ニヤニヤ顔のまま、肘でつんつんと尊を突っつく友子、実にあっさりのオチである。
「っ……友子ぉぉぉっ!」 
 ようやく謀られたことに気がついた尊が怒り出す前に、友子は尊の言葉を遮った。
「――あ、でも、さっきのはちゃんとタカシにも言ってあげなきゃダメですよ? 次こそはそうやって照れてる
間に……誰かに取られても知りませんから」
「…………」
「あ、それじゃ、私の用事はオシマイですので……まあタカシを安心させてあげるといいかもしれませんね。そ
れではっ!」
 ひとしきり言い放った後にひとつ敬礼をして、友子は足早に部室から出ていった。
 顔を赤らめたり放心したり怒らされたりと散々引っ掻き回された挙句に放置された尊は、我にかえるまでにそ
れなりの時間を要したのは言うまでもない。
 その一方で、
「あ~あ……昔から、良いお友達だよ、ホントに……」
 帰り道では、そんなことを自嘲気味に呟く人がいたとかいなかったとか。



 それからしばらくして、タカシの家に一人の訪問者の影。
 夕暮れ時、タカシの家の中にインターホンの無機質な音が響く。
「はい、どちら様で――あれ、尊さん?」
 普段ならまずありえない突然の訪問に、タカシは嬉しさ半分気まずさ半分。むしろ友子に相談を持ちかけた当
日だけに、気まずさの方がやや優勢だった。
「……少し話がしたい。……すまないが、上がらせてもらってもいいだろうか?」
「あ、はい、どうぞ」

 そして麦茶と菓子を用意して部屋に招いたまではいいが、『話がしたい』というわりに、尊が会話を切り出す
様子もない。
「で、どうしたんすか? 尊さんのほうから押しかけてくるなんて珍しい」
「あ、その……だな……」
「?」
 友子とのやりとりを一切知らないタカシは、珍しく歯切れの悪い尊に違和感を覚えていた。
 いつもであれば、既に文句の一つや二つ出ているはずだからだ。
 普段なら『麦茶がぬるい』とか『相変わらず殺風景な部屋だ』とか(ちなみに片付けてなければそれで文句を
つける)言いそうなことは沢山あるのに、話しかけてきた割には、その手の不満を述べることもない。
 制服のスカートの裾を硬く握ったまま縋るように視線を向ける尊は、タカシにとって新鮮であると同時に、悪
く言ってしまえば不気味でもあった。
「……尊さん?」
「っ!? あ、その……だな……」
 しばらく俯いて震えていた尊だが、意を決して口を開いた。
「その、私と一緒に居るのは……その、嫌……なのか?」
 弱々しい声の原因は、これまで自分がとった態度に対する申し訳なさ以上に、タカシの返答次第で訪れるかも
しれない『これから』への不安からくるものだった。
「は? どういうことで……あ、もしかして……」
 ここまできてようやく合点がいったタカシだが、説明する度胸はなかった。
 タカシの心情は――『やっぱ嘘でした~(ワラ)』……言えねぇっ、殺される。――これまでの尊の印象が非常
によく分かる反応である。
「その……聞いてしまったんだ」
 結局しばらく続いた沈黙を破ったのは尊だった。
「私の下らない照れ隠しのせいで……タカシは傷ついていたのだろう?」
「…………」
 ちなみにこの沈黙は無言の肯定や否定ではなく、単純に『やべ、何も言えねぇ……』というだけである。 
「私のせいで……不安にさせていたのだろう?」
「いや尊さん、俺は別にそこまで気にしてなんか……」
「――すまなかった!」
 目に涙を浮かべて謝る尊に、タカシは――
「…………あの、尊さん」
「……なん、だ?」
「それ、誰から聞きました?」
「それは……友子だが?」
 つまり、あの棒読みの携帯メッセージにここまで反応したということである。タカシの中の『凛々しく聡明な
尊さん』のイメージは既にストップ安だ。
『だがこれはこれで悪くないぞっ!』というセリフを飲み込み、
「あの、落ち着いて聞いてほしいんですが……」
 タカシによる『ネタバラし』のお時間である。
「あの……それ、簡単に言えば……『ドッキリ』です」
「…………」
 小刻みだった肩の震えが、段々と大きくなる尊。
「……そ…なのだな?」
「尊さん?」
「……ということは、嘘なのだな?」
「あの……はい」
 そしてわなわなと肩を震わせていた尊は、
「なら……よかった……っ!!」
 タカシに飛びついた。
「別れるというのは、嘘なのだな? 別れなくて、良いのだな?」
「え、ええそうですが……」
 てっきり怒られるものだと思っていたタカシは、自分の胸に飛び込んでくるという予想の斜め上をいくリアク
ションに戸惑っていた。
「その、正直……言葉にするのはまだ恥かしいのだが、せめて二人のときは……気をつける」
「え、ええ、言葉で言ってくれるのは待ってますので無理せず」
 形式的にはそれなりの期間彼氏彼女の関係だったとはいえ、今まで手を繋いですらいなかったところに、言葉
どころか文字どおり一足飛びで抱きつかれたため、タカシもえらく混乱中である。
 だが、
「言葉はもう少し待ってもらうことになってしまうが……二人のときは、せめて行動だけでも――――素直にし
ようと思う」
 その日の晩のことは想像に任せる、とだけ言っておくことにする。



「おはようございます」
「遅い、あと五分早く来るんだ」
 翌朝通学路の途中で待ち合わせた二人は言葉こそ前と変わらない。
 それでも、確実に何かが変わったのかもしれない。
「……タカシ」
「なんですか?」
「昨日言った通りだ。言葉はもう少し待ってもらうが――「おっはよ~」――いや何でもない。おはよう、友子」
「あ、尊さんもおはようございます。その様子だと…………良かったね、タカシ」
「……ああ。助かった。ありがとうな」
「いえいえどういたしまして。コイツも役に立ったなら何よりだね」
 からかうような笑みで携帯を取り出し、コツコツと人差し指で叩く友子。
「で、尊さんに何て言われたの?」
「言葉で伝えるのはもう少し待ってくれってさ。……さすがに昨日の今日じゃ、ハズいもんはハズいだろ」
「へー」
 と言いながら、友子が携帯を操作し、ぽちっ――
『タカシは……私の……私の恋人だっ!! だから、渡さないっ!!』
 もう一度、ぽちっ――
『タカシは……私の……私の恋人だっ!! だから、渡さないっ!!』
「この声……尊さん?」
 その言葉に一番驚いたのはタカシではなく、
「……何……っ!?」
 他ならぬ尊だった。瞬間冷凍されたように動きが止まっている。
「ふっふっふっ……」
 そして対照的に、してやったり顔の友子。
「仕返し大成功っ! やば、これ超おもしろいかもっ!」
「いや、仕返し……って何のだよ?」
「それは――――内緒っ! んじゃタカシ、お先っ!!」
 意味深な一言を残して去っていく友子と、
「と、と、と……友子ぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 それを憤怒と羞恥がMAXの表情で追いかけていく尊。

「……あれ、もしかして俺、一人で登校?」

 タカシを残して、今日も平和な一日が始まった。


最終更新:2011年04月30日 17:15