作詞:音愛ゆね
作曲:音愛ゆね
編曲:音愛ゆね
歌:鏡音リンsweet

翻譯:六七

柑如蜜

もう戻れないと知っても、まだ君のこと思い出す
即使明白過往不容回首,腦海卻仍浮現出你的身影

あれほど望んでたのに
可這番渴盼終究是

シトラスの香りに溺れて、
本音を隠し、夢中になって
雨音が消えたとしても、
盲した心が、くもったまま
徜徉於柑橘芬芳裏
將心聲藏起,縱容自己沈溺
就算雨聲已經走遠
仿徨的心靈,依然一片泥濘

言葉にしてしまうと、全てが消えちゃいそうで
もうここに戻らないで、お願い、もうここに帰らないで
若是坦白出聲,一切都將分崩離析
不要再來到這裏了,求求你,再也不要回到這裏【註1】

埋められない寂しさが募るばかり
知らないふり、知らないふりするだけ
壓抑不住的落寞層層蒙上心底
能做的只有視而不見,佯裝無知而已

シトラスの香りに溺れて、
二度と會えない、ことも知らずに、
噓を紛れても君には、
屆かないよね
徜徉於柑橘芬芳裏
未曾想,你我已無緣再會
即使偷將謊言攙進話間
也傳不到你耳邊了吧

記憶と現実の狹間で、求めていた偽りの愛
傷つけ合ったぼくたちに何が殘る?
遊走在記憶與現實的狹縫,尋求空虛的愛情
傷害彼此究竟能給我們留下什麽?

シトラスの香りに溺れて、
二度と會えないことも知らずに、
噓を紛れても君には、
屆かないよね
それでいいよ、ゆっくりと浸かって落ちる
徜徉於柑橘芬芳裏
未曾想,你我已無緣再會
即使偷將謊言攙進話間
也傳不到你耳邊了吧
這樣也好,就這樣 輕緩緩地 沈淪下去



【註1】這裏前後分別用了戻る和帰る,都表示回來的意思,區別在於前者的目的地更偏向於落腳處(如做客),後者偏向於最終歸所(如回家)。為了強調差別,故將前者翻為”來到“。
最終更新:2021年03月14日 06:18