──────男は、神を観測した。
 ──────男は、神を憎んだ。

 ◇◇◇◇◇◇◇


  これは、ただの現象である。
  数多もの次元より産まれ落ちた聖杯。
  数多もの世界より零れ落ちた因果が集まり、聖杯として形作られた。
  因果、即ち人の業。人類種に於ける最大の共通項である、際限なき欲望が、奇跡とやらを望む願いが、積み重なって生まれたそれは、やはり聖杯と呼称するに相応しい。

  故に、この聖杯戦争もまた、誰かの意志が介在しない現象であった。
  その余りある魔力が、遂には一つの世界として顕現を果たしたのだ。
  再現された都市は、この世界そのものは、『聖杯戦争を行うためだけ』に生み出された。
  街に住まう人々も、建物も、抜けるような青空も──────。

  その、全てが偽物である。その、全てが聖杯の魔力によって生み出された贋作に過ぎない。

  彼ら以外は、そうだった。
  ただ、それだけの話だった。


 ◇◇◇◇◇◇◇

 ──────耳を劈くような轟音が、一帯を埋め尽くした。
 深夜を廻った住宅街の唐突な急変。当然、その音に目を覚ました幾人もの住民が自宅から飛び出して、すわ何事かと騒ぎ立てている。
 曰く、テロによる破壊行為であるとか。
 曰く、近隣の邸宅が大火事に見舞われているとか。
 非日常を味わいたい、何が起こったのか真相を知りたいという好奇心と少しでも自身の身を危険から遠ざけたい、という保身が起こす情報の混乱、錯綜は何時しか街中にまで伝番していた。
 数刻が経つ頃にはあれやこれやとまことしやかにありもしない噂やデマが人々の興味と恐怖心を蹂躙し、何が何だか解らない、と思考を放棄する者まで現れる始末となっている。
 本来ならば一日の終わりによる安寧と明日への期待と共に眠りにつくはずだった街は、今や針を突いたように喧騒の一色に染められていた。
 果たして、今この街に何が起こっているのか?
 その真実の一端に最初に触れたのは、音源から数キロ先に住まう高層マンション、その最上階に住まう壮年の男性だった。

 深夜0時──────既に寝静まった街を窓から眺めながら、さて自分もそろそろ寝ようか、と寝室へを足を向けた矢先のこと。
 まるで、地面から伸びるような光芒が、まるで空を流れる流星の如く天へと昇っていったのだ。
 そんな不可解極まりない光景を目の当たりにした男は、あり得もしない光景を幻視したと結論付け、遂に自分も耄碌したかと己を恥じようとしたところで、再び固まってしまった。
 先程の光芒を遥かに超える速さを伴って天へと駆けるもう1つの流星が輝いたからだ。
 驚くべきは、最初の光を遥かに超越し、たったの一瞬光ったと思った頃には雲を突き抜け見えなくなってしまったことであるか。
 その数秒のちに響いた衝撃音であるのか。
 いいや違う。
 男は、あの光が何であるか、を見たと同時に今度こそ己はボケてしまったらしい、と確信に至った。

 まさか光芒の正体が、銀に光輝く翼を持った、凡そ日本ではお目にかかれないであろう褐色肌をした偉丈夫であるなどと、信じられるはずがなかったのだ。




 高速から超速へ。超速から神速へ。神速から残像へ。
 音の壁を容易く超越した急加速の疾走が、遥か上空にて繰り広げられていた。

「て、てめェ………………」


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最終更新:2022年09月26日 17:40