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■ はじめに、その①

 

 

 

釈尊の教えを、原始仏典を研究することによって、

知ろうとする時、必ず「守らなければならないルール」があります。

 

── それは、釈尊自身が、「後世の弟子たち」に宛てた

「メッセージ」として、経典の中で語られている「教え」なのです。

 

 その「ルール」を守らなければ、いくら経典を調べ、

研究し、探求し、追及をしてみても、「善い結果」は得られません。

仏教学者たちが、いくら研究をしてみても、

釈尊の教えに近づくことが出来なかったのは、その「ルール」を知らずに、守らなかったからです。

 

 




 ── 今回は、この「原則〈ルール〉」についてのお話をしたいと考えています。

 そして、これについては、まず、二つのエピソードを紹介したいと思います。

 

一つ目は、相応部経典の中に描かれているエピソードですが、

次のような「教え」が、そこでは語られているのです。

 

 

  ある日、釈尊は、大樹の下に佇〈たたず〉まれて、

  地面に落ちていた何枚かの「木の葉」を取り上げて、次のように言いました。


    比丘たちよ、この大樹を覆う「木の葉」の数と、

    私が手に持つ「木の葉」の数とでは、いったいどちらが多いだろうか?

 

 

このパターン〈大樹の木の葉と、手持ちの木の葉との比較〉のお話は、

幾通りものバリエーションがあるのですが、それはそれとして…

    

   
   もちろん、大樹を覆う「木の葉」の方です、尊師よ。

 

   そうだね、そして、それと同じように、私が知り得たことは「大樹を覆う木の葉」のように多いが、

   私が弟子たちに教える「法」は、この「手に持つ木の葉」のように少ない。

   ……それは、何故だと思うか?


 

  無言のまま、釈尊の答えを待つ弟子たち。

  ── 少し間をおいて、

 

   比丘たちよ、それは、私が知り得て、そなた達に語らないことは、

   解脱・悟り・苦の滅尽・涅槃の役に立たないからである。

   私は、弟子たちに、苦と苦の滅尽に「役に立つ教え〈善法〉」しか、説かないからなのだよ。 

 

 

── つまり、釈尊は、数多くの「知り得たこと」の中から、

「苦の滅尽・解脱・悟り・涅槃」の役に立つ「法」だけを選別して、弟子たちに説いたのです。
 

ですから、例えば、中部経典の「毒矢の譬え」に登場するマールンキャプッタに対しても、

「私が説いたことは説いたことと、説かなかったことは説かなかったこととして、そのまま受了しなさい!」

…と教えているのです。 

 

そして、二つ目のエピソードは、長部経典の「大般涅槃経」の中に載っているお話なのです。
 

 

 

  涅槃に入ることを宣言した釈尊に、尊者アーナンダは、まだ現世に留まるように懇願します。

  しかしその時、釈尊は、次のようにアーナンダを諭したのです。

  

   私はもう、80歳になり、体のあちこちにもガタが来てしまっている ……

   そんな私に、これ以上、何を期待しようと言うのかな?

 

   私はすでに、説くべき「法」は、全て解き明かしている。

   師の手には「握り拳〈まだ、握って隠している法〉」は無いのだよ。   

 

   だから、アーナンダよ、私の死後は、私の説いた「法」を依処として勤め、励みなさい。

 

 

つまりここで、釈尊は「苦の滅尽に必要な教えは、全て解き明かしいる」と宣言しているのです。 

 

 ※ チベット密教などが主張する「テルマ〈埋蔵経典〉」などの根拠は、ここで崩れるのです。 

 

 

だからこそ、すでに釈尊が現世にいない今、残された「原始仏典」こそが、唯一の「依処」となるのです。 

 

 


 

 


── そして、さらに、もう一つの経典からの引用〈gooブログからの転載〉を紹介します。

 

 

   また、比丘たちよ、ここに比丘が、次のように語ったとします。

   『これこれの住所に、長老がおり首長のいる僧団が住んでいます。

   私はその僧団から、

   〈これが法である、これが律である、これが師の教えである〉

   と直接受けました』と。

 

   比丘たちよ、その比丘が語ったことは、

   喜ばれるべきでもなく、非難されるべきでもありません。

   喜ぶことなく、非難することなく、それらの文句をよく学び、

   経にも引き合わせて、律に照らし合わせるべきです。

   もしそれらが経に引き合わされ、律に照らし合わされて、

   経にも合致せず、律にも一致しないならば、そこで結論すべきです。

   〈確かにこれは、かの世尊の言葉ではなく、その僧団が誤って理解したものである〉と。

   比丘たちよ、そのような場合、これを捨てねばなりません。

   しかも、もしそれらが経に引き合わされ、律に照らし合わされて、

   経にも合致し、律にも一致するならば、そこで結論すべきです。 

   〈確かにこれは、かの世尊の言葉であり、その僧団が正しく理解したものである〉と。

   比丘たちよ、これが、第二の大教法であり、銘記されねばなりません。

 

   【 長部経典 16経 『大般涅槃経』 第四章 15.ボーガ市における四大教示  】

 

 

つまり、その比丘が言ったことが「正しい」かどうかは、「経典」と照らし合わせて、

「一致」していたら「是〔OK〕」と、「一致していなかった」ならば「非〔NO〕」と、判断しなさい

── と、釈尊は、弟子たちに教えているのです。

 

 

── 釈尊がまだ現世におられた頃、

「法」の吟味〈それが本当に正しいかどうか〉」についての検証は、徹底されていました。

 

… そしてそれは、次のようなパターンのエピソードが、あちこちの経典に登場することからも判るのです。

 

 


 

 

 

釈尊の「教説」の一つの大きな「特徴」は、

まず最初に「略説〈簡単な教え〉」を説き、そして次に、「詳説〈詳しい説明〉」」を説く … と言うものでした。

 

それは、例えば、gooブログでも紹介した中部経典140経『界分別経(要素の解説)』でも、

初対面のプックサーティに、最初に「略説」を説き、そして次に「詳説」を説くというスタイルで、教えを説いています。

 

あるいは(こちらのパターンの方が、エピソードとしては多いのですが)、

最初に釈尊が「略説」を説くと、そのまま「詳説」を説かずに去ってしまい、

それに困った弟子たちが(その教えがまだ、良く理解できないので)、

釈尊の代わりに「詳説」を説明して、教えてくれる兄弟子(高弟たち)を探すのです。

(その一例が、中部経典18経『蜜玉経』に登場する、尊者マハーカッチャヤーナが語る「詳説」なのです。

 また、その他にも、中部経典には、高弟たちが「略説」を解説している、幾つもの事例が描かれています。)

 

── その時のエピソードで、見落としてはならないポイントがあるのです。

 

それは、高弟たち(尊者サーリプッタやマハーカッチャヤーナなど)に「詳説」を聞きに行った後で、

必ず釈尊のもとへ赴き、その内容を報告して、内容の「了承(認定)」を、その都度受けているのです。

 

 

   その通りだ。尊者〇〇〇〇の説明したことは、正しい。

   私でも同じ説明をするであろう。

   尊者〇〇〇〇は、智慧者である!

 

 

── と、釈尊は、「詳説」を教えた高弟たちを、褒(ほ)め称(たた)えているのです。

 

 

このように、釈尊が説いた「教え」は、厳密に、その「内容」が絶えず「確認」されて、「伝承」されて行ったのです。

 

 

ですから、後世の仏教学者たちが、自分たちの「理解の範疇」を超えているからといって、

「(十二縁起や八正道などを)後になってから成立した教えだ!」とか、

「(輪廻転生などについて)他教からの教えが入り込んでいるのだ!」などと、

勝手に、経典の内容に「正誤」や「真偽」を決めつけて、自分の都合の良いように「解釈」することは、間違いなのです。

 

……もちろん、後世の「付加(広増)」は有ります。

 

 ※ 特に、部派仏教の時代の、アビダルマ論者たちが、

   持論が「釈尊の教え」と「同じ」である論拠を「補強」するために、

   増支部経典などに書き加えられた形跡が見られるのです。

 

 ※ 釈尊の教えから「理論的に導き出せる教え」というものは、「曲者」なのです。

   いくらその教えが、理論的に観て「正しそうに見えても」、それは「釈尊が説かなかった教え」なのですから。

 

 

 

… しかし、それは、例えば、ジグソーパズルの「ピース」を、

一つ一つ組み合わせていくと、次第に「大きな絵」の全貌が見えてきます。

そしてそれが、漠然としたものから、次第に「明確な姿」が見えて来るにつれて、

それまで曖昧でよく分からなかった「不純物(不適合のピース)」も、はっきりとして来るのです。

 

 ── 釈尊の教えは、論理的で、無理がなく、勝れていて、無矛盾で、要するに「完璧」なのです。

 

ですから、ジグソーパズルをひたすら組み立てて行けば、

最後には、自ずと「不純物(不適合のピース)」だけが残り、それらが「後世の付加(広増)」だと判るのです。
 

 

 ※ このような「方法論」で、この@和井恵流は、形成されているのです。

 

 

 

 

 

 

〈 了 〉