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■相応部経典 六処篇 44.第10無記説相応 10阿難




〈 和 訳 〉

ヴァッチャ族出身 の 普行沙門 ( 出家者 ) が、世尊 が 滞在している処 へと 赴 ( おもむ ) いて、次のように 尋ねました。

 「 ゴータマ尊 よ、我 (アートマン ) は 有る ( 存在する ) のでしょうか? 」

── この 質問 に、釈尊は、黙したまま 何も 答えません。

 「 それならば、ゴータマ尊 よ、我 (アートマン ) は 無い ( 存在しない ) のでしょうか? 」

── この 質問 に対しても、釈尊は、黙したまま 何も 答えません。
計三度 尋ねても、釈尊 は 三度とも 黙して答えなかった ので、その 普行沙門 は 立ち去って しまいました。
この ヴァッチャ族出身 の 普行沙門 が 立ち去ってから しばらくして、
尊者アーナンダ は 釈尊 に、次のような 質問を しました。

 「 大徳よ、どうして世尊は、先の ヴァッチャ族出身の普行沙門が質問したこと に、返答をされなかった のですか? 」

 「 アーナンダよ、もし 私が 彼に 『 我は有る ( アートマンは 存在する ) 』 と 答えていたならば、
  彼は 常住論 に陥っていたであろう。
  ── しかしまた、もし 私が 彼に、『 我は 無い ( アートマンは 存在しない ) 』 と 答えていたならば、
  断滅論 に 陥ることに なったであろう。
  そして、アーナンダよ、さらに、もしも『 我は有る 』 と 答えたならば、
 〔 一切法は無我である 〕 という智慧の発現の障害となっていたし、
 『 我は無し 』 と 答えたならば、愚かな ヴァッチャ族出身 の 普行沙門 は、
 『 先にも 今も、我は 無し 』 と考えて、ますます 迷妄 に 陥ったであろう。」

── と、このように、釈尊 は 説明 を されたのです。


〈 和 訳・おわり 〉




● 解 説


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〈 編集中 〉