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■中部経典 第 13 経 「大苦蘊経」




〈 和 訳 〉

── このように私は聞きました。

ある時、世尊は、サーヴァッティ近くの「ジェータ王子の林」にある、
祇園精舎〈アナータピンディカ僧院〉に住んでおられました。

そこで、多くの比丘たちは、早朝に着衣して、鉢と衣を携えて、サーヴァッティに托鉢に入りました。
その時、彼ら比丘たちは、このように思ったのです。
〈 サーヴァッティで、托鉢して歩くには、まだ早すぎる。 
 そうだ、私たちは異教の遊行者たちの園林へ行ってみてはどうであろうか 〉 と。
そこで彼ら比丘たちは、異教の遊行者たちの園林に近づいて行きました。

異教の遊行者たちの疑問


近づいて行って、異教の遊行者たちと慶びの挨拶の言葉を交わし、喜ばしい話を交わした後で、一方に座りました。
すると、一方に座った彼ら比丘たちに、異教の遊行者たちはこのように言いました。

 「 友よ、沙門ゴータマは諸々の欲の知悉〈全てを知ること〉を主張していますが、
  我々もまた諸々の欲の知悉を主張しています。
  友よ、沙門ゴータマは諸々の色の知悉を主張していますが、
  我々もまた諸々の色の知悉を主張しています。
  友よ、沙門ゴータマは諸々の感受の知悉を主張していますが、
  我々もまた諸々の感受の知悉を主張しています。
  ここで、友よ、沙門ゴータマと我々の、つまり我々の説法との、あるいは教誡との差異とは何でしょうか?
  意味するところとは何でしょうか?その相違は何処にあるのでしょうか?」と。

すると、かれら比丘たちは、異教の遊行者たちが語ったことに歓喜もせず、非難もしませんでした。
歓喜も非難もしないで、座から立ち上がり、去って行きました。
 〈 世尊のもとで、この言われたことの意味をよく知ることにしよう 〉 と。

さて、彼ら比丘たちは、サーヴァッティで托鉢して歩き、托鉢から戻り食事を終えた後、世尊のもとを訪れました。
訪れて、世尊を拝礼し、一方に座りました。一方に座った彼ら比丘たちは、世尊にこう申し上げたのです。

 「 尊師よ、私たちは早朝に着衣して、鉢と衣を携えて、サーヴァッティに托鉢に入りました。
  その時、私たちは、このように思ったのです。
  〈 サーヴァッティで、托鉢して歩くには、まだ早すぎる。 
   そうだ、私たちは異教の遊行者たちの園林へ行ってみてはどうであろうか 〉 と。
  そこで、尊師よ、私たちは、異教の遊行者たちの園林に近づいて行きました。
  近づいて行って、異教の遊行者たちと慶びの挨拶の言葉を交わし、喜ばしい話を交わした後で、一方に座りました。
  すると、尊師よ、一方に座った私たちに、異教の遊行者たちはこのように言いました。

  『 友よ、沙門ゴータマは諸々の欲の知悉〈全てを知ること〉を主張していますが、
   我々もまた諸々の欲の知悉を主張しています。
   友よ、沙門ゴータマは諸々の色の知悉を主張していますが、
   我々もまた諸々の色の知悉を主張しています。
   友よ、沙門ゴータマは諸々の感受の知悉を主張していますが、
   我々もまた諸々の感受の知悉を主張しています。
   ここで、友よ、沙門ゴータマと我々の、つまり我々の説法との、あるいは教誡との差異とは何でしょうか?
   意味するところとは何でしょうか?その相違は何処にあるのでしょうか?』 と。

  そこで、尊師よ、私たちは、異教の遊行者たちが語ったことに歓喜もせず、非難もしませんでした。
  歓喜も非難もしないで、座から立ち上がり、去って来たのです。
 〈 世尊のもとで、この言われたことの意味をよく知ることにしよう 〉 と。

釈尊の応答 ── 知悉〈全てを知ること〉とは何を意味するのか


 「 比丘たちよ、そのように語る異教の遊行者たちには、このような言葉を返すべきである。

  『 しかし、友よ、いったい、諸々の欲の楽味〈楽しみ・味わい〉とは何か?
   危難〈苦しみや患い〉とは何か?出離〈それらからの解放〉とは何か?
   諸々の色の楽味とは何か?危難とは何か?出離とは何か?
   諸々の感受の楽味とは何か?危難とは何か?出離とは何か?』 と。

  そして、このように問われて、比丘たちよ、
  異教の遊行者たちは答えることが出来ず、それ以上に一層困惑してしまうであろう。
  それは何故か?
  比丘たちよ、それらが、彼らの想定外〈理解を超える領域〉にあるからなのた。
  比丘たちよ、如来から、あるいは如来の声聞弟子から、あるいはまたそこから聞いて理解した人以外には、
  これらの質問に答えて心を喜ばせてくれる者を、私は、神々を含む、魔を含む、梵天を含む世界において、
  沙門・バラモンを含む、天〈神々〉と人を含む者たちにおいて見ることが無い 」

諸々の欲の楽味


 「 比丘たちよ、諸々の欲の楽味とは何か?
  比丘たちよ、次のような五種の欲妙による束縛がある。
  五つとは何か?

  眼によって識知される、好ましい、楽しい、喜ばしい、愛しい、欲望を伴い、魅力的な諸々の色がある。
  耳によって識知される、好ましい、楽しい、喜ばしい、愛しい、欲望を伴い、魅力的な諸々の声がある。
  鼻によって識知される、好ましい、楽しい、喜ばしい、愛しい、欲望を伴い、魅力的な諸々の香がある。
  舌によって識知される、好ましい、楽しい、喜ばしい、愛しい、欲望を伴い、魅力的な諸々の味がある。
  身によって識知される、好ましい、楽しい、喜ばしい、愛しい、欲望を伴い、魅力的な諸々の触がある。

  比丘たちよ、これら五種の欲妙によって生じる快楽や心の喜びが、諸々の欲の楽味なのだ。

諸々の欲の危難


  では、比丘たちよ、諸々の欲の危難とは何か?





































〈 編集中 〉