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戦国時代検定エフェクト

問題文 表示文字(写真) 解答 補足
15世紀後半に成田顕泰が築いた
関東七名城の一つです
忍城 おしじょう
1531年に赤松政祐と細川晴元が
浦上村宗と細川高国を破った戦い
大物崩れ だいもつくずれ
1550年に家臣に殺害された
大友宗麟の父親です
大友義鑑 おおともよしあき
1554年に陶晴賢と毛利元就が
争ったのは○○○の戦い?
折敷畑 おしきばた
1568年の「さった峠の戦い」で
迎撃軍を率いた今川家の武将
庵原忠胤 いはらただたね
1570年に起きた毛利軍と尼子軍の
戦いの舞台となりました
布部山 ふべやま
1570年の宇佐山城の戦いで
戦死した織田信長の家臣
森可成 もりよしなり
1570年の金ヶ崎の戦いで
織田信長を助けた豪族
朽木元綱 くつきもとつな
1572年の伊東義祐と島津義弘
の戦いは○○○の戦い?
木崎原 きざきばる
1578年の上杉謙信の死後
家督を巡って勃発したお家騒動
御館の乱 おたてのらん
1578年の耳川の戦いで戦死した
勇将として有名な大友宗麟の家臣
斎藤鎮実 さいとうしげざね
1578年に毛利輝元と
尼子勝久が激突した播磨の城
上月城 こうづきじょう
1578年の耳川の戦いで戦死した
占術に優れた大友宗麟の軍師
角隈石宗 つのくませきそう
1580年に落城した
加賀・一向一揆の拠点となった城
二曲城 ふとげじょう
1581年に龍造寺隆信に殺害
された筑後国柳川城主です
蒲池鎮漣 かまちしげなみ
1582年に滝川一益と北条氏直が
衝突したのは○○○の戦い?
神流川 かんながわ
1583年に起こった羽柴秀吉と
柴田勝家の戦いは「?の戦い」
賤ヶ岳 しずがたけ
1586年に戸次川の戦いで
戦死した、三好義賢の次男
十河存保 そごうまさやす
1589年に伊達政宗が蘆名義広を
破った戦いは「○○○の戦い」?
摺上原 すりあげはら
1589年に豊臣秀吉が聚楽第で
催した淀殿の懐妊を祝った行事
金賦 きんくばり
1591年に秀吉の奥州仕置に対して
反乱を起こした南部氏の家臣
九戸政実 くのへまさざね
1591年に謀反を起こした
南部信直の家臣です
九戸政実 くのへまさざね
1602年に水戸城奪還を企てて
処刑された佐竹家の家臣
車斯忠 くるまこれただ
「医聖」と称される
室町・戦国期の医師
田代三喜 たしろさんき
「上田七本槍」の一人に
数えられた戦国武将です
中山照守 なかやまてるもり
「上田七本槍」の一人に
数えられた戦国武将です
鎮目惟明 しずめこれあき
「鬼美濃」の異名をとった
武田信虎、信玄に仕えた武将
原虎胤 はらとらたね
「女戦国大名」と呼ばれた
武将・今川義元の母親です
寿桂尼 じゅけいに
「黒田八虎」の一人として
数えられる戦国時代の武将
井上之房 いのうえゆきふさ
「黒田八虎」の一人として
数えられる戦国時代の武将
母里友信 もりとものぶ
「五大老」の一人でもある
戦国時代の武将です
前田利家 まえだとしいえ
「五奉行」の一人である
戦国時代の武将です
長束正家 ながつかまさいえ
なつかまさいえ
「笹の才蔵」と怖れられた
福島正則の家臣は○○才蔵?
可児 かに
「真田十勇士」の一人です 穴山小助 あなやまこすけ
「真田十勇士」の一人です 海野六郎 うんのろくろう
「真田十勇士」の一人です 筧十蔵 かけいじゅうぞう
「真田十勇士」の一人です 根津甚八 ねづじんぱち
「真田十勇士」の一人です 由利鎌之助 ゆりかまのすけ
「賤ヶ岳の七本槍」の一人にも
数えられる戦国時代の武将です
平野長泰 ひらのながやす
「賤ヶ岳の七本槍」の一人にも
数えられる戦国時代の武将です
脇坂安治 わきさかやすはる
「土岐鷹」と呼ばれる絵も
有名な美濃の守護大名
土岐頼芸 ときよりなり
「畠山七人衆」の一人に
数えられた戦国武将です
温井総貞 ぬくいふささだ
「畠山七人衆」の一人に
数えられた戦国武将です
長続連 ちょうつぐつら
「豊後三老」と呼ばれた
大友宗麟の家臣の一人
臼杵鑑速 うすきあきはや
「豊後三老」と呼ばれた
大友宗麟の家臣の一人
吉弘鑑理 よしひろあきただ
よしひろあきまさ
「利休七哲」の一人で
織田信長の弟にあたる茶人
織田有楽斎 おだうらくさい
茜、白、紫などの色糸を用いた
戦国武将の腹巻は○○○腹巻?
色々威 いろいろおどし
明智光秀の愛宕百韻に参加した
戦国時代の連歌師
里村紹巴 さとむらじょうは
明智光秀の介錯を務めたとされる
光秀の家臣
溝尾茂朝 みぞおしげとも
朝倉義景を裏切って信長に
降伏した義景の側近です
前波吉継 まえばよしつぐ
朝倉義景を裏切り自害に
追い込んだのは朝倉○○?
景鏡 かげあきら
足利義輝暗殺後、足利義昭が
一時的に逃れた姉婿の守護大名
武田義統 たけだよしずみ
足利義輝、足利義昭に政所執事
として仕えた公家出身の武家
摂津晴門 せっつはるかど
安土桃山時代に活躍した
寺や城の石垣を作った職人
穴太衆 あのうしゅう
兄である三好長慶を補佐し
「鬼十河」と恐れられた戦国武将
十河一存 そごうかずなが
兄の三好長慶により殺害された
戦国時代の三好氏の家臣です
安宅冬康 あたぎふゆやす
姉川の戦いで織田信長にあと
一歩まで迫った浅井長政の家臣
磯野員昌 いそのかずまさ
尼子家、大内家、毛利家と
たびたび主家を変えた武将
三刀屋久扶 みとやひさすけ
尼子経久に対して反乱を
起こした経久の三男です
塩冶興久 えんやおきひさ
巌島の戦いで毛利元就に敗れた
室町時代の武将
陶晴賢 すえはるかた
今川義元の軍師として知られる
臨済宗の僧侶です
太原崇孚 たいげんすうふ
たいげんそうふ
今川義元の妹を母に持つ
徳川家康の正室です
築山殿 つきやまどの
今川義元の死後、今川家から
離反して徳川家康に仕えた武将
菅沼定盈 すがぬまさだみつ
今川義元を倒した時に織田信長
が戦利品として得た名刀です
宗三左文字 そうざさもんじ
岩見重太郎と同一視されることも
ある大坂夏の陣で戦死した武将
薄田兼相 すすきだかねすけ
いわゆる「三好三人衆」の
筆頭格だった戦国武将
三好長逸 みよしながゆき
上杉景勝に反旗を翻した
上杉謙信の家臣です
新発田重家 しばたしげいえ
上杉家の家老として活躍した
戦国武将です
直江兼続 なおえかねつぐ
温州みかんの栽培や産業開発を
奨励した島津氏配下の武将です
禰寝重長 ねじめしげたけ
大内家滅亡後は毛利家に降り
門司城番などを務めた武将
仁保隆慰 にほたかやす
大坂夏の陣で塙直政とともに
奮戦するも討ち死にした武将
淡輪重政 たんのわしげまさ
大坂夏の陣で千姫を救った
坂崎出羽守はここの藩主でした
津和野藩 つわのはん
大坂の陣では豊臣方の旗奉行を
務めたが敗れて自害した武将
郡宗保 こおりむねやす
大坂の陣における大坂五人衆の
一人である宇喜多秀家の家臣
明石全登 あかしてるずみ
大坂の陣にも従軍している
広島市の庭園・縮景園の作者
上田宗箇 うえだそうこ
大坂冬の陣では豊臣軍を打ち
破るも、その後夜襲を受けました
蜂須賀至鎮 はちすかよししげ
大阪冬の陣の激戦地の一つ 博労淵 ばくろうぶち
多くの戦国武将たちが
これを目指しました
天下統一 てんかとういつ
大坂夏の陣でも活躍した
豊臣秀吉が創設した旗本衆
七手組 ななてぐみ
大坂夏の陣で千姫を救った
坂崎出羽守はここの藩主でした
津和野藩 つわのはん
大坂夏の陣により長い戦乱の
時代が終わり平和になったこと
元和偃武 げんなえんぶ
大内義隆や毛利元就に仕えた
戦国武将
椙杜隆康 すぎもりたかやす
桶狭間の戦いで今川義元の本陣
の場所を探り出した信長の家臣
簗田政綱 やなだまさつな
織田信長が1576年に築城した
この城の名前は
あづちじょう
織田信長と石山本願寺の和睦に
尽力するなどした戦国時代の公家
近衛前久 このえさきひさ
織田信長によって尾張国守護に
奉じられた戦国武将
斯波義廉 しばよしかど
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が
手にしたいという一節切の名笛
乃可勢 のかぜ
のかせ
織田信長も切り取った、東大寺
正倉院に収蔵されている香木
蘭奢待 らんじゃたい
織田信長の死後
領土の配分を決めた会議
清州会議 きよすかいぎ
織田信長や有馬晴信らの武将が
用いた家紋は○○紋?
木瓜 もっこう
織田信長や毛利元就を診察した
安土桃山時代の医師です
曲直瀬道三 まなせどうさん
織田信長が家臣から選抜して
構成したエリート部隊です
黒母衣衆 くろほろしゅう
織田信長が焼き打ちしました 延暦寺 えんりゃくじ
織田信長の旗印となった
明から輸入された貨幣
永楽銭 えいらくせん
弟・森蘭丸と共に織田信長に
仕えた、安土桃山時代の武将
森長可 もりながよし
甲斐国における忍者の呼称です 透波 すっぱ
外部への侵攻はあまり行わず
領国の安定統治に務めた戦国大名
木曽義在 きそよしあり
片倉小十郎と共に伊達政宗の
側近として活躍した武将です
伊達成実 だてしげざね
かつて島根県にあった
小笠原氏の居城です
温湯城 ぬくゆじょう
寡兵の黒田軍が母里一族の奮闘で
辛くも赤松軍に勝利した戦の舞台
土器山 かわらけやま
亀井茲矩の父にあたる
尼子家に仕えた戦国武将
湯永綱 ゆながつな
蒲生氏郷が所有していた
ツバメの尾のような形の兜
燕尾形兜 えんびなりかぶと
関東七名城の一つにも数えられた
群馬県前橋市にあった城です
厩橋城 まやばしじょう
官兵衛の通称で有名な
豊臣秀吉に仕えた軍師です
黒田孝高 くろだよしたか
疑心暗鬼となった主君
尼子義久に殺された家臣
宇山久兼 うやまひさかね
北野大茶会で朱塗りの傘を立てて
秀吉を驚かせた伝説の茶人
丿貫 へちかん
べちかん
京極家の内紛に乗じて
北近江の実験を握った戦国大名
浅井亮政 あざいすけまさ
あさいすけまさ
君主にそむいて兵を挙げること 謀反 むほん
遣欧使節としてローマに
渡った伊達政宗の家臣は?
支倉常長 はせくらつねなが
現在の群馬県にあった
真田昌幸の沼田城の支城
名胡桃城 なぐるみじょう
現在の三重県にあった
戦国時代の忍びの里です
伊賀 いが
上野国の箕輪城主であった
戦国時代の武将です
長野業正 ながのなりまさ
小早川隆景が一本化した小早川家
の本家筋は○○小早川氏?
沼田 ぬた
後北条氏と関東の覇権を
争った安房の戦国大名です
里見義堯 さとみよしたか
斎藤道三に仕えた
美濃三人衆の一人です
安藤守就 あんどうもりなり
斎藤道三に仕えた
美濃三人衆の一人です
氏家卜全 うじいえぼくぜん
相良家に仕え、島津家の猛攻を
撃退し続けた戦国武将
赤池長任 あかいけながとう
佐竹氏を戦国大名に成長させた
「佐竹氏中興の祖」です
佐竹義舜 さたけよしきよ
里見氏と後北条氏らが戦った
下総の城といえば○○○城?
国府台 こうのだい
真田昌幸・幸村親子に仕えた
戦国武将
高梨内記 たかなしないき
真田昌幸が城主を務める
沼田城の支城だったお城
岩櫃城 いわびつじょう
ザラ峠越えで有名な
織田信長に仕えた武将
佐々成政 さっさなりまさ
ザラ峠越えで有名な
織田信長に仕えた武将
佐々成政 さっさなりまさ
賤ヶ岳の戦いの際に柴田勝家が
本陣を置いた滋賀県にあった城
玄蕃尾城 げんばおじょう
賤ヶ岳の戦いで福島正則に
討ち取られた戦国武将です
拝郷家嘉 はいごういえよし
執権として毛利元就を
支えた戦国武将
志道広良 しじひろよし
島津家家臣として耳川の戦いなど
多くの戦で活躍した戦国武将
頴娃久虎 えいひさとら
島津家により日向を追われたが
九州攻めで旧領回復した戦国武将
伊東祐兵 いとうすけたか
いとうすけたけ
島津四勇将と呼ばれた
武将の一人です
新納忠元 にいろただもと
主君である一条兼定に諫言して
処刑された土佐一条氏の重臣
土居宗珊 どいそうさん
主君に殉じて
側近が切腹することです
追腹 おいばら
将軍・足利義輝を暗殺した
下剋上の典型とされる戦国武将
松永久秀 まつながひさひで
神保家、織田家、上杉家と何度も
主君を変えた戦国時代の砲術家
唐人親広 かろうどちかひろ
水軍を率い、海賊大名の異称を
とった戦国時代の武将
九鬼嘉隆 くきよしたか
関ヶ原の戦いでの湯浅五助との
エピソードで有名な戦国武将
藤堂高刑 とうどうたかのり
関ヶ原の戦いの前哨戦の一つ
とされる「○○○○の戦い」?
安濃津城 あのつじょう
戦国時代に尼子氏の居城となった
島根県にあった城は○○○○城?
月山富田 がっさんとだ
戦場で長さ2mの大木を振り
回して戦ったという戦国武将です
真壁氏幹 まかべうじもと
戦国時代の甲冑で
肩を防御するための部分
小鰭 こびれ
戦国時代、高知県にあった
長宗我部氏の居城です
岡豊城 おこうじょう
戦国時代、毛利元就や
豊臣秀吉に仕えた外交僧
安国寺恵瓊 あんこくじえけい
戦国時代、大将が戦いの指揮を
執るため用いたのは「?団扇」
軍配 ぐんばい
戦国時代に石山本願寺の
顕如に仕えた僧侶です
下間頼廉 しもつまらいれん
戦国時代に主君の近くにおいて
身辺警護にあたった家臣のこと
近習 きんじゅ
戦国時代に武田信玄の
主侍医を務めた名医
御宿監物 みしゅくけんもつ
戦国時代に出羽国を支配した
常陸宍戸藩の初代藩主です
秋田実季 あきたさねすえ
戦国時代に武将が出陣を避けた
陰陽道で1年間に12日ある凶日
往亡日 おうもうにち
戦国時代に三河国で活躍した
氏族の総称は○○三方衆?
山家 やまが
戦国時代に三木城主として
東播磨を支配した大名です
別所就治 べっしょなりはる
戦国時代に会津を拠点として
蘆名家最大の版図を築いた大名
蘆名盛氏 あしなもりうじ
戦国時代に始まった主君と小姓
による武士同士の男色のこと
衆道 しゅどう
戦国時代に村上水軍の当主
村上武吉が拠点とした島
能島 のしま
戦国時代に「山名四天王」に
数えられた家
田結庄 たいのしょう
戦国時代に蝦夷地を支配した大名 蠣崎季広 かきざきすえひろ
戦国時代に佐竹家の家督相続
争いの舞台にもなった城
部垂城 へたれじょう
戦国時代に発達した、都市に
おける自治的な共同組織です
会合衆 えごうしゅう
戦国時代に北条家に仕えたと
される忍者集団の頭領
風魔小太郎 ふうまこたろう
戦国時代に北条家の公用枡を発案
し、その別名に名を残す武将です
安藤良整 あんどうよしなり
戦国時代に浅利氏が居城とした
秋田県大館市にあった城です
十狐城 とっこじょう
戦国時代に登場した
「種子島」とも呼ばれる武器
火縄銃 ひなわじゅう
戦国時代には南関東に勢力を
伸ばした、「○○上杉家」?
扇谷 おうぎがやつ
戦国時代に栄えた剣の流派
柳生新陰流の開祖です
柳生宗厳 やぎゅうむねよし
戦国時代に活躍した軍師です 山本勘助 やまもとかんすけ
戦国時代に使われた元号です 永正 えいしょう
戦国時代に使われた元号です 文亀 ぶんき
戦国時代に使われた元号です 長享 ちょうきょう
戦国時代の甲冑で、腰から左右
に広げて大腿部を防御する部分
佩楯 はいだて
戦国時代の貴重な資料となって
いる、ある公家が記した日記
言継卿記 ときつぐきょうき
戦国時代の基本的な陣形のひとつ 鶴翼 かくよく
戦国時代の分国法の一つです 塵芥集 じんかいしゅう
戦国時代の甲冑で、首を守るため
に兜の左右と後ろに広がった部分
しころ
戦国時代の甲冑で、胴の裾に
垂らして下半身を防御した部分
草摺 くさずり
戦国時代の紀伊で活躍した
鉄砲による武装集団です
雑賀衆 さいかしゅう
さいがしゅう
戦国時代のように
あまたの英雄が覇を争うこと
群雄割拠 ぐんゆうかっきょ
戦国時代の合戦で取られた
陣形の一つです
雁行 がんこう
戦国時代の合戦で取られた
陣形の一つです
長蛇 ちょうだ
戦国時代の合戦で取られた
陣形の一つです
衝軛 こうやく
戦国時代の合戦で取られた
陣形の一つです
鋒矢 ほうし
戦国時代の合戦で用いられた
携帯用の食糧です
干飯 ほしいい
ほしい
戦国時代の発端となったのは
「○○の乱」?
応仁 おうにん
戦国大名・浅井氏の居城であった
滋賀県長浜市にあったお城です
小谷城 おだにじょう
戦国武将・織田信長と結婚し
濃姫と名乗った女性です
帰蝶 きちょう
戦国武将・伊達政宗の
正室となった女性です
愛姫 よしひめ
めごひめ
戦国武将・伊達政宗の伯父に
あたる山形藩初代藩主です
最上義光 もがみよしあき
戦国武将・北条早雲の
別名は「伊勢○○○」?
新九郎 しんくろう
戦国武将・大友宗麟に
仕えた有名な軍師です
角隈石宗 つのくませきそう
戦国武将・山内一豊の愛馬です 鏡栗毛 かがみくりげ
戦国武将・結城秀康が用いた
天下三名槍の一つです
御手杵 おてぎね
戦国武将を表現する時などに
使われる残忍な大人物を指す言葉
梟雄 きょうゆう
戦国武将・織田信長の生母は
○○御前?
土田 どた
戦国武将・徳川家康の生母は
○○の方?
於大 おだい
戦国武将・武田信玄が生涯
住んだ居館は○○○○館?
躑躅ヶ崎 つつじがさき
大河ドラマ『江』により人気と
なった、日本最古の安産祈願の寺
帯解寺 おびとけでら
退却する軍の最後尾で
追撃に対抗する役割のことです
殿 しんがり
武田信玄、北条氏直、結城秀康に
仕え大坂の役で討ち死にした武将
御宿勘兵衛 みしゅくかんべえ
武田信玄と激闘を繰り広げた
戦国大名・村上義清の居城
葛尾城 かつらおじょう
武田信玄と徳川家康に攻められ
領地を失った今川家11代当主
今川氏真 いまがわうじざね
武田信玄の影武者も務めた
信玄の弟・信廉の通称
逍遙軒 しょうようけん
武田信玄の影武者を
務めた信玄の弟
武田信廉 たけだのぶかど
武田信玄の子・義信を担いで
謀反を起こした武田家家臣
飯富虎昌 おぶとらまさ
戦いに敗れた武将の
身の処し方です
自害 じがい
戦いの始まりの合図として
放たれた、音を立てる矢です
鏑矢 かぶらや
立花道雪という名前でも有名な
大友宗麟に仕えた戦国武将です
戸次鑑連 べっきあきつら
伊達政宗が女性や子ども、家畜
までも皆殺しにした惨劇の舞台
小手森城 おでもりじょう
断絶状態にあった姉小路の
名跡を継承し、改名した戦国大名
三木良頼 みつきよしより
父に伊達稙宗を持つ戦国武将 亘理元宗 わたりもとむね
千葉氏に仕えたとされる
戦国時代の軍師です
白井胤治 しらいたねはる
通称を「官兵衛」といった
豊臣秀吉の家臣は黒田○○?
孝高 よしたか
通称を「蟠龍斎」という
結城家に仕えた戦国武将
水谷正村 みずのやまさむら
偵察を主な任務とする
兵士のことです
斥候 せっこう
敵軍中に牝馬を放って牡馬を興奮
させる奇襲作戦で羽柴秀長に勝利
淡河定範 おうごさだのり
鉄砲が伝来した時の
種子島の領主は種子島○○?
時尭 ときたか
出羽北部を統一し、安東氏の
最盛期を築いた戦国武将です
安東愛季 あんどうちかすえ
天文の乱においては義父の
伊達稙宗を救出している戦国大名
相馬顕胤 そうまあきたね
天下統一を成し遂げた
戦国大名です
徳川家康 とくがわいえやす
天下統一を成し遂げた
戦国大名です
豊臣秀吉 とよとみひでよし
天下統一を目指した
戦国大名です
織田信長 おだのぶなが
徳川家康の三女・振姫を
正室とした戦国武将
浅野長晟 あさのながあきら
徳川四天王の一人
本多忠勝の愛馬です
三国黒 みくにぐろ
徳川家康に高く見込まれた
武田家に仕えた戦国武将
依田信蕃 よだのぶしげ
徳川家康に内通した疑いで
今川氏真に殺された家臣
飯尾連竜 いいおつらたつ
徳川秀忠の正室となるも6歳
で亡くなった織田信雄の長女
小姫 おひめ
徳川家康の正室・築山殿の
父親であった今川氏の家臣
関口親永 せきぐちちかなが
徳川家康の側近として
活躍した人物です
本多正信 ほんだまさのぶ
徳川家康の息子・松平忠輝と
結婚した伊達政宗の娘です
五郎八姫 いろはひめ
豊臣秀次と共に自害を命じられた
千利休の弟子でもあった彼の家臣
木村重茲 きむらしげこれ
豊臣秀頼と側室・小石の方
の間に生まれた娘です
奈阿姫 なあひめ
豊臣秀吉の正室である
高台院の通称です
北政所 きたのまんどころ
豊臣秀吉を驚愕させたとされる
戦国時代の幻術師
果心居士 かしんこじ
豊臣秀吉にも恐れることなく
諫言したという戦国武将
花房職秀 はなぶさもとひで
豊臣秀吉が一夜城を作ったと
伝えられています
墨俣 すのまた
豊臣政権において政治顧問を
務めた臨済宗の僧は西笑○○?
承兌 じょうたい
直江兼続が敬愛したことで有名な
仏教の神様は「○○明王」?
愛染 あいぜん
直江兼続に武勇を絶賛された
最上家に仕えた戦国武将
鮭延秀綱 さけのべひでつな
仲代達矢がこの人物を演じた
黒澤明監督の映画は?
かげむしゃ
中富川の戦いで長宗我部元親
に敗れた讃岐国の戦国武将
十河存保 そごうまさやす
長篠の戦いが行われた
三河国の地名です
設楽原 したらはら
したらがはら
長野県長野市にあった
武田信玄が築いたお城
松代城 まつしろじょう
七手組の組頭として活躍した
豊臣秀吉・秀頼に仕えた武将
真野頼包 まのよりかね
新潟県十日町市にあった
上杉謙信の支城です
松代城 まつだいじょう
二階崩れの変で殺害された入田
親誠を兄に持った大友家の武将
朽網鑑康 くたみあきやす
後に織田信忠の愛馬となった
戦国武将・武田勝頼の愛馬
大鹿毛 おおかげ
後に毛利姓に戻った
戦国大名・毛利元就の五男
椙杜元秋 すぎもりもとあき
信長、秀吉の姓にちなむ
安土桃山時代の別名です
織豊時代 しょくほうじだい
羽柴秀吉が鳥取城攻略で実行
した作戦は鳥取の○○殺し?
飢え かつえ
畠山義綱が亡命した際には行動を
共にした七人衆に数えられる武将
飯川光誠 いがわみつのぶ
播磨三大城の一つに数えられた
兵庫県姫路市にあったお城です
英賀城 あがじょう
播磨三大城の一つに数えられた
兵庫県姫路市にあったお城です
御着城 ごちゃくじょう
比叡山の僧侶であった
豊臣秀吉の五奉行のひとり
前田玄以 まえだげんい
彦根に移るまで、歴代の
井伊家当主が拠点とした城
井伊谷城 いいのやじょう
夫婦仲が良いことで有名だった
戦国武将・明智光秀の妻です
煕子 ひろこ
福島正之の正室となった
伯父である徳川家康の養女
満天姫 まてひめ
豊後の戦国大名
大友宗麟の嫡男です
大友義統 おおともよしむね
分国法の塵芥集を制定するなど
伊達家の基礎を築いた人物です
伊達稙宗 だてたねむね
北条早雲に攻め滅ぼされた
戦国時代初期の武将です
三浦義同 みうらよしあつ
北条早雲によって討たれた
堀越公方・足利政知の子
茶々丸 ちゃちゃまる
本能寺の変では二条御所で
難を逃れた正親町天皇の息子
誠仁親王 さねひとしんのう
松永久秀や塙直政の居城となった
奈良県にあったお城
多聞山城 たもんやまじょう
漫画『センゴク』の主人公
である戦国時代の武将は?
仙石秀久 せんごくひでひさ
息子に絵師の友松がいる
戦国時代の浅井家の家臣
海北綱親 かいほうつなちか
室町時代から戦国時代にかけて
下総国を本拠とした足利氏のこと
古河公方 こがくぼう
室町時代に奉公衆として仕えた
細川藤孝の兄にあたる戦国武将
三淵藤英 みつぶちふじひで
室町時代の第14代将軍です 足利義栄 あしかがよしひで
毛利輝元を補佐した
毛利元就の四男です
穂田元清 ほいだもときよ
毛利元就の孫・毛利輝元を
補佐した「四人衆」の一人
口羽通良 くちばみちよし
毛利元就の身代わりとなって
討ち死にした戦国武将
渡辺通 わたなべかよう
毛利元就の娘・五龍局を妻
に迎えた毛利家の家臣です
宍戸隆家 ししどたかいえ
毛利元就暗殺を企てたため
殺された毛利家の家臣です
渡辺勝 わたなべすぐる
毛利氏の陰謀により暗殺
された沼田小早川氏の家臣
田坂義詮 たさかよしあき
最上義光の策略により小野寺義道
が殺害した、彼の家臣だった智将
八柏道為 やがしわみちため
病を患い頭巾で顔を隠していた
「吉継」の名前でも有名な武将
大谷刑部 おおたにぎょうぶ
吉田郡山城の戦いで尼子軍
34人の首を取った毛利家の猛将
国司元相 くにしもとすけ
和田竜の小説『のぼうの城』で
主人公として描かれた武将です
成田長親 なりたながちか
最終更新:2026年08月06日 06:22