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2週間前、私は奇妙な噂を酒場で耳にした。
本来灼熱大陸ラストリアにいるはずのリザードマンが、
ホックランド州の観光地ミューズケンの河で度々目撃されるという。
それを聞いて、私はいてもたってもいられなくなり、
馬を駆ってタラベックランド州から遙々ミューズケンへとやってきた。

ミューズケンは、ホックランド州の中でも特に深い森に囲まれた街である。
ここは温泉地としても帝国内では有名で、
裕福な民や貴族がよく夏場の避暑地として利用している。
ミューズケンを中心として、小さな村々が点々と存在する牧歌的な観光地に、
一体何故リザードマンがやってきたのだろうか。
まさかリザードマンが温泉めぐりをするわけでもあるまい。

 この街には伝説がある。
街の名の由来となったミューズケンというウッドエルフが、
今なお森の奥深くで小さな集落を作って暮らしているというのだ。
そこには悠久の時の中で失われた多くの財宝が睡っているという。
ロゥレンの森から遠く離れたこの地に、
何故ウッドエルフが暮らしているか分からないが、
この地方では良く耳にする伝説である。
リザードマンはこれを狙って、この地に来たのだ
―食事をとる為立ち寄った酒場で、
年老いたドワーフは酒臭い吐息と共にそんな言葉を吐き出し、
自分が飲んでいるビールに「Grog」だと文句を言った。
残念ながらドワーフ語を知らない私は、
それが何を意味しているかは理解出来なかったが、
彼の口調からそれが文句であることは理解出来た。

 そして現在、私は伝説に謳われるミューズケンの森の中にいる。
噂は本当だったのだ。
屈強なリザードマン達が隊列を組んで、
表情一つ変えずに森の奥へと前進していく。
その中には私の背丈を優に超えるステガドンと
それを使役するシャーマンのようなリザードマンの姿もあった。
彼らは皆、物騒な武器を携えている。
その気になれば、私など簡単に殺す事が出来るだろう。
しかしリザードマン達は私になど興味はないようで、
私を一瞥してから次々に森の奥へと消えていく。
どうやら、彼らは人間になど興味がないらしい。
見聞録のスケッチでしか見た事がないステガドンに私の好奇心は刺激され、
彼らの後を追った。

 財宝伝説があるにも関わらず、
地元の人間が立ち入らない訳を私は身をもって体験することとなった。
森には、ヴァルグールフやツリーマンといった怪物がうろついていたのだ。
奴らは一通り私を追い回した後、さらに深い森の中へと消えていった。
その奥から、野太い雄叫びや金属のぶつかる音が聞こえてくる。
おそらく、あの奥でリザードマンとウッドエルフが戦いを
繰り広げているのだろう。
先程の化け物達は怖いが、好奇心には勝てない。
覚悟を決め、私は戦場へと足を踏み入れた。

 戦っていたのは、リザードマンとウッドエルフではなかった。
そこでは、ケイオスとリザードマンの戦いが繰り広げられていたのだ。
私は直感的に思った。
このリザードマン達は、ケイオスを追ってこの地まで来たのだと。
タラベックランドで育った私は、ケイオスなど見た事がない。
精々、風の噂で聞くぐらいだ。
背丈は優に常人の倍を超え、戦う事にしか興味を示さぬ殺戮者
――そういうイメージがあるだけで、
実際に彼らの蛮行を目撃することなどなかった。
噂の多くは信じがたく、誇張表現であると思っていた。
だが、実際この目で見ると、それが一つたりとも誇張でない事を思い知らされた。
訳の分からぬ北方の雄叫びを上げながら、
リザードマンに向けて突進するマローダーなど、狂人の類にしか思えない。
帝国でたまに見かける騎士達の鎧よりも
禍々しい赤い鎧に身を包んだウォリアーは同じ人間とは思えなかった。
このような連中が帝国に進軍すれば、甚大な被害が出るのは間違いない。

 しかし、そんな彼らもリザードマンの放った魔法に為す術もなく倒れて行った。
降り注ぐ隕石は木の陰から彼らの戦いを観察する私の方まで降り注いだ。
咄嗟に近くにあった岩穴に身を隠さなければ、
こうして記録を書き記す事は出来なかっただろう。

 突然、その穴蔵から、数人のウッドエルフが姿を現した。
彼らは私の事を一瞥もせずに草陰などに身を隠しながら戦場へと向かっていく。
手にした弓でケイオスの連中を射るのかと思いきや、
彼らはまったく別の方面へと矢を射った。

 そこには夥しい数の死者を従えたネクロマンサーが馬に跨っていた。
彼らもまた、何らかの目的があってこの森に進軍したのだろうか。
眼前のリザードマンとケイオスの乱戦に視線を奪われていたネクロマンサーは、
ウッドエルフが自分の背後にいることなど気付いてはいない様子であった。
矢を射られたネクロマンサーは馬上から転げ落ち、
自らの死体を死者の群の中へと沈めていった。

 それが合図であったのか、一斉にウッドエルフが姿を現した。
中には、森の精までもが死者の群へと馬を駆って迫って行く。
戦場は一気に肥大化し、今私がいるところでさえ、
いつ彼らの放つ流れ矢が飛んでくるか分からぬ状況となった。

 ウッドエルフの魔術師が呪文を詠唱する度に、
近くの森がずるずると意志を持っているかの如く動き始めた。
ウッドエルフが森を操る呪文を使えるということは、
知識では知っていたが、この目で見たのは初めてであった。
その森に乗って、ドライアド達が疲弊したマローダー達へと襲いかかった。
それだけではない。
リザードマンの操る巨大なステガドンがケイオスのウォリアー達に突進し、
奴らを踏みつぶしていった。
 戦況は、リザードマンと偶然にも同盟関係となったウッドエルフが有利に思えた。
しかし、それは一瞬だけであった。
死者の群を率いるヴァンパイアが森の精の猛攻を回避し、
あろうことか彼らを切り伏せたのだ。

 本来意志を持たぬ筈の死者達は、
己の主の勇猛を讃えるように一斉に骨を鳴らし、勝ちどきを上げた。
見るも恐ろしいグール達はコールドワンに騎乗したリザードマン達を押し返し、
この戦団の中で一際絢爛豪華な死者の軍勢は
リザードマンへと一気に傾れ込んでいった。

 一方ケイオスは気味な大砲を従えた穢れたドワーフらによって、
先程ウォリアーを全滅に追いやったステガドンに向けて特攻が計られた。
砲身が人間の数倍はある巨大な大砲は、
まるで自ら意志を持っているかのように暴れ狂い、
ステガドンの後ろへと喰らい付く。

 突如、風の流れが変わった。
血臭と怒号の嵐が、刹那の間まるで意志を持っているかのように
静まり返ったのだ。
現れたのは、赤い鎧を身に纏った、
私の身長を優に超える巨大なケイオスの戦士。
それが先程のウォリアーを束ねていた主であることは、明白であった。

 ケイオスのチャンピオンは血のように赤い鉄の化け物のような巨大な獣に跨り、
黒い剣を引き抜くと一気にステガドンの方へと傾れ込んでいく。
その猛攻を押さえるべく、リザードマンは杖を掲げて呪文を唱えた。
 だが、何故かリザードマンは一瞬、糸が切れた人形のように呆けてしまった。
{その後、ウッドエルフのシャーマンによる呪文の詠唱に失敗によって
魔力の風はうねりを上げ、
リザードマンが完成させようとした魔法は消えてしまう。
そこにケイオスのチャンピオンが突撃をかけ、
ステガドンに対し強烈な一撃を見舞った。

 深傷を負ったステガドンは撤退を余儀なくされた。
それは、あの無表情であったリザードマン達に、
動揺を生む結果となる。
軍団旗を掲げる死者の群の猛攻を許し、
延いては自分達も撤退せざるを得なくなってしまった。
次々と河に消えていくリザードマン達の瞳には、
静かな憎悪の焔が宿っていた。

 ヴァンパイア達は撤退を始めたリザードマン達に目もくれず、
森の奥へと消えていった。
あのヴァンパイア達の目的が何であったのか、
この森の奥には一体何があるのか、好奇心が沸々と溢れ出してはいたが、
これ以上は行くことが出来なかった。
体が動かず、震えが止まらなかった。
思えばこれが、私が初めて自分の目で見た戦争であった。

 へたり込んでる私の近くに、ウッドエルフの主が横切った。
あのウッドエルフが、ミューズケンなのだろうか。
しかし彼らは森の奥ではなく、
私が通ってきた道へと数々の動物達と共に消えていった。
恐らく、彼はミューズケンではないのであろう。

 私は周囲をもう一度見回し、ケイオスのチャンピオンを捜した。
彼がまだここにいれば、私の命は危うい。
殺戮を好む彼らが、私のことを生かしておくことはない。
しかし、もうここには彼の姿はなかった。
新たなる獲物を求め、旅立っていったのだろう。

 震えが収まるのを待って、
私は背嚢から酒場で買ったビールを出して一口呷った。
恐怖より、今は興奮の方が強い。
何か叫びたい気持ちになったが、
いい言葉が見つからなかった。
ふいに、私は昨日年老いたドワーフが言った「Grog」と発してみた。
飽きるまで、「Grog」と連呼し、最後には声がかれるまで笑った。

 ある程度時間が経ち、こうして記録を書いている今でさえ、
まだ興奮が収まらない。
次は何処へ旅立とうか。
それを考えるだけで心が躍る。
初めて諸国を旅した時、貴方もこのような気持ちだったのでしょうか。
 この手紙が、貴方の元へ届くことを祈りつつ・・・・・・

エンリケ・ラドクリフから、ヨハン・フォイエルバッハ教授へ
最終更新:2009年11月30日 23:25