548 名前:1/2[sage] 投稿日:2006/10/09(月) 23:11:47 ID:iAHhkbeA
天空の門
(わたしは、鳥……
不死鳥ではなく、本物の鳥……)
ミシェール滝は、自在に宙を舞っていた。
普段プロレスラーとして、華麗なマリポーサ殺法を披露している彼女であるが、今はマットの上ではなく、大地の上を舞っている。
(わたしは、鳥……
不死鳥ではなく、本物の鳥……)
長い金髪をなびかせ、雲海めざし飛んでいく。
(ああ、極楽が見える……)
いつのまにか、彼女は雲に近づいていた。
白い塊の先端に、朱塗りの門が建っている。どうやら、あれが入口らしい。
(あの門をくぐり抜ければ、別天地へと行けるのか……)
入っていこうとしたとたん、不意に女の声がした。
「そこの娘、止まりなさい!」
(おや、この声は……)
耳慣れたような声だが、あるいは他人かもしれない。彼女は、相手に訊いてみた。
「あなたは、一体たれでしょう?」
「わたしは、天帝である!」
門の中から、相手が姿をのぞかせた。金髪のショートカットで、男性的な顔立ちをしており、耳たぶにはルビーのピアスをしている。
(声はおろか、姿まであの娘そっくり……)
いや、彼女がここにいるはずはない。あくまでも、彼女そっくりの天帝である。
「天帝様、わたしを通してくださいな」
「いやいや、それはならん。このわたしと格闘し、勝てば通行を許そう」
自分はプロレスラーである。格闘技ならお手の物。
「それでは、全力で参ろう!」
彼女は心を落ち着けて、右手を胸元へあてがい、下から上へ突き出した。
「甘い!」
天帝は、その右腕を両手でしっかりはさみ取った。そしてそのまま、肘を捻るようにしながら、ビュンと下界へ投げ捨てる。
「うわああっ!」
彼女は何もできぬまま、まっさかさまに降下した。そして、何かに右腕をぶつけたところで気がついた。
549 名前:2/2[sage] 投稿日:2006/10/09(月) 23:12:54 ID:iAHhkbeA
突如走った衝撃に、思わず瞳を見開く。
そこには、白いものがあった。ぼんやりと薄暗い中に、わずかな光を浴びている、真っ白な何かがあった。
(これは、一体……)
何があるのかわからぬまま、しばし茫然としていると、不意に女の声がした。
「翔子、寝相が悪いねえ」
さっきも聴いた声である。しかも、自分を本名で呼んだ。
(も、もしや、あなたは……)
声のしたほうを向いてみると、ぼんやりと薄暗い中に、何と天帝がいるではないか。
(あれ、服装が……)
声や姿は天帝だが、着ている衣が異なる。しかも、ピアスをしていない。
(天帝様か? それとも、そうではないのか?)
未だ朦朧としているところへ、彼女が声をかけてきた。
「翔子、悪い夢でもみたのかい?」
(な、何だ、夢か……)
自分を起こしてくれたのは、ロイヤル北条であった。団体の同僚である。
「普段寝相のいい翔子が、布団の外へ転がって、壁に衝突しちゃうとは……一体、どういう夢をみたのかい?」
「わたしは、鳥になっていた……両腕で大気を掻いて、自在に宙を舞っていた」
「それで?」
「雲の上に、極楽への門があった。くぐろうとすると、中から沙希が現れて、格闘を申し込んできた」
沙希とは、ロイヤルの本名である。
「何と! わたしがいたのかい」
「わたしは沙希に挑んだが……突き出した腕を掴まれ、アームホイップで投げられた」
「そして下界へ落とされて、大地に触れて目が覚めた……ってわけか」
彼女は、無言でうなずいた。そのとたん、大きな報知音が響く。
「やあ、もう六時だ……さあ、完全に起きようぜ」
ロイヤルは、目覚まし時計のボタンを押し、寝室に明かりをつけた。ミシェールのほうは、部屋の雨戸を開け放ち、朝の眩しい光を入れる。
「では、洗面所へ行きましょう」
そうして、二人は廊下へ出ていった。窓の外からは、雀のコーラスが聞こえていた。