662 名前:名無しくん、、、好きです。。。[sage] 投稿日:2006/10/18(水) 01:05:23
ID:TL8wlE/4
「――美冬。里を出るなど私は絶対に許さんぞ!」
髭を蓄えた壮年の男性――柳生石舟斎は正面に正座している娘――美冬にそう言い放つ。
「親父殿。私は――己が力が、いえ。柳生の技がどこまで通じるのか……知りたいのです」
「バカモン! 我ら柳生の技は歴史上に出てはならぬのだ! 掟を忘れたか!?」
「ならば、一体我らは何の為に技を練るのですか!? なぜ来る日も来る日も、柳生の技を――人殺しの技を磨くのです!?」
お互いがヒートアップし、ついに二人が立ち上がった。親子喧嘩が始まろうとしたその時。
「――あなた」
しずかに襖を開け、どこか美冬に似た雰囲気の女性が部屋に入ってくる。
と、男はバツが悪そうな風に顔を背けた。
「母者……」
「美冬さん。この方は当主としてでなく、父親として貴女を心配しているのです。それだけは……わかってあげてください」
そっとその場に正座をし、美冬に向かってそう言った。今度は美冬の顔が曇る。
「――あなた。美冬ももう15となりました。己が身の振りは美冬本人が決める時期になり始めたのではないでしょうか?」
むすっとした雰囲気で腕を組む石舟斎。――鬼の石舟斎と言われた男もやはり人の子。自分の娘が憎いわけが無い。
同時に母の言葉で冷静になったのか、美冬は己の愚考を恥じていた。
「親父殿。……お願いですっ! 私は、私は……」
美冬は畳に頭を擦りつけんほどの勢いで土下座する。
――土下座は武士にとって最大の恥。美冬も勿論それはわかっているのだが。
「――顔を上げい。里を出る事を……許可しよう。ただし、一つ条件がある」
「条件、ですか?」
「うむ。条件は――」
――数十分後
美冬が出て行った部屋で石舟斎は妻にお酌をしてもらいながらぽろりと零す。
「――美冬が……チャラチャラした変な男と帰ってきたらどうしよう」
「大丈夫です。あの子は人を見る目がありますから」
「――その変な男との間にもう子供ができてて“親父殿。孕んでしまったから結婚する”なんて事になったら……!」
「――あなた。そこまで私の可愛い美冬が腰の軽いアバズレに見えますか?」(ごごごごご)
柳生の里に、石舟斎の悲鳴がこだましたのは言うまでも無い。
663 名前:名無しくん、、、好きです。。。[sage] 投稿日:2006/10/18(水) 01:06:09
ID:TL8wlE/4
翌日早朝に里の皆の声援を背に美冬は山を降り、まず奈良駅にやって来た。そしてここで里では決して体験できない人の波に遭遇し、思わず眩暈がしそうになる。
(いかん。気をしっかり持つのだ美冬。これしきで怯んでどうする!)
自分を奮い立たせ、一歩を踏み出した、が。あまりにも勢い良く一歩を踏み出したのが災いし、目の前に居たチャラ男を跳ね飛ばしてしまった。
「いぎゃっ!? い、痛ぇ! 何しやがる!!」
と、チャラ男は目の前に居る女性――と言っても本当は少女なのだが――を見上げて先ず恐怖する。
刃物のように鋭い眼光と眼光同様鋭い雰囲気、そして何より時代を逆行したような謎ジャージ。
天下無双とプリントされたジャージは里オリジナルのものだ。里の皆が餞別としてくれた物で、美冬は大層気に入っているのだが。
「――? すまない。どうも町の空気に馴染めていなくてな。怪我はないか?」
美冬がそっと手を差し伸べる。が、チャラ男は当然の様にその手を跳ね除け毒づいた。
「ふ、フザケンなこのデカクソ女!! 何が怪我はないかだ! 舐めてんのか!?」
「いや。別に貴方を蔑むつもりはない。むしろ私の不注意ゆえ」
美冬としては当然真面目にチャラ男を心配しているのだが……
「う、うるせえ! 訳わかんねーんだよ! それにあんだその服! テンカムフタとかアホじゃねーの!?」
大切なジャージに唾を吐きかけられる。
この一言とこの行動は……
(美冬様。都会は寒うございましょう。さ、これを……)
(翁、婆……ありがとう……)
(美冬様……どうか御自愛くださいませ……)
美冬の怒りを買うに十分すぎた。
「……貴様は、貴様はどうやら許せそうにない」
チャラ男の腕を捻りあげる。たったそれだけでチャラ男は悲鳴をあげた。
が、そこで美冬は父との約束を思い出す。――決して素人に柳生の技を用いるべからず。約束を違えれば……
ぎり、と歯を噛み締めてチャラ男を開放した。
664 名前:名無しくん、、、好きです。。。[sage] 投稿日:2006/10/18(水) 01:16:59
ID:TL8wlE/4
「――早急に失せろ。あと一分も貴様の顔を見ていたら……貴様を殺めてしまうやもしれん」
捨て台詞を残し走り去るチャラ男を見送ると、美冬の心には虚しさだけが残ってしまった。ポケットから白いハンカチを取り出し、唾を拭う。
ゴシゴシ、ゴシゴシ。しかし、汚れは中々消えない。知らない土地に来ている心細さと、老夫婦の心遣いを汚してしまった申し訳なさが15歳の美冬の心を締め付けた。
里ならば――辛い時、苦しい時は誰かが支えてくれた。
しかし、今居るこの“町”は、あまりにも人と人とが希薄で、見ず知らずの、しかも男を追い払うほどの女を気遣うものなど居ない。
足早に人の群れは美冬の脇をすり抜けていく。
ズタ袋が倒れ、通行人に踏まれた。
誰かにぶつかられ、美冬はよろける。
ズタ袋に入っていた年代物の人形が表に飛び出した。
人ごみを掻き分け、慌ててそれを拾う。
ズタ袋を拾って、今度は表に出ないように大切にその中に人形をしまいこんだ。
――不意に涙が、出そうになる。
「――あのー。ちょっといいですか?」
ぐっと涙を堪えて、声の主の方へ向き直った。
「――何か?」
そこにいたのはスーツを着込んだ、人のよさそうな青年だった。
彼はスーツから名刺を一枚取り出し、美冬に見せる。
「実は、私プロレス団体を――」
これが闘魂女子プロレス社長と、後に闘魂女子プロレスのエースとなる柳生美冬との出会いとなった。
新しいムーヴメント【スカウト前】を巻き起こそうと試みた。反省している。