幸子ちゃんに誕生日を祝われるつもりが事件に発展した話(導入編)

7月17日 18:00

「きゃああああ!!!!」

事務所に2人の少女の悲鳴が響く。

悲鳴の主は緒方智絵里と輿水幸子。
そして2人の目線の先にはーー

「どうして!ふじえるさん!しっかりしてください!!ふじえるさん!!!」

胸を血で染めた、ふじえるの死体があった。

ーーーーーー

「名探偵安斎都、ただいま参りました!私が来たからにはこの事件はもう解決したも同然ですよ!」

事件の翌日、事務所に漂う暗い雰囲気とは正反対に、陽気な少女が新たに事務所に訪れた。

彼女の名前は安斎都、探偵アイドルとして数々の難事件を解決に導いた名探偵である。

彼女の事件にそぐわない明るさは、不謹慎だと反発されることもあるが、遺族の心の救いになることも多く、彼女もまた立派な夢を与えるアイドルの一人である。

「プロデューサーさん、早速ですが今回の事件について教えていただけますか?」

安斎都は346プロの寡黙で大柄なプロデューサーに尋ねる。

「はい。事件は昨日の7月17日に発生しました。被害者はふじえるさん、死因は胸を銃弾で撃たれたことによる失血死とのことです」

「なるほどなるほど……犯人は銃を使ったとのことですが、発砲音を聞いた人は?」

「それが……昨日はふじえるさんの誕生日ということで、事務所内で誕生日パーティーの準備の最中だったそうです。その為、クラッカーの音に紛れた可能性が高く、銃声かクラッカーかを特定するのは困難かと思われます」

「パーティーの準備中にですか。それはなんとも痛ましい……」

「ふじえるさんの死亡推定時刻は14時から16時の間。その間に3人の証言者がそれぞれ異なる時間帯に部屋からクラッカーの音を聞いたと証言しています」

「となると、つまり……」

「はい、この三回のクラッカーのうち、どれかが本物の銃声ということになります」

ーーーーーー

「智絵里さん、あなたは16:00頃にふじえるさんの部屋からクラッカーが鳴るのを聞いていたと?」

安斎都は第1の発見者、緒方智絵里に尋ねる。

「はい……三つくらいクラッカーをまとめたようで、1回目にぱんって鳴って、2回目はちょっと大きめにパンって鳴って3回目はパパンって聞こえました」

「おやおや?それだとなんだか3本ではなく4本鳴ってるような?」

「あっ、ご…ごめんなさい……わたし、ふじえるさんの部屋にいなくて、ずっと隣の部屋でクローバーの押花とメッセージカードを作ってたから……。お祝いは幸子ちゃんと一緒にしようって思って、幸子ちゃんを待ってて……」

智絵里は自分が疑われているのではと狼狽え始め、目に涙が溜まっていく。

あわやパニック寸前となったところに、プロデューサーが智絵里の肩に手を置いて補足を始めた。

「安斎さん、緒方さんは15:10ごろに入館した記録がありますが、その後はずっと隣室にいたので犯行は不可能かと思います」

「と言いますと?」

「ふじえるさんの部屋の隣は倉庫兼作業場のようなもので、緒方さんはそこで押花用のプレス機やメッセージカード作成用のPCで作業をしていました。操作ログが残っているので見ればわかると思いますが、余程作業に熱中されていたようでとても犯行を行えるようには見えませんでした」

「いえ、なにも疑っていたわけではありません。情報提供ありがとうございます!」

自分が疑われていたわけでは無いことに気づき、ようやく智絵里は落ち着き始めた。

「ご…ごめんなさい。わたし取り乱しちゃって……」

「いえ、昨日今日のうちにこんな事件が起きた後ですから仕方ありません!智絵里さん、辛い中話してくれてありがとうございます」

「ありがとう、都ちゃん…」

「ですが最後にもう一つだけ、聞いてもいいですか?」

「は、はい!」

「智絵里さんは16:00という時刻を、どこで確認しましたか?」

「ええと……わたしがいた部屋に壁掛けの電波時計があったのでそれを見ました。あと…PCの時計も同じ時間だったと思います……。ここの事務所の時計は全部電波時計だってふじえるさんが言ってたから、間違いない、と思います」

「ふむふむ……分かりました。智絵里さん、ありがとうございます!」

ーーーーーー

「え〜、杏がクラッカーの音を聞いたのはいつかって?杏、もう一回話すの面倒なんだけどな〜」

「そこをなんとかお願いします、杏さん!」

熱心に聞き込みを行う安斎都に対し、第2の証言者、双葉杏は気怠げに返答する。

「もう、しょうがないな〜。あのね、杏は13:50くらいにふじえるプロデューサーの事務所に行って誕生日パーティーの準備やってたんだよ。スマホで時間見たから正確なはずだよ。まあこの際だからぶっちゃけるけど、準備という口実でレッスン抜け出してサボりたかっただけだし、実際ふじえるプロデューサーの部屋に行ってもソファでゴロゴロしてただけなんだけどさ」

「ふむふむ…」

「そしたら14:00くらいにさ、ふじえるプロデューサーが試射会だとか1発だけなら誤射かもしれないとか言って、クラッカーを1人で鳴らしたんだよ。しかも2発。ぱーん、ぱーんって」

「その時、部屋には誰がいましたか?」

「いや?杏とふじえるプロデューサー以外誰もいなかったよ?」

「ということは証明してくれる人はいないことになりますが?」

「そうくると思ったから面倒だったんだけどさ……話はまだあって、その5分後くらいかな?ふじえるプロデューサーの部屋にきらりとうちのプロデューサーが押しかけて、杏を連れ戻しに来たんだ。誕生日パーティーにかこつけてサボってるだろうって言いがかりつけてさ、杏をレッスンへ強制連行したわけ。これって横暴じゃない?」

「ということは、その時点でふじえるさんは無事だったこと、杏さんがその場にいたことはきらりさんと、杏さんのところのプロデューサーさんが確認していたわけですね?」

「まあそういうこと〜」

「ちなみに杏さん、杏さんの入館記録が見当たりませんが、どうやって入ったんですか?」

「ああ、それはね〜…………」

話そうとした杏が言いよどむ。

「杏さん?」

疑問に思った安斎都が首を傾げながら尋ねる。


「……バレたら面倒なんだけど、誰にも言わない?」

「もちろん!証言者のプライバシーは最大限保護します!!」

「……実はふじえるプロデューサーの事務所には裏口があってさ……杏、正門の守衛さんのところで記録書くのも面倒だったし、そこから入ったんだ……」

「なんと!裏口とは……」

「こんなことバレたら警備が厚くなって面倒だからさ、内緒にしててよ?」

ーーーーーー

「私がクラッカーの音を聞いたのは15:00だったと思います」

「ふむふむ…」

第3の証言者、三村かな子は比較的冷静に証言を始めた。

「その日は16:30に愛梨ちゃんと約束があって誕生日パーティーには出られないから、ふじえるさんにケーキをプレゼントをしようって思って、午前中から事務所のキッチンを借りてケーキを焼いていたんです」

「キッチンというと、三階のフロアですから、その間一階のフロアのふじえるさんの部屋の様子は分かりませんね」

「はい……その日はスマホを忘れちゃって、調理場の時計を見ながら時間を測ってケーキを作ってました。完成したのが14:50くらいかな?パーティー用のお料理とかを入れてる冷蔵庫にケーキを入れたんです。その後、一階に降りたときに、ぱん、ぱん、ぱぱんってクラッカーの音が聞こえてきたんです。その時の時間は確か15:00でした」

「かな子さんはスマホを忘れていたのに時間が分かったんですか?」

「はい。ふじえるさんの事務所はみんな同じ電波時計だから正確だって言ってたのを聞いたことがあって。その時も廊下に時計がかけてあったので、スマホを忘れた私にとってとっても助かったのを覚えてます」

「なるほど!」

「でもふじえるさんの事務所を出てからが大変だったんですよ〜。まだ時間があるから愛梨ちゃんに渡すお土産を買わなきゃって、私事務所から歩いて5分くらいのお菓子屋さんに寄ったんです。そうしたらいつの間にか時間が経っちゃったみたいで……ふと時計を見たら16:20だったんです!急いで買って慌てて向かったんですけど待ち合わせに遅れちゃって……はぁ、昨日の私はダメダメでした……」

かな子はその時お菓子屋で買った時のレシートを安斎都に渡す。

レシートには購入日付が "7/17 16:25"と書かれていた。

「むむむ、それは災難でしたね……」

と、レシートとにらめっこをしている最中に安斎都の脳裏にふと疑問が浮かんだ。

「ところでかな子さん。クラッカーが鳴った時、ふじえるさんの部屋の中には入らなかったのですか?」

「えっと……クラッカーが鳴ってる時に様子を見ようかなと思ったんですけど、部屋の前にいるちひろさんに、今ふじえるさんは上の人と話してるから、また後で来てくださいって言われました」

「ちひろさん、ですか……」

ーーーーーー

「かな子ちゃんですか?私は見かけませんでしたけど……」

「えっ、ホントですか!?」

かな子の名前から出た第4の証言者、千川ちひろは意外そうに話した。

「はい……私は15:30にこの事務所に入ったんですけど、隣の部屋にいる智絵里ちゃん以外は誰もいませんでしたよ? ふじえるさんの部屋も電気が付いてませんでしたし鍵もかかってたので、てっきり外出したのかと思って、一通り備品や料理を確認した後16:15には事務所を出ました」

「その時、智絵里さんには声をかけなかったのでしょうか?」

「はい……なんだかとても熱心だったので、邪魔するのも悪いかなと思って」

「その時ちひろさんがいた証拠をお聞きしてもよろしいですか?」

「そうですね……正門の守衛さんの前で書いた入館記録と退館記録、でしょうか」

「なるほど……ちなみに16:00に鳴ったというクラッカーの音は聞きませんでしたか」

「さっき智絵里ちゃんに聞いてびっくりしたんですけど……その時、私が三階のキッチンにいたせいでしょうか?その時はクラッカーの音なんて全然聞こえませんでした」

「なるほど、ありがとうございました」

ーーーーーー

「安斎さん、先ほど昨日の守衛の方より、7月17日の事務所の入館記録をいただきました」

346プロのプロデューサーが紙束を安斎都の前に持って来た。

「流石プロデューサーさん、頼りになります!」

「……それと、この入館記録に気になる点が一つあります」

「なんでしょうか?」

「双葉さんの入館及び退館が記されていないのもそうですが、15:05に退館したとされる三村さんの記録が書かれていません」

「ということは?」

「三村さんの本当の退館時刻は、15:05ではないかもしれません」

ーーーーーー

「むむむ〜、一度メモに書いて整理してみましょう」

安斎都は手元のメモ帳に今回の事件のメモを記す。

〜〜〜〜〜〜

ふじえる
  • 14〜16時頃死亡
  • 18時 発見

  • 事務所にいた時間…13:50〜14:25(記録なし)
  • 14:00にクラッカー

かな子
  • 事務所にいた時間…〜15:05(記録なし)
  • 14:00はキッチンにいた為クラッカー聞こえず
  • 15:00にクラッカー
  • 16:25にお菓子屋でお菓子を購入
  • ちひろを見た?(ちひろは否定)

智絵里
  • 事務所にいた時間…15:10〜18:00
  • 16:00にクラッカー
  • ずっと作業していた

ちひろ
  • 事務所にいた時間…15:30〜16:15
  • 16時のクラッカーの音は聞かなかった(キッチンにいたから?)

〜〜〜〜〜〜


「なるほど…………むむむ…………ふむふむ…………」

「……そういうことですか!」

「アイドル探偵安斎都!この謎、すべて解けました!」
最終更新:2017年07月18日 00:06