幸子ちゃんに誕生日を祝われるつもりが事件に発展した話(解決編)

7/19 18:00
再び事務所に4人の証言者が集められた。加えて、第一発見者の輿水幸子も呼び寄せられた。

召喚したのは言うまでもなく、探偵アイドル、安斎都である。

「……さて!みなさん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます!」

安斎都はいつもの探偵姿に身を包み、胸を外らしながら4人の前を歩き回る。後ろで手を組んで仰々しく話す様子は、誰から見ても探偵の推理シーンを意識していることは明らかである。

そんな彼女を前にして、集められた面々は思い思いの表情を見せる。……皆複雑そうな表情であることは共通しているが。

「今回の事件は、ふじえるさんの誕生日パーティーの準備中という状況の中、クラッカーの音と銃声が紛れてしまったことが謎の発端でした。証言によるとクラッカーの音は14:00、15:00、16:00の3回。このどれかが本物の銃声であると考えました」

都の推理は続く。

「というわけでまず幸子さん!」

「ひっ!な、なんですか!?」

「今回の事件の第一発見者であるあなたは……」

いきなり名指しされた幸子はビクッと震わせ驚く。
第一発見者を疑う推理だろうか。幸子は当日の行動をできるだけ思い出し、頭を回転させた。
その日の自分の行動に不審な点があっただろうか、幸子の胸中に徐々に焦りが生まれ始める。

そして安斎都が口を開き始め、幸子は……

「来てもらって難なんですが、特に関わりなさそうなので帰ってもいいです」

幸子は盛大にずっこけた。

「なんなんですか一体!!ボクは第一発見者ですよ!」

「いえ!智絵里さんと一緒だったので発見者は間に合ってますし、当日の幸子さんはマルメターノ先生の英会話教室だったとのことで、話を聞けば聞くほど真っ白でした。あなたが犯人の可能性は限りなく低いでしょう!」

「じゃあなんで呼んだんですか!」

「それは……なんとなくです!」

「せめて理由は考えてください!それに……」

幸子は叫ぶのを止め、他の証言者を見やる。

「ボクだって知りたいですから……。どうしてふじえるさんが殺されたのか」

普段の賑やかな様子とは対照的な幸子の冷たい視線に、場の空気が一気に静まる。

「そうですね、ここから推理の本題に入りましょう」

都も声のトーンを気持ち下げて話を再開する。

「現場の状況から犯人はふじえるさんの部屋に入って撃ったことが分かりました。ですが肝心の部屋に入った犯人の情報が少なかったんです。唯一部屋に入った証言者の杏さんが撃った可能性も考えましたが……」

「そしたら杏はきらりとプロデューサーに目撃されてるはずだよね」

「そうなんです。14:00にクラッカーを鳴らした時点では3人によりふじえるさんの無事が確認されていました。3人による共犯の可能性も考えなくはなかったですが、その後二回のクラッカーの正体も分からなくなるのでここで一旦杏さんによる犯行の線は薄いと考えました」

「よかった〜。じゃあ杏はもう帰ってもいい?」

「いえ、もう少し待っててください!推理が終わるまでは全員揃ってた方が探偵って感じがするので!」

「あ、そう?じゃあ冷凍庫にあるアイス食べて待ってるから、続けてていいよ〜」

「杏さんはこんな時でも自然体ですね……その図太さは流石のボクも見習いたいくらいですよ」

緊迫した空気を全く読まない2人の会話は、人が1人死んでいる事態が嘘であるかのようなとぼけた空気に変わっていくが、都は気取った口調で推理を続ける。あくまで彼女の中ではシリアスな推理シーンなのだ。

「では残り2回のクラッカーのうち、どれが本物だったのでしょうか?そして、本物の銃だとしたら、その時部屋にいた人が犯人となりますが……残念ながら3人とも、部屋の中には入らなかったと証言しています」

都は目を閉じて腕を組み、考え込むようなポーズを取る。

「しかしおかしいですよね?ふじえるさんが殺されたであろう時間に事務所に入ったのは3人だけなのに、その3人ともが部屋に入っていないと証言している。このことから考えられることは……」

「3人のうち、誰かが嘘をついている。そしてその嘘つきが、犯人です」

ーーーーーー

「そんな……」

「私たちの中に犯人が……」

智絵里とかな子は互いに青ざめた表情で顔を見合わせる。ちひろもショックを隠しきれず、体を硬直させている。
そんな3人の様子を知ってか知らずか、都は淡々と推理を続けていく。

「この中で一番疑わしいのはかな子さんでしょう」

「えええええーーーっ!!?」

いきなり容疑濃厚と指名されたかな子は誰よりも大きな声で驚いた。

「退館記録が無かったかな子さんは、お菓子屋さんのレシートに書かれた16:25までかな子さんの所在を示す証拠が存在しません。つまり、3人の中で最も身軽なんです。かな子さんの証言をもし嘘とするならば、午前中の入館記録からお菓子屋さんのレシートの記録まで半日近い"空白の時間"が生まれます。この間にふじえるさんを殺害するのも非常に容易でしょう」

「そんな……、私、ちが……」

「更にちひろさんの証言と食い違っていることが疑惑をより深めます。ちひろさんの入館記録は15:30〜16:15の間。守衛さんも目撃していることから、かな子さんが見たという15:00にちひろさんがいるはずが無いんです」

「イヤ……私、ちゃんと見てたのに……」

「……以上の点から推理するに、ふじえるさんは15:00頃、かな子さんの手によって銃殺され……」

「違います!!私、そんなことやってません!!」


「た……と普通の人は考えるでしょう」

「……え?」


堪えきれず叫んでしまったかな子は、虚を突かれたように都の顔を見た。



「しかし私は推理中にとあることに気づきました。智絵里さん!」

「は、はい!」

「私が最初に聞き込みをした時、クラッカーがどう鳴ったと仰ったか、覚えていますか?」

「え、えっと、確か……」

《…三つくらいクラッカーをまとめたようで、1回目にぱんって鳴って、2回目はちょっと大きめにパンって鳴って3回目はパパンって聞こえました》

「と言ったと思います……」

「そうです。そしてかな子さん!あなたは何と証言しましたか?」

「ええと、私は……」

《一階に降りたときに、ぱん、ぱん、ぱぱんってクラッカーの音が聞こえてきたんです。》

「……と言いました」

「はい。ちなみに杏さんは普通に《ぱーん、ぱーん》と聞こえたそうです」

「ぱーん、ぱーん……パンパンパパン……パン、パン、パパン…………あっ!」

「智絵里さん、気づきましたか?」

「もしかして……わたしとかな子ちゃん、同じリズムのクラッカーですか?」

「その通り、正解です!」

都はビシッ!っと智絵里に指を指し、ウインクを投げかける。

「え、ええと、つまり……?」
「どういうことでしょうか…?」

今ひとつ理解しきれないかな子と幸子が首を傾げた。

「……智絵里ちゃんが聞いたクラッカーと、かな子ちゃんが聞いたクラッカーは同じ音なんじゃないか、ってことじゃない?」

「杏さん、大正解です!!」

ウインクしたままの表情で身体ごと振り向き、ソファで溶けている杏にもビシッと指差した。

「で、でも、私が聞いたのは15:00で、智絵里ちゃんは16:00のはずじゃ……」

「そうです、ふじえるさんの事務所内は全て電波時計が設置されており、時間には正確だったはずです。当然、智絵里さんもかな子さんも、その電波時計を見て時間を確認していましたね?」

「はい……」
「ええ……」

「電波時計は自動で時計を合わせてくれるので、常に正確な時刻が表示されると思いがちですが……実は電波時計をズラす方法が存在します」

「ええっ、本当に!?」

「でも、ズラしてもすぐ元に戻っちゃうんじゃ……」


「いいえ、"タイムゾーン"を変えれば、時間をずらしたまま表示させることができます!」

「……あ〜、なるほどね……」

「タイムゾーンとは、"どこの地域の標準時を使うか"という設定です。最近だと自動で設定できるものもありますが……、例えばタイムゾーンを日本より9時間遅いロンドンに設定すれば、今が18:00でも、電波時計上は9:00と表示されます。これを例えば廊下の時計だけ日本より1時間遅い北京に設定すれば、同じクラッカー音を聞いた時、日本にタイムゾーンが設定された時計を見て16:00だと判断する人と、北京にタイムゾーンが設定された時計を見て15:00だと判断する人を生み出すことができるんです!」

「でも、そんなことしたらすぐ分かるんじゃ……あっ!」

「かな子さん、気づきましたか?あなたは当日スマホを忘れて正確な時計を持っていない状況でした。そこで午前中から頼りにしていた時計は全て、事務所の電波時計だけでしたね?」

「ちなみに杏はスマホを見てたから正しかったはずだよ〜」

「わ、わたしは、パソコンの時計も見てたから……」

「そうですね、お二人は聞き込みの最中にも話されましたが、電波時計以外の時間の確認手段を持っていました。ですから電波時計がもしズレていた場合、気付けないのはかな子さんだけになります!」

「そ、それじゃあ……私がクラッカーを聞いたのも、事務所を出たのも……」

「1時間ズレていたとなると、かな子さんがクラッカーを聞いた本当の時刻は16:00、事務所を出たのは16:05ということになります!」

「そんなぁ〜、道理で愛梨ちゃんとの待ち合わせに遅れるはずだよ〜」

「ちなみに、退館記録が無いのはまさかとは思いますが……」

「……はい。その、正門からだと遠回りになっちゃうから……裏口を使っちゃいました」

「ええっ、あれ、杏だけのウラ技だと思ってたのに。かな子ちゃん知ってたんだ」

「やはりそうですか……そのせいでかな子さんは時間のズレに気づかず、遅刻してしまったということですね!」

「うぅ……反省します……」

かな子の疑惑を一通り解明した後、都は先程から沈黙を貫く人物に身体を向ける。


「…さて、三回のクラッカーは実は二回でした。1回目は14時、2回目は16時。ですが事務所の時計をズラすことで、犯人は15時のクラッカーと16時のクラッカーを生み出した。自身は入館記録と退館記録を隠れ蓑に、ニセモノの時間に引っかかった証言者のアリバイを崩し追い詰めた……」


「あなたが犯人ですね?ちひろさん」

ーーーーーー

「事件の昨晩あたりでしょうか。あなたはPCのあるふじえるさんの部屋とその隣室を残し、全ての電波時計のタイムゾーンを1時間遅らせた」

「自分がいるはずのない時間にクラッカーが鳴ったように見せかけるために」

「ふじえるさんの部屋と隣室を残したのは、PCから正しい時間を確認できるからでしょうか?」

「そしてクラッカーの音で銃声を紛らわせながらふじえるさんを殺害し、あなたは事務所の時計を全て元に戻してから事務所を去った」


「……これが私の推理の全てです。もう一度聞きます。あなたが犯人ですね?千川ちひろさん」

都は普段の明るさを見せない、冷静な口調でちひろを問い詰める。
他の面々も、2人の様子を固唾を飲んで見守っている。

「ちひろさん……」

久々に生まれた緊迫した空気の中、全員がちひろの返答に集中していた。

張り詰めた雰囲気の中、ちひろはーー

「……ふふ、流石ですね。探偵アイドルさん」

ちひろは、静かに微笑んだ。

周囲にどよめきが起こる。

「ちひろさん!どうして!!どうしてボクの、ふじえるさんを!!」

ちひろに詰め寄ろうとした幸子が智絵里とかな子に抑えられる。

「どうしてですかっっ!!答えてくださいっっ!!!」

幸子の目に涙が零れ始めた。

しかしちひろは微笑みを崩さず、いつもの声のトーンで話しかける。

「どうして、と言われましても……。そもそも私、まだ犯人だと認めたわけではありませんよ?」

「まだそんなことを……っ!」

「ですよね?都ちゃん。だって私、まだ証拠がないでしょう?」

「……そうですね、まだ肝心の凶器が見つかっていません」

「安斎さんまで……っ!」

「ですが、すでに目処は立っています」

コンコン、とノックが鳴る。

「もしもしー、都さんの探していた失せ物が見つかりましてー」

「芳乃さん、どうぞ!」

ガチャリ、という音と共に依田芳乃と346プロのプロデューサーが部屋に入った。

「お邪魔しましてー」

「安斎さん、やはり見立て通りの場所に隠してありました。この拳銃を鑑識に提出次第、千川さんの容疑が確定すると思われます」

「これはこれは、ありがとうございます!」

「どうして芳乃さんが……?」

「芳乃さんの特技は失せ物探し。ですが誰の手から離れたものかわからない限り探しようがありません。そこで!私が犯人を推理し、芳乃さんが凶器の隠し場所を見つける、というスタイルで今回の事件を捜査していたのです!」

「な、なるほど……?」
「芳乃ちゃん、すごい……」
「すごいです……」

部屋に入ったプロデューサーは、ゆっくりとちひろに向き直る。

「千川さん……改めて、何故このようなことをしたのですか」


もう逃れられないと判断したのか、ちひろはため息を一つついた。


「……はぁ、もう観念しないとダメですね。確かに、ふじえるさんを殺したのは私です」

「……っ!!だからなんでっ!!」

激情する幸子をプロデューサーは手で制し、再度口を開く。

「私は、何故、と聞きました。何故、ふじえるさんの事務所の事務員である貴女がこのようなことをされたのですか」

「そうですね………頼まれたからでしょうか?」

「誰にですか」

「それは……秘密です♪……勘違いされているようですが、私は事務員であっても、ふじえるさんの事務所の事務員ではありません」

「それは、どういうーー」

「あと、最後に一つだけ」

「"背信者には死の償いを"」

その笑みには、悪魔が宿っていた。

ーーーーーー

事件が終わった数日後の夜ーー

「ふじえるさん、ふじえるさん……」

幸子は泣きじゃくりながら、ふじえるを埋めた土に水を与えていた。

「どうして、ふじえるさんがこんな目に合わなきゃいけないんですか……」

幸子は水を与え、土を濡らす。

「ふじえるさん……」

やがて土から芽が息吹き、

「ふじえるさん……」

芽は枝を伸ばし、

「ふじえるさん…」

やがて枝には花をつけ、

「ふじえるさん…」

花は赤い果実となり、

「ふじえるさん……!!!!」

「幸子ちゃん!!!!」

ふじえるは隣の土を掘り返して復活した。

「ふじえるさん……!」
「幸子ちゃん……!」

2人は熱い抱擁を交わし、再会を喜ぶ。

「目覚めましたか」

そこに、346プロのプロデューサーが姿を現わす。

「タケ……」

「今回の事件、やはり裏には……」

「ああ、奴だろうな。だから俺は口封じに殺された。卑怯にもちひろさんをすり替えて、な」

「このままではいずれアイドル界そのものが危険となります。その前に止めなければなりません」

「分かっている。急がないとな」

「ふじえるさん、今度はボクもついていきますよ。もう一人になんてさせませんからね!」

「幸子ちゃん、つらい思いをさせてすまなかった……じゃあ、ー行くか」

三人は背中に黒い翼を広げ、夜空を羽ばたく。

月の影の如く黒翼が三対、蒼い月光に照らされ、舞い上がったーー
最終更新:2017年07月20日 09:06