幸子ちゃんとキャンプに行ったら事件が起きた話(導入編)

「ハァ……ハァ……」

湿った砂利を踏みしめ、2人の少女が駆ける。
辺りには心地良い清流の音が鳴り、晴天ながら日差しが柔らかく、涼しささえ感じさせる陽気であるが、2人の表情からそれらを楽しんでいる様子は無い。

やがて2人はとあるロッジに辿り着くと、扉を勢い良く叩き開けた。


「未央ちゃん!!」
「未央っ!」


そこには蒼白な表情で顔を強張らせた本田未央と

ーー寝袋に包まれたふじえるの死体があった。

ーーーーーー

「……被害者はふじえるさん。キャンプ場の貯水タンクで死亡しているのを本田さんが発見。目立った外傷は無く死因は水死と見られます」

「ふじえるさん……なんで、どうして……」


輿水幸子が未だふじえるの死を受け入れられずすすり泣く傍で、プロデューサーが努めて冷静に状況を説明する。


「それで、どうして未央ちゃんに容疑が……」


事件を聞きつけ駆けつけた2人の少女ー島村卯月と渋谷凛ーは信じきれないと目で訴えるようにプロデューサーを見る。


「まだ容疑が確定しているわけではありません。しかし、状況を鑑みるに本田さんが今後容疑者の候補として挙げられる可能性がある、ということは確実です」

「それじゃあ未央はこのまま犯人にされてしまうってこと?」


凛の声に苛立ちが混じる。


「いずれ、場合によっては…」


プロデューサーも信じたくないという感情を隠し切れず、言葉が濁る。


「違う……私、そんなことやってない……!!」


プロデューサーの言葉に更に追い詰められた未央の身体は震え出し、顔から血の気が更に引いていく。
そんな未央の様子を見かねた卯月は、思い切った提案をした。


「だったら!!私が未央ちゃんの疑いを晴らします!!未央ちゃんはそんなことする人じゃありません!」

「しまむー……」

「……分かりました。ですが島村さんのスケジュールの兼ね合いもあります。明日の夕刻を期限としましょう」

「はい!分かりました!がんばります!」

「卯月、私も協力するよ」


親友の本田未央の疑いを晴らすべく、ニュージェネ探偵島村卯月と渋谷凛が立ち上がった……

ーーーーーー

「卯月、まずは昨日の状況を整理しようか」

「はい、元々未央ちゃんたちは幸子ちゃんのプロデューサーであるふじえるさん主催のキャンプに参加するという名目で集まったそうです。参加したのはふじえるさんの他に幸子ちゃん、未央ちゃん、文香さん、美波さん」

「この間のイリュージョニスタのメンバーで行ったんだ。……あれ、まゆは?」

「まゆちゃんは昨日からまゆちゃんのプロデューサーさんとお出かけだそうです」

「ふーん……」

「ふじえるさん達を乗せたワゴンカーは昨日の午後1時にキャンプ場に到着、そのまま準備を滞りなく進め、午後5時には食事の用意が完了していたそうです」

「ここまでは普通のキャンプだね。とても事件が起こるとは思えないくらい」

「ところが午後7時になると急に空が曇り始めて、大雨が降り出したそうなんです」

「大雨?」

「はい。それまで晴れていたのが嘘のように土砂降りの雨が降ってその後のキャンプファイヤー等のイベントは中止、各自割り当てられたロッジで一晩を過ごすことになったそうです」

「そして翌朝ふじえるさんが死んで……どうして未央が疑われるの?」

「そのことなんだけど……」


卯月はキャンプ場の地図を取り出し、鉛筆で印を付けながら説明する。


「まず、ふじえるさんが発見された貯水タンクですが、雨水を貯水して下水道などに利用する仕組みだそうです。だけど昨日の大雨までは晴れてる日が続いてて、タンクの中はほぼ空だったそうなんです」


説明しながら、卯月は貯水タンクの位置に印をつける。


「つまり貯水タンクに水が張られたのは深夜から早朝にかけて、になるのかな」

「さらにその日、キャンプのメンバーは二組に分かれてそれぞれロッジに避難したそうなんですが……」


続けて、貯水タンクの隣のロッジと、川を挟んだ一つ向こうのロッジに印を付ける。


「見てください、ふじえるさんと未央ちゃんが避難したロッジと、幸子ちゃん、文香さん、美波さんが避難したロッジの間に大きな川が流れてますよね?」

「うん」

「この川は大雨が降ると数十分後に決まって川が氾濫を起こしちゃって、とても渡れる状態にならないんだそうです」


卯月はロッジの間を流れる川に大きく×印を記した。

〜〜〜〜〜〜

貯水タンク
↑↓
ロッジ(ふじえる、未央)
×(川が氾濫)
ロッジ(美波、文香、幸子)

〜〜〜〜〜〜


「このキャンプ場、設計に問題があるんじゃないかな」

「えーと、それは置いといて……つまり、貯水タンクに水が張られたのは深夜から早朝で、その間は川が氾濫してて美波さん達は貯水タンクに行けません」

「つまりふじえるさんが貯水タンクで水死したとすると……その時刻に貯水タンクに向かえるのは未央だけ、というのが警察の見解なんだね」

「はい。……だけど」

「うん、未央はそんなことしない。それは私たちが一番知ってる」

「……そうですね、凛ちゃん。ですから、これから私たちで皆さんに聞き込みをしましょう!」

「じゃあ、手分けして行こうか」

ーーーーーー

「しまむー……私じゃない、私じゃないよ……」

「わかってますよ、未央ちゃん」


犯人として疑われた未央はいつもの元気な明るさは見る影もなく憔悴していた。
瞳は暗く沈み、どこか縋る場所を探しているかのように弱々しい。


「だけど未央ちゃん、未央ちゃんの疑いを晴らす為にも、昨日何が起きたか教えてくれませんか?きっと、話せば楽になるから」

「うん……」


卯月の屈託の無い笑顔に余裕を取り戻した未央は、少しずつ昨日の出来事を語り始めた。


「……雨が降るまでは本当に楽しかったんだよ?キャンプ場に向かう途中の車内ひとつ取ってもみんな笑顔で楽しく過ごしてて、キャンプ場に着いてからも準備だけではしゃいじゃってさ……。でもみなみんやふみふみは年上らしくテキパキと準備済ませるし、ふじえるさんは川で遊んでるし、さっちーもふじえるさん連れ戻そうとして結局2人で遊んでたし、ふじえるさん寝るし」

「ふじえるさん一応主催で最年長なんですよね……?」

「しかも川に落ちてびしょびしょのまま火に近づいたせいでせっかく起こした火種を潰して私の仕事増やすし」

「えっと、未央ちゃん、顔が怖い……」

「……でも、楽しかったんだ」



「……ねえ未央ちゃん、その日雨が降るってことは誰か知ってましたか?」

「うーん、……確かみなみんとふみふみは天気予報で降られるかもしれないって言ってたような……でも、だから止めようとは2人とも言わなかったかな」

「なるほど……」


卯月はメモをまとめながら、事件を解決する糸口を探す。

しばらく思案したのち、卯月はいよいよ未央のアリバイが無い深夜へと話題を切り出した


「それで、その、未央ちゃん……えっと、雨が降った後の話だけど、聞いても大丈夫かな?」

「うん……大丈夫」


未央の表情から緊張や焦燥が解け始めた。


「まず雨が降った後なんだけど、私は自分の荷物を置いてたロッジに避難したんだ。元々私のロッジは私とさっちーが泊まるところって割り当てられてたから、そこに2人の荷物をまとめてたんだよね。ふじえるさんもさっちーがいるからって入りたがってたんだけど、さっちーの猛反対に遭ってふじえるさんだけ車で寝ることになって」

「ふじえるさん……」

「だから私もてっきりふじえるさんは車の中に入ったとばかり考えてたのに、…まさかあんなことになるなんて」

「あれ?結局ロッジにはふじえるさんは来なかったんですか?」

「うん、朝まで私一人だったよ」

「でも未央ちゃんの話だと幸子ちゃんもそこに泊まるはずだけど…」

「あー…さっちーはね、ふじえるさんと一緒に川に落ちてびしょ濡れになって、乾くまで近くのみなみん達のロッジに待機してたんだ。それで雨が降ってからはそのまま向こうのロッジで朝まで過ごしてたみたい」


卯月は頷きながらメモに書き込んでいく。


「あとは特に何も無かったかな」

「じゃあ最後に未央ちゃん、他に気になることとか何かありませんか?夜以外の話でもなんでも」

「うーん…………はっ!?」


未央が何かに気づいたように目を見開く。


「もしかして何かありましたか!?」



「いやー、そういえば車の中でふみふみがすぐに車酔いしちゃってさー。そこからキャンプ場までずっと車の窓全開だったから涼しかったなーって……えへへ」

「えへへ、楽しそうですね!」


ようやく元気を取り戻し始めた未央は、しばらく他愛のないキャンプの話を卯月に話し始められるようになり、それからしばらく卯月と会話に花を咲かせた。

ーーーーーー

「ふーん、それでキャンプの準備は美波と文香と未央の三人でやってたんだ」

凛は昨日の状況を新田美波と鷺沢文香の両名に聴取する。

「はい……ふじえるさんは車を降りてすぐに川を見つけて行ってしまい、幸子さんもふじえるさんを連れ戻そうと追ったので、幸子さんとふじえるさんは準備には参加されませんでした。ですが後の事を考えると、そのままの方が都合が良かったかもしれません」

「どういうこと?」


文香に尋ねる凛に美波が補足する。


「その後ふじえるさんが戻ってきたんだけど、川に落ちてずぶ濡れのままこっちに来て……ちょうどその頃未央ちゃんがバーベキューの火を起こしてた最中だったのに、火を消しちゃったんですよ!」

「ふじえるさん、控えめに言ってなんの役にも立たなかったんだね」

「凛さん、控えめな言い方では無い気がしますが……」

「それで、準備中に3人はどんなことをやってたの?話から未央は火を起こしてたみたいだけど」

「はい……美波さんは主にバーベキューの設営を、未央さんは火の準備を、私は飲み物の準備を行なっていました」

「そういえば文香ちゃんごめんね!発泡スチロールの箱とかすっごい重かったでしょ?」

「いえ、日頃から書籍の運搬で重い物には慣れていますので……」

「発泡スチロール?クーラーボックスじゃなくて?」


ふと疑問に思った凛が会話に割り込む。


「うん、ふじえるさんのトランクに結構積んであってね、中身は見てなかったけど、確かドリンクが入ってるって聞いたからすごく重そうだなって思ってたの。だけど準備の時文香ちゃんが率先して運んでくれて、すごく助かったんだ」

「屋外ですから飲料は多いに越したことは無いと思いまして……」

「でもいつの間にか空になってたね。みんなそんなに喉乾いてたのかな?」

「多めに用意していたつもりでしたが、どうやら少なかったようでしたね……」


「ふーん……それで、雨が降ってからはどうしたの?」

「はい……美波さんと未央さんは急いでその場の片付けをして先に急いで戻り、私は寝ていたふじえるさんを起こしていました」

「寝てたんだ……」

「ふじえるさん、川で散々はしゃいだあとに疲れて寝ちゃうって、なんだか子供みたいだったね」

「ええ……子供と言うには、少々背丈が大きすぎますが」

「ふじえるさん、本当にプロデューサーなのかな……」

「それで、文香ちゃんがふじえるさんを起こしている間に私と未央ちゃんは片付けを終えて先にロッジに戻ったんだ」

「みんな一緒じゃなかったんだ」

「本当はそれが良かったんだけど……ふじえるさんがなかなか起きてくれなくて文香ちゃんに任せちゃったの」

「元々私に任された役割だったので、私1人で大丈夫と、美波さんと未央さんに先に戻るように伝えました。私の為に2人が濡れてしまうのも申し訳ないので……」

「うん、文香は悪くないよ。ふじえるさんのせいだね」

「その後ふじえるさんが起きたので、私とふじえるさんは急いで戻り、未央さんのいるロッジで別れました。あとは翌朝まで美波さんと幸子さんと時折四方山話に花を咲かせながら、朝まで過ごしました」

「うん、わかった。美波、文香、ありがとう」


ーーーーーー


卯月と凛はそれぞれ持ち帰った証言を共有しながら話し合う。

「うーん、これといって決定的な情報に欠けますね」

「警察もあらかた実況検分を済ませた後だからね、私たちだけで新しい証拠は簡単には見つからないんじゃないかな」

「そうですけど、このままだと未央ちゃんが犯人になっちゃいます」

「卯月、そのことについてだけど」


凛が卯月に話を切り出した。


「そもそも、なんで未央は疑われてるんだっけ」

「それは、貯水タンクに水が溜まる深夜から早朝に現場に向かえるのが未央ちゃんだけだったからですよね?」

「そう。それなんだけど……」


凛はスマートフォンを操作し、ある画面を卯月に見せる。
凛が見せた画面には、ごく浅い水深での事故例が列挙されていた。


「ふじえるさんが水死したと言っても、必ずしもタンクに水が満杯になった時だけとは限らないんじゃないかな。ほら、例えばこの事故は水深30センチ程度の浅い水辺で起きてる。うつ伏せになって顔が浸る深さ程なら、タンクに水が一杯にならなくても犯行が可能だと思うんだけど」

「なるほど!それなら」

「いえ、それは難しいかと思います」

「わぁっ、プロデューサーさん!?」


プロデューサーの不意の登場に2人は目を見開いて驚く。


「確かに数十センチ程度の水深による死亡事故は例がありますが、多くは水死に至るまでに転倒、打撲、脳震盪による意識の喪失が見られます。その為直接的な死因は溺死であっても、頭部に擦過傷、打撲痕が見られますが、今回のふじえるさんの場合そのような特徴的な外傷が見当たりませんでした」

「じゃあ縄で縛ったり、手足を拘束していたとかは?」

「その、索状痕すらです」

「そんな……」


ようやく掴みかけた解決の糸口が断たれ、二人は落胆する。


「でも、私は諦めません!まだ時間はありますよね!」


しかし、卯月は再び奮起する。
親友の疑いが晴れるまで、笑顔を絶やさぬように。


「……分かりました。島村さん、渋谷さん。引き続き調査をお願いします」

「はいっ!」

「それと、渋谷さん」

「なに?」

「ふじえるさんが浅い水深で溺れた可能性は限りなく低いですが……」


プロデューサーは視線を落として、首の後ろに手を当てる。


「もしふじえるさんが殺されたのがその時点での出来事だとしたら、全員のアリバイが消えるかもしれません」

「……うん、ありがと。プロデューサー」


不器用なプロデューサーの応援に、凛は微笑んだ。

ーーーーーー

「キャンプ場に着いてからのボクとふじえるさんの様子ですか?」

「はい、きっと幸子ちゃんしか知らない情報だから、聞きたいんです」


プロデューサーのふじえるの死からようやく立ち直れた幸子に、卯月は尋ねる。
幸子の目に赤みが残っていることから、さっきまでも泣き続けていたことは明白だが、卯月はあえて触れなかった。

「仕方ないですねぇ、教えてあげましょう。まずは車に降りたふじえるさんが…」

話すことで感情を楽にしようと無意識にしたのか、幸子はふじえると2人で川に遊んだことを長々と話し続けた。

川で連れ戻そうと奮闘したこと。
勢い余って2人で川に落ちたこと。
幸子は濡れた服を乾かすため暖炉のある美波たちのロッジに向かったこと。
ふじえるは濡れたままバーベキューの会場に向かったこと。

卯月は微笑みながら相槌を打ち、幸子の話を続けさせた。


「ふふっ、ふじえるさんと幸子ちゃん、楽しそうですね」

「まったく、付き合わされたこっちの身にもなってほしいですよ……ふじえるさん……ふじえる、さん………ひっぐ」

いつもの調子で呆れるそぶりを見せる幸子だが、もうふじえるがいないことを思い出すと、声がまた震え始めた。


「幸子ちゃん、つらいですよね……ごめんなさい、無理に話をさせちゃって」

「いえ、いいんです。このくらい、へいき、ですから……」


幸子の嗚咽が止むまで、卯月は側で幸子の話を聞き続けた。


「そういえば卯月さん、些細なことですが一つ、いいでしょうか」

「はい!なんですか?」


しばらくして幸子が泣き止んだ後、卯月の帰り際に幸子が声をかけた。


「いえ、ボクがちょっと気になったことなのでお役に立つかどうかは分かりませんが……」

「なんでもいいですよ!話してください!」


「それでは。車のトランクに発泡スチロールの箱が入ってたと言う話は聞きましたか」

「はい、確かドリンクが入ってるって話だったと思います」


「でも、ふじえるさん、発泡スチロールが嫌いなんですよ」

「……え?」

「ボク以外はふじえるさんの担当じゃないので知らないと思いますが……ふじえるさんは発泡スチロールの擦れる音が本当に苦手で、自分で荷物を作るときも絶対に発泡スチロールは使わないんですよ」

「でも、トランクに積んであったって言ってたような」

「はい、だから不思議だったんです。多分誰かの荷物を入れただけとは思いますが」

「なるほど……幸子ちゃん、ありがとうございます!」

ーーーーーー

「ふーん……ここが貯水タンク?それほど大きくないかな」

凛はプロデューサーと共にふじえるの死亡現場である貯水タンクに辿り着いた。
土埃がついて汚れた白色のタンクには、多少の年月を感じさせる。

「大きさは3,4メートル四方……ちょっと大きすぎる気がするけど、これって一晩で満杯になるものなの?」

「雨水の取水口をかなり大きく取ってあることと、降水量が非常に多かったことから、今回のように一晩で満杯になるケースはそう珍しくないそうです」

「ふーん……」

貯水タンクの側面には簡易的はアルミの梯子が取り付けられており、上部にはメンテナンス用にマンホールのような蓋が取り付けられている。
タンクの清掃時には梯子を伝ってタンクに登り、蓋から入って内部に潜れる仕組みのようだ。


「ふじえるさんはここから入ったと見て間違い無いんだよね」

「はい。その出入り口以外で人が通れる空間はありません」

「ちょっと中に入ってもいいかな」


凛はひょいと軽やかに梯子を伝い、蓋を開けて中を覗き込んだ。
事件後の処理の為、折角満杯になった水は全て流され、タンクは再び空となっている。
ふじえるが殺されたのが嘘のようにタンクの中には暴れた形跡も無い。


「殺されたにしては綺麗だね…」


凛はぼそりと呟いた。

その後、タンクから梯子を伝って降りた凛はタンクの足元にあるものを見つけた。


「これ、確か美波たちが言ってた…」

凛が見つけたのは、雨に濡れた発泡スチロールの箱だった。

泥まみれのそれは恐らく警察にとってはただのゴミとしか目に映らなかったのだろう。
しかし美波の証言を聞いた凛にとっては、解決の糸口となる重要な手がかりだった。

発泡スチロールの箱を手に取る。

見た目も至って特徴の無いそれは、恐らく誰の目にもただの発泡スチロールにしか見えない。
土汚れのついて少し湿った、ただの発泡スチロールだ。
当然それは凛の目から見ても同じだった。


「これって文香の話だと、飲み物が入ってたんだよね……」


凛は呟きながら発泡スチロールを眺める。
ひっくり返して、回して、傾けても何ら変わりのない発泡スチロール。

内側を眺めると、新聞紙の跡が微かに貼り付いていた。
恐らく中の物を梱包していたと考えられる新聞紙に、凛はふと疑問に感じた。


「発泡スチロール、新聞紙……」


凛は呟きながらスマートフォンを取り出し、画面に指を滑らせていく。

そのまま凛はしばらくスマートフォンと睨めっこを続ける。

やがて凛がスマートフォンを動かす指を止め


「……うん、分かった」


ようやく謎が解けた、そんな晴れやかな顔を見せた。
最終更新:2017年11月02日 21:21