幸子ちゃんとキャンプに行ったら事件が起きた話(解決編)

ーーガチャリ

誰かがロッジに入ると同時に、扉が静かに鳴った。

窓に映る景色はすっかり暗くなり、月明かりが微かに木々のシルエットと夜空を隔てるのみだ。

室内は白熱灯が光り、壁や床を暖かいオレンジ色で照らしている。

ロッジに入った人物が辺りを見回すと、自身を見つめる2人の少女を確認した。


島村卯月と、渋谷凛。


「……なるほど、そういうことですか」

「うん、大体察してくれて助かるよ」


ロッジに入った人物の呟きに、テーブルを挟んで真正面に見据える少女ー渋谷凛が応えた。

自身を見つめる凛から少し目線を外すと、冷静な渋谷凛とは対照的に、困惑した表情を浮かべる少女ー島村卯月が見える。

卯月の表情を確認したのち、ロッジに入った人物は再び視線を凛へと戻す。
その機会を見計らったように、凛は再び口を開いた。


「単刀直入に聞くよ」

「ふじえるさんを殺害したのは貴女だよね、文香」

ーーーーーー

「……何故、そのような結論に至ったのでしょうか」


犯人と名指しされた人物ー鷺沢文香は動揺を見せず淡々と応えた。


「ふじえるさんが水死したのは雨が降っている深夜から早朝の筈。その間私は美波さん、幸子さんと一緒に川向かいのロッジにいましたが……」

「そう。その時間帯は川が氾濫してるから文香たち3人は貯水タンクに出向くことが不可能だった。だからその間の3人のアリバイは互いに証明できる」

「なら、何故私が犯人なのでしょうか」

「……ふじえるさんが殺されたのが、その時間より前だからだよ」


凛は一呼吸置いて、話を続ける。


「今回の事件は、唯一貯水タンク側のロッジにいた未央がアリバイを証明できず疑われたことが始まりだった。でも、少し不自然なんだ」

「不自然、と言うのは?」

「未央ちゃんの証言だと、ロッジに入ってからは一切ふじえるさんと顔を合わせなかったそうなんです」


卯月が文香の疑問に対し答える。


「未央さんの狂言、ではないでしょうか……」

「うん、普通の人はそう思うかもしれない。だけど…」

「ロッジに、ふじえるさんが入った跡も、未央ちゃんが外を出た痕跡も無かったんです」


再び卯月が文香の質問に対して答えた。


「もし土砂降りの中で犯行を行ったなら、未央ちゃんの服も靴もビショビショで、きっと朝まで乾かなかったはずなんです。でも、私たちが今朝未央ちゃんの元に向かった時、未央ちゃんは全然濡れた様子に見えませんでした」

「もちろんこれが証拠というわけでは無いけど、私たちの違和感のきっかけにはなったかな」

「…………」

「続けるね、文香」


文香の沈黙を、凛は推理続行の合図ととった。


「だから私たちは未央以外に犯人がいる仮定で推理を始めたんだけど、ここでネックになったのが貯水タンクの水が溜まるタイミングだった」

「確か日中は貯水タンクが空だったと……」

「うん、空の貯水タンクが満杯がそれに近くなるにはどうしても時間がかかる。どんなに雨が強かったとしても、水が溜まってから動けるのは未央しかいなかった」

「もし空の貯水タンクで殺されたとしても、ふじえるさんは溺れることはできませんし、ふじえるさんの身体には致命傷となりそうな怪我もありませんでした」

「つまり、卯月さんの言葉通りならふじえるさんは溺死しかありえないと考えられますが……」

「そう、そこで私たちはつまづきかけた」


凛はやや食い気味に文香の発言に割り込んだ。
言葉を遮られた文香は、気にする素振りもなく平静を保っている。


「だけど、これが解決の糸口になったんだ」


凛は足元から発泡スチロールの箱を取り出した。


「……っ」


推理が始まってから一切の動揺を見せない文香の瞳が、ようやく、初めて揺れた。


「この至って普通の発泡スチロール、確か中身は飲み物って言ってたかな……なんだけど、実はこの中身を直接見た人はほとんどいなかったんだよね」

「私たちで聞き込みした証言を擦り合わせると、開封されたのはキャンプ場についてから。その間に幸子ちゃんとふじえるさんは川に行ってて、美波さんも中身について話で聞いただけ、未央ちゃんは火起こしをしていたからノータッチだったんです」

「……ふじえるさんが荷物を積む際に見ていたかもしれませんが」

「それは考えにくいと思います」

「何故でしょうか……?」

「ふじえるさんは発泡スチロールの音が苦手で、一切触ろうとしないからです」

「……それは初耳でした」

「だから中身を確認できる人は文香さんしかいません。箱の中に本当は何が入っていたのか、文香さん以外知り得ないんです」

「それにこの箱を私が見つけた時、内側に新聞紙の跡が張り付いてた。多分中に入っていたものに新聞紙を包んでいたと思うけど、ドリンクを新聞紙で包む、というのは少し変じゃないかな」


凛は手に取った発泡スチロールの内側を眺めながら話す。


「そこで発泡スチロールと新聞紙で梱包が必要なものをしばらく調べたら、あるものが該当したんだよ」


凛は発泡スチロールに向けていた視線を文香へと戻す。


「ーードライアイスが」

ーーーーーー

「ドライアイスは二酸化炭素を固形にしたもので、まあみんな知ってると思うけど……氷よりも冷たいからよく保冷剤に使われるけど、実は結構危ないんだよね。常温だと無色無臭の二酸化炭素に昇華するから、ワゴン車の運搬中に気づかずに二酸化炭素濃度が上がって事故死したケースも結構あるんだ」

「私の推理はこう」

「まず文香は発泡スチロールと新聞紙でドライアイスを梱包してふじえるさんのトランクに積み込んだ」

「でもそのままだと車内全員が酸欠に陥るから、車酔いを装って常に窓を開けっ放しにさせた」

「キャンプ場に着いた後、文香は荷物の運搬作業中にドライアイスを貯水タンクに放り込んだ」

「タンクに放り込まれたドライアイスは内部で昇華し、タンク内は二酸化炭素で満たされた」

「その後、雨が降ってきたタイミングを見計らって、何らかの手段でふじえるさんを貯水タンクへと誘導した」

「人って一定の酸素濃度を下回る環境だと、たった一回の呼吸で意識を失うんだよね。多分ふじえるさんも一息で昏倒したはず」

「そして文香は川向かいのロッジに避難し、朝までロッジで過ごした」

「その間貯水タンクには水が溜まるから、中の二酸化炭素はどんどん追い出されて、やがて水だけになった」


「……どうかな、文香」


淡々と推理を述べた凛は、文香に尋ねた。


「……なるほど、素晴らしい推理だと思います。しかし、その推理を証明する証拠はあるのでしょうか……?」

「まだ無いかな」

「ええっ!?」


何故か卯月が驚嘆した。


「だって凛ちゃん、後は任せてって、私、てっきり凛ちゃんは証拠も持ってるものだと……」

「落ち着いて卯月。確かに証拠は今は無いけど、この事を警察に話せばきっと検死が入る。そこで血中の二酸化炭素濃度を調べれば、溺死で片付けられようとしていたこの事件を覆せる事ができる」


「だから文香、もう一度聞くね」


「ふじえるさんを殺害したのは、文香だよね」


2度目の凛の質問に対し、文香は軽く溜息をついたのち答えた。


「……やはり慣れない事はすることではありませんね。……確かに、私が犯人で相違ありません」

「どうして!!」


最初に反応したのは卯月だった。


「なんで、どうして文香さんが、こんな事をしなければいけなかったんですか!?」


堰を切ったように、卯月が捲し立てる。
しかし、文香はどこ吹く風と表情を変えない。


「その前に補足を……凛さん、確か推理ではふじえるさんをなんらかの手段で貯水タンクに誘導と仰っていましたが、極々簡単な事です。"貯水タンクに車の鍵を落としてしまった。水が溜まる前に拾いたいが明かりがないのでふじえるさんのスマートフォンで照らしてほしい"……これを伝えるとすぐにふじえるさんは動いてくれました」

「ふじえるさんの優しさを、利用したんだね……」

「ええ、…………私からこれ以上お伝えすることはありません」

「待ってください!なんでふじえるさんを殺したのか、理由が知りたいです!」


文香は表示を崩さないまま、卯月の方へゆっくりと顔を向けて告げた。


「卯月さん……申し訳ありませんが理由を話す必要がありません。私は明確な殺意を持って犯行を計画し、ふじえるさんを殺害しました……そこに酌むべき情状はありませんし、仮に理由を告げたとして、何も事態は変わらないのです」

「でも、そんな、文香さんが……」

「稚拙な計画を暴かれた愚鈍な殺人者……それが、私の全てです」

ーーーーーー

「ふじえるさん……」


真夜中、幸子は川に流されていくふじえるの死体を眺めてすすり泣いていた。
幸子は遠ざかり闇に紛れていくふじえるの姿を最後まで見届けようと目を凝らす。

やがて川に流されていくふじえるの姿が消えた頃


「幸子ちゃん!!」
「ふじえるさん!!」


ふじえるはとりあえずまた復活した。


「……今回はしてやられましたね」


闇の中からプロデューサーが顕現する。
プロデューサーの言葉に対し、ふじえるは苦々しそうに言葉を吐いた。


「ああ……まさか文香にまで"奴ら"の毒牙にかかっていたとは……あいつらはアイドルの手を血に染めることすら厭わないってことか。……忌々しい!」

「ええ、私も今回ばかりは許せません。現在動向を佐久間さんとそのプロデューサーさんに探らせていますが、未だ尻尾すら掴めていません」

「まゆさんの監視ネットワークすらすり抜けるなんて……只者じゃありませんね」

「そうだな……ここからは激しい戦いになりそうだ。ちなみに文香は?」

「鷺沢さんはふじえるさんを殺害した罰として事務所の清掃と雑巾掛けを課しました。罪の重さを考えると妥当かと」

「いや妥当じゃなくない?」

「さあふじえるさん!行きますよ!ボクの世界一カワイイパワーがあれば不可能なんて存在しません!」

「……おう!」

三人の足元に魔法陣が光る。
魔法陣から放たれる光の粒は3人を包み、その存在を光で埋めていく。

やがて三人の全身が光で全て埋め尽くされた時、

ーーフッ

ロウソクの火を吹き消したかのように、三人の存在が消えた。
最終更新:2017年11月11日 03:16