凛世ちゃんと事務所で密会する話

9月5日 くもり

 今日も凛世さんはプロデューサーさんの部屋に行って練習をしてました。毎日夜遅くまで頑張っててすごいです!
 中は鍵がしまってて様子が分かりませんが、二人ともすごく息を切らした声が聞こえます。凛世さんは時々つらそうな声をあげてて、大変そうです。
 凛世さんに聞いたら「ひみつのとっくん」だと言いました。何の練習をしているかまでは教えてくれませんでしたが、きっと凛世さんとプロデューサーさんの合体技だと思います。
 二人とも大変そうですが、いつか練習の成果を見れる日が楽しみです!

ーーーーーー

 夜半の刻、静まり返った事務所の一室。
 がちゃり。鍵を締める音を合図に、今宵もひと時の逢瀬を重ねます。

 凛世と貴方様との、密かなひと時。

「凛世……」
「……はい」

 ソファに座る貴方様が、凛世を呼びます。
 なにかを言い含めるように、静かに。
 その声にどんな意味を込めたのか、問いません。凛世はただ、貴方様の呼びかけに答えます。

 何故ならーー

ーーーーーー

ーーすまない。人目がつかない所がここしか見つからなくて……

 それは、凛世の想いが貴方様と通じたあの日からしばらく経った後のこと。想いが実を結んだ胸の昂りが、痛みを訴えなくなった頃。
 人とは貪欲なもので、想いが通ずれば次は温もりを、その肌を、箍が外れた凛世の心はますます欲張りになっていました。
 それは貴方様も同じだったようで、ある日、凛世と二人きりで共に過ごせる場所を見繕うと仰いました。
 そしてそこは夜遅くの事務所の一室。それも、皆様が決まって早く帰る日に限ってのことでした。
 貴方様は申し訳なさそうに目を伏せます。もっと凛世が喜ぶ様な場所を見つけたかったが、人目につかない所が中々見つからなかったと。
 ですが凛世は気になりませんでした。貴方様が凛世の為に探してくれた事、そしてその場所を見つけてくれた事が何よりの喜びでした。

ーーいえ……ですが、一つ…………お願いがあります……
ーーん、なんだ?

 だから凛世は、貴方様と約束を交わしました。

ーーできればこれから、この時、この場所で……
ーー……ああ、分かった。だけど連絡とかは無しだ。この時間にこの場所に来る、それだけを合図にしよう。

ーーーーーー

 それは儚い口約束。どちらかが破ればそれで終わりの、儚く、脆く、淡い繋がり。
 ですが今夜も、貴方様は居ました。それが何よりも確かな、二人を結ぶ繋がりでございましょう。

 ぽすん。

 凛世も、貴方様の居るソファに腰をかけました。いつもの様に貴方様の右隣。
 そこから他愛のない会話、互いがいない時の話を交わします。

 ですが自然と会話が途切れる頃、

「……っ、」

 蝋燭の火が消える瞬間の様に、その時は訪れます。

 貴方様の手が凛世の手に重なり、そっと凛世の手の甲を撫でました。ぞくり、と肌が震えます。
 その震えは怯えでも嫌悪でもなく、期待に満ちた痺れ。幾度交わった経験が肌に染み付いたのでしょう。手の甲を撫ぜる微かな刺激が、腕を登り、肩を伝い、全身に広がって、神経を甘く溶かしていきます。

「……っ、ぁ……」

 そしてその痺れはそのまま、貴方様の手が通る道標となり、凛世の腕を、肩を、背中を、貴方様の手が這って進みます。

「プロデューサー様……」

 貴方様の視線が徐々にねばついて、熱を帯びてゆきます。その視線すら、凛世を溶かしてしまいそうで、吐息が濁り、曇ってゆきます。
 こんなにはしたなく乱れる凛世は、想い人に少し撫でられただけで熱に浮かされるような女は、貴方様の目にどのように映っているのでしょうか。

「あっ……」

 不意に、肩を抱かれ、貴方様の顔が眼前に迫ります。
 ですが、そこまで。

「プロデューサー様……?」

 貴方様はそのまま、唇を重ねる手前で止まりました。
 その瞳に微かな逡巡を浮かべて。

「凛世……」

 凛世の名前を呼ぶその声は、凛世の意志を問うようで、引き止めるようにすら聞こえます。何度問われようと凛世の意志は変わらないというのに、何故、貴方様は躊躇うのでしょう。

 いえ、存じております。
 貴方様を踏み止めるのはきっと、柵。
 決して公にはできぬ貴方様と凛世の関係。
 皆に隠し、欺く罪悪感。
 貴方様の瞳に陰を落とす、二人を縛るあまりに多くの柵。そしてそれは、未熟で幼い凛世には想像もつかぬほどに重く、大きく………

 存じております。ですがーー

「プロデューサー様……」

 ですがこの時だけはーー

「今はただ、凛世のことだけを……」

 どうかこの逢瀬に、溺れてはいただけないでしょうか。

「…………凛世!」
「んっ……」

 貴方様の唇が凛世の唇を塞ぎました。
 柔らかな感触が二つ、張り付いて、絡み合う、心地よい感覚。
 待ち侘びたその時に、じれったく燻っていた痺れが、一気に噴き出します。

「ん……んむ、んん………」

 甘く、痺れる。

「んぷ、ぁ、ん……」

 緩やかに、蕩けていく。
 重ねた唇に呼吸すら奪われ、凛世は溺れていきます。

「ーーぷはっ」

 永遠にすら思えた接吻も終わってみれば一瞬で、再び見えた貴方様の顔は凛世と同じように蕩けきっていました。胡乱な瞳は凛世だけを映しています。
 先程までの迷いも葛藤も全て溶け、ようやくこの空間は、二人だけの世界に成りました。

「凛世」
「はい」

 ゆっくりと肩を押されて、ソファに身体が沈みます。

「凛世」
「はい……」

 ゆっくりと貴方様の身体が明かりを遮り、凛世の身体が貴方様の影に落とされていきます。

「凛世」
「はい……!」

 もう、貴方様のお姿しか見えません。
 もう、貴方様のお声しか聞こえません。

「凛世」
「はい……っ、あっ……」

 貴方様の手が、凛世の衣服の、その奥に滑り込んでいきます。
 そして今宵もまた、貴方様と溶け合って、一つになるのでしょう……

 嗚呼、凛世は今、幸せでございます。
最終更新:2019年09月13日 12:30