凛世ちゃんが智代子ちゃんに自分の体験を話す話

「り、凛世ちゃん! 何読んでるのっ!?」

 友人の凛世を連れ訪れた古書市、所狭しと並べられる古本、漫画の山に目を輝かせる智代子の目に入ったのは、恋愛漫画を読み耽る凛世の姿だった。

 ただし智代子が驚いたのは立ち読みする凛世の姿にではなく、凛世が読んでいた本ーーいつもの少女漫画でなく、過激な性描写を含むーー所謂レディースコミックにあった。
 開いているページにも主人公と思わしき女性が逞しい身体つきの男に抱かれ官能的な表情を浮かべている。

「智代子さん……」

 智代子の声に気づいた凛世が頁をめくる手を止め振り向いた。

「あっ凛世ちゃん、本は閉じて! 周りに見えちゃう!」
「これは、失礼いたしました……では、レジに行ってまいりますので、しばしお待ちを……」
「あっ買うんだそれ!?」

 周りの注目を引いているのはむしろ智代子の声の方だが、二人はそれに気づくことなくそそくさとその場を後にした。


 古書市での物色を終え、二人は近場の喫茶店に入った。
 二人とも紅茶を頼み、智代子はケーキも添え、テーブルに並ぶ。

「それにしても凛世ちゃん、ああいう本読んでも眉一つ動かさないなんてすごいね……」

 智代子は紅茶を飲みながら凛世に尋ねる。

「ああいう本、とは……?」
「ああいう、その、男の人と女の人が……みたいな」
「それは、智代子さんも読まれているのでは……?」
「ええと、少女漫画じゃなくて……いやたまに少女漫画でもそういうシーンあるけどそうじゃなくて……それよりもちょこっとオトナ向けというか……」

 肝心の言葉を濁して智代子は言い淀む。
 智代子はレディースコミックの存在を知ってはいる。スマホをいじっていると広告が嫌でも目に入るからだ。しかし大抵すぐに閉じたりスクロールで飛ばしたり、智代子にとっては周りの目に入らないよう気を揉むだけの厄介な存在でしかなかった。中には智代子の興味を引く内容の広告もあるにはあったが買うには至らなかった。だからこそ……

「そういうの、買っちゃうんだ……」

 凛世の即断即決に感心していた。

「凛世ちゃん、その本、そんなに面白かったの?」
「はい……この漫画を読んでいると……凛世とプロデューサーさまの想いが通じた……あの日を思い出すのです」
「あそっか、付き合ったんだっけ」
「はい、その節は……」

 説明しよう! この話は凛世とプロデューサーがこっそり付き合い始めた世界線である!倫理観とかキャラクター性とかキャラ崩壊とか個人の信条は一切無視してそういう設定なのだ!周りの目?社会的立場?うるせ〜!知らね〜!!そしてその馴れ初めに智代子の助力が欠かせなかった、そういう設定でお願いしたい!!!!!!

「そっか、じゃあこういうシーンも慣れっこだよね」
「はい……」

 自分より一足先に大人になった、友人の顔を眺めながらしみじみと話すが……

(……あれ? そういうのに慣れっこってつまり……)

「ご、ごめん凛世ちゃん。これセクハラだよね!」

 思わぬ失言に気づき平謝りした。
 しかし言われた当の本人は気にした風を見せず、涼しい顔をしている。

「いえ、大丈夫です……」
「いいやいや! なんか私の知らない世界だなあと思って口に出ちゃっただけで、凛世ちゃんの経験が気になるとかそういうのじゃないから! 誤解しないで!」

 失言して軽くパニックに陥る智代子に、凛世はぽつりと話した。

「智代子さんでよければ、お話、いたしましょうか……?」
「……へ?」

 凛世の口から出た言葉に、智代子は一瞬固まった。

「凛世ちゃん、本気で言ってる?」
「はい……凛世もまだまだ事を知らぬ身ゆえ……智代子さんと互いの見聞を話し合い、知見を深められればと……」
「それは、その……」

 悪いよ、そう言いかけて智代子は逡巡した。

(こういうのって聞くのはよくない気がする……けど!折角凛世ちゃんが話してくれるチャンスだし、すごく気になる!でも凛世ちゃんの経験ってプロデューサーさんしかいないからプロデューサーさんの秘密も漏れちゃうワケでプロデューサーさんに悪い気が……でもでも、もし凛世ちゃんがプロデューサーさんに変なプレイされていじめられたら……いやいやプロデューサーさんに限って凛世ちゃんにひどいことなんて)

「嫌……でしたら、この事は忘れてください……」

「えーっと、凛世ちゃん……ちょっと待って……」

(どうしようどうしようどうしよう……!)

 頭を抱えうんうん唸る智代子。
 脳内で様々な感情と意見が湧いては消えていく。
 苦悶と葛藤を繰り返した末にーー

「お、お願いします……」

 智代子は己の好奇心に負けた。

「はい、では……」

 凛世はぽつりぽつりと語り始めた。

ーーーーーー

……ぴちゃり、ぴちゃり

 耳元に響く、水音。

ーープロデューサーさまは……よく、凛世の耳を舐めるのです
ーーえ、耳?
ーーはい……

 凛世の耳元で粘つく、水音。
 温い吐息と共に纏わりつく、貴方様の水音。

ーーそれは随分とマニアックだね……
ーー初めは、凛世も不思議に思うばかりでした

 眼前には、貴方様の広い肩。
 貴方様の口から与えられる、生温かい舌の感触、吐息、凛世の名を呼ぶ声ーーくすぐったさと共に伝わる貴方様の存在に、心が静かに喜びに満ちていきます。

……ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ

「……っ、はぁ、凛世……」

 相対して抱き合ってる故、貴方様の御顔は分かりません。
 ですが、無心で凛世の耳を舐る貴方様はさながら甘える子犬のようで、さぞ可愛らしいのでしょう。

 そう考えているうち、自然と手が、貴方様の背中を撫でていました。

「はい……凛世はここに……」

 凛世の耳を舐めるプロデューサーさまは戯れる大きな犬のようでございます。
 戯れに首筋に口づけを落としては、また耳を食み、首に舌を這わせては、その舌を耳まで戻し、また舐り……凛世の耳はそこまで美味なのか、擽ったさに身体をよじらせながら、考えていました。


ーーですがある日。その擽ったさが……熱を帯びたのです……

「……ぁんっ!」

 不意に、喉から漏れる嬌声。
 幾度繰り返した児戯ーーいつもの様に凛世の耳をプロデューサー様に差し出し、心ゆくまで舐めていただく、ほんの軽い戯れーーだった筈のその刺激は、凛世の身体を走らせる甘い稲妻と成りました。
 凛世の声に驚いたのか、プロデューサー様の舌が動きを止めました。

「ぷ、プロデューサーさま……申し訳ございません……」

 凛世は慌てて口元に手を置きますが、

「駄目、もっと声を聞かせて」

 プロデューサー様に手を掴まれ、剥がされてしまいました。
 そしてその口は再度、凛世の耳を舐り始めました。

 とん、とん、とん。
 貴方様の熱い息が、凛世の耳を優しく叩きます。
 そして吐息に合わせて走る、ぞくぞくとした、痺れ。

……ぴちゃり、ぴちゃり

「んんっ、ふっ、ふぅ……」

 耐えられたはずの刺激に、耐えられない。
 音すら凛世の身体を追い詰める毒のよう。

「はぁっ、ぁ、プロデューサーさま……これは」
「凛世、気持ちいいか?」
「…………あ」

 一体凛世に何をしたのか、尋ねようとしたとき、貴方様の口から出た言葉が、すとんと胸に落ちました。

 『気持ちいい』

 心地よさとは真反対の刺激、心休まらぬ刺激のはず……なのにこの感触は『気持ちいい』と、身体が理解したのです。

「……ぁっ……これが……」
「凛世、もっと舐めるぞ」

 じゅるり、わざと大きな音を立て、激しく舌を動かし始めました。

「ああっ!」

 気持ちいい、気持ちいい、これが、気持ちいい。
 与えられる刺激、その答えを見つけた凛世の耳はより敏感に『気持ちいい』を感じようと神経を尖らせます。
 それは凛世の意思とは無関係の、反射のようなものでしょうか。お腹を空かせた子犬が餌を貪ることを止められないように、凛世の耳も、貴方様から受ける快楽をより貪ろうと鋭敏になっていきました。

「やっ、プロデューサーさま……もう……」
「まだだよ、凛世、もっと……」
「……きゃっ」

 耳を這う、ぬめぬめとした感触。
 耳の裏、耳たぶ、耳の中まで、味わい尽くそうと、執拗に舐め回されます。
 貴方様の舌が通るたび、じんじんと耳が痺れ、ふやけていきます。

 耳を舐められ、吸われ、時折甘噛み。
 凛世の耳を玩具にしたプロデューサー様の戯れがしばらく続いた頃。

……あ。

「プロデューサーさま……プロデューサーさま、これ以上は」

 凛世はプロデューサー様に限界を訴えました。

「まだしばらく舐めさせて」

 ですが意地悪なプロデューサー様はにべもなく断ります。

「いえ、あっ、あの……」
「耳、まだ痛くないよね」

 違うのです。
 痛くはないのです。
 耳ではないのです。

「耳、ではなく……」

 また一つ凛世の身体がおかしくなったのです。

「ん、耳じゃないって何かあったか?」
「そ、その……あの……」

 ですが言えるはずもありません。

「……なんでも、ございません」
「そっか、じゃあまだ耳貸して」
「そんな……ひゃっ」

 貴方様に舐められるたび、凛世の、お腹の奥が、熱を帯びてきたなどとーー

ーーーーーー


「……………」
「浅学ゆえ、プロデューサー様との夜伽は……新たな発見の連続でございます」

 気がつけば智代子は口を開くのを止め、ただ凛世の話を聞いていた。

「……ねえ凛世ちゃん」

 智代子がおもむろに口を開く。

「この話って、誰かに話したりは?」
「いえ……智代子さんが初めてでございます……」

 凛世の言葉を受け、ため息をひとつ。そして凛世に告げた。

「この話、絶対他の人にしちゃダメだからね!? 絶対に秘密だよ!?」
「はい……乙女の秘密に、いたします」

ーーーーーー

ーーミニライブ会場

「智代子? 聞こえてないのかな……おーい智代子、もうすぐ出番だぞ」

 ミニライブ会場、その控室。プロデューサーは智代子に声をかけるが、智代子からの反応はない。
 小声で何か呟いているが、その内容までは分からない。

「智代子、智代子ー……」

 声をかけても上の空の智代子にプロデューサーは困った表情を浮かべる。
 会場はガヤガヤと騒がしく、声が聞き取りづらいのだろう。プロデューサーはしばらく考えた末、やれやれと智代子の耳に顔を近づけ、

「……おーい智代子」

 耳元で囁いた瞬間だった。

「ひいいああっ!?」
「あ、気づいたか」

 雷に打たれたように智代子が飛び上がった。
 智代子は慌てて耳を抑え、プロデューサーを睨む。

「い、いきなり耳なんて、私に何するつもりですか!?」
「お、おう、智代子。聞こえてなさそうだから近づいただけだが」
「だとしても! もっとこう心の準備とか色々あって、不意打ちでやるのはよくないですよ!」
「あ、ああ、悪かった。気をつけるよ。だけどそろそろ出番だ」
「……あ! すみません、行ってきます!」

 わたわたと慌てながら智代子は席を立ち走り去って行った。
 智代子の反応に面食らいながらも、プロデューサーは舞台に上がる智代子を見送る。

「プロデューサーさま……ただいま、戻りました……」

 智代子と入れ違いで凛世が戻ってきた。

「……凛世。俺たちの話、智代子に漏らしたりしてないよな?」
「……乙女の秘密にございます」
「話したんだな!?」
「乙女の秘密に、ございます……」
「ああもう、どんな顔してみんなと顔合わせればいいんだ……」
「ふふ……」
最終更新:2019年12月20日 12:03