最近おばあちゃんの容体があんまりよくないから家族もいつか亡くなるときが来るっていうのを嫌でも自覚させられて、いつかお礼を言おうと思ってるんだけどなかなか言えないのよ。だからいつか母さんがいなくなってしまったときも何も言えないのは嫌だなあって思ってるけど改まって言うのもなんか気まずいなあって最近ちょっと悩んでる。
というわけで、プロデューサーとして仕事に勤しむある日、母さんの訃報が来たっていう話をするね。
ある日事務所で休憩中に突然電話が鳴ったのね。誰だろうと電話を取ったら姉ちゃんからで、母さんが急病で亡くなったって話が来るのよ。
あまりにも突然の話で、ぼくは全く現実味を感じられなかった。ああ、そうか、じゃあ忌引きの休暇をもらわないとなとか冷静に考えてて、上司に母の逝去と同時に忌引きもらいますって報告するのね。その時もいつもの業務報告と同じくらい冷静になってて、上司がぼくに対して気の毒そうな表情を向けてるのもどこか冷めた気分で眺めてるわけ。
だから他のアイドルにもわざわざ母の訃報を伝えようとも思わず、明日休むのと今日の業務終えたら早退するとだけ伝えていつも通り接するのよ。もちろん幸子ちゃんにも母さんの訃報は伝えなかった。
でも長年ぼくと一緒にいた幸子ちゃんだけは、ぼくでも気づいていないぼくの内心に気づいてた。
仕事終わった後、ぼくは母さんが眠ってる病院に行って、先にいた姉ちゃんと兄ちゃんと合流して、明日の葬式の準備とか話した後、母さんの顔見た辺りでようやく母さんが死んだことを実感してしまって、急に色々とこみ上げてきたのよ。
このままここにいると感情が堪えきれなくなりそうで、兄ちゃんや姉ちゃんが悲痛な顔しながら準備を進めてる中、ぼくだけが泣きわめくわけにもいかないし急いで家に帰ったのよ。
そしたらなぜか家の前に幸子ちゃんがいて、今日は家に泊めてくれませんか。明日は学校もお休みなので、って言うのよ。ぼくは今誰かに顔見せたらとても酷い表情しそうだったけどなるべく平静を装って幸子ちゃんとご飯食べに行って家で話すのよ。
ぼくは母さんが死んだことに向き合わないように仕事の話や幸子ちゃんの学校での話に没頭したら、幸子ちゃんが急に
「そろそろいいんじゃないですか」
って言うのよ。なんのことだろうととぼけるんだけど、幸子ちゃんはぼくに何かがあったことを察してたらしいのね。だけど話したらぼくは顔がぐしゃぐしゃになってみっともない姿見せそうだったし、仮にも大人が泣くのも見せられないと思って言うのを躊躇ったんだけど、
「ふじえるさん、今日一日なんでもないように振る舞ってましたが、あの電話からずっと魂が抜けたように呆けてて何事かと思いましたよ」
「何かあると思ってこっちに来てみたら、ふじえるさん、もう限界そうな顔をしてるのに、また抱え込もうとして、もう見てられませんよ」
「ごめん……でも」
「でもじゃありません!ふじえるさんは誤魔化すのもウソつくのも隠し事もヘタクソなんですから……ですから、ボクに打ち明けてください!ふじえるさんはボクのプロデューサーなんですから……」
「……幸子ちゃん」
「ああ、もう!」
まだ頑なに話すのを躊躇うぼくを、幸子ちゃんは胸に抱え込むように抱き締めた。
ぼくの顔に幸子ちゃんの薄い胸の感触と共に、幸子ちゃんの体温が伝わる。
「……ボクの顔を見て話しづらいなら、カワイイボクの胸を貸しますから……ですから言ってください……」
幸子ちゃんの言葉によって、固く閉まってたはずのぼくの心の最後の堤防が決壊した。
「幸子ちゃん……」
「はい」
「……母さんが、死んだんだ」
「……っ、はい」
「こないだまで幸子ちゃんも会ったよね。あのときは元気だったのに。病気でポックリと、逝ったんだ……」
「……」
「初め聞いたときは、冗談にしか聞こえなくて、実感が何も湧かなくて。でも葬式行かなきゃってだけは思ってたけど、病院で母さんの顔見たらさ、夢じゃないんだ、ほんとうに…………死んじゃったんだって……」
「おれ、母さんになんも言ってあげられなかった……!いつでも会えると思ってて、そのうち会えば良いと思ってて……!!バカだよな。もう二度と、話せなくなって……」
「本当は分かってた……あのとき、ぼくが一人暮らし始めるときに、言うべきだったって……!でも、言ったら……言ったら!もう二度と会えなくなるんじゃないかって思っちゃって……怖くなって……」
「言わなければ、ありがとうを言わなければ、母さんにまだ会えるなんてバカな考えしてさ…………バカだよなあ。みんないつか死んじゃうことなんて知ってるのにさあ……」
「結局おれは、最後まで……母さんに甘えっぱなしで……!母さんにありがとうも、お返しもすることもできなかったんだ…………!!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさぃ…………ごめん、うあ、あああああああああああ!!!」
言い出したらもう自分の感情を抑えられなかった。幸子ちゃんにしがみついて、涙をぼろぼろこぼして子供のように泣きわめいた。幸子ちゃんはそんなぼくの頭を優しく撫でながら
「大丈夫です、ふじえるさんはなんにも悪くありません」
「大丈夫です、大丈夫ですよ」
「ふじえるさん、今は何も考えずに泣いちゃってください。ボクがぜんぶ受け止めます」
なんて慰めるもんだから、涙が一向に堪えられなくて、結局小一時間ずっと幸子ちゃんの胸でわんわんと泣き続けた。
散々泣き尽くした後しばらくしたら落ち着いて、幸子ちゃんの服を涙で濡らしちゃって謝ろうとしたけど別にいいですよって許してくれたん。
その晩は幸子ちゃんがずっと側にいてくれて、また心細くなったときは幸子ちゃんの胸を貸してもらったり膝や肩を貸してもらいながら優しく慰めてもらいました。
お葬式は身内だけでしめやかに行われて、それから数ヵ月後、ぼくは幸子ちゃんと一緒にお墓参りに行って、天にいる母さんに誇れるように、立派なプロデューサーとなろうと決意を新たにしました。
最終更新:2016年05月30日 21:46