幸子ちゃんに告白を聞かれた話

 ぼくはデレステから入った新参者だから、かつてはプロデューサーとして先輩であるせなくんやしーえるくんに連れられて仕事を教えてもらったりしていたのね。で、そのまま流れで飲みにも連れてってもらって、そこでも話を聞いたりしたんだけど、お二方の担当アイドルにかける情熱と情愛と精液が常軌を逸しているからプロダクション内では「美城の狂人(マッドハッターズ)」と呼ばれていたのよ。でも仕事の腕前や担当アイドルから慕われている姿はまさしくプロデューサーの鑑だから、ぼくは尊敬して二人の後をついてきた。そのせいでぼくまで狂人扱いされて「蝦蟇の隠茎(ケロケロシコッピ)」なんて陰で呼ばれていたらしい。まったく不本意な話である。
 だいいちぼくは性癖を拗らせているわけでも性欲に溢れているわけでもないのだ。確かに幸子ちゃんはカワイイしいっちゃん好きだが、先輩二人に比べればぼくの好意などひどく純粋なものである。この前3人で仕事帰りに話した際もぼくは聞き役に徹して頷いたりはするが内心ではやや引いていたりしたのだ。

 例えばせなくんが

「ダークイルミネイトを成す二人の堕天使を我が禁断の果実の味に酔わせ溺れさせたい。性行為をしたい、と言ってしまえばそれだけだが、言葉を婉曲に表現するのが日本人の美徳、というものだろう?失楽園を導いた蛇の如く、二人の無垢な魂に我という禁忌を鮮烈に刻み、我もまた二人という存在に耽溺し、阿片窟のような快楽の坩堝に取り込まれたい。こんなのは社会的に許されることではないし、世間から批難されて然るべき行いだ。でも、その背徳感もまた最高のスパイス足り得ると思わないかい?やれやれ、僕はアナーキストになったわけじゃないのにな……」

って語ってきたんだけど、
「はあ、そっすね、やみのまっすね」
としか返せなかった。
 また美波の話を振ったときも

「よくよく考えるとさあ、新田美波の弟って存在は卑怯だよなあ。だって生まれたときから新田美波の弟なんだぜ?生まれたときから美波と血縁関係結べるって前世でどんな功徳積んだんだよ。徳高すぎだろ。しかも同じ親から産まれてるってことは新田美波と同じ細胞から生まれてるんだよ?僕みたいにわざわざ体の一部に新田美波細胞を移植するまでもなく新田美波細胞を獲得してるわけじゃん?これってもう生まれながらに美波とセックスしているわけじゃん。ズルすぎでしょ。しかも同じ家に住んでるってことは新田美波の呼気も新田美波から蒸散する水蒸気も新田美波から発せられる赤外線も摂取し放題なんだよ?これってもうセックスじゃん。しかも彼女とかと違って姉弟の関係は切りづらいじゃん。これは問題ですよ。だから僕の将来の夢は新田弟を社会的にも肉体的にも無理矢理女の子にして僕と結婚させて、僕が新田美波の唯一の弟になることなんだけどふじえるさんどう思う?」

ってきたから
「せな先輩夢大きいっすね。尊敬します」
としか返せなかった。

 しーえるくんもしーえるくんで
「神谷奈緒のもじゃもじゃを神谷奈緒して神谷奈緒の神谷奈緒にぼくの神谷奈緒をもじゃもじゃさせたあとに神谷奈緒が神谷奈緒する時間になったらもじゃもじゃの神谷奈緒をぼくがもじゃもじゃして神谷奈緒と神谷奈緒が神谷奈緒するんだけど神谷奈緒は神谷奈緒だからもじゃもじゃをもじゃもじゃさせて神谷奈緒がもじゃもじゃした。だからぼくがもじゃもじゃのもじゃ谷もじゃ緒をもじゃもじゃして神谷奈緒の神谷奈緒を神谷奈緒したんだよ。そうしたら神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の神谷奈緒の」
としか話さないから引きつった笑顔で頷くことしかできませんでした。


 そんなとある日、お昼休みに3人でリフレッシュルームでだべっていた時、突然しーえるくんから

「じゃあふじえるさんの担当の娘との話なんかない?」

と話を振られたのよ。
 当時ぼくは幸子ちゃんとまだ今ほど仲良くなってなかったし粗相もそんなに働いてなかったのね(でもカワイイっ!って衝動的に言っちゃった時は幸子ちゃんいつも嬉しそうだった)。更にその時は他のアイドルの案件も受け持つようになって幸子ちゃんといる時間もちょっぴり減ってたわけ。だからそんな突筆して言うこともなかったから

「いやぁ〜、最近は幸子ちゃんと過ごす時間も少し減っちゃって。面白い話なんてないですよ」

って返すんだけど、せなくんとしーえるくんはぼくを何か意味ありげな視線で見つめるのね。やだ、照れちゃう。

「いいや、ふじえるさん、まだ話してないことがあるはずだ」
「ええっ、なんもないっすよ」
「いや、あるね」
「まだ僕たちは、ふじえるさんの担当についての思いを聞いていない」

 そこで、ついにぼくも話さなければならない時がきたか、と悟ってしまった。そしてばれていたのだ。ぼくが聞き役に徹してばかりで、自分の思いの丈をひた隠しにしていたことを。

「さあ語れ」
「愛を」
「全て吐け」
「ぶちまけろ」
「「衝動(リビドー)を」」

 もう逃れられない、ぼくは観念して語ることにした。

「輿水幸子ちゃんがぼくの最初のアイドルなんですけど、実はぼく幸子ちゃんに一目惚れで。あの自信たっぷりそうな笑顔や目がとても蠱惑的で。しかもちっこいからいつもぼくを見上げてドヤ顔を見せるんですよ。カワイくないわけが無いじゃないですか。でも自分からカワイイカワイイと言っておきながら内心は誰かにカワイイって言ってもらわなければ不安になっちゃって、ぼくに同意を求めるそういう寂しがりな一面もあるのに自分が一番になるために強がっちゃうんですよ。これはもうぼくが褒め殺ししなければならないって。いやぼくだけが褒め殺ししたい。後はよく手を繋ぎたがるんですけど、あくまで自分からしたいってことを言わないのもいじらしいというか、もうえっちですよそれに…」

 出るわ出るわ幸子ちゃんへの思いが情熱がリビドーが。ぼくは止まらなかった。

 ただ、話すことに夢中になるあまり部屋に近づく足音に気づくことができなかった。

「ふじえるさん!休憩中にちょっとお話があるんですけど」
「輿水幸子ちゃんが一番カワイイし大好きだし愛してるんですよ!!!!一目見た時からもうめっちゃカワイすぎて毎日の生きる活力になったんです!!あの笑顔が見れるだけでぼくは頑張れる!!!もう幸子ちゃん大好き!!!」
「えっ、あの………」
「あっ」

 振り向くと顔を真っ赤にした幸子ちゃんがこっちを見て固まってた。そこで状況を理解してぼくも固まってしまったのね。

「あ、あのさささちこちゃん」
「ししししつれいしました!!」

 顔を真っ赤にした幸子ちゃんはそのままダッシュでリフレッシュルームから去って行ったのね。まずい、なんとか話を聞いてもらわねば。二人にはまた今度と言ってぼくも急いでリフレッシュルームから飛び出し、幸子ちゃんを追いかけた。


(ふじえるさんがボクのことをふじえるさんがボクのことをふじえるさんがボクのことを)

 いつものように事務所に来ていつものようにプロデューサーのふじえるさんにご挨拶。そこからいつも通りのボクのアイドル生活が始まるはずでした。ところが事務所に来てみればふじえるさんがいません。ちひろさんに聞けばお昼の休憩を取るためにリフレッシュルームに行っているそうで、そこで先輩のプロデューサーと話をしているとのことでした。別に今日の挨拶くらい後で戻ってきた時にすればいいのですが、なんとなくふじえるさんに挨拶しないと1日が始まらない気がして。さ、寂しいわけじゃありませんよ!ただでさえ最近はふじえるさんの仕事が増えてボクといる時間が減ってきたように感じるので、この少しの時間でもふじえるさんにボクのカワイさを伝えなければふじえるさんも1日を始めることができないに違いありません。もう午後ですが。
 そしてリフレッシュルームに向かったとき、いつものふじえるさんの声が聞こえてきました。何を話しているかはわかりませんがボクが来た以上今からはボクへのカワイイコール以外禁止ですよ。でもふじえるさんはボクに従順なので素直にカワイイと言ってくれますから安心ですね。そう思いながらリフレッシュルームに入ったらようやくふじえるさんの会話の内容が耳に入ってきました。

「輿水幸子ちゃんが一番カワイイし大好きだし愛してるんですよ!」

 既にカワイイコールが始まってました。
 普段からボクが言わなくてもカワイイと言ってくれるふじえるさん。プロデューサーとしてボクを立てる殊勝な心がけには満足してましたがまさかボクを、その、す、す、好きだなんて。今までボクと接してたときもそんな風に考えてたんですか。ボクをカワイイと言ってくれるときも、ボクがカワイイからじゃなくて、好きだから?「スキ」「カワイイ」、いつも言ってたはずの言葉の意味が考えるほど分からなくなって、こんがらがって、耐えきれず逃げ出しました。後ろからふじえるさんの声が聞こえますが無視しました。今ふじえるさんに会ったらどんな顔するかボクでもわからないから……

 一旦は事務所から飛び出してしまいましたが、このまま帰るのもばつが悪くなってきて、屋上で頭を冷やそうともう一度事務所に入り直しました。屋上はたまに休憩所として使われているらしいですが、もっと設備のいい休憩スペースやカフェなんかもありますから使う人はほとんどいません。ですからボクも普段は屋上なんて行ったことありませんでした。確かエレベーターに乗って最上階へ、外の階段を登って入り口のちょっと重い防火戸を開けたら屋上に着くはずです。ボクはふじえるさんの言葉をぼんやり思い返しながら屋上へ向かいます。ボクがカワイイ、ボクが好き、ボクを愛してる。一目見た時から。考え事をしながら向かったせいか、いつの間にか屋上の扉前まであっという間に着いた気がします。

 扉を開いたら、ちょうどふじえるさんが目の前にいました。


(どうしよう……幸子ちゃんに弁解しなきゃなあ)
 幸子ちゃんにうっかり自分の思いを聞かれてしまったぼくは幸子ちゃんを引き止めようと事務所内を探し回ったが見つからずじまいであった。
(まずいよなあ……22の大人が14の女の子にガチ恋って。スティーブン・スティールほどじゃないけど十分問題だよなあ。幸子ちゃんにとって恐怖以外の何者でもないよなあ。1.3倍の身長もある男から好意を寄せられるって怖いしアイドル辞めちゃうかもしれない。でも幸子ちゃんをトップアイドルにするってのは2人の共通の目標だったし……どうしてこんなんなっちゃったんだろう)
 ぼくは幸子ちゃんにどう謝ろうか、謝罪の言葉を考えながら屋上に向かったが、やはり幸子ちゃんの姿は見えない。どうせなら一旦ここで休憩しよう、と考えていたら後ろの扉がガチャリと鳴った。
 振り返ると、さっきから探し回っていた幸子ちゃんの姿が見えた。
 ぼくはこれが最後のチャンスと考え、ビックリしてまた逃げようとする幸子ちゃんの手を咄嗟に掴んで引き留めた。

「待ってくれ幸子ちゃん!謝らせて欲しい!!あの話は無かったことにしてくれ!! 」
「……あの話ってなんですか」
「ぼくが、幸子ちゃんを、好きって言ってしまったことを。ごめん……幸子ちゃんに言うつもりなんて全く無かったんだ」
「……」
「最初、幸子ちゃんに会った時から、確かにぼくは幸子ちゃんのことが好きだったんだ。カワイイところも、それをアピールして得意げにする表情も、優しい所も。でも、そんな事言ったら幸子ちゃん絶対怖がるだろうし何よりプロデューサーとアイドル、そこに仕事以上の関係を持ち込んでしまったらダメだ。だから幸子ちゃんに言うつもりなんて、絶対に無かったんだ」
「……でも、思ってたんですよね?」
「それは、そうだけど……だから、言うつもりなんて無かったんだ……ごめん。怖いよね、気持ち悪いよね。ごめんなさい……だけど、これはぼくの我儘だけど、こんな事で幸子ちゃんの夢を壊すつもりじゃなかったから……どうかアイドルは続けて欲しいんだ……嫌ならぼくから担当を変えてもらってもいいから……ごめん………」
「ふじえるさん」
「……はい」
「ふじえるさんは、バカですね」
「はい、ごめんなさい……」
「そういう事じゃありません。ボクがアイドルを辞める?何をそんなバカなこと考えてるんですか? 」
「えっ」
「ふじえるさんに好きって言われたからってアイドルを辞めるなんて、このボクが、そんなことするはず無いでしょう!言ったはずです!ボクがカワイイことを世界中に広める為にアイドルになったんです。ファンの一人や二人くらいボクにメロメロになったって仕方ありません! 」
「でもぼくはプロデューサーで」
「プロデューサーだからってなんです!プロデューサーだってボクをカワイイって認めなかったらプロデュースしませんでしょう?つまりはそういうことです! 」
「幸子ちゃん……」
「それよりも! 」
「ワンッ!?」
「ふじえるさんはボクのことどう思ってるんですか?一人で勝手に自己完結して結論を出して、ボクのこと何も考えてないじゃないですか」
「だからそれはさっき言ったと思うんだけども」
「言ってません。あれは全部、ふじえるさんのただの独り言でしょう?ボクに向けてふじえるさんが言った言葉はゴメンしかないですよ」
「それは……」
「ですから、もう一度聞かせてください、ふじえるさんの気持ちを。今度はボクに向かって」
「……幸子ちゃん」
「はい」
「ぼくは、幸子ちゃんが好きだ」
「カワイイところも、優しいところも、一緒にいて楽しいところも全部好きなんだ。だから、これからも、プロデューサーとして応援させて欲しい。プロデューサーとして未熟だけども、努力するから。幸子ちゃんをトップアイドルにするために」
「……はい、いいですよ。ふじえるさんはボクのプロデューサーですから。これからもよろしくお願いしますね」
「……!!ありがとう、幸子ちゃん!」

というわけで、今回の件は一件らくちゃ

「じゃあ次はボクの番ですね」

 あれー?延長戦が始まっちゃったー。

「ふじえるさんが言うだけ言って終わりなのはズルいですから、ボクからもお願いを一つしたいと思います」
「は、はあ」
「ボクからのお願いはーー」

「ふじえる君、君に頼みたい案件が有るんだが」

 あっ美城専務だ。

「こないだみたいにふじえるさんの家にまた泊めてください!」

 あーっ………
最終更新:2016年05月30日 21:56