季節は梅雨ということで、雨の降る日も見かけるようになったある日の話をするね。
その日は屋外で幸子ちゃんの撮影をやってたんだけど途中で雨に降られてしまいまた日を改めることになったのね。ぼくと幸子ちゃんはとりあえず近くのアーケード街の軒先で雨宿りすることになったのよ。気晴らしにアーケード街の店を回ってウインドウショッピングするんだけど、幸子ちゃん撮影が中止になってしまい残念そうな顔をして、ぼくも幸子ちゃんのそんな様子を見て残念な気持ちになるのね。
でもそこでずっと雨宿りをしてても埒が明かないので車に置いてある傘を取りに行こうと思ったんだけど、アーケード街から車の止めてある駐車場まで少し距離がある上に雨もまるでバケツをひっくり返したかのようなどしゃ降りなのよ。だから幸子ちゃんにジャケットとカバンを持って待っててもらうことにして、ぼくは雨の中走って傘を取りに行ったわけ。
ーーーーーー
土砂降りの雨の中、僕は雨水と自身の血で身体を濡らしていた。血を失いすぎたせいか足元がふらつく。
そんな僕を見下ろすかのように、雨傘を差した神谷奈緒が立っていた。
「……なあふじえるさん、いい加減諦めてくれよ。あたしだってこんな拷問まがいのことをやりたくねえんだ。あんたが一言、『幸子ちゃんを手放す』、そう言ってくれるだけでいいんだ。そう言えば、全部解決するのに」
「…………嫌だね」
「……っ!」
僕が断った途端、雨が右手を貫いた。文字通り、降る雨が細い針のような氷柱となり何十本と僕の右手の甲を刺し貫いたのだ。
「ぎあああああっ!!ああ、あがっ……つっ!」
「いい加減にしてくれよ!なんで、ここまで……」
「……俺が幸子ちゃんを手放せるわけがないだろ。そんなの、奈緒だって分かってるはずだ」
「それが無駄だって言ってるだろ!あんたが意地張って死んだところで事態はなにも変わんないんだ!ここは現実だ!漫画やアニメじゃないんだよ!諦めなければ、なんて……通じないんだ……!」
奈緒は目に涙を溜め悲痛な表情をしながらも僕への攻撃を止めない。殺さないように、いつか僕が幸子ちゃんを手放すと口にするまで、その言葉を信じて攻撃を繰り返す。
神谷奈緒の能力「オーバー・ザ・レインボー」は雨を操る。この能力は雨を降らせたり止ませたりするだけでなく、雨の中の水分子を固め氷柱針の雨にして刺し貫く、強酸の雨を降らせる、雨雲中の水分子を摩擦させた静電気で雷を自由に落とすなど、雨の降るフィールドを支配する力だ。当然この力で僕の命を奪うことなど容易いだろう。なのに僕が未だ生きているのは、僕を殺さないよう奈緒が力を必死に抑えているからだろう。残酷な能力を持ちながらも僕の命を奪うことに未だ躊躇し続けている、奈緒はそんな優しい子だ。
そんな優しい彼女に、こんな残酷な力を使わせる、この世界の運命を僕は呪いながら意識を失った--
ーーーーーー
その後、雨の中急いで車から傘を二本取ってきて幸子ちゃんを迎えに行ったら、幸子ちゃんぼくのジャケットを抱きかかえるように持って軽く顔を埋めてるのよ。なにしてるんだろなって後ろからこっそり近づいたら幸子ちゃんがぼくのジャケットに鼻当てて呼吸してるってか匂い嗅いでるのね。そんな幸子ちゃんの後ろから声かけたら一瞬ビクゥッって驚いて慌てて振り向くのよ。そして
「ふ、ふふじえるさん!?おお遅かったですね、待ちくたびれましたよ!!」
って幸子ちゃん焦りながら言うのよ。あらカワイイ。(でもぼくのジャケットを嗅いでたことは一向に認めようとしないからそういうことにしておいた)
で、傘も2人分持ってきたし差して駐車場まで戻ろうかって言ったら幸子ちゃんが
「ふじえるさんの荷物をしばらく持っててあげたんですから、今度はふじえるさんの番ですよ」
って言うのよ。なんだろ、なんか買ったっけなあ、なに持たされるんだろって思ったら
「駐車場までボクの傘を差して持っててください!」
って言うわけ。オイオイ、相合傘じゃねえか。ぼく雨の中走ったからシャツびしょ濡れだし近づくと幸子ちゃんも濡れちゃう(卑猥な意味では無い)よって言うんだけど、 遊園地でびしょ濡れになったことあるし全然構わないからいいから傘持ってくださいって言うのよ。やれやれ、仕方ないなって2本の傘のうち広い方を差して2人で駐車場まで歩いて行きました。(その時の幸子ちゃんの嬉しそうな表情が今日のおかずになりました)
ーーーーーー
「この門(ゲート)をくぐれば、晴れてキミも観測者(ボクたち)の仲間入りさ。ようこそ、追放者の世界へ」
降りしきる雨の中、一人の少女ー二宮飛鳥が、僕に告げた。彼女が門(ゲート)と言うそれは、 門というより穴といった印象を受けた。まるでそこだけ空間を削り取ったかのような暗黒が宙に浮いている。その暗黒は徐々にその大きさを広げながら、やがて人一人通れる大きさの長方形となって安定した。
「……躊躇しているのかい?無理もない。この世界から抜け出すということはこの世界での存在を失うということだ。帰りたいと望んだ所に自分の居場所がないと言うものは存外堪えるものさ」
「……俺の居場所はただ一つだ。その一つが奪われている以上、俺の居場所はもうここにはない」
「キミの事情は把握しているつもりだ。世界から切り離された彼女を奪い返すためにボクに助力を求めたんだろう?後は何か躊躇う事情でもあるのかい?」
「躊躇している訳ではない。ただ、幸子ちゃんとのとある思い出を思い出してね。あの時もこんな雨の日だったんだ」
「なるほど。……感傷に浸るのもいいけど、時間は有限だ。この門(ゲート)が世界に埋められる前に潜るか残るか、選んでくれ」
「すまない飛鳥。俺の答えはもうとっくに決まっている」
僕は門(ゲート)へ向かい歩みを進める。門(ゲート)をくぐった瞬間、身体中が掻き乱される感覚に吐き気を覚えた。手足が歪み、内臓が洗濯機の如く掻き回され、脳が意識ごと揺さぶられる。あまりの気持ち悪さに嘔吐しようとするが、脳と身体がリンクしない。手足も瞼も口も肺も、脳の信号を受け取らず沈黙を続ける。やがて、全身が生温い感覚に埋められていくのを感じながら意識を闇に沈めていった。
門(ゲート)が閉じた後の虚空を見つめ、二宮飛鳥はひとりごちる。
「……ふじえる、キミが行こうとする道は決して安息のない地獄だ。時間を超越するということは時間がキミを許してくれることが一切無くなる。時間が解決することのない地獄の中、キミの魂だけは消耗を続けていく。そもそも足掻いたとして、彼女に届くかすら分からない。それでも足掻こうとするキミの意思、しかと受け取ったよ」
「さあ、観測者たるボクに見せてくれ」
「キミの反逆の軌跡を」
最終更新:2016年06月11日 18:49