「2人の愛は周りに祝福されなくちゃダメなんです。愛し愛され合う2人だけでは、愛は育めても守ることは難しいの」
「……」
「きっとあの人もそれを知ってたから、まゆが傷つかないようにしてくれてたんですね」
「まゆさん……」
夕暮れの喫茶店で、佐久間まゆと輿水幸子はテーブルを挟んで向かい合っていた。
休日の街道に溢れる喧騒とは裏腹に、2人を包む空気は神妙そのものであった。
ーーーー
事の発端は一週間前に遡る。
澄み切った青空が広がる快晴の下、純白の式場である一組の男女が結婚式を挙げた。
新婦から招待客として招かれた輿水幸子は新婦を祝福すると同時に、新婦の純白の白無垢に目を奪われていた。
穢れなき清純な白い衣装、いつも立つステージとは異なる式場の荘厳さに幸子は圧倒され、普段ならあり得ない他者への羨望を抱くほどであった。
ーーいいなあ、まゆさん。
その新婦ーー佐久間まゆに対して。
式が無事終わり、まゆが披露宴のお色直しを終えた頃、幸子はまゆに挨拶に向かった。
「結婚おめでとうございます、まゆさん。まゆさんは昔からまゆPさん一筋だったので、いつかこうなると思ってましたよ」
「ふふ、幸子ちゃんありがとう」
幸子の挨拶に対しまゆはにこやかに微笑んだ。
お色直しを終えたまゆは、結婚式中の純白のウェディングドレスと打って変わって深紅のカクテルドレスに身を包んでおり、彼女の妖艶さを際立たせていた。
「それにしてもあの人をよく落とせましたねえ。大変だったでしょう?」
幸子は同僚と談笑するまゆPを見やる。
まゆの積極的なアプローチに対して故意なのか鈍感なのか、まゆPがなかなか振り向かなかったかつての光景を幸子は思い出す。周りから見ても非常にもどかしかったのに、当のまゆ本人はどれほどむず痒く感じてただろうか。
しかし今目の前にいるまゆは、そんなことをおくびにも出さず優しい笑みを浮かべている。
「そんなことないですよ幸子ちゃん。プロデューサーさんはまゆのことを一途に想ってくれてることを知ってましたから、まゆはどんな壁も乗り越えられたんです」
「……すごいですね、まゆさんは」
幸子はどこか自分を卑下するかのように呟いた。どんなに自分がカワイイと自負していても、この人のように純粋に強い意志を持ち続けられるのだろうか。そしてーー
「幸子ちゃん、よかったら来週日曜日、お茶しませんか」
「へ?」
幸子の胸中で螺旋を続ける思考が、まゆの一言で不意に止まった。
ーーーー
「ところで、どうしてボクをお茶に誘ってくれたんですか?まゆさんもまだまだ準備に忙しいでしょう?」
まゆからの突然の誘いに戸惑いながらも受けた幸子は、その時聞けなかった疑問をまゆに投げかけた。
「そうですね。新居へのお引越しとか、届出とか、やらなきゃいけないことが多くて大変です。でも……」
まゆの瞳が暗く沈む。
「あの時の幸子ちゃんの顔、なんだか昔のまゆみたいだったから」
幸子の心中を見透かすような目と言葉に、幸子は少しゾッとした。
「幸子ちゃん、ふじえるさんのことが好きなんですよね?」
「え?そ、そそそそんなこと……」
「でもなかなか振り向いてもらえない。いつまでも平行線で踏み越えられなくて、どうすればいいか悩んでるような目をしてたから、幸子ちゃんに話を聞きたかったの」
的確に自身の思いを暴かれ、幸子は押し黙った。
図星だった。あの時の幸子の目には、無意識にまゆへの羨望が確かに込められていた。
時間をかけながらも意中の人を無事射止めた、佐久間まゆへの羨望を。
「……はい、実は……」
幸子は観念して白状を始めた。
ーーーー
話は冒頭に戻るーー
「……だから、まゆはまず周りの人と仲良くすることから始めました」
「え?先にそこからですか?順番が逆じゃありません?」
「ううん、違います。まゆのプロデューサーさんのように優しい人は、自分のせいで誰かが傷つくことを怖がって、避けてしまうんです。自分が良くても、もし周りがそれを認めなかったら、そのせいで大切な人が傷ついたらって考えてしまって、近づこうとすると逃げてしまうんです。自分は何も悪くないのに……とても優しいから。だからまゆは、周りの人を味方につけることから始めました」
「なるほど……」
所謂外堀から埋めていくタイプの攻略法か、と幸子は感心しーー
「プロデューサーさんのお母様、お父様、同期や上司の方、大学、高校、中学、小学校の頃のお友達、それにお隣さん、お向かいさん、はす向かいさん……プロデューサーさんの交友関係を洗い出して、みなさんにまゆを認めてもらいました」
感心しかけたが一瞬で絶句した。
「それにまゆのことを愛してくれたファンの皆さんにも、一通一通思いを込めて手紙を書きました。プロデューサーさんと結ばれるまゆを許してください、と」
外堀を埋め立てるどころか新たに城壁を築く勢いで周りを固めている。逃げ場を徹底的に奪うその手腕は、幸子に蜘蛛を彷彿とさせた。
「……ボクもそこまですればいいんでしょうか?」
「いえ、幸子ちゃんはお仕事が忙しいですから大変だと思います」
「だったら……」
「大事なのは、"逃げる理由"を奪うこと。それを考えれば、幸子ちゃん自身で何をすればいいのかわかると思います」
「逃げる理由……」
恋愛師匠、佐久間師範のアドバイスを受けた幸子の目には決意の炎が宿った。
ーーーー
オレの名前はふじえる
愛する幸子を担当する平凡なプロデューサーだ
誰がなんと言おうとふじえるなんだ
今日は休日ということで実家で母の作ったカツ丼を食べる優雅な時間を過ごしてたのね。
美味しそうな湯気を立ちのぼらせるカツ丼の匂いを嗅いでご満悦顔になって、鼻の穴から香りをズルズル嗅いでたわけよ。
そしたらなんか母さんから急に「あんた結婚はまだなの」って話題振られるのよ。うるせー俺は幸子一筋で仕事していくんだって返したら母から、
「その幸子ちゃんとよ。あんたこないだ仕事で来られないからって幸子ちゃん一人に挨拶向かわせて、今度はちゃんと二人で来なさいね」
??????
??????
??????
いつの間にご挨拶済ませてたの?ぼくそんな話聞いてないよ?
??????
疑問に思いながらも俺が忘れてただけかもしれないから適当に話を流してその日はカツ丼を食べたわけよ。
その日以降もなんか他のみんなから生温かい目で見られたり、やたら既婚者の先輩からアドバイスもらったりして、なんかぼくがもうすぐ結婚するみたいな雰囲気なのね。
なんで?幸子ちゃんが?ぼくと?ん????と思って幸子ちゃんに尋ねるんだけど、なんかうまいことはぐらかされるのね。でもその度に幸子ちゃんが「ふじえるさんはボクのこと好きですよね?」って聞くから即答で大好きって答えちゃった❤️
まあそんな一抹の不安を覚えながらもライブを無事終え、事務所に戻った時に事件が起こったのね。
「ふじえるさん、結婚しましょう」
??????
??????
??????
幸子ちゃんが婚姻届を突き出してそう言ったわけよ。え?あれ?と思って周りを見回すんだけど、何故かみんなこの状況を期待してるようなワクワクした目線を向けるのね。ん?普通驚くんじゃない?
「え、えと……それはまだ早いんじゃないかな……」
「いいえ、もう何年も待ちました。ふじえるさんにとっても、ボクにとってももういい時期のはずです」
「アイドルが結婚したらファンが……」
「じゃあこれを見てください」
幸子ちゃんが持って来た段ボールの中には沢山のファンレターがあり、中身を読むと「いいぞもっとやれ」「幸子ちゃんプロポーズ頑張って!」「輿水さんおめでとうございます!」「男を見せろふじえる!」「ふじえる殺す」「別れたらふじえるを性奴隷にして一生ところてんさせる」「ふじえる死ね」と沢山の結婚のお祝いメッセージが。なんで?普通もっと怒り狂わない?
「それにこのことはボクの両親にも、ふじえるさんの両親にも話をちゃんと通してありますから」
でもぼくのところには話を通してないよ?
「で、でも他の子が見たらなんて言うか……」
「幸子ちゃん……ふじえるさん……おめでとう」
「フヒッ、二人とも……おめでとう……」
「いやー!やっとかー!二人ともずいぶん長かったねーっ!」
「幸子はん、ふじえるはん、おめでとうさん」
めっちゃ歓迎ムードやん。なんでや。
「ふじえるさん。いい加減観念してボクと結婚してください」
「……幸子ちゃんはそれでいいのか」
「ここまで来て今更何を…」
「幸子ちゃんは勘違いしてるだけだ!ぼくへの信頼を愛だと勘違いして、盲信してこんなことまでして」
パァン
破裂音のような鋭い音と共に、ぼくの右頬が痛みだした。
「逃げないでください」
「え……?」
「逃げないでくださいって言ったんです!さっきからウジウジウジウジウジウジウジウジと!ふじえるさんは他の人に理由を作って逃げてばっかり!!ふじえるさんの気持ちはどうなんですか!!!」
「それは……」
「アイドルだからって何です!プロデューサーだからって何です!年齢差だとか、周囲がだとか言い訳を作って、結局は自分が傷付くのが怖いんでしょう!!!」
「幸子ちゃん……」
「ボクだって怖いのは一緒です……傷付くのもイヤです…………でも、だからと言って、ボクの気持ちまで蔑ろにしないでください……」
段々と涙声になっていく幸子ちゃん。
そこでぼくは自分の臆病さが幸子ちゃんを苦しめていたことにようやく気付いたわけよ。
この状況まで持ってくるのに幸子ちゃんがどれだけ根回ししたのか薄々気付いていたけど、やっぱり怖かった。だから誰も傷つかないよう、気付かないふりをしてたけど、それが幸子ちゃんを一番苦しめてたことに気づいて、ぼくはなんて馬鹿だと悟ったのね。
なので幸子ちゃんに謝りながら優しく抱きしめて、結婚を快諾しました。
周りからもヒューヒューという賑やかしが聞こえて来たけどこっちは聞こえないフリしといた。
その日の帰り道、幸子ちゃんと並んで帰ってたら、
「ふじえるさん、ボクたちがファンからも、仕事仲間からも、家族からも認められた以上、もう逃げられませんからね」
「この先ずっと、これ以上ボクから逃げることはできませんよ」
って言われたんで、(ああ、これは幸子ちゃんに尻を敷かれ続けるなあ)と思いました。
〜祝福という名の鎖END〜
最終更新:2017年04月23日 20:32