SUN OF NIGHT オープニング
SUN OF NIGHT 共通 オープニング
Life Dome、LDの中での生活は、UNIT64の制御により、人間にとって常
に快適な状態を保つことが可能である。
しかし、人間はそれを望みながらも、必ずしも受け入れはしない。
人間の中にある体内時計が、それを拒否するのだ。
人間の文明は生物が進化する時間よりもずっと早く環境を変化させることは
できるが、皮肉にも、人間そのものを変えることはできないということなのだろう。
そういった背景もあり、UNIT64は、人間の不可解な部分も考慮にいれて、
人間の体内時計を尊重した環境を作り出している。
ゆえに、LDの中にも天候があり、そして、四季が存在する。
12月24日・・・。
いわゆるクリスマスイブ。
UNIT64は、不合理とは判断しつつも、LDの中に雪をちらつかせた。
LDの住人達は、その雪を見て、老若男女の区別無く、反応は違えど、心の
なかでなにかがうずき始めるようだ。
一見不合理に見えるこの対処は、LDという限られた空間によるストレス
を忘れさせる効果があると考えれば、結果的に合理的な対処であり、目の前
の合理性の追求のみが全ての結果を合理的にするわけではないということで
ある。
ここ、マツドLDのルーリングカンパニーのYS製薬の本社前にある、公園の
中央にはキリスト教の教会が存在し、クリスマスにちなんで、マツドLDの住人
たちが集まり始める。
この公園自体は結構な広さなのだが、周りに高層ビルが立ち並んでいるせ
いか、奇妙な違和感を感じさせる。
そのいくつかのビルには、大きなディスプレイが貼り付けてあり、公園からビ
ルを見上げれば、VNETから流れる情報を見ることができる。
VNETには、人気俳優の真田慶次(さなだけいじ)が年始から公開される「来
訪者」というタイトルのVNET映画のCMをしている。
真田は役作りのためか、無精ひげ鬚をはやしたこともあり、野性的でありな
がらも、整った容姿のおかげで不潔感を感じさせないさわやかさを感じさ
せた。
噂では、競演している女優と恋仲であるというが、その真相は定かではない。
実際、その内容は、周りの人間の無責任な発言からでも立つような、他愛も
無い噂であった。
もっとも、彼ほどの人気があると「他愛も無い噂」だけではすまされそうもな
いのが現実だ。
もちろん、万人に愛される魅力を持っていても全ての人間に愛されるという
ことは決してない。
高級レストランの窓からVNETを見る大口正巳(おおぐちまさみ)は真田慶
次のことが大嫌いだった。
大口正巳は、イート食品というYS製薬にも匹敵するほどの力をもつ企業の
独裁経営者として有名である。
三重顎に三段腹。頭髪は頭皮を覆い隠すようにセットしているものの、努力
空しく所々見え隠れしている。
オーダーメードで作った高級スーツは、今にもはちきれんばかりに張り詰め
るのは、大口が単に太っているだけではない。
これでもかと言わんばかりに、テーブルいっぱい並べられた高級な料理。
「ぶしゅるるるー。
真田慶次ですか。あんな奴のどこがいいのだぁ?」
「あら、好感の持てるいい男ですわ。何をやっても絵になる男性がいるとす
れば彼のことですね」
大口にそう言ってのけたのは、加藤沙希(かとうさき)。
ビン底メガネに、ぼさぼさの跳ね上がった髪型のこの女性は、お世辞にも
美人とは言いがたいものの、シルエットだけをみれば、美女の部類に入りそ
うなものである。
大口はこの沙希と会うたびに天は二物を与えないことをよく理解できた。
その値踏みするような視線から、沙希は自分の体を欲望の対象としかみ
ず、その上でお世辞にも可愛いとも綺麗とも言いがたい容姿を、あからさまに
馬鹿にしたような視線を感じ取る。
(この男は私が美人だったらとつくづく考えているんでしょうね)
大口は沙希に自分の考えがあからさまに読まれていることなど考えもしなか
った。
そんな違和感ある空気を和ませるべく、沙希のとなりに座る白髪混じりの老
紳士が軽く咳払いをして口を開く。
「まぁ、まぁ、一人の俳優のことなど置いておきまして、例の話を進めましょう」
彼の名前は針金佐助(はがねさすけ)。遺伝子工学の権威であり、バイオテ
クノロジー分野での最先端の技術開発には必ず針金の名前が見かける。
ただし、針金の周りには裏では平気で人身売買をおこない、人体実験をして
いるなど、あまりよい噂が流れていない。
それは、針金の過度のエリート意識と科学の発展のためなら80%の愚民
の犠牲など物の数ではないという公言が、悪評の土台となり、そんな噂を立
てさせているのだろう。
沙希は針金の人柄と思想は嫌いで仕方がなかったが、生物学者としての針
金の頭脳は認めざるを得なかった。
「未来の食料・・・VF・・・バイオフードの・・・」
沙希の目には針金の目がその狂気に薄暗く光ったように見えた。
その食卓の後ろでは、鬼怒川美咲(きぬがわみさき)が紅いドレスを身にま
とい、金髪の青年実業家と食事をしていた。
白い肌に真っ赤な口紅はサキュバスを連想させ、コケティッシュな空気を
漂わせていた。
「どうしたの? すすんでいないじゃない?」
「いえ、あそこにいるのは針金博士とイート食品の大口さんだと思いまして」
「あら、私といるときは仕事のことを忘れると言ったのは嘘?」
美咲は紅いマニキュアに染められた爪をテーブルの下から金髪の青年の
足に忍ばせた。
「・・・そうだったね・・・」
金髪の青年の反応に、美咲は満足げに頷くと、ふと窓の向こうの公園に目
をやる。
そこには、公園の噴水に並んで、歌を歌う集団が目に入る。
「あら、雪が強くなったわね。さむいのに・・・大変ね・・・」
その歌を歌う集団は、最近、信者を増やした諸星聖十字教の信者達である。
その歌声は天使のように澄んでおり、一所懸命に歌う姿は美しくはあった
が、通りすがりの人々はその歌の内容に眉をしかめるばかりであった。
歌詞のは教祖である諸星団十郎(もろぼしだんじゅうろう)をただただ称えて
いる内容であり、それ以外のものは滅んでもかまわないという内容だったから
だ。
その集団に無謀にも言いがかりをつけた酔っ払いがいた。
「てめぇらか、諸星聖十字教ってのは、俺はパクス教だぞこの野郎」
ろれつの回らない口調から、かろうじてそんな意味のことを言っていることが聞き取れた。
「黙れ異教徒」
「「「黙れ異教徒」」」
集団のリーダーらしき女がそういうと、ミュージカルの台詞のように他のもの
が続いて一斉に声を上げる。
「そもそもパクス教とは、ネット社会で広まる宗教で、神とは人の心の中に住ま
うものとして、自らの信じる神を信じ、他人の信じる神をも認めること
にあるはず。
そのパクス教がなにをもって我らに言いがかりをつける。
異教徒よ、汝のもっとも、邪悪な業とするのは、自らの律する戒律を破るこ
とであり、他者と自分をを欺く詭弁ではないのか?
汝の戒律は何か?
パクス教の特徴は信者個人の尊厳を重んじることにあり、自主、自尊、自
律の三つの自己を高めること、すなわち自主律尊を最高の徳とするのではな
いのか?」
酔っ払いはリーダーの言葉に圧倒され、その場に座り込み、正座をした。
「およしなさい」
「教祖様!」
「「「教祖様」」」
そこには、口ひげを蓄えた福禄寿を連想させる老人が立っていた。
目は閉じられているが、意志の強さを感じさせる太く白い眉毛に、不思議
と信頼感を与えるくっきりとした目鼻立ち。
おそらく、彼が諸星聖十字教の教祖、諸星団十郎なのだろう。
「彼は何も知らないのです。ならば、我らが彼を受け止めなければ。
パクス教はすばらしい教えですが弱き人間に過酷な試練を与えます。
それを救わずなにを教えとしましょう」
「きょ、教祖様ぁぁぁ」
酔っ払いは諸星に泣きついた。
その様子を一部始終見ていたのはサンタクロースのアルバイトをしていた
護国寺泰尊(ごこくじたいそん)である。
泰尊は白いつけ髭に真っ赤な上着というサンタクロースの扮装をしたま
ま合掌した。
「色即是空空即是色、宗教なんて死ぬ間際にやればいいのにねぇ。
どうせ、人間は物欲の権化なんだからさ。おっと、そろそろバイトも終わ
りだな」
泰尊がサンタクロースの真っ赤な帽子を取ると、つるつるの坊主頭が飛び
出した。
「やれやれ、僧も異教の行事に参加しちゃぁ、さすがの仏様もおいかりにな
るかな?」
泰尊は舌を出して、自分の坊主頭をペシペシと2回叩いた。
「ねぇねぇ、あれみてシンジ。お坊さんがサンタクロースをしてたわ」
「ああ、驚きだな」
楽しそうに言うのは美男美女のカップルである。
「だけどさ、その言葉なんとかならないか?」
とシンジと呼ばれた男性。彼の名前を松土信二(まつどしんじ)。姫崎医
院で医院長の矢部公太(やべこうた)と1、2の腕を争う若い外科医である。
インテリな雰囲気を漂わせる青年で、医者と言うステータスを加えれば、
だれもが一目を置く存在になってしまう。
そんな青年なだけに女性に対する理想が高いせいか、言い寄った女性のほ
とんどは、交際を断られている。
「なんでよ」頬を膨らませる女性。
「だからさ、おまえの名前は多田俊彦(ただとしひこ)。DNA鑑定も男、ついて
いるものはついている、戸籍上も男、正真正銘の男なんだからさ」
「知ってるわよ。私も男だと自覚しているし、女になる気なんてさらさら無いわ」
胸を張って堂々と言ってのけるのは多田俊彦。本人曰く女装ではなく、普段
着がたまたま女性ものと似ているだけだと豪語する。
さらにそれが似合ってしまうのだから性質が悪い。
その上、言葉遣いも3人の姉の影響で、女性のようになってしまった背景
がある。
現在は考古学者をしており、彼の正体を知らない男たちは軒並み交際を申
し込んでしまうのが更なる悲劇を生んでしまうのは言うまでも無い。
「だったら、なんでそんなカッコウと言葉遣いなんだよ」
ごもっとも。シンジは言葉を続ける。
「しかもそのカッコウで、クリスマスイブの夜に俺といっしょにいる?」
「だって、どうせ暇なんでしょ。毎年クリスマスイブのよるに宿直すると看護婦
や女医に言い寄られるから、彼女がいるように装うのに私を利用したのは誰
よ」
「だぁ、わかったよ。俊彦。おまえは、その格好と言葉遣いが一番の個性だ。
分かっているよ・・・」
シンジはため息をつきながら天を仰ぐと、ふと教会に入っていく2人の姿を
目にする。2人とも見知らぬ人物なら気にならないが、そのうちの1人は知り
合いだった。
矢部公太。
シンジの勤める病院の医院長だった。
「ねぇ、はやくないと、せっかく有馬が招待してくれたクリスマスパーティーに遅
れちゃうよ」
「あ、ああそうだな」シンジは生返事をしながら、俊彦に手を引かれるままその
場を立ち去った。
姫崎病院の医院長、矢部公太はマツドLDの警察署長である鬼怒川喜一
(きぬがわきいち)と教会で密会をしていた。
「マツドLDに非公式な闇サイバー医が存在し、ミミックリーの存在を許している
というのは確かなんだな?」
鬼怒川はストレートな質問を矢部に投げつけた。
「ええ、しかし、最初に話したとおり取引に応じれば情報を提供しましょう。
マツドLDには20人におよぶ闇サイバー医が存在し、マツドLDの治安を乱
し、警察も後手後手の対応に被害者を増やすばかりと聞いています。
一斉摘発しない限り、マツドLDの治安を乱す原因の一つをなくすことはでき
ないでしょう」
「大事を成そうとする時、小事を気にかけては、大事がなせるわけが無い。
いいだろう。姫崎病院の件は、圧力をかけてやろう。
まぁ、聞き分けの無い奴が一人勝手に行動するかもしれないが、それはそ
れで許してくれ。逆に一斉に手を引いたということになれば、怪しまれるだろう
からな」
「はは、警察という組織が動かないのなら一人くらいどうにでもなりますよ」
「ヘックション・・・」
教会の前のベンチでくしゃみをするのは、鬼怒川が”聞き分けが無い奴”
と評価する木戸晶(きどあきら)である。
中年のいかにも刑事というカッコウをしたこの男。その顔は鬼瓦の鬼のよう
にいつも怒っているような顔をしている。
だが、人は見かけによらぬもので、よってくる犬に餌を与えてやったりっ困っ
た人をみると放って置けないと言う性分を持っているらしい。
既に尾行中にコンタクトを落としたという学生のコンタクトを見つけてやった
り、道に迷った老人を目的地まで案内するなどと言うことをやってのけ
ていた。それでも、この教会を探り当てたのだから、恐ろしきは刑事の嗅覚と
勘というものだろう。
(あのたぬき署長め、姫崎医院の医療ミスもみ消し容疑は晴れたとか抜かし
やがって、裏で姫崎医院の医院長と密会するなんて怪しすぎるぜ)
木戸が鼻をすすりながら、署長と医院長が出てくるのをひたすら待っていた。
木戸がそのまま張り込みを続けていると、VNETでよく見かける人物が教会
に入っていく。
(おいおい、真田慶次だよ)
木戸は心の中で叫んでいた。予想もしないとき、有名人を見かけるのは、な
ぜか胸が弾むものだ。中年とはいえ木戸も例外ではない。
次に、イート食品の社長、大口政巳、バイオテクノロジー分野での権威、針
金佐助が連なってくる。
(なんだよ、あの教会に何があるって言うんだ?)
次に福禄寿を連想させる老人が教会に入り、やけに派手なカッコウをした
女性と金髪の青年が教会に入ってゆく。
木戸は思い切って教会に入ろうかとも考えたが、入るのはやめにした。
木戸の直感が教会へは入るなと告げるのだ。
一体教会でなにが起ころうとしているのだろう・・・。
最終更新:2022年09月15日 09:43