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SUN OF NIGHT 第1回

SUN OF NIGHT 共通 第1回
●コガネ区 廃墟ビル
 12月24日 19:00

 瀬尾恭一(せおきょういち)は、珍しくうっすらと雪の積もった道に足跡
を残していた。
 普段の恭一は部屋の中でHNETのセキュリティーの研究をすることが日
課であるが、言ってしまえばハッキングである。
 とはいえ、恭一自身は何の悪意も無く、ただ、パズルを組み立てる遊びだ
という認識である。
 物事に挑戦することに興味を抱く性質で、現在、攻略不可能とされるUN
IT64に挑もうとしている。
 事実上無限にバージョンアップを繰り返すセキュリティへの挑戦は、恭一
の欲求を満たして余る快感である、と言うわけである。
 もちろん、恭一に失敗の二文字が無いわけではない。
 何度か致命的なミスをして、かろうじて逃げおおせたこともある。そんな
失敗の中で、有馬凌(アリマリョウ)という人物と知り合った。
 有馬自身はNETに詳しいわけではないが、おおらかで人を疑う性格でな
いせいか、恭一のとっさの嘘に、有馬が話をあわせてくれたおかげで、セキ
ュリティーの追求をのがれ、不正アクセスが発覚せずに澄んだことがきっか
けだった。
 それ以来、有馬はセキュリティーのことになると恭一に質問するようにな
る。なんでも、UNIT64の管理からはずされた建造物を解体作業中に、
強力なプロテクトのかかった巨大なコールドスリープカプセルが発見された
と言うのだ。
 タイマーのカウンターを見るだけで30年以上前のものであることが分か
っている。もちろん、何も無いかもしれないのだが、好奇心のそそるもので
あることは間違いない。できれば、中身を傷つけずに開けてみたい。という
訳だ。
 そこで、恭一にお呼びがかかった。
 もちろん、強力なプロテクトと言われれば、恭一の興味をくすぐるのは当
然と言えば当然だ。
 有馬は趣向を凝らして、クリスマスパティーをやろうと言い出したのは、
乗り気でにはなれなかった、パーティーのメインイベントは、そのプロジェ
クトの解除というのが気に入ったのだ。
 プレッシャーのある緊張感とスリルこそ、恭一の求めるものなのだろう。

 姫野桜(ひめのさくら)は半ばワナにはめられるような形で有馬の主催す
るクリスマスパーティーに出席する羽目になった。
 いや、実際、有馬にはそんな悪知恵を思いつくはずも無い。
 彼の友人である松土信二(マツドシンジ)と多田俊彦(タダトシヒコ)の
策略である。
 一連の事件が落ち着いた後、有馬は桜にシンジと俊彦を紹介した。
 シンジは姫崎医院の外科医をしており、容姿も整っており、一般にハンサ
ムと言われる部類のおとこであった。
 だが、多田俊彦はシンジとは違う意味で綺麗な男だった。
 長い黒髪に透き通るような白い肌。綺麗なボディーラインで、女性であれ
ば彼女のようになりたいと願うだろう。嫌味の無い微笑みは、自分自身に強
いコンプレックスを感じていない限り好感をもてるだろう。
 それが、多田俊彦だった。そのショックで、そのときは聞きそびれたのだ
が、俊彦は考古学者をしているらしい。
 桜はめんを食らったのは確かだが、いたずら好きなことをのぞけばいい友
人になれそうだった。
 先日、シンジが桜に有馬がなにか悩んでいるらしい。とメールをうけた。
 桜は何の気なしにその話題に食らいついた。
 もちろん、職場の上司として、いや、友人として気になる。と自分に言い
聞かせたが、それ以上の何かが桜の興味を持たせる。
(あの天と地がひっくり返っても悩みごとなんてなさそうな有馬がいったい
どんな悩み事があるのだろうか? そして、クラウンである自分が身近にい
ながら、まったく気がつかせないほどかたくなにして隠しているというなや
みはなんだろうか?)
 そうして、桜はシンジに有馬の悩みとはなにかをメールで尋ねたが、つい
にシンジはお茶を濁すばかりで答えてもらえなかった。
 そこで、桜は俊彦にそれとなく聞いたのだが、俊彦もシンジと全く同じよ
うにお茶を濁すばかりで、分かることは有馬が悩み事を抱えている。
 という1点のみである。
 桜はせめて、2人のどちらかが目の前にいれば、有馬の悩み事のヒントを得
られるのにと心の中で地団駄をふんでいたが、ふと簡単な方法を思いついた。
 有馬自身に聞いてみればいいということだ。
 もちろん、直接質問するわけではなく、それとなく、悩み事について話せ
ばいい。ちょっと相談にのると言えば、そうすれば、自分の能力を使わずと
も、単純な有馬のことだ。自分から白状するに違いない。と桜は踏んだ。
 その結果。桜の思惑通り有馬の悩み事を見事聞き出せた。
 だが、それは桜にとって好奇心を満たすだけの結果に終わらなかった。
 有馬の悩みとは、桜をいかにクリスマスパーティーに誘うかということだ
ったのだ。
 誘われた桜は、自分が相談にのると言った手前、断る口実も失い、複雑な
気持ちで承諾したのだ。

 朝霧紅弥(あさぎりこうや)は、名も知らぬ自称青年実業家の金髪のエー
ジェントの持ってくる仕事をこなしていた。
 闇医者、ミミックリーの整備、要人の暗殺、重要施設の破壊。
 そして、今回持ってきたのは危険のないと思われる仕事だった。
 有馬和音(アリマカズネ)の護衛。
 有馬和音とは、有馬建設の経営者の娘であり、6歳になったばかりだと言
う。「子守かよ」と文句を言った途端に、金髪のエージェントからは、追加
の仕事を加えられた。
 とはいえ、表向きの仕事は朝霧いわく「子守り」である。
 朝霧は小さくため息をついた後、護衛するべき人間の方を見た。
 そこには和音の子守り役をしている三波ツカサ(みなみ・---)と和音
がいた。
 ツカサの仕事は、ベビーシッターである。
 今は、有馬和音というちょっとおませな6歳の児童だった。
 和音は、父の後妻との間にできた子供で、15以上離れた腹違いの兄のこ
とを慕っており、今日のクリスマスパーティーも、兄についてゆくとわがま
まを言ったために、美波もクリスマスパーティーに出席することになった。
 和音は利口な子供で、社交的だった。
 パーディーに出席した人はおろか、気に入ったウェイターにまで、ツカサ
を含めて紹介していった。
 まずはじめに、有馬凌の隣に立っていた10代後半の女性、姫野桜。彼女
は、前髪が銀色に染められているのが印象的で、どちらかと言うと人付き合
いは避けるようにするタイプらしい。
 凌の様子を見ると、凌は桜に好意をもっていることは明らかだが、桜の方
はそれをさわやかにかわしていると言うのが現状のように見受けられた。
「おねー様が、桜さんね。のんきな兄をよろしくお願いします」
 そんな桜に、開口一番そう言ったのは、和音だった。
「こら、和音、本人を目の前にしてそのいいぐさはなんだ」すかさず抗議す
るのはもちろん有馬本人である。
「だってのんきなんだもん。ねーツカサ」
 和音はいたずらっぽく笑いながら、自分の面倒を見てくれる専属のベビー
シッタに同意を求める。
「そんなことはありませんよ。お嬢様」
 ツカサは苦笑しながら、有馬のばつの悪そうな顔を見て察したのか、和音
の手を引いて違う場所に移動した。
 次に、松土信二という医者を紹介されたが、実はツカサとシンジは初対面
ではなかった。
 ツカサにとってシンジは主治医のような存在であり、実際、何度か世話に
なっているのだが、ツカサとシンジはそのことを隠すようにぎこちない初対
面のように装った。
 そんなシンジのつれの女性が紹介される。
 長い黒髪に透き通るような白い肌。綺麗なボディーラインで、女性であれ
ば一度は彼女のようになりたいと願うだろう。嫌味の無い微笑みは、自分自
身に強いコンプレックスを感じていない限り好感をもてるだろう。
「紹介します。彼の名前は多田俊彦」
 一瞬、ツカサは耳を疑ったが、俊彦は自分の性別が男であり、この格好が
好きなだけとあっさり言いのけてしまった。
 彼にとって、ツカサのような反応は日常茶飯事なのだろうとツカサは思っ
た。
 次に神戸達也(かんべたつや)が紹介される。
 人懐っこい神戸は握手をもとめ自慢話にならない程度の自己紹介をおこない、選り取りみどりの料理に手をつけながら、クリスマスパーティーを楽しんでいるようだ。愛想が良くて少々なれなれしいところはあるが、悪い人間ではなさそうだ。
 朝霧をはじめとした何人かのウェーターが料理や飲み物を運ぶ。
「あ、すみません」
 達也は女性にぶつかってしまい、すぐに謝罪した。
 そこには、有馬と達也がぶつかってしまった女性がいた。
「あ、有馬。パーティ呼んでくれてありがとう。可愛い彼女じゃないか。
 ねぇ、君、名前は?」
「あ、いえ、私は有馬・・・いえ、有馬さんの彼女ではなくて、部下でして」
 とっさにそう言いつくろってしまう桜。
「そんな、隠さなくてもいいよ。俺、神戸達也。よろしく。
 あ、そうだ、有馬、面白いものが見れるんだろ?
 いろいろなサークルのオフ会断ってきたんだから楽しませてくれよ」
「ああ、神戸。結構すごいものが見れるぞ」
 有馬は神戸と呼ばれた男にウインクしてそういった。
「たのしみだな。とりあえず、お邪魔虫は、おいしそうな料理を取ってくる
よ」神戸はそう言ってその場を立ち去った。
 そして、まもなく、有馬の声が響いた。 
「あ、恭一。そろそろ頼むよ」
 有馬の言葉でメインイベントの会場に自信ありげに歩いて行ったのは恭一
であり、いわゆるハッカーらしかった。
 そして、いよいよメインイベントになり、巨大な冷蔵庫の前にみんなで移
動する。
 携帯端末と巨大冷蔵庫を制御するコンピュータと接続する。
 プロテクト自身はそれほど難しいものではなかった。
 ただし、さすがに30年以上前のものだけあって、プロテクトが古すぎ
て、恭一の携帯端末にある自作のプロテクト解除ツールの機能が限定されて
いたという盲点が恭一に一種の驚きを感じさせた。
(技術の進歩が皮肉にも強力なプロテクトになるなんてなぁ)
 恭一は心の中でそう呟くと、すべて端末からの入力情報でプロテクトを解
除しはじめた。
 そして、恭一の予想した時間をオーバーしたものの、なんとかプロテクト
の解除はできた。
 作業の一部始終を見ていた観客は開いたこと自体が驚きだったが、恭一は
かかった時間が不満だった。
「じゃぁ、開けるぞ」
 有馬が冷蔵庫の扉を開くと、ひんやりとした冷気が漏れ始め、その奥か
ら、人の姿が見えた。
 ADを思わせた無機質なそれは、目を開き、有馬達を観察するように見渡
した。
「新しい任務か?」
 それが彼の第一声だった。

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最終更新:2022年04月18日 09:52