呼び方とか関係ないって、誰かが言ってた気がするんだけど


仲良くするって難しい。
とりあえず、呼び方から始めようか。




たくさんの生徒が元気に体を動かしている。
自分も普通の体だったらあの中に入れたのにと少し自分自信を恨みたくなる。
だけど、週に何度かあるこの時間毎回そんな事を思っていてもきりがないと少女は思う。

「考え事してるのか知らないけど、目が死んでるよ」

「にゃぅー…私もアリスドッヂしたいー…」

子供みたいに拗ねてみせると、少年は困ったように笑う。

「刹那ぁー…」

そして困ったような声を出す。
少女、刹那は自分の名前を呼ばれてふと首を傾げる。少年、貴一を上目で見て首を傾げた原因となった疑問を口に出してみる。
だけどまだそれは完全な疑問になっていないため、言葉にするのが難しいと他の言葉を口に出す。

「ね、貴一」

「何?」

「今から私が言う名前、貴一がいつも呼んでいる呼び方で呼んでみて?」

驚いた表情が見えたが、すぐいつもの顔に戻して相手の要望に頷いた。
その意図が読み取れないものの、無理な要望じゃない事に安心して答える事ができる。

「私、皐、明莉、キャロ、渚、美依ちゃん…」

「刹那、皐、明莉、キャロ、渚、美依」

「美希、沙希、雪」

「美希、沙希、雪」

全く同じ言葉を繰り返した後、少しの間沈黙が流れた。
刹那は何か考えているようだが、貴一はただ相手の行動に首を傾げるしかなかった。



「…………相然さん」



その名前を出した瞬間、貴一には刹那の意図をやっとの事で読み取る事ができた。
小さくため息をついて、どうするか悩んでみるものの答えないのは可笑しいのも確かでその名前を口に出すしか無い。


「……………舞…さん」

痛い。 視線が痛い。
嫌な汗が流れるくらいに刹那の視線が突き刺さる。
またも沈黙が流れる、嫌正確には刹那の言いたい事はしっかりと貴一に伝わっている訳で、いちいち言葉にするほどの事でもないのだが
このままだとこの授業が終わるまでずっと同じ状態が続いてしまう。
それに気づき終止符を打つのは刹那。

「呼び方可笑しい…よね?」

「嫌、どこも可笑しくないと思うよ。
 うん、普通だよ普通! なんでいきなりこんな事を―――」

即座に反応して言い訳を始める貴一だが、そんな言葉に耳を傾けるような事はしない。

「同い年だし、結構話してるよね?
 普通呼び捨てとかするんじゃないかなーって思うんだけどな」

視線の次は言葉が突き刺さる。
今まで何回か舞自身とこの話題になった事はあるが、毎回曖昧に終わり呼び方は変わっていない。
刹那にとってあまり関係の深く無い人物だが、一度気になってしまった事はとことん追求するらしい。
貴一の気持ちは完全に無いものとされ「呼ぼう、呼ぼう」と押されるだけ。

ふと周りを見回してみると、アリスドッヂが継続されていて丁度舞がボールを持っている所。
横目で投げたのを見ると諦めと呆れのため息をついて小さな声をこぼす。

「…舞」

言ったとたんに刹那の表情が明るくなる。
よくやった、という意味か拍手まで飛んできた。
ほっと安心したが、ここで終わる刹那でない事は貴一もよく知っていた。

「よーし、じゃあ次は…」

「本人の前では言わないよ?」

勿論、貴一の言葉は次刹那が提案しようとしていた事であって。
遮られた事を不満に思う。

「何で何で、本人の前で呼ばないで何の意味があるっていうの!?」

そんなの知るか、と内心で叫ぶがそれを表だって言うほど貴一は感情的な性格をしていない。
本人が居ないからこの場で呼び捨てで呼んだ訳で、本人の前で呼ぶ気は微塵も無いのだ。

「雪は年上で呼び捨てなのに、同い年の相然さんはさん付けって…可笑しいぃー!」

「そんな事言われたって、この呼び方に慣れちゃってるから今頃変えろって言われても困るよ」

刹那の浮き沈みの激しい性格に慣れているせいか、冷静に相手をしている。
が、色々と言われるとめんどくさいという正直な気持ちと
舞が貴一の事を呼びに来てこの会話を聞かれると本人からも呼べと言われかねないため早くこの話題を打ち切りたいと思っていた。
思うと、前にこの話題で舞にアリスを使われた事もあったと苦い思い出を思い出す。
「自然のアリスって、結構色々な事できるんだよ」と、こんな感じの事を嫌なオーラだして言われたなと懐かしんでみるが
嫌な汗が倍増するだけだった。

「あ……」

刹那の小さな声。 貴一に向けられたものではなく、ふいに貴一も振り返る。
舞が呆れた顔をしてこちらを見ていた。
貴一も刹那も、舞の言いたい事はなんとなく察する事ができた。

「……アリスドッヂに戻るよ」

「にゃぅ…この話しはまた後で」

小さく嫌だ、と拒否をして刹那の返事を聞く前にその場から立ち去った。
ため息が聞こえたような気がしたけれど、貴一はそれを無かった事にする。

アリスドッヂを行っていたコートまで戻ると、勿論最初に聞こえたのは舞の声で

「貴一、まだ当たっても投げても無いのに何やってんのー!!」

というお叱りだった。
謝罪を述べながらコートに入ると、貴一の頭に思い浮かんだ。

「……ま――」

「ボールボール!! 貴一当たるよ!?」

舞の言葉でボールの存在に気づきくが時既に遅し、反応が遅れて腕にボールが当たってしまう。
同じチームの生徒の残念そうな嘆きと、相手チームの喜びが耳に入る。
当たった本人は表情を変えず、外野へと行こうとする。

「あ、さっき何か言おうとしたよね?」

聞こえていたほんの少しの言葉に首を傾げる舞。
貴一は少し悩んでから、相手の名前を呼ぶ。




















「舞さん」




いつも通りの呼び方で。
舞は傾げた首を反対方向に改めて傾げる。

「え、だから…何?」

「何でもないよ、外野頑張ってくるね」

軽く手を振って外野へ向かう。
さっき思いついた悪戯は、また違う時に使おう、遠くて少し近い未来に。
今はこの呼び方で返事してくれるのだから、それで充分だと舞から見えない場所で自分でも気づかない小さな笑みを浮かべた。
最終更新:2010年12月31日 20:57