蒲鞭示辱
後漢の劉寛は南陽の太守を拝命した。温厚で思いやりのあり、人の過ちを過度に責めなかった。
民や役人が法に触れる様な事をしたときには、鞭の代わりに蒲の穂で叩き、罪がある事を悟らせるだけであった。
地方に行く度に老人を見舞い、自分の慰めとしては農業の書物を読む事であった。
少年に教育する際には孝行と兄弟の思いやりを教えた。人々はその徳に感動し皆感化された。
解説
蒲鞭と言う、善政を表す言葉の由来となった故事です。
誰かが罪を犯した時も、本物の鞭ではなく、そこらに有る様なススキの様な雑草で叩いて(勿論痛くない)
「お前は恥ずかしい事をしたんだよ」と言うことを教えるだけでした。
もちろん今もこれが通用するとは言えませんが、罪よりも償いに重点を置いた彼の目に間違いは無いでしょう。
最終更新:2010年12月12日 01:23