「圭一くん。またしばしのお別れだね」
富竹は名残惜しそうであった。
彼としても、雛見沢に出来るだけ滞在していたいのが本音ではあったのだが、彼の立場はそれを許さなかったのだ。
「残念ですね富竹さん。折角仲良くなれた矢先なのに」
「まぁ例の事件の後始末が色々と目白押しでね。仕方ないよ。またすぐ来られればいいんだけどね」
「そうですか…寂しくなりますね」
圭一もまた、残念そうに応える。
富竹が、ただのフリーカメラマン「ではない」ことを知った後も、二人は別段変わりないまま親しく交流していた。
「そこでなんだが……これは富竹としてではなく、ソウルブラザーのトミーとして君に餞別だぁ!!!」
富竹…いやトミーは鞄の中から本の束を取り出す。それは――
「ええええええっっっ!?ト、トミー!!これはぁあああ?!!!」
「僕の秘蔵のコレクション、『イケイケ僕らのエンジェル・看護婦さんシリーズ全集』だぁあああ!!
受け取ってくれぇええ。僕にはもうリアルで十分だから、ここは一つ魂の兄弟の誓いの証に、Kぇぇぇいに進呈しようぉぉ」
「あ、ありがとうぉぉぉ、トミー!!!!!」



「あちゃあ。まさか私とした事が、麻雀で前原さんに不覚を取るとは。いやぁ腕を上げましたねぇ、んっふっふっ」
「前原くんは素質があると思うっすよ」
感嘆の声を上げる大石に、同席の熊谷らも同調する。
「蔵人はもう定年だからの、坊主、このまま後釜にでもなるか?」
「い、いえ。トンでもない!只のまぐれですよ」
「でも困りましたねぇ。私ゃ今手持ちがちょっと…」
「い、良いですよ。俺、未成年ですし。ただの遊びじゃないですか」
「そうは行きません。麻雀は只の遊びと思ってもらっちゃあ困りますねぇ…うんぬんかんぬん…ですからして、麻雀とは崇高な男の真剣勝負なんですよ」
「は、はぁ」
「そうだ、前原さん。ちょっとこちらへ来てもらえませんかねぇ。すいません、ちょっとだけ席、外させてもらいますよ」
人目を憚るかのように、大石は雀荘の化粧室へと圭一を引っ張る。
「どうしたんですか、こんな場所に連れてきて?」
困惑する圭一に、大石は大仰に声を潜める仕草をする。
「いえね、私も一応警察官なもので、健全な青少年育成の建前がありますから、こういうことを熊ちゃんや小宮山くんの前で大っぴらにやるわけにもいかないんですよ。前原さんはまだ歳が歳ですからねぇ、んっふっふっふ。お金は出せませんが、その代わりに…これを前原さんに差し上げます」
「こ、これはぁぁぁぁ?!」
「んっふっふ。前原さ~ん、あなたはまだお若い。きっと欲求不満も溜まっている事でしょう。その時はコレです。『黒と白-バニーさんでGO!』。バニ~~さ~んとか結構好きなんですよ私。いや、同じソウルブラザーとして、Kぇぇい!!Kには是非ともこの良さを分かってもらいたいんです!魂の兄弟として喜びを分かち合うんです!!」
「ク、クラウドォォォ!!!」



「前原さん。今日は折り入ってお願いがあります」
「何ですか、監督?」
突然診療所に圭一を呼び出した入江は、いつになく真剣で、そして深刻そうな表情を浮かべていた。自然と、圭一も身構える。
「いえ、今はその名ではなく、ソウルブラザーのイリーとKぇぇいとして話したい!」
「ええっ?」
「私は常々、メイドとは如何に崇高なる存在か、機会ある毎に人々に説いてきました。しかぁぁぁしっ!無知蒙昧なる一般人にはイマイチ浸透しないぃぃ!!!全く困った事です。非常に由々しき事態です!!これではメイド千年王国樹立など夢のまた夢ぇ!!そこで前ば…いやKぇい!あなたにもメイドさん至上主義布教の助力を願いたいぃぃ!!!」
選挙投票前日の政治家宜しく、圭一の手を両手で握り、頭を垂れる入江…いやイリーだった。
「えっと…いくらイリーの頼みでも、それはちょっと…」
やんわりと謝絶しようとするや、それまで必死に懇願していたイリーは態度を一変させて阿修羅の形相となる。
「な、なんですとぉぉ!!あぁ見損ないましたよKぇぇいいい!! あなたはそれでもソウルブラザー暗黒の魔王にして萌えの伝道師の異名をとるKかぁああ!?こぉの不届き者めぇえええ!!まだまだメイドへの理解が足りん!!
…ならば仕方が無い、そんなあなたにはこれを進呈しよう!」
「へっ?イ、イリー?こ、これは…?」
「そうです。良い機会ですから、あなたにもここでメイドの何たるかを勉強してもらいたいぃ!!! だからこそっ!私の聖書たるこれをあなたに!! 『萌え萌えドジっ子メイドさんの細腕奮闘記メモリアル』の予備を特別に進呈しようぉぉ!!!
これを読めば明日からKぇぇいいもメイド教の尖兵だぁあああ!!!!」
「おおお、イリーィィィィィ!!!」

熱い魂を持つ兄弟たちから、圭一は彼ら秘蔵のコレクションをほぼ無償で入手するという、男としてはある意味トンデモナイ強運に恵まれた。
しかしこの強運が、大いなる凶運を招く事となってしまったのだ。
最終更新:2008年05月08日 18:02